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鋼鉄のゾルダート  作者: 印西たかゆき
20/47

第六話三部 日はまた昇る

ユーリンとゲンザンは、小走りでテルールに追いつくと並んで歩き始めた。

ゲンザンは、なんで自分がこんな事をしなければならないのか、とやる気のなさそうに歩いているが、ユーリンが横目で、たまにしっかりと見据えてテルールを観察していた。

大きい。

それが、ユーリンが最初にテルールに対して抱いた感想だった。

テルールの身長は、隣を歩くゲンザンよりも大きい。優に二メートルはあるだろう。

体格の方も、黒いフードとロングコートのせいでハッキリとは分からなかったが、肩幅から見てゲンザンと同等かそれ以上だった。

にも関わらず、その声は高く澄んだ女性の声だった。

声や体格からして、十代後半というわけではなさそうだが、二十代後半というわけでもない。

おそらく二十代前半もしくは半ばだろう。

ユーリンがテルールを見つめていると、テルールの被っているフードがユーリンの方を向いた。


「……何?……」


歩きながら、短く話す。

ユーリンは、テルールのフードでスッポリと覆われた顔を見て話した。


「珍しいなって思って。

女性にしては大きな体格をしているし、そもそもなんでこんな所にいるのかなって思ってさ」

「……ここに住んでるの……」

「あ? あんたの顔は見たことないぜ?」


ゲンザンは威圧的に隣のテルールを見て話した。

しかし、テルールはさほど気にする素振りも見せずに、ゲンザンの方を見て淡々と答えた。


「……あなたの事は見たことがない……」

「……ケッ! そうかよ」


そう言って、ゲンザンはプイッと顔を背けてしまった。

しばらく歩くと、三人は宿舎から両隣に倉庫群がある道路を通った先にある、扉に電圧注意の警告が書かれたテープが貼られた、小さな発電所の前に来た。

テルールはその発電所に入ると、奥にある無数のブレーカーの所まで歩き、そのすべてに電源を入れた。

起動音が聞こえると、やがて電球が点いた。おそらく施設全体の電源が復旧したのだろう。


「さっきの男は誰?」


ブレーカー類の右手前に設置された、モニター類の並ぶ制御装置のパソコンをいじるテルールの大きな背中に向かって、ユーリンが言葉をぶつける。


「……オルール……」


それだけつぶやいて、テルールは何かの作業を終えて制御装置を離れ、すでに発電所の中に入っていたユーリンとゲンザンの間を通って、外に出た。

ユーリンとゲンザンも外に出ると、やはり電源が復活したようで施設全体の明かりが点いているようだった。

ユーリンが何気なく上空を見上げると、右側に複数の電波塔が見え、その中央部に高い建物が建っていた。

おそらく、あれがゲンザンが言っていた管制塔だろう。


「ゲンザン」

「あ? どうした?」


ユーリンからの問いかけに、ゲンザンはぶっきらぼうに答える。

テルールに付いていくのが気に入らないのだろう。

しかし、ゲンザンのその態度を気にせず、ユーリンは電波塔のある方向を指さして質問した。


「管制塔って、あれ?」

「ん? あぁ、あれだ。それがどうしたんだ?」


ユーリンはゲンザンの質問に答えずに、テルールの方を見た。


「ねぇ、テルール」


ユーリンはすでに歩き出していたテルールを呼び止めた。

テルールはユーリンに呼び止められて、その歩みを止めてゆっくりとユーリンの方を振り向いた。


「この施設にいた人達はどこに行ったか、知ってる?」


ユーリンの問いに、テルールは下を向いた。

やましいことがあるというよりも、何かを思い出している様子だった。


「……分からない……でも、たまに人影を見ることがある……」

「どこで?」

「……あの辺り……」


そう言って、テルールは複数の電波塔が建つ方向を指さした。

その答えを聞いて、ユーリンは一つの提案をゲンザンとテルールにすることにした。


「ねぇ、二人とも。オルールの事も気になるけど、この施設にいた人達を探してみない?

僕の勘だけど、たぶんその人達はあの電波塔の辺りにいると思うんだ」

「そりゃ、構わねぇが……無駄足だと思うぜ? 俺が行った時は誰にも会わなかったしよ」

「それはその人達がゲンザンの事をオルールと勘違いしてたんじゃない?

背丈や体格が似てるし」

「う~ん、確かにあり得るかもしれねぇな」


ゲンザンは自分の身体を見て答えた。


「……私は賛成……」


テルールはユーリンの方を見て、短く答えた。


「よし! それじゃ、早速行こうか!

どのみち、このまま待っててもカトレアが応援を呼ぶまで時間が掛かるしね」

「確かにちょいと遅いな……よっしゃ! 行くか!」


ユーリンとゲンザンは明るく言って、電波塔の建つ方へ歩き出した。

その後ろを、テルールも付いていく。

鉄板の道路の上に、さらにコンクリートの土台を作って設置された電波塔の間を進み、そのエリアの中央付近に建設された、六角形五階建てになっているコンクリート製の建物の前まで来ると、ユーリンは不思議そうに辺りを見回した。


「どうした?」


その様子を不思議に思ったゲンザンが、ユーリンに問いかける。


「いや……この辺りだけ、妙に設備が新しいなって思って……」


そう、ユーリンの言う通り、このエリアの設備はかなり整備が行き届いている様子だった。

実際、先ほど通ってきた電波塔群や目の前にある建物にしても、鉄筋が剥き出しになっているような箇所はない。

その設備が置かれている鉄板の道路も、防腐処理が施されているのか、錆び一つ付いていなかった。

ユーリンが違和感を感じていると、ゲンザンは二カッと笑った。


「そりゃお前、ここら辺の施設はこのプラントの生命線だぜ?

どうせどっかの金持ちが勝手に整備してんだろ」

「え? 誰がやったか、分からないの?」

「あぁ。ま、誰がやったか知らねぇが、俺達からすればコイツらのおかげでこの施設が使えるようなもんだから、感謝はしてるがよ」


そう言って、ゲンザンは辺りを見回した。

しかし、ユーリンの方はというと、少しも納得できない様子だった。


(誰が)


何のために。

それはユーリンにとって、当然の疑問だった。

しかし、今は施設の人間を見つけるため、その疑問を思考から排除した。

ユーリンは深呼吸をして、管制塔の扉を開いた。

扉は観音開きになっており、中の様子は電源が復活したこともあって、非常によくわかった。

ユーリン達は管制塔の中にゆっくりと入る。

一階部分は電気設備や配電盤が複数設置されており、右側に二階へと上がる階段があった。

この場所は全体的に見晴らしが良く、人が隠れられそうな場所は見当たらない。

しかし調べないわけにもいかないので、ユーリン達は手分けして配電盤の間や奥の制御室の中を隈なく調べたが、やはり施設の人間は見つからなかった。

しかし、ユーリンは制御室の制御装置類の横にある、重厚な扉が気になった。


(どこに繋がってるんだろ?)


その扉は鋼鉄製で表面に何かで縦に傷つけた様子があり、ユーリンが全力で押しても引いても僅かにガタガタと動くだけで、まったく開かなかった。

結局、ユーリン達はさっさとこの場所の探索に見切りをつけ、階段を上って二階へたどり着いた。

二階は休憩所兼食堂になっているようで、ユーリン達の目の前には長方形の白く塗装されたテーブルとイスが複数、規則正しく置かれていた。

奥には四つの扉があり、それらは向かい合わせになるように設置されていた。


「……ここ……」


ユーリンが二階の様子を見ていると、横にいたテルールがボソッと呟いた。


「……ここで……人影を見る……」

「ふ~ん……確かに、隠れられそうな場所があるね」


そう言うユーリンの目線の先には、四つの扉を抜けた先にある右側奥の曲がり角や、左手前のキッチンや食糧庫があった。


「それじゃ、ここは念入りに調べようか。

たぶん向こうの人達は僕らの事を警戒してるだろうから、襲撃には気を付けてね?」

「おう!」

「……うん……」


そう言って、三人は二階の探索に取り掛かった。

ゲンザンはキッチンと食堂、テルールは食糧庫、ユーリンは奥の四つの扉と曲がり角の先を調べることにした。

ユーリンはテーブルの間を通って左側にある三階へと続く階段の先を警戒しながら、四つの扉の前まで来た。

扉は木製で、特にトラップが仕掛けられている様子はない。

ユーリンは手前右側の扉の前まで来て、腰のホルスターとポケットから拳銃とナイフを取り出すと、扉のノブを回してゆっくりと開き、中の様子を伺った。

扉の先にトラップの類が仕掛けられていないことを確認すると、ユーリンは部屋の中に入った。

部屋の中はプラントにあった宿舎の部屋と同じような作りになっており、一つの簡素なベッドと机とイスがあるだけだった。

その後も違う部屋を調べた結果、どこも同じような作りで、人の姿は見えなかった。

ユーリンは最後の部屋を出て曲がり角に注意して進むと、その先には短い廊下とその先で男性用と女性用に分かれたトイレが設置されていた。

ユーリンは男女のトイレも個室の中まで調べたが、やはり人は見つからなかった。

しかし、ユーリンは男性用トイレに違和感を感じた。


(臭う……)


そう、トイレの中は人の排泄物の臭いがしていた。

普通は数時間すれば多少は消えるものだ。

しかし、確かに臭う。

その時、ユーリンは反射的にトイレの奥の壁に設置された大きな通気口に拳銃の銃口を向けた。

そこから視線のようなものを感じたのだ。

しかし、しばらくするとその気配は消え、ユーリンは拳銃の構えを解いた。

ユーリンが自分の担当エリアの探索を終えて食堂に戻ると、すでにゲンザンとテルールが待っていた。


「よう、待ってたぜ」

「……気になる場所が……」


どうやら二人は収穫があったようだ。

ユーリンは拳銃とナイフをしまって、すかさず問いかける。


「何か見つけたの?」


ユーリンがそう言うと、ゲンザンは『付いてこい』と言って、テルールと共にキッチンと食糧庫のある場所に向かった。

ユーリンが後に付いていくと、ゲンザンはキッチンに立って自分の考えを示した。


「ここを見てくれ」


そう言ってゲンザンが指さす先には、数々の生鮮食品と調味料が置かれており、今時珍しいガスコンロの上には、ジックリと煮込まれた様子の牛スジ煮込みが入った寸胴鍋があった。

ユーリンはその様子を見て悟った。ここに誰かがいる、と。

ユーリンの様子を見て、ゲンザンは神妙な顔で話した。


「どう考えてもこんな状況はあり得ねぇ。

この施設から二日も連絡がないことは、俺も女将から聞いてたんだ。

だったら、この有様はなんだ?」


ゲンザンの言う通り、この施設から連絡が途絶えて二日。

その間に誰かがここで料理を作っていたとして、ミルタからの通信にも応答できないような状況に遭って途中で料理を中断していたなら、煮込みは焦げ付き、生鮮食品の類は腐っているはずだ。

しかし、目の前にある生鮮食品は瑞々しさを保っており、煮込みも良い具合に調理されていた。

ユーリンが考えを巡らせていると、後ろからテルールがポンポンとユーリンの肩を叩いた。


「ん?」


ユーリンが振り向くと、テルールは『……こっち……』と言ってガスコンロとは反対の方向にある大きな両扉まで近づいた。


「へへっ、中を見たら驚くぜ?」


ユーリンの後ろにいるゲンザンが、どこか楽しそうに言った。

ユーリンが扉の前に来るのを確認すると、テルールは両方の扉を手前に開いた。

テルールと共にユーリンが奥に入ると、早速その光景に驚かされた。

そこは食糧庫で、左右にある棚と冷凍ケースや食糧類には何の異常も見られなかったが、食糧庫の奥の壁に設置された通気口の金網状のフタが、床に落ちていた。


「……ユーリン……」

「何?」


その光景に驚いていたユーリンに、テルールが振り向いて話し始める。


「……この食糧庫の下は……整備室になってる……」

「それって……」

「……一階の制御室の奥……」


テルールのその言葉を聞いて、ユーリンは思い出した。

あの重厚な鉄製扉……ユーリンがいくら押しても引いても開かなった扉。

ユーリンは確信した様子で、通気口の前まで行き、大声で叫んだ。


「聞こえますかーっ!!? 僕らは怪しい者達じゃありませんっ!!

あなた達はこの施設の人達ですかーっ!!」


しばらく沈黙が流れると、通気口の奥に動きがあった。


「だ、誰ですか?」


中年の男の声が、通気口の奥から弱々しく聞こえた。

ユーリンは柔和な声色で答えた。


「僕は民間軍事会社のユーリンと言います。

ミルタの人から依頼を受けて、この施設を調査しに来ました」

「た、助けてくれるんですか?」


男の声に、動揺とわずかな希望の感情が上乗せされた。

そして、ユーリンは確信した。この男性はこの施設の人間であると。

ユーリンは男性に対して、落ち着いて事実を伝えた。


「申し訳ないのですが、応援を呼ぶのに時間が掛かっています。

そちらは何人いますか?」

「えっと、私を含めて十人ちょっとです……」

「分かりました。ですが、なぜこのようなことを?」


ユーリンがそう質問すると、男はしばし考えているのか、沈黙が流れる。

やがて男が口を開いた。


「……いつも通りの日常でした。私はシェフで、この管制塔で調理を担当していました。

ですが、私がその日キッチンで調理をしていると、非常事態を知らせる警報が鳴って……

始めはいつもの停電かと思って気にせず調理に没頭していたのですが、やがて食堂にいた同僚やお客さん達の様子が慌ただしくなって……キッチンに同僚が来て、私に言ったんです。『人が殺されてる』と」

「それで、あなたはどうしたんですか?」


ユーリンがさらに情報を得ようと、通気口の中を覗きながら質問した。

ちなみに今ユーリンは、男に内緒でテルールに肩車されている。

おかげで通気口の中が良く見えた。


「私は飛行場の方に向かおうとしました。駐機してある飛行機で逃げようと考えたんです。

ですが、無理でした……私が管制塔を出ると、飛行場の方から銃声が聞こえたんです。

近づいて電波塔の影に隠れて様子を伺うと、黒ずくめの集団が大男に銃撃を浴びせていました。

しかし、大男は怯むことなく黒ずくめの集団に突進すると、手に持ったチェーンソーで次々に……」


そこまで言って、男は言葉を詰まらせた。

おそらく当時の光景を思い出して恐怖しているのだろう。

声色から、かなりの優男であることはユーリンにも想像できた。

しばらくして、男は話を再開した。


「すみません……それで、私は怖くなって再び管制塔に逃げ込みました。

中には他にも人がいて、ほとんどは施設の同僚で、数人のお客さんもいました。

残りの人間は黒ずくめの集団や大男に殺されてしまったそうです。

しばらくすると銃声が止んだため、同僚数人が管制塔の外に出たのですが、直後に大男に殺されてしまいました。

私達はすぐに一階の整備室に逃げ込みました。

あそこの扉は一つしかありませんし、その扉も非常に頑丈に作られていますから……

案の定、大男が何度も体当たりしたりチェーンソーで切り付けてきましたが、僅かにガタつくだけで扉が開くことはありませんでした。

その後も大男は管制塔の中を彷徨っていたのは分かりました。

この建物の通気口は人が楽に通れるほどの幅があって、チェーンソーの音もよく聞こえましたから」


ユーリンはそこまで聞いて、考えた。

ゲンザンは管制塔の設備が壊されていたと言っていたが、それは大男の仕業だろうか?


「そうですか……あの、一つ聞きたいんですけど、僕の知人でこの施設に籠城していた者がいるんです  が、その人が言うには管制塔の設備がすべて壊されていたそうなんです。

心当たりはありますか?」


ユーリンの質問を聞いて、男はしばらく黙った後に口を開いた。


「たぶん……私の同僚で身軽な者が通気口を伝って大男の様子を探っていたのですが、三階の管制室の所まで大男が来ると、女性の声が聞こえたそうです。

その後、争うような激しい物音が聞こえたと言っていましたから、その時に壊されたのでは?

実際、その者は物音が止んで人の気配が消えるのを待って管制室に入ったそうですが、設備はメチャクチャに破壊されていたそうです。

無論、棚や壁や電灯なんかも完全に破壊されていたそうですが……」

「なるほど。ちなみに、この施設に籠城してから、浅黒い肌をした大男を見ませんでしたか?」

「いえ、見ていません。

管制室の設備が破壊されたと知ってからは、ひたすら救助が来ることを祈って整備室を拠点に通気口を使って、人目を避けて暮らしてましたから」

「そうですか……分かりました。

ちなみに、あなたは誰に雇われてここで働いているのですか?」


ユーリンはこの質問で最後にすることにした。

彼らの雇い主が誰かは知らないが、従業員が二日間も音信不通になっているのに、一向に迎え一つ寄越さないのは、どう考えてもおかしい。


「誰って……ギルト共和国政府ですよ。公務員というわけではありませんが、給料が良かったので」

「……分かりました。救助が来たらまたここから知らせますので、もうしばらく待ってください」

「はい、分かりました!」


男がそう言って通気口の奥に引っ込んだのが、ユーリンにはうっすらと見えた。

ユーリンは内心焦っていた。

雇い主がギルト共和国政府となると、ラルドが噛んでいるはずである。

あのラルドが、自分が雇った従業員を見捨てるようなマネをするだろうか?

しかし、その疑念さえも、ユーリンは頭から排除した。

施設の人間は見つけた。

後はどうやって安全を確保するかだ。


「ありがとう。降ろして、テルール」

「……うん……」


ユーリンはテルールから降りると、男から聞いた内容をテルールとゲンザンに話した。


「そんな事があったのか……」


ゲンザンは沈痛な面持ちだったが、テルールはフードのせいで表情が読み取れない。


「……争ったのは……私……」


唐突にテルールはユーリンに向かって口を開いた。


「え?」


ユーリンが不思議そうに聞き返すと、テルールは静かにハッキリと答えた。


「……私は……オルールを止めたい……無理なら殺す……」


テルールがフードを脱いで、ネックウォーマーを下げて顔を晒した。


「お願い……手伝って……」

「う、うん……」

「あ、あぁ……」


ユーリンとゲンザンは驚いた。

テルールの身長はミルタで随一の巨体を誇るゲンザンよりも大きい。

しかし、その顔は美の化身のような美しさを誇り、ユーリンに勝るとも劣らずの白い肌に艶やかな肩にかかる長さの黒髪が、とても印象的だった。

しかし、体格の方は大柄だ。

そんなテルールの容姿を見て、ユーリンは一つの可能性に思い当たった。


「ねぇ、ひょっとして君―」

「私も彼も……生体アンドロイド」


テルールはユーリンが質問し終わるよりも早く、そう言った。

これで、あれだけユーリンの攻撃をくらって生きながらえていたオルールや、ユーリンの全身全霊をかけた攻撃を受け切ったテルールの秘密も理解できた。

ユーリンの秘書を務めるカトレアも生体アンドロイドだが、女性にしては大柄で、ユーリンは一度だけカトレアがシャワーを浴びる場面を見たことがあるが、その肉体はあくまで女性的でありながら、ボディビルダーも唸るほど筋骨隆々の肉体を誇っていた。本人がそれを自慢することはないが……

しかし、それでもユーリンにはまだ疑問が残っていた。


「でも、なんでこんなことに?」

「……わからない……私も彼も……急に目覚めた……気づいたら……人を殺してた」

「な、なにぃ~!?」


ゲンザンがベタなリアクションを展開するなか、ユーリンは冷静に質問した。


「……誰を殺したの?」

「……黒ずくめの人達……襲ってきたから……」


テルールはうつむいてそう答えた。

罪悪感を感じているのだろうか?

ユーリンは不思議に思いつつも、さらに質問した。


「なんでオルールを止めたいの?」

「……彼は今……暴走してる……このまま放っておけない……」


テルールはその時、ユーリンの顔をジッと見据えた。

その言葉に偽りはないだろう。


「わかった。オルールは今どこ?」

「たぶん……海中ドッグ……あそこなら……アンドロイド用の施設がある」

「そう、じゃあ行こっか!」


ユーリンは明るく言って、テルールに案内するように言った。


                      ※  


ユーリン達は管制塔を出てその先の飛行場を横切り、一階建ての正方形の建物の前に来た。

その中には海上プラントの下にある海中ドッグへ続く巨大な搬入用エレベーターがあり、ユーリン達はそのエレベーターに乗り込むと海中へと続く長いトンネルを降りて行った。

トンネルの途中までエレベーターが降下していくと、ユーリンがテルールに質問した。


「君はオルールみたいに人を殺したいと思わないの? その、変な質問だけど……」

「……うん……私は……できれば人を殺したくない」


そう言って、テルールはうつむいてしまった。

ユーリンも、それ以上は聞くまいと口を閉じた。

本来、生体アンドロイドは主人である生身の人間、もしくは厳重に管理されたコンピューターの命令しか受け付けないはずである。

ユーリンが普段、依頼を遂行する際にレンタルしている戦闘用アンドロイドも同じだが、どんなに表現豊かな言葉が喋れても感情表現ができても、その個体を制御する存在がいなくなれば、その生体アンドロイドは即座に機能を停止し、動かなくなる。

しかし、極稀に自立した意思を持つ生体アンドロイドが生まれることがあるが、こういったいわば『不良品』は、即座に解体処分を受けることになる。

カトレアはその典型的な例であり、彼女がユーリンと出会った時も、まさしくこれから解体される直前であった。

目の前のテルールはというと、一見制御を受けているように見えるが、先程『人を殺した』と言った理由は襲われたからであり、今は『できれば殺したくない』と言っている。

普通の生体アンドロイドなら、『襲い掛かってくる者を殺す』とインプットさせれば、その通りに動く。

では、テルールの場合はどうか?

制御を受けているかと聞かれれば、非常に怪しい。

制御を受けているなら、先程のユーリンの質問には『できれば殺したくない』ではなく、『襲って来れば殺します』という具合になる。

その点を考えれば、テルールには自立した意思があると思われる。


(どうなってんのかな?)


ユーリンは頭の中でテルールが自立した意思を持つに至った経緯を考えた。

人為的なものなら違法だし、偶然のものなら、言葉は悪いがなぜ『廃棄』されていないのか?

しかし、ユーリンがいくら考えても、答えは出なかった。

しばらくするとエレベーターが止まり、ユーリン達は海中ドッグへと出た。

その場所には潜水艦が収まるであろう広いドッグが二つ横並びになっており、そのドッグに満たされている海水がユラユラと蠢くなか、ユーリン達はドッグの奥へと進む。

やがて頑丈で巨大な扉の前まで来た。


「…ここ…」

「よし、分かった!」


ユーリンは拳銃の弾倉を確認すると、下方に構えて扉の横にある端末を操作しようとした。


「お、おい……あれ!」


ゲンザンは震えた声で、扉の右側のエリアに積まれた複数のコンテナを指差した。

ユーリンもコンテナの方を見ると、下のコンテナから赤い液体が流れ出ていた。

その液体はすぐ傍の側溝を伝って、近くのドッグに流出していた。

ユーリンとテルールはゆっくりとコンテナに近づき、テルールがユーリンに目配せをして扉を勢いよく開けた。

ユーリンは瞬時にコンテナに突入して拳銃を構えた。


「うっ!」


ユーリンは思わず怯んだ。

コンテナの中はムワッとした血の匂いで満たされており、奥には男女の区別もつかないぐらいに粉々に砕かれた死体が、累々と積み上げられていた。


「こ、こいつぁ……」


ユーリンの後ろで、ゲンザンが茫然としている。

テルールもコンテナの中を見て驚いていたが、ユーリンは血の臭いに吐き気を催しながら、注意深くコンテナの中を観察した。

死体が誰であるかは、遺体のあまりの損壊具合で分からなかったが、辛うじて服と分かる部位や布の切れ端から、この施設を襲撃したであろう黒ずくめの集団と、施設の従業員、客として来ていた漁師達であることがわかった。



「なるほど。コレをオルールと君が?」

「……たぶん……でも、私はここに遺体を置いてない……」


テルールがそう言うと、扉が音を立ててゆっくりと開きだした。


「おい、社長さん!」


ゲンザンの声に急かされて、ユーリンとテルールはコンテナから出て扉の前に立ちはだかった。

ユーリンは左手にナイフ、右手に拳銃を構え、テルールはコートの中から二本の巨大なマチェットを引き抜いて身構えた。

横にスライドする扉の隙間から垣間見え、やがて扉が開き終わるとこの騒動を引き起こしたであろう張本人が現れた。


「……オルール……」

「うー……」


テルールとオルールは向かい合ったまま、微動だにしなかった。

オルールの後ろには、培養液が満たされた二つの等身大のポッドがあり、その右側にはカトレアも使っているアンドロイド用の休眠装置、左側には無数のコードが繋がれたイスが設置されていた。

やがてユーリンの緊張が極限まで高まった時、オルールがチェーンソーの電源を入れた。


「がぁーっ!!」


あの例の独特なチェーンソーの高音を発しながら、オルールは突撃してきた。

ユーリンは即座にオルールの両足に全弾発射した後、コンマ数秒で弾倉を交換すると、今度はオルールの頭部と胸部に三発づつ発射した。


「ぐぁっ!?」


ダメージを与えられたようで、オルールはそのまま転げそうになった。

そこに、テルールが渾身の飛び膝膝蹴りをオルールの顔面に浴びせる。

オルールの巨体は勢いよく後方に吹き飛ばされ、ポッドに叩きつけられた。

ガラスが叩き割られ、中から培養液が勢いよく流れるなか、テルールは二本のマチェットを床に倒れているオルールの胸に突き刺した。


「あがぁーっ!!?」


オルールは絶叫し、テルールが離れると立ち上がって周りの機材を巻き込みながら暴れ、やがて崩れ落ちて動かなくなった。


「……やったか?」


ユーリンとテルールの後ろから、ゲンザンが静かに言った。


「たぶん」


ユーリンも静かに返答した。


「よっしゃあ! やってやったぜ!」

「あんたがやったわけじゃないでしょ!?」

「かてぇことぁ気にすんな! さ、ちゃっちゃとミルタに帰ろうぜ? 疲れていけねぇや!」


そう言って、ゲンザンは巨体を揺らしながらエレベーターに向かって行った。

ユーリンが溜息をついて、ふとテルールの方を見ると、彼女は床にうつ伏せに倒れたオルールの方をジッと見ていた。


「大丈夫?」

「……うん……」


そう言って、テルールもエレベーターの方へ向かってしまった。

テルールの後ろ姿を見送るユーリンは、再びオルールの方を見た。

彼をよく見ると、やはりその姿は異様ともいえる姿をしていた。

背中の筋肉は膨張しすぎて皮膚を切り裂いており、右足は機械式の義足のようだった。

彼も生体アンドロイドだとすると、誰が彼を作ったのか、ユーリンの疑問はますます深まっていった。

ユーリンが何気なく目線を上に向けると、そこには見覚えのあるマークがあった。


(これは……!)


それはずっと昔に、幾度も見た紋章。ユーリンにとって忘れがたい呪いの印だった。


「奴らだったのか……」


それは、かつてユーリンが国軍時代に所属していた部隊『死神部隊』を解散にまで追い込んだ怨敵の紋章だった。

ユーリンの心に暗いものがせりあがったきた時、ずっと音信不通だった無線機が音をたてた。


「マスター? 聞こえますか、マスター!?」


それはカトレアの声だった。

カトレアがユーリンの事を『マスター』と呼ぶときは、切羽詰まった状況の時が多い。

ユーリンは気を取り直して無線に応じた。


「カッチャン? 今までどうしてたの?」

「それはこっちのセリフです! 今どこにいますか?」

「海中ドッグ。今から地上に出るよ。

それと、色々と片付けなくちゃいけないことがあるから、歩兵部隊を降下させて、この施設を徹底的に調べてくれる?」

「了解です!」


無線が切れると、ユーリンもエレベーターに乗り込んだ。

再び動き出したエレベーターは、今度は地上に向かって上昇していった。

地上まで上がり、外に出ると無数のヘリコプターの羽音と共にすでに朝日が昇りかけていた。

ユーリン達はヘリから降下して走ってくるアンドロイド歩兵達の波をすり抜けながら、ヘリポートまで向かった。

未だに管制塔に籠城しているであろう施設の人達は、この際アンドロイド歩兵達に任せても良いだろう。

というか、あそこまで行くのが、ユーリンには面倒臭かった。


守衛所を通り抜けてヘリポートまで行くと、ジークフリート社のヘリの前で、カトレアが直立不動で待っていた。


「その方は?」


カトレアはテルールの姿を見ると、即座に聞いてきた。


「施設で見つけたんだ。一緒に連れて行って?」

「……かしこまりました」


ユーリン達は、決して広くないヘリに乗り込むと、そのままミルタへ飛び立っていった。


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