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鋼鉄のゾルダート  作者: 印西たかゆき
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第一話二部 軍隊のいない世界

ギルト共和国は、この惑星の南方にあるヤルタ大陸に存在する国家の一つである。

その位置は広大な大陸の最南端に位置しており、一年を通じて気温が高い常夏の国である。

特にユーリン達が居住するミルタは、この国の中でも随一の高気温を記録する地域であり、政府が熱波対策や高温による被害軽減のための特別予算を組むほどである。

そして、この国の首都であるゴルゴグラードはミルタから北に位置している。

現在のギルト共和国首相はラルド・ホーケンであるが、彼はユーリンに恩があった。

ユーリン達のヘリがプスンプスンと黒い煙を上げ、ガタガタと揺れながらゴルゴグラードのヘリ専用発着所に降り立つと、ユーリン達はタクシーで首相官邸まで向かい、守衛に事情を説明すると、守衛は無線で指示を仰いだ後にユーリン達を首相官邸の中に通した。

中に入ると、そこにはすでに秘書官らしき男性がおり、『おはようございます』と無表情で言った後にユーリン達を首相執務室の前まで案内した。


「では」


そう言って、男性は来た道をスタスタと歩いて行った。

しばらくして、他に人の気配がいないのを確認すると、ユーリンとカトレアは小声で話した。


「どのように?」

「強盗スタイルで」


そう言ってユーリンは深呼吸をして、


「おらぁ!!」

「ひぃっ!」


執務室の頑丈な扉を蹴破って突入した。

そこにはギルト共和国首相であるラルド・ホーケンがおり、ユーリンに武装強盗の面影を見たラルドは、完全に腰を抜かして床に倒れこんでしまった。


「よぅ、おっさん」

「な、なんだ、ユーリンさんですか。依頼の件でしたら―」


その先の言葉をラルドが発する前よりも早く、ユーリンの右手がラルドの襟首を掴んで床に叩き付けた。


「ぐぶっ!?」

「おっさん、実は困ったことになってさ―」


あまりの苦しさに床でもがき苦しむラルドを無視して、ユーリンは実に困り果てた様子で説明を始めようとした。


「社長、ラルド首相が危険な状態ですが?」

「ん? あ、ごめんね、おっさん!」


そう言ってユーリンがラルドの襟首から手を放すと、ラルドは「まぁ、とにかく」と言ってヨロヨロしながら二人をソファに案内した。

ユーリンはドカッとソファに腰掛けると、事態の説明をした。


「……そういうワケで、この国のキューブで僕らの戦力を補充したいんだけど?」

「も、もちろんです、どうぞ、どうぞ」

                           

ユーリンの説明を聞いて、ラルドはその提案を快諾した。

第十三次宇宙戦争期、宇宙中にその姿を現した謎の物体『キューブ』……

この物体は縦横共に百メートルの正方形であり、表面は黒光りしている。

このキューブの表面に触れると端末のようなものが現れ、端末には当時存在した五つの国家で使われていた言語が書かれていた。

そして、その端末に『石油』と入力すれば封入された石油がキューブから出てくるなど、資源を自在に抽出することができた。

その中にはこの星に存在しない数多くの資源も含まれていた。

しかし原因は不明だが、一定数の資源を放出するとキューブは消滅してしまう。

このキューブによって、元から実証段階まで進んでいたありとあらゆる科学技術が実現可能になり、それまでの宇宙戦争の代名詞であった宇宙航行が可能な航空母艦からの艦載戦闘機による戦闘は姿を消し、最終的には人型機動兵器による電撃戦へと変貌した。

そして、失った戦力はどの勢力の物にもなっていない野良キューブか、国家が保有しているキューブから補充する。

テロ組織であるガルムは、野良キューブを先月まで保有していたため、ある程度の戦力を保有していた。

一方、ギルト共和国の保有キューブ数は十二個であり、国家の保有数としては普通であった。


「それじゃ、僕もう行くから」

「あ、あの、依頼の方は?」


仮にも一国の首相の首を締め上げたにも関わらず、ユーリンがシレッと帰ろうとすると、後ろからラルドの心配そうな声が聞こえてきた。


「ん? もちろん引き受けるよ」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします! 奴らの本拠地はカトレアさんのタブレットに転送しておきますので、何卒お願いします!」


喜びのあまりに祈りのポーズをするラルドに向かって、ユーリンはその風貌に似合わない凄みを効かせて言い放った。


「言っとくけど、報酬支払わなかったらこの官邸が木端微塵に―」

「も、もちろんです! ええ、わかっていますとも!」

「そう、ならいいんだ!」


ラルドのその言葉を聞いて、ユーリンはパッと子供らしい笑顔を浮かべると、カトレアと共に首相官邸を後にした。

相変わらずいつ落ちるのか心配になってしまうほどの揺れを発するヘリの機内で、ユーリンは眼下の不毛の大地を見てボソッとつぶやいた。


「馬鹿なもんだね……」

「は?」


いつものユーリンらしくない、まじめな様子にカトレアも思わず聞き返してしまう。


「だってさ、自分達で制御できないような力を行使した結果がコレだよ? イカレてるとしか思えない」


第十三次宇宙戦争。その結末はあまりにもあっけないものだった。

当時の世界政府大統領の暗殺をきっかけに始まった争いは、人類がそれまで引き起こしてきた宇宙戦争とは違い、人類に自分達が住む惑星に対して無差別に戦略兵器を使用することを容易に許した。

その戦略兵器は核弾頭であったり細菌や毒ガス兵器、大質量物質の投下、広域先制攻撃兵器など、当時の科学技術の粋を集めて制作された兵器達だった。

キューブがその争いを激化させたことは言うまでもない。

そして、その戦争による後遺症は今も続いており、惑星の半分ほどが、人が住めず木々さえ育たない死の大地に変わってしまった。


「おそらく……コレらは人類に対する罰だと思います」

「……そうかもね」


その後はなんとなくしんみりした空気になってしまい、二人とも終始無言で帰路についた。


                           ※


「それで、今のウチの戦力はどんな感じ?」

「だいぶ改善されました。まずはこちらをご覧ください」


ユーリン達は再びアパートに戻って、依頼に取り掛かる準備を始めていた。

パイプイスに座るユーリンに、カトレアが提出した液晶タブレットには今回の依頼を遂行するための戦力が表示されていた。

歩兵が約四十名前後、戦車が四両、歩兵戦闘車が十二両ほど、自走榴弾砲が四両、その他はユーリンとカトレアの搭乗機であるクリーガーとイェーガーであった。

ところで、戦史研究者の間では第十三次宇宙戦争は人類の六割が死滅した、史上最大規模の戦争と言われている。

その後、人類はこれ以上の惨禍を食い止めるため、自らが保有する国軍を解体し、あくまでも自衛用として警察機構を最低限に武装化させた。

しかし、各国上層部はお互いの保身と権益をなんとか維持するための妥協案として、かつての軍隊規模の兵器を保有し、実質的な軍事活動などを遂行することができる『民間軍事会社』の設立を容認。

そして、戦後に発足した世界統一機構は、軍事会社を暴走させないためにオルバン条約によって軍事会社に対して法的拘束力を持たせた。

しかし、軍事会社の中には従来のテロ組織が発達したものも含まれており、生き残った国家でさえも、そういった組織を自分達が敵対する国家への『軍事力』として利用しているため、一般市民の生活は未だに脅かされていた。

ユーリンが社長を務めるジークフリート社は、いわゆる事態適応型の民間軍事会社であり、何でも屋のような存在であった。

しかし、


「ちょ、これって本当に補充したの!?」


現在のジークフリートの戦力は、何でも屋といってもガルムと対峙するにはあまりにも少なすぎた。


「仕方ありません、ラルド首相は臆病ですから」

「いやいやいや、どういうわけ!?」


はっきり言って、「臆病」というだけでは済まされないぐらいに戦力が少ない。


「ようするに、ラルド首相はガルムとはっきりと敵対したくないんです。家族に危険が及びますから」

「……アイツ、ハラワタ引きずり出してやる!」

「落ち着いてください、社長」


実際のところ、ギルト共和国にはガルムの影響力というものが少なからず存在する。

首都のゴルゴグラードとユーリン達の居住するミルタは別として、他の辺境にある村や町は、ガルムの構成員達が実質的に支配していた。


「とにかく、作戦の準備を終わらせてしまいましょう」

「むぅ~、なんか納得いかないな~」


そう言いながらユーリンはせっせと準備に取り掛かり、二人は個人の装備品をまとめると、アパートの隣に建てられている鉄骨とプレハブで出来た大きな格納庫に移動した。

埃っぽい格納庫の中には二機の人型戦術機動兵器が直立した状態で保管されており、普通ではコンクリートの床であるはずのむき出しの地面には、人型兵器用機関銃などに使う大型の弾丸や燃料の入ったドラム缶などが散乱している。


「それで、調整は大丈夫?」

「えぇ、問題ありません」


第十二次宇宙戦争中にプロトタイプが開発され、第十三次宇宙戦争で本格的に実戦投入された人型機動兵器は、現在もキューブから供給される素材を用いて製造が続けられており、愛称をバンツェルとして紛争から住宅、宇宙コロニーの建造まで幅広く使用されている。

クリーガーの足元まで歩き、愛機を見上げながらユーリンはカトレアに対して呑気に質問した。


「勢いで受けちゃったけど、これからどうする?」


バンツェルの第二世代機として開発されたクリーガーは、近中距離での戦闘を得意とする万能機であり、良好な整備性や信頼性の高さから大戦末期に大量生産され、戦後はすべての機体がブラックマーケットに流れたり、個人の所有物、博物館での展示物として余生を送ることになった。

ユーリンやカトレアが所有する二機も、ブラックマーケットで格安で手に入れた物である。


「まずガルムの本拠地を叩きます。

 ガルムの戦力は強大とはいえ、所詮はならず者の集団に過ぎません。

 なので、まず本拠地を襲撃してギヨタンを排除します。

 その後、共和国内のガルム構成員達を警察と共に各個撃破しましょう」

「なるほど、それで作戦は?」


クリーガーから離れて、ドラム缶や弾丸の周りをクルクル歩き回るユーリンは、カトレアの明晰な頭脳を頼りにした。


「まず戦力をガルムの本拠地近くまで移送します。

 その後は榴弾砲で本拠地を砲撃し、アンドロイド歩兵を乗せた歩兵戦闘車と戦車を突撃させます。

 歩兵などの軽装甲目標の殲滅を行います。

 社長は合図を確認したら、本拠地を徹底的に破壊、ギヨタンの排除を行ってください」

「カッチャンはどうするの?」


カトレアの愛称を言いながら質問するユーリンに向かって、カトレアは非情な一言を言い放った。


「私は出ません」

「え?」


その一言に泣きそうになりながら振り向くユーリンの反応を見て、カトレアは発言を撤回した。


「失礼しました。正しくは、私は突撃をしません。イェーガーを輸送機に搭載して空から援護します」

「ちゃんと出来るの?」

「ご安心ください。誤差五メートル以内で目標を破壊できます」


その誤差が命取りにならないことを、ユーリンは心の中で必死に祈った。


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