第一話一部 とあるアパートの民間軍事企業
どうも、こんにちは。
民間軍事会社『ジークフリート』代表取締役のユーリンです!
この小説は、基本的に僕の活躍を中心としたハートフル戦記モノです!
どうぞよろしくお願いします!
「で、なんでこうなった?」
常夏の国、ギルト共和国最南端に位置する港町ミルタ。
その郊外にある一軒の木造アパート。
そのアパートの外観はボロボロで、一階に住人はおらず、二階には少年と女性が住んでいる。
少年はこのアパートの大家であり、女性は少年の部屋の隣で部屋で暮らしているが、家賃収入はない。
そのアパートの大家である少年の部屋の埃っぽい廊下を進んだ右側には、角材とベニヤ板で作られたテーブルと、シートカバーがボロボロになったパイプイスが置かれたリビングがある。
そのリビングのパイプイスに座る白髪の少年の問いに、テーブルの前に立っている黒髪の女性はしれっと答える。
「運営資金が尽きたからです、社長」
「だが、今回の作戦報酬は高額だったはずだが?」
女性の答えに納得のいかない少年は、少しイラついた口調で再度問いかける。
水道・ガス・電気を止められ、食料を買う金も尽きようとしていれば、どんな人間でもイラつくものである。
アパートの外はムワッとした湿気と猛暑に見舞われており、半開きになった格子付きの窓からは熱風が入り込み、ギラギラと輝く太陽から送られてくる陽光が部屋の中を照らしていた。
しかし、黒髪の女性はこのような環境など気にも留めていないのか、無表情で少年の問いに答える。
「はい。
ですが、先方は『作戦時間の超過』を理由に報酬を支払いません」
「……そうか」
女性の説明を聞き終わり、静かに目を閉じてパイプイスに深く腰掛けた少年は溜息をついた。
このアパートの内装は外観と同じようにボロく、エアコンや扇風機がないために部屋の中にいるにも関わらず、少年の皮膚からは大量の汗が噴き出ており、身に着けた白のタンクトップはビショ濡れだった。
そして、とうとうこの環境に耐えきれなくなった者が現れた。
「うっそ~!? そんなことがあってもいいのっ!?
ねぇ、どうする!? 冗談抜きでどうする!?」
今まで自分なりに考えた社長としての威厳を保つことを忘れ、心のガラス棒がポッキリと折れた少年が、本来の性格を露わにする。
その様子を目の前で目撃している女性は、まったく表情を変えずに言い放った。
「落ち着いてください。キモいです」
「だってさ~」
少年の名前はユーリン。
外見は十二歳ぐらいで白髪とピンクの瞳が特徴的な美少年であるが、これでも民間軍事会社『ジークフリート』の代表取締役を務めている。
ユーリンの目の前にいる女性はカトレア。
腰の辺りまである長い黒髪を後ろで一つに束ね、青色のメガネをかけており、必要なこと以外はあまり話したがらず、いつも無表情でいる。
彼女はジークフリート社の社員であり、ユーリンの秘書的存在である。
彼らが経営する会社は今、倒産の危機に瀕している。
というよりは、すでに本社を兼ねた自宅がこのような状態のため、実質的に倒産していると言っていい。
「……敵対勢力の殲滅っていう簡単な依頼で、報酬も良かったから受けたのに……
なんでこんな……」
「仕方ありません、相手は同業者ですから」
雨漏りのシミが所々に付いた天井を見ながら嘆くユーリンの前に立つカトレアは、報酬の不払いについてはある程度割り切った態度を示していた。
「とにかく、今はこちらをご覧ください」
「ん?」
そう言って、カトレアは懐から携帯記録メモリーを取り出すと、ユーリンの前に置かれたノートパソコンに接続した。
ユーリンが渋々パソコンに表示された記録メモリーのファイルを開くと、一つの作戦依頼の内容が画面に映し出された。
「これは?」
「前の依頼主と敵対関係にあるギルト共和国からの依頼です。
内容はガルムのリーダー、ギヨタンの排除及びガルム構成員の殲滅。
なお、ガルムは我々の前の依頼主になります。
報酬は一万アルクです」
その言葉を聞いて、ユーリンは心底驚いた。
「一万アルク!? 中古のゲームソフト二つで使い切っちゃうじゃん!」
「あ、失礼しました。報酬は一千万アルク。
いささか少ないように感じるかと思いますが、心配ありません。
弾薬や燃料費、その他の補充品や兵器輸送の経費は、すべて依頼主が払うとのことです」
ユーリン達が居住している星は、第十三次宇宙戦争による混乱の結果、ありとあらゆる形態の紛争が勃発し、そういった類の荒事を解決する民間軍事会社にとっては最高の稼ぎ場所となっている。
民間軍事会社には様々な依頼がくるが、なかには今回のトラブルのように依頼達成後に依頼主が報酬を支払わないことがある。
これらのトラブルに国家はおろか、同じ民間軍事会社の間でも見て見ぬフリをするため、弱小の民間軍事会社は泣き寝入りをするしかない。
「一千万か~。まぁ、しょうがないかな」
「依頼主は国家なので、報酬を支払わないということは無いと思われます」
ユーリンの会社にしても例外ではなく、目も当てられない弱小零細企業である。
しかも、運営資金は尽きており、他に依頼も来ない。
万が一にも国家が民間軍事会社への報酬を支払わなかったら、他の国家との貿易や民間軍事会社への依頼に支障が出るため、今回のようなトラブルが起きる可能性は低い。
その上、報酬を支払わなかったギヨタンを殺せるのは、ユーリンにとっても魅力的だった。
「よし、わかった。その依頼、引き受けよう!」
「わかりました。依頼を受理するとの返答を出します」
ユーリンは完全に浮かれ気分になっており、すぐにでも仕事に取り掛かる勢いだった。
しかしそんなユーリンに対して、カトレアは冷や水を浴びせかけるような質問をした。
「ですが、編成はどうします?」
「……今のウチの戦力ってどれくらい?」
ユーリンは恐る恐る質問してみたが、カトレアは手元の液晶タブレットを操作して現実を思い知らせた。
「現在の戦力はクリーガーとイェーガーのみです」
「……」
ユーリンの口元は何事か訴えているようだったが、あまりにも声が小さすぎて、近くにいるカトレアでも何を言っているのか、わからなかった。
「すみません、再度の発言を求めます」
カトレアはそう言いながらユーリンの口元に顔を近づけた。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」
「……」
自身の雇い主が精神崩壊を起こしている事に気が付くと、カトレアはさっさと荷物をまとめて部屋から出ようとした。
「ま、待って! 冗談! 冗談だからっ!」
「……だと良いのですが……」
そう言ってカトレアは素早く荷物を元の位置に戻すと、再びユーリンの前に立った。
「ふぅ……
その、今ある兵器がクリーガーとイェーガーしかないって、ホントなの?」
「残念ながら」
そう、現在のジークフリートの戦力は二機の人型戦術機動兵器だけだった。
しかし、この兵器はただ動かすだけでも多大なコストがかかる。
もっとも、今回の作戦に必要な経費は依頼主が全額補償することになっているので、運用費に関しては問題ない。
しかし相手が相手だけに、この戦力だけでは依頼を完遂することなど不可能に近かった。
「ま、まさかそんなにやられてたなんて……」
そのような問題がある事に加えて、社長であるはずのユーリンは自社の戦力をまったく把握していなかった。
「ギヨタンからの依頼を完遂した際、別の追加目標を殲滅することになった結果です。
なんとか殲滅しましたが、今まで我が社が保有していた兵器類はほとんど破壊されました。
社長もその作戦に参加していたはずですが?」
「それはそうだけど……あの依頼、なんかおかしかったんだよねー」
珍しく自分と同じことを考えていたユーリンに対してカトレアは心の中で感心し、普段からチャランポランな雇い主に対して当時の状況を順を追って説明し始めた。
「えぇ、私もそう思います。
まず、あの依頼は私のタブレットに直接送られてきたものでした。
私はいつも通り社長に依頼内容を報告しました」
「うん、そうだね」
ユーリンの相づちを聞いて、カトレアは話を進める。
「その後、社長は依頼内容に記載されていた依頼人の住所へ向かわれました」
「うん。まぁ、明らかに反政府ゲリラか快楽型のテロリストって感じだったけどね。
内容に不審な点はなかったし、交戦規定もポジティブリスト。
民間軍事法令に対する違反の心配もないし、報酬も八千万アルクっていうから依頼を受けたの。
まぁ、今考えればちゃんとお金を確認しておくべきだったね」
再度、カトレアが話を引き継ぐ。
「社長が本社に戻ってすぐ、依頼内容に応じた戦力の準備に取り掛かりました。
最初の敵勢力は奇襲作戦ということもあり、たいした損害も出さずに依頼を達成できました」
「そう、でも帰投中にギヨタンから通信が入って、『報酬は三倍払うから、もう一つの敵対勢力も排除してほしい』って連絡がきたんだよね」
カトレアが台所から水をコップに注いで、ユーリンの手元に置いた。
ユーリンが一飲みすると、カトレアが話を再開した。
「しかし、その敵勢力は徹底的に隠密状態で接近した我々に先制攻撃した挙句、非常に強固な防御陣地と高度に統制された隊形を維持していました。
数だけ多い、貧弱な装備しか持たない素人ゲリラであるにも関わらずです。
これが我が社が保有している兵器の大半を損失してしまった理由ですが、なぜなんでしょう?」
自分の方をチラッと見るカトレアに対して、ユーリンは一つの仮説を立てた。
「ギヨタンが指示した?」
「おそらくは。報酬を支払わないのは我々が生き残ったのが予想外だったためで、元々用意していなかったか、単にそれだけの大金を持っていなかったのでしょう」
カトレアのその説明を聞いて、ユーリンも推理を始める。
「最初の敵勢力は自分達にとって本当に邪魔になる存在だったから僕らに始末させて、追加の敵勢力に自分の部下達を使って僕らを消そうとした?」
「おそらく」
カトレアがうなずくのを見て、ユーリンの頭の中に報復の二文字が浮かんだ。
(でもなぁ~)
そう、あまりにも戦力が少なすぎる。
いくら相手の錬度が不十分とはいえ、今のままでは戦力差がありすぎる。
(やっぱりあいつに頼むしかないか)
ユーリンはパイプイスから立ち上がり、部屋を出た。
「どちらに行かれるんです?」
カトレアは急いで自身の部屋から黒の革張りアタッシュケースを持って、すでに階段を下りているユーリンに対して質問した。
「決まっているでしょ、ギルト共和国に行くの!」
ユーリンはそう言いながら、小走りでギシギシと軋む錆びた鉄階段を降りてアパートの裏に向かった。
そのアパートの裏手には整地した大地と麻袋で作った土嚢で出来た即席のヘリポートがあり、二人はいまや数少ない財産となった自前の中古ヘリでギルト共和国へ向かった。