第八話一部 社長はつらいよ
この物語は、主にレイカさんを主題にしています!
「社長、この納品書にサインをお願いします」
「……マスター……お腹すいた……」
「あと、こちらのクリーガー改造仕様書ですが、メーカーから実行不可能との返答がありました。
また改造を行いたいようでしたら、再度お声かけ下さい。
よろしくお願いします」
「……アンドロイドだって……お腹がすく……
食べ物の恨みは恐ろしい……マスター、おいしそう……」
暑さというものは、ただでさえ人をイラつかせるものである。
それが、普段からなんらかのストレスに晒されている会社の経営者なら、なおさらのこと。
「ふんがぁー!」
自分の部下から次々と舞い込んでくる案件に、とうとうストレスの限界に達した民間軍事会社社長ユーリンは、リビングに怒りの咆哮をぶちまけた。
ユーリンは雄叫びをあげながらアパートを出ると、全力疾走でレイカの酒場に向かった。
途中、漁師の奥様方の悲鳴が聞こえたが、今のユーリンにはまったく気にならなかった。
「レイカさ~んっ!!」
「きゃ、ユ、ユーリンさん!? あ、あの、なにか?」
「お兄ちゃん、どうしたの!?」
しかし、酒場にお目当てのレイカの姿は無く、代わりにアデーレとマキナがいた。
「あ、あれ? レイカさんは?」
「あ、あぁレイカさんですか?
実は、先日からゴルゴグラードに行ったきり連絡がないんですよ」
酒場のカウンターの中に入って開店準備を進めるアデーレが答えた。
レイカが年中無休の自分のお店を空けてゴルゴグラードに行くとは、珍しいこともあるものだ、とユーリンは思った。
「お兄ちゃん、レイカお姉ちゃんになんの用なの?」
「ん? ああ、ちょっとご飯食べたいな~って思ってね」
マキナの質問に歯切れの悪い答えをしたユーリンを見て、アデーレは鋭い質問をした。
「ひょっとして、カトレアさんやテルールさんと仲が良くないんですか?」
「うぐぁ!?」
図星を突かれて大ダメージを食らったユーリンは、そのままフラフラと酒場の入り口からバーカウンターまで歩いて、イスに座るとぐったりして動かなくなってしまった。
「お兄ちゃん、どうしたの? お腹痛いの?」
ユーリンの様子を見て心配したマキナがユーリンの傍まで来て背中をさすると、ユーリンはムクリと起き上がり、マキナに『ありがとう、マキナちゃん』とお礼を言って、何事もなかったかのようにアデーレと話し始めた。
「ねぇ、アデーレさん。何かご飯作ってよ」
「え!? 私がですか?」
自分に白羽の矢がたつとは思わなかったのか、驚愕の表情を浮かべるアデーレを見て、ユーリンはますますアデーレの手料理を食べたくなった。
「お願い! お金ならちゃんと払うから!」
「あたしもママの作ったごはん食べた~い!」
二人の子供にせがまれて母性がくすぐられたのか、アデーレは『そこまで言うなら』と言って料理の準備を始めた。
現在、酒場にある食材は限られているため、アデーレは料理を簡単なものにしようと思った。
やがておいしそうな匂いがバーカウンターの辺りを包み込むと、ユーリンのお腹が音を鳴らした。
「あら、よっぽどお腹が空いてるんですね?」
クスッと笑みを浮かべるアデーレを見て、ユーリンは恥ずかしがってうつむいてしまった。
「はい、お待たせしました!」
手早く作ったなめろうを皿に盛りつけると、アデーレは炊き立てのごはんと温かい味噌汁と共に、ユーリンとマキナの前に差し出した。
「頂きま~す!」
「おいしそう~!」
二人はガツガツと食べ始め、一気に平らげてしまった。
しばらくそのまま三人で談笑していると、酒場の扉が開いた。
「……やはりここにいましたか」
「……マスターは……ごはん」
ユラユラと自分に近づいてくる二つの巨影に、ユーリンはただただ戦慄するのみであった。
「こんちには、カトレアさん、テルールさん。
今日もいい天気ですね」
「あ、カトレアお姉ちゃんだ~!」
そんなユーリンの思いも知らずに、アデーレとマキナは呑気に二人に話しかける。
二人の生体アンドロイドはユーリンの両隣にドカッと座り、そのまま黙ってしまった。
ユーリンの白い肌から大粒の汗が滴り落ち、無限とも思える時間が過ぎた頃、カトレアが普段から携帯している液晶タブレットが連絡を告げた。
「ひっ!」
タブレットの振動音にさえビビってしまうほど神経をすり減らしているユーリンには、まさに今が生き地獄である。
カトレアはしばらくタブレットを見つめると、ユーリンの方を向き直って話し始めた。
「社長、依頼です。ゴルゴグラードまで行きましょう」
「……行こう、マスター……」
二人の生体アンドロイドの視線に耐えられなくなったユーリンはとうとう観念し、ため息をつきながら料理の代金をアデーレに渡すと、酒場を出て行った。
ジリジリと照りつける陽光のなか、アパートまでの道をトボトボと歩きながら、ユーリンは依頼の詳しい内容を聞いた。
「それで、どんな依頼?」
「それなんですが……」
ユーリンの質問に、カトレアが珍しく発言を躊躇する。
「どうかしたの?」
「……依頼は……レイカさんの救出です」
「え!? レイカさんに何かあったの!?」
あまりにも予想外の答えに、ユーリンも立ち止まってしまう。
カトレアもユーリンの目の前で立ち止まり、ユーリンの目をジッと見つめて話し始める。
「申し訳ありませんが……
今はゴルゴグラードに行かない限り、これ以上の情報が得られないのです」
「……そう、わかった。早く行こう」
「了解しました」
そう言って、二人は先に進んでいたテルールの所まで駆け寄り、アパートのヘリポートに置いてあるヘリでゴルゴグラードまで直行した。
ゴルゴグラード近辺の空域まで行くと、ヘリの無線に応答があった。
「こちら、ギルト共和国国家警察第一航空管制隊である。
そちらの所属を述べよ!」
無線の向こう側にいる人物に聞こえないように、助手席に座るユーリンはカトレアに向かって小声で話しかける。
「どういうこと?」
「……わかりません……」
いつもなら、ユーリンのヘリからは常に敵味方を識別する電波を発しているうえ、その識別は高級官僚などが使用するヘリと同じものであったため、ほぼノーチェックで首相官邸のヘリポートや首都にあるヘリ専用発着所にヘリを着陸させることができた。
「繰り返す! そちらの所属を述べよ!
答えなければ撃墜する!」
その言葉と同時に、ヘリに増設した対空火器警報が鳴り響いた。
「どうしますか?」
「しょうがない。僕が出るよ」
ユーリンは無線機のスイッチを押すと、ヘッドセットを通じて交信を始めた。
「こちら、民間軍事会社ジークフリート代表取締役ユーリン・ヴォルフ。
貴国の首相官邸上部ヘリポートへの着陸許可を求める」
「なにっ!? ジークフリート!?」
ユーリンの口からジークフリートの名前が出ると、無線の先にいるであろう男は驚愕の声をあげた。
しばらく無線機からノイズしか聞こえずにいると、ユーリンはもう一度交信を試みた。
「繰り返す。
こちら民間軍事会社ジークフリート代表取締役ユーリン・ヴォルフ。
貴国の首相官邸上部ヘリポートへの着陸許可を求める」
「……了解した。
首相官邸上部ヘリポートへの着陸を許可する」
無線機の男はどこか安心したような声で着陸許可を出した。
ユーリンは無線機のスイッチを切って、カトレアに話しかけた。
「それじゃ、頼むよ」
「了解しました」
着陸許可が出たので、カトレアはそのまま首相官邸までヘリを飛ばし、その屋上に設置されたヘリポートにヘリを着陸させた。
ヘリポートなら首相官邸の隣の敷地にもあるのだが、少し距離があるため、最近はこっちのヘリポートを使うことにしている。
最初は官邸職員や役人達が苦情を言ってきたが、ラルドの一声で収まった。
(さて、いったい何が起こったのかな?)
自分の中にある不安を悟られまいと、何食わぬ顔でヘリを降りたユーリンの先にいたのは、やつれ切った顔をした中年の役人連中であった。
「おぉ、あなたは!」
「いやはや、もしやと思いましたが……」
「あなた方がいてくだされば百人力ですな!」
ユーリン達の姿を見るなり感嘆の声を上げるギルト共和国の役人達に、ユーリンは気づかれないように少し距離を取った、
「はぁ、どうも……」
正直言って、ユーリンはギルト共和国の役人達にあまり良い感情を抱いていなかった。
普段ユーリンが代表取締役を務めるジークフリート社がギルト共和国の発注する業務を優先的に受けていることは、最近テレビをはじめとした多数のメディアに取り上げられているため、ギルト共和国の一般市民にも知れ渡っている事実である。
しかも、その業務の大半は武装した反政府ゲリラや国際テロ組織の殲滅など、正義の味方になるのに手っ取り早いような依頼であるため、一部の者を除いてジークフリート社に対しての一般市民の感情は良好である。
また、依頼遂行にあたっての民間軍事会社に課せられた法令や業務ごとに定められる交戦規定を、ユーリンやカトレア、最近ではテルールも厳守することから、ギルト共和国の政財界の要人にも受けが良かった。
しかし、今ユーリン達の目の前にいる役人達は普段、ユーリン達に対してニヤついた笑みを浮かべながら嫌味を言ってきていた連中である。
頭がダイヤモンド並みに固い彼らからしてみれば、ジークフリート社でさえも他の民間軍事会社と同じ無法者集団なのである。
そんな種類の人間達が、今は自分達に見え見えのお世辞を垂れ流すことから考えても、今のギルト共和国の状況は非常に切迫しており、その状況は、レイカ救出の依頼と関係があるような気がユーリンにはしていた。
「ささ、どうぞこちらへ」
「はぁ、ありがとうございます……」
相変わらず自分達の見え透いたお世辞に気付かない役人達は、引きつった笑みを浮かべてユーリン達を首相官邸執務室まで案内した。




