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鋼鉄のゾルダート  作者: 印西たかゆき
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第五話四部 そしてだいたいの者がいなくなった

ゴルゴグラードの北側入り口付近に設置された補給所で、パンツァー・クリーガーとイェーガーの整備を生体アンドロイドに任せて、ユーリン達は事前に持ってきた戦闘糧食と、ギルト共和国側が用意した食事を食べていた。


「社長、報告致します。

現在は相手側も休息をとっているそうです。

これからの作戦内容は?」


加熱した戦闘糧食の、金属の缶詰に入っているオイルサーディンを手づかみで食べるユーリンに、カトレアが話しかける。

彼女はユーリンより先に食事を終え、ユーリンが食事をしている間、現在はこの大規模な戦闘の前線基地となっているゴルゴグラード北側入口に集っていたギルト共和国のあらゆる情報機関の人間と接触し、相手側の情報を得ていた。

これほどの戦闘行為に参加できずとも、国家の情報機関は大戦前と変わらないほどの規模を持っている。

特にギルト共和国の情報機関は、首相がラルドになってから大幅に強化され、その実力は大陸随一の武装警察組織を持つハイド共和国と双璧を成すほどであった。


「とりあえずウチの戦力は?」


事前に用意された食事のハンバーグに、サルサソースをたっぷりとかけながらユーリンが聞くと、カトレアは液晶タブレットを取り出して話し始めた。


「……残念ながら全滅した模様です」

「わかった」


ユーリンは一心不乱にサルサソース付きのハンバーグを食べ終わると、一息ついてから作戦内容を話した。

彼らがいるテントの外は、相変わらずの大雨に見舞われていた。


「いい?

僕らのバンツェルを輸送機に乗せて、僕のパンツァー・クリーガーが降下したらカッチャンは狙撃で支援してくれる?」

「了解しました、すぐに手配します」


そう言って、カトレアは液晶タブレットを操作した後、輸送機の着陸場所をギルト共和国から支給された衛星携帯電話で指示した。


「それと、ラルド首相から連絡がありました。

ハイド共和国の指導者から、『要請があれば支援する』と」

「ふ~ん、まぁ、どうせドサクサに紛れてギルトの領土を占領でもするつもりなんだろうけどね」


ユーリン達が話し込んでいると、テントの外から男性の声が聞こえた。


「すみません、あなた方は民間軍事会社の人間ですよね?」

「? えぇ、そうですが?」


ユーリンとカトレアがテントの外に出ると、幼い女の子を抱えた女性と傘を差した男性が立っていた。


「あの、どうかお願いします! 私たちを助けてください! お願いします!」


ユーリンが状況を飲み込めずにいると、カトレアがユーリンに話しかけた。


「社長、あちらを」


ユーリンがカトレアの指差す方向を見ると、ユーリン達のいるテントから見て、臨時で建設された兵器の整備区画を挟んだ大きな通りに、大小の車が列を作っていた。

しかもその上には家財道具らしき物が積まれている。


「我々はここを離れたくないのです! どうか我々を見捨てず、彼らを倒しては頂けませんか!?」


ユーリンがしばし呆然としていると、男性も必死な様子で頼んできた。

そんなユーリンの様子を察してか、カトレアがユーリンの代わりに家族に話しかける。


「ご安心下さい。我が社は契約内容に著しい不手際がない限り、必ず依頼を果たして見せます」

「おぉ! ありがとうございます! 我々はこれから他の街に避難しますが、どうかお気をつけて!」


そういって、おそらく家族であろう三人は近くに止めてあった自分達の車に乗って、再び長い車列の中に入って走り去ってしまった。


「……さて、引くに引けなくなってしまいましたね」


彼らが行くのを確認してユーリンの顔を覗き込むように見るカトレアに、ユーリンははっきりと答えた。


「……うんっ!」


気のせいか引きつり気味の笑顔を浮かべるユーリンの頭上には雷雲が迫り、辺りは暗闇に包まれて雨はますますひどくなっていった。


                    ※


輸送機の振動に耐えながら、ユーリンは必死で作戦を練っていた。

カトレアには咄嗟に指示を出したが、具体的な作戦はない。


(やるしかないか……)


敵側は、この休息の間にハイド共和国のキューブから生体アンドロイドを生成して、戦力の回復を図るのはユーリンにも読むことは出来た。

しかし、生体アンドロイドは命令を下す生身の人間がいなくなると降伏するか機能を停止させるので、ユーリンとしては、なんとしても敵側の人間の数を減らす必要があった。

ユーリンが思考していると、輸送機を操縦しているアンドロイドから無線が入った。


「まもなく作戦区域です。ご準備を」

「了解」


補給所で輸送機にバンツェルを収容している間、カトレアが敵側の人間の集合地点を情報機関から聞き出していた。

そのため、何となくの気分でここまで来てしまったが、やはり具体的な作戦は思い浮かばない。


(仕方ない……)


ここまで来たからには覚悟を決めるしかない。

幸い、カトレアが上空でイェーガーを使って援護してくれるため、あまり被弾せずに済むだろう。

ユーリンはパンツァー・クリーガーを用いた敵勢力の殲滅作戦を、即席で思いついた。


(ま、なんとかなるでしょ!)


意を決して、ユーリンはパンツァー・クリーガーを起動させてカメラアイを暗視モードに切り替えると、パンツァー・クリーガーを後部ハッチに移動させた。

ハッチが開き、漆黒に染まっているであろう空を見つめて、ユーリンはパンツァー・クリーガーを勢いよく機外へ飛び出させた。

輸送機が飛び出す衝撃で少し揺れるなか、パンツァー・クリーガーは重力に従って高速で大地に向かって落下していく。

コクピットの減重力システムのおかげで、多少は状況を確認できるユーリンは、正面のモニターで下の様子を確認した。

降下地点の二キロほど南に、敵の物であろうバンツェル群が非稼働状態で直立していた。

カトレアを通じて情報機関からもたらされた情報通り、おそらく敵も休養しているのだろう。

高度が一定以下になると両肩に設置されたパラシュートシステムが起動し、パンツァー・クリーガーの頭上に複数の丸い形をした落下傘が広がった。

速度が多少落ちたパンツァー・クリーガーは地面ギリギリのところでパラシュートシステムと連動した追加ブースターを噴射させ、地面に着地した。

突然の轟音に驚いたのか、パラシュートをパージしている最中も、敵が動く気配が無かった。

ユーリンは左右と中央の液晶パネルを操作して、パンツァー・クリーガーに武器を構えさせた。


「やぁ、諸君」


百ミリ突撃小銃と百八十ミリ対装甲砲の砲身が闇夜の中で不気味に蠢く。

やっとのことで襲撃を察知した敵は、次々と旧式バンツェルのファイントに乗り込むがもう遅い。

ユーリンは深呼吸をして、一言叫んだ。


「死ぬにはいい日だっ!!」


二つの激しい閃光が闇夜を照らし出し、はじき出された薬莢が雨で濡れた大地を穿つ。

ファイントの装甲はたちまちハチの巣になり、燃料が血飛沫のように噴き出す様子を見て、ユーリンはいわゆるトリガーハッピーの状態になっていた。

しばらくして赤い光が空から降り注いで、敵の宿営地や装甲車を焼き払う。

カトレアがイェーガーを輸送機に載せて上空から援護しているのだ。

突撃小銃と対装甲砲の焼け付く二つの銃身が、雨に打たれて水蒸気を発しながらなおも連射していると弾薬が尽きたのか、いくら引き金を引いても動かなくなった。

ユーリンは弾薬コンテナと装備をパージし、使用できるようになったブースター群をフルに活用して、両腕に設置された装備ラックからビームサーベルを手に取ると、残りのバンツェルに向かって突進してその機体を次々と切り裂いた。

まるで鬼神の如き戦いを見せるパンツァー・クリーガーに、遠くでその様子を見ていた他のファイントは恐れをなしたのか、一目散に逃げていった。

しばらくしてユーリンがモニターで辺りの様子を確認すると、敵らしき姿は確認できなかった。


「敵戦力の消失を確認。依頼を達成しました」

「はぁ、はぁ、了解」


ヘルメットのスピーカーから聞こえてくるカトレアの声を聞き、ユーリンがパンツァー・クリーガーの戦闘態勢を解除してしばらく輸送機を待っていると、突然コクピットに衝撃が走った。


「な、なに!?」

「敵歩兵です! 社長、後退してください!」

「わかった! あとは頼んだよ!」


ユーリンは機体の操作をマニュアルに切り替えて方向転換すると、フットペダルを限界まで踏み込んだ。

こちらの方が操縦桿で操作するよりも速度調節がしやすい。

直後、パンツァー・クリーガーの周りで赤い閃光が次々に降り注いだ。

カトレアの搭乗するイェーガーの連装式重粒子狙撃銃による狙撃支援である。

闇夜の中でブースター群の激しい閃光を輝かせながら、クリーガーはギルト共和国の首都に帰って行った。


                              ※


首相官邸の首相執務室で、中年の紳士に肩を揉まれながら、ユーリンは得意満面に言った。


「それでさぁ、おっさん。こんだけ働いたんだからもう少し報酬増やしても良いんじゃないの?」

「か、勘弁してくださいよ、ユーリンさん……」


ユーリンの肩を揉みながらラルド首相は辟易としていた。


「いけません、社長。一人二億アルクという契約です」


ラルドは目にうっすら涙を浮かべてぶっきらぼうな女性を見つめた。


「カトレアさん……あなたは心の広いお方だ。どっかの金満社長とは大違い―」

「おぅ!?」

「ひっ! す、すみません……」


しかし、金満社長の一言により、再び胃が穴だらけになりそうなストレスに晒されてしまった。


「はぁ……まぁ、それはいいや。とにかく約束の二億アルク、ちゃんと払ってね?」

「えぇ、それはもちろんです」


いささか空気が和やかになったところで、ユーリンはラルドに質問した。


「それで、ハイド共和国の大使はなんて言ってきたの?」

「『我が国に潜伏している犯罪者が迷惑をかけました。陳謝します』とだけ……」

「ふ~ん、まぁ、どうせそうくると思ったけど」


ユーリンはそう言ってソファから立ち上がり、ラルド首相の感謝の言葉を背にカトレアと共に執務室を出て行った。

首相官邸がある敷地のすぐ隣にあるヘリポートまで行き、自前のヘリでアパートまで帰ると、ユーリンは真っ先に風呂に入った。


(はぁ、生き返るなぁ~)


ここ数日忙しすぎて風呂に入っていなかったユーリンにとっては、まさに至福のひと時だった。

風呂から上がってパイプイスに座ると、キッチンの方でカトレアが料理をしていることに気付いた。


「カッチャン? 何してるの?」


何をしているかは知っているが、あえて聞いてみる。


「実は料理を―」

「あぁ、いいよ、今日は」

「ダメです!」

「はいっ!?」


珍しく、本当に珍しく否定の感情を露わにするカトレアに、ユーリンは驚いてしまった。

思わずソファの方へ移ると尻に違和感を感じた。


「ん?」


手を伸ばして下にある物を拾ってみると、それは料理本だった。

しかも小学生の女の子が読むような、無駄にキャピキャピした内容の。


「……カッチャン?」


カレーをユーリンの手前に置いたカトレアは、彼が料理本を持っているのを見て、硬直してしまった。


「な、なぜそれを?」

「ソファの下にあった」


しばらくすると、カトレアが少女のように顔を覆い隠してユーリンに訴えた。


「し、仕方ないじゃないですか!

マスターはいつも私の料理をまずいって言うし、私だって感情というものがないわけじゃないんです! 自分が忠誠を誓う人に、手料理を食べて喜んでほしいんです!」


カトレアの必死の訴えに、ユーリンは己の軽率さを恥じた。

まさかそこまで追い詰められていようとは。


「カッチャン、ごめん」

「え?」

「わかったよ、僕、カッチャンの料理、食べるね?」


そう言って、ユーリンはスプーンでカレーを口に運んだ。

黙って食べるユーリンを、カトレアが固唾を呑んで見守る。


「うっ!」

「社長!?」

「うまい!」

「本当ですか!?」

「わけないだろうっ!」


怒りで白い顔をたちまち紅潮させるユーリンは、さらにまくしたてる。


「なにこの強烈な酸味!? なに入れた!?」

「その、料理本に『好きな人には自分の体の一部を入れて食べさせれば良い』と書いておりましたので、私の栄養源である天然オイルをドバドバと入れさせて―」

「殺す気かぁ! なにこの本!? 体の一部って病んでるじゃんか、それ!!」

「す、すみません、マスター……」


完全に落ち込んでしまったカトレアを見て、ユーリンは自身の正直な考えを述べた。


「はぁ……あのねカッチャン。僕はね、カッチャンが一緒にいてくれるだけで良いんだよ?」

「え?」

「良いかい? 一人でいるのは辛い、あまりにも辛すぎる。

だから、僕はカッチャンがいつも通り無表情に無感情に接してくれるだけでも本当に嬉しいの。

この世界で僕の存在をたった一人知ってくれている人がいれば、僕はその人にどんなに欠点があったって、気にしないよ?」

「は、はい! わかりました、それではいつものように」


スッと無表情に戻ったカトレアを見て、ユーリンは微笑んでいた。

二人のいるリビングの机に置いてある液晶タブレットが、二人分の報酬四億アルクが振り込まれたことを告げた。


カトレアさんのキャラ崩壊は名場面のつもりで書きました!

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