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鋼鉄のゾルダート  作者: 印西たかゆき
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第五話三部 群れるオオカミ共と孤高の兵士

ユーリンはパンツァー・クリーガーに乗り込んで、中央の起動ボタンを押してパンツァー・クリーガーを起動させていると、ヘルメットのスピーカーからノイズが聞こえてきた。

中央の液晶パネルを見てみると秘匿回線と表示されている。


「社長」

「どうしたの、カッチャン?」

「先ほどから気になっていたのです。

敵の戦力と比較して我が方の戦力はあまりにも少なすぎる気がします。

もしもの場合は撤退を視野に入れたほうがよろしいかと」

「うん、わかった」

「それでは、失礼します」


カトレアが言ったことはユーリンも気になっていた。

これだけの大仕事なら当然報酬も段違いに良い。

たいして頭の良くない他のゴロツキ軍事会社の人間がこんな依頼を蹴るというのはユーリンには考えられなかった。

一応ユーリン達やイーヴォの会社は別として、犯罪集団に近い他の会社が四つしかいないというのはどう考えてもおかしかった。


(相手のバックに気付いて逃げたか、実際の戦力差にビビって逃げたか……)


いずれにしても依頼を受理した以上、自分は出来る限り戦うつもりでいたが、もしもの場合は業務遂行に著しい欠陥ありということで撤退することも頭の片隅に放り込んでおいた。

その他にも、ユーリンには気になることがあった。


(性格変わったなぁ~)


どうも最近、カトレアの様子がおかしい。

最初に出会った頃に比べれば口数も増え、微妙に表情も表すようになった。

ユーリンが思考の海を漂っていると、再びヘルメットから女性の声が聞こえた。


「民間軍事会社の皆様。作戦時間となりましたので、行動開始してください」


無機質な声色に対して、ユーリンもかしこまった口調で応答する。


「了解」


ユーリンは声の主に覚えが無かったが、彼女がどこの所属かはだいたい推測できた。

通常ならオルバン条約により、一つの依頼に対しては依頼を遂行する民間軍事会社は一社のみという決まりだが、今回のような大規模な軍事作戦を伴う依頼となると、その依頼主のほとんどは国家であることが非常に多い。

その場合、依頼を出す国家は惑星規模での統一政府である世界統一機構に依頼の内容をあきらかにし、様々な調査を受けた後に依頼内容が正当なものであることが認められたら、必要によって複数の軍事会社に依頼を出すことが可能となる。

そして、複数の民間軍事会社に依頼を出した場合、国家は自国の官庁を用いて複数の民間軍事会社の調整役となることが義務付けられる。

ギルト共和国の場合、この役目は防衛省内に設置された戦力評価庁が担っている。

この戦力評価庁からは、数人ほどの生身の人間とアンドロイドの混成部隊が送り出されることになっている。

しかし、実際の所は生身の人間は安全な場所からふんぞり返って状況を見ていることがほとんどで、実際の調整はアンドロイドが行っている。

調整役を官僚がやろうがアンドロイドがやろうが、依頼が達成されればすべて官僚の出世上の手柄になるからである。

そういった事実をユーリンも重々知っているため、今の女性はおそらくアンドロイドである可能性が高い。

もっとも、調整という役目は民間軍事会社の性質もあってあまり機能しておらず、戦力評価庁の役目はその名の通りどの民間軍事会社が自国にとって脅威となるか、また、利益となるかを見定める役目の方が大きい。

他の民間軍事会社の連中も今の連絡を聞いたのか、一斉にバンツェルを前進させた。

自分達の良い所を見せようと必死である。


「カッチャン」

「はい。

空挺部隊を敵陣地の後方に投入後、機甲、歩兵師団を突撃させ、山岳師団はヘリコプターで遊撃戦闘を行わせます」


相変らずの手際の良さだ。

ユーリンは秘書の有能さに感心すると、パンツァー・クリーガーをゴルゴグラード北側の入り口から外に移動させ、左右の液晶パネルで武器を選択した。

クリーガーは背部の装備ラックから突撃小銃と対装甲砲を取り出すと、入り口から見て左側にある林の方へ走って前進した。


「社長? どちらへ?」

「ちょっと高見の見物。補給の準備よろしくね」

「了解しました」


パンツァー・クリーガーが林の中へ入って行くのを確認すると、カトレアは通常回線で今回の作戦のためにギルト共和国側が設置した兵站補給所に連絡を取った。


「ジークフリート社のカトレアです。作戦の発動を確認。補給支援の方お願いします」

「了解しました」


補給所にいる生体アンドロイドからの応答を確認すると、カトレアはイェーガーを右の丘陵地帯に前進させた。

そこにはすでに他の会社の狙撃仕様に改造されたファイントやイェーガー達がたむろしており、カトレアのイェーガーの姿を確認すると、一斉に声を上げた。


「ここにあんたらの場所はないよ!」

「他をあたりな、ねえちゃん!」


カトレアの所属するジークフリート社は、同業者に忌み嫌われていた。

なぜならジークフリート社の企業としての価値は、高い依頼完遂率と、裏切りや残虐行為の少なさ、オルバン条約やその国の法律を厳守するなどの尊法精神にあるからである。

これらの価値は民間軍事会社に否定的でありながら、実質的に安全保障のほとんどの部分を民間軍事会社に頼らなければならないというジレンマを抱えた数多の国家から非常に評価されており、人気が高かった。

尊法精神だけなら元国家警察関係者が創立した民間軍事企業でも十分備えているが、そのような企業は大概軍事兵器を用いた依頼では法律だけに目が行き過ぎて、実際には役に立たない。

そのため、ほとんどは国境警備や低強度紛争などしか依頼されない。

その点、ユーリンが代表を務めるジークフリート社は、そういった荒事にも強みを発揮しているため、ますます重宝される。

しかし、国家の仕事は高額なものがほとんどである。

その利権に食い付けないゴロツキ会社の連中にとっては、自分達の食い扶持を減らす可能性のあるジークフリート社を初めとした、いわゆる優良企業は目障りな存在だった。

その辺の事情もユーリンから聞かされていたカトレアは、仕方なく他の狙撃地点に移動することにした。

今ここで彼らを殺すことは簡単だが、少しでも自分達の生存率を上げるために、自分が所属する会社の評判をなるべく落とさないために、多少彼らに手柄を与えても構わないと考えたからだ。

イェーガーはそこから更に前進し、前線近くの丘に陣取った。

頭部カメラを望遠モードにすると、最前線では生体アンドロイドや装甲車などが入り乱れて戦っており、肝心の民間軍事会社や敵側のバンツェルは少し後方で待機していた。

威勢よく飛び出していった割には根性のない連中である。

左右と中央の液晶パネルから射撃姿勢と武器を選択した後、イェーガーを匍匐状態にしたまま、カトレアはジッとその時がくるのを待った。

一方、ユーリンのパンツァー・クリーガーはドシャ降りの雨のなか、林の中でラジエーターをブインブインいわせながら待機していた。

ここまできて、ユーリンがこの機体についてわかったことは、機体の駆動が非常になめらかであり、操作性もカトレアが調整してくれたのか、非常に動かしやすかった。

しかし、今回は百ミリ突撃小銃と百八十ミリ対装甲砲の弾丸を背部のハードポイントに取り付けた弾薬コンテナからベルトリンクで繋いでいるため、肝心のブースターが使えずにいた。


(まだかなぁ……)


実のところ、ユーリンは他の民間軍事会社のことなどまったく眼中になかった。

敵の勢力はかつて軍隊というものが存在していた頃の陸軍と同等の戦力を保持しており、バンツェルだけでも二百二十機存在する。

しかも、奴らの背後にはキューブを二十個保有しているハイド共和国が付いているわけだから、物量だけで見れば強大な軍隊と戦うのと変わらないことになる。

そのため、ユーリンとしては装甲車やアンドロイドよりも、それらを操るゲリラやテロリストだけを殺し、後はこの林に潜伏しながら隙を見て残敵を殲滅し、頃合いを見計らって離脱することにしていた。

幸い、機体の各部に設置されたハードポイントに燃料タンクやラジエーターを装備しているため、推進剤が切れたり機体がオーバーヒートすることはないが、かなりの長丁場になることを覚悟しての処置だった。

土砂降りの雨を正面のモニター越しに眺めること数十分。

意外とその時は早く来た。

ヘルメットのスピーカーからカトレアの声が聞こえたのだ。


「社長、たった今入った情報ですが、敵側の人間の数が減っています。

それを受けてアンドロイド同士の戦線が入り乱れ、敵味方双方の戦力が壊滅状態となり、現在はバンツェル同士の戦闘となっています」

「ウチの戦力はどうなったの?」

「現在の我が社の戦力は一個機甲師団、一個歩兵師団、一個山岳師団となっています。

残りは全滅した模様です」

「了解。それじゃ、僕たちは残りを叩こう。もうしばらく待機して?」

「承知しました」


それからまた数十分後、パンツァー・クリーガーの隠れているところから程近い場所に敵機の砲弾が飛んでくると、ユーリンはパンツァー・クリーガーの操作をマニュアルに変更してその場から下がって太い木の後ろに機体の中心が隠れるようにすると、膝立ちにして対装甲砲の三脚を降ろして突撃小銃を構えた。


「社長、味方が全滅しました。敵機残り百五十五機です」

「はいっ!?」


シレッと、とんでもないことを言い出すカトレアに驚いてしまったが、もともとユーリン側の戦力はゴロツキの類ばかりだった上に複数の会社が集まったとはいえ、バンツェルは二十機ほどしか無いようだった。

正直言って今まで戦線が保てたのは、ギルト共和国政府が消耗戦覚悟で、キューブから凄まじい勢いでアンドロイド兵や兵器類を生産し、民間軍事会社の兵力として前線に配備し続けた結果である。


「それと、先程から私の後ろでブルってる残りの連中が私にさっさと攻撃しろとうるさいんですが?」

「ほっとけそんな奴ら! それよりもウチの戦力を後退させて再編成、僕らは攻撃の準備を始めるよ!」

「了解しました」


ユーリンからの指示を聞くと、カトレアは新たに調達した四苦八苦式重粒子狙撃銃を構えた。

カトレアは正面の大型モニターに映る敵機を見据え、画面に現れた狙撃銃の照準をその敵機に合わせ、ゆっくりと右手の操縦桿のトリガーを引いた。

すると狙撃銃のリボルバーのようになっている銃身の一つの先端が赤く輝き、直後に閃光を発した後、十キロ程離れた敵陣に向けてプラズマを纏った一本の太い光を発した。

光は敵の旧式バンツェル、ファイント二機に命中するとその機体を瞬く間に蒸発させ、爆散させた。

しかし、それほどとてつもない威力にも関わらず、カトレアは少々不満げだった。


(雨で威力が減衰されたか……)


カトレアは中央の液晶パネルで狙撃銃の威力を最大にして、再び照準を始めた。

イェーガーは狙撃銃のボルトハンドルを上げると、狙撃銃の銃身が回転して別の銃身が設置された。

カトレアが右手人差し指のトリガーを押すと、そのままもう一発発射したが、すでに襲撃に気付いた敵機は機動陣形を取りながらカトレアに接近してくる。案の定、撃破できたのは二機だけだった。

ユーリンの操縦するパンツァー・クリーガーの正面モニターにも敵機の姿が見えると、ユーリンは敵機を捕捉して、両方の操縦桿のトリガーを引いた。

突撃小銃と対装甲砲が轟音を発しながら敵機を次々と撃破していく。

突然の襲撃に驚いた敵は陣形を崩して立ち止まると、すぐにカトレアの狙撃銃の餌食となった。

カトレアの容赦のない狙撃をかいくぐる敵機は、パンツァー・クリーガーのいる林めがけて百ミリ突撃小銃や加速粒子突撃小銃を乱射しながら突進して来た。

しかし、その弾丸や粒子は大木に阻まれてなかなか命中せず、逆にパンツァー・クリーガーの放つ突撃小銃と対装甲砲の餌食となった。

その後、五十機以上を撃墜したユーリンのヘルメットのスピーカーから、カトレアの声が聞こえた。


「社長、敵が撤退を始めました。いかがなさいますか?」

「やっとか……とりあえず後退して補給と整備を受けよう……」

「了解しました」


すでに熱を持った四つある銃身すべてに水蒸気を纏わりつかせたイェーガーは、直立状態になると首都の方へブースターで移動した。

クリーガーも、撃ちまくって多少軽くなった機体を首都の方へ走らせた。


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