第4章 初砲式
春。濾過に殺されるまで。
※人死に注意
第4章 初砲式
『CPS』を殺す。
やることはそれだけだ。
『else』はふーっ、と息を吐いて、もう一度スコープを覗き込む。
スコープ内には二人の男女がいる。平等轆轤と、平等濾過だ。わざわざ玄関から尾行したのだ。間違いは無い。そして、二人が留まったこの場所で、仕留めようと思った。
二人はある喫茶店のカフェテラスに座っている。ここはそのカフェテラスの様子が良く分かるビルの屋上だ。周りに人はいない……当然だ。廃ビルだから。ここで不審な行動をしても気づかれはしないだろう……あくまでも、これは完全犯罪であることが重要なのだ。
魔法を使わなければ不可能だと思わせる……少なくとも一般人には。
音速は超えないらしい。だからとても音が静かだ。つまりこの銃は何よりも暗殺に向いている。
トリガーに少し力を込める。
「…………」
なんてことはない。ただ狙いをつけて、引くだけだ。銃の訓練は受けていなくとも、発射台に固定されているため大きくしくじることはない。試し撃ちだってした。殺そうと思えば、確実に殺せるだろう。
「…………」
殺す。
人を、殺す。
轆轤が席を立った。移動する。こちらも狙いをゆっくりと変える。少しだけ先読みして――
トリガーを引く。わずかな発砲音がした。
「……よし」
胸に命中し弾けた。赤い液体を周囲に拡散させながら、彼は倒れている。
つまり殺したということ。
「……ただ、そんだけか」
所詮、それだけだった。人を殺しても、人を殺した感覚が残るわけではない。直接的な凶器ならまだしも、こちらは銃だ。感触はそれほど残っていない。一発で済んだのが幸運だった。
――しかし、彼は考える。
それは、『CPS』が女性であるという説だ――
『A』は『CPS』について、性別を感じさせる発言をしなかった。だから自分で調べなければならなかった。いや、『MA』からの近況報告で『CPS』の行動パターンは大体分かる。そこから割り出すのは簡単だろう――と思ったが、そうではなかった。『CPS』はほぼ家から出ず、出たとしても本屋やらだそうだ。つまり行動によって性別を割り出すのは不可能。
だから、順番を決めていた。
男の方を先に撃つ。その後、何かしらの魔法を使うそぶりを見せたら、女の方も撃つ。
幸い一発で済んだ。
彼女はただ呆然としているだけだ。
異常事態になったとき、魔法使いならば何もしない訳あるまい。
まあ、だからといっても疑念は残るものだ。仮に彼女がただ唖然として魔法すら使えないとした場合、彼女の方が『CPS』となる。この場合、狙撃場所を変える必要がある。同じ場所からなら――こちらが殺されかねない。
バッグの中に銃をしまって、彼らの様子を見る。
彼女のほうはまだ現状を把握できていない――のか、把握できても何も出来ないのか。
……まあ、一応確信していいだろう。
これで、義理は果たした。『CPS』は殺したぞ。
せいぜい幸せにな……『魔法行』。
「……あ、ろ……く……?」
嗚咽を漏らしながら、彼女はまだ、彼を見つめていた。
彼女に近づく。その足音に気づき、彼女はこちらを向く。
――顔が硬直して、目を見開いている。付着した血もあって、かわいらしい様子はほとんどない。
死を間近で見た目だ。
それに安心し、俺は口を開く。
「……目標は達した、か。『CPS』も、所詮は人間か。気は緩む……隙だらけ。まさに、ね」
死が確定しているということ。……そしてここまでの長い時間、何もしないのならば、彼女が魔法使いであるはずもない。
「だ、と……?」
彼女は唸る。唸ったところで何がどうなるわけではない。
辺りを見る。血が数メートル先まで飛び散っている。周りの人はそれに近づきさえしない。
「しかし、こう派手に血が飛び散るものかね……まあ、性質上仕方ないんだろうけどさ」
「……っ!」
ここで始めて彼女は彼に飛びつく。……死の実感がここで沸いてきたというわけか? だとしたら、なんて遅いんだ?
俺が『MA』に拉致されたときと、反応時間は同じくらいだろうか? にしても、死なんてとてつもないことに対して――
そこまで反応が遅れるものか。
「轆轤くん!」
肩を抱き、必死で、とにかく必死に――何もしない。本当に、何もしていない。そんなの、誰だってこう思う……。
「……無駄だよ」
「…………」
当たり前だ。もう何も出来やしない。もう、死んでいるのだから。
「なんで……なんで! なんでよ! 生き返ってよ! 轆轤くん! あああ……うう! あああ!」
……心からの泣き声というのだろう。心の底から、辛くて、辛くてたまらない。そんな泣き方。
だが、真実なのだ。
死んだ人間は、二度と生き返らない。
「うううう……!」
「…………」
必死なのは伝わる。心の底から、何か出来ないものかと模索している。しかし、何も出来ていない。その様子に……すこし心を動かされる。
雨が雲に留まれるだけの力を、失った。
「あ、あ……っ。ああ、っ。うう……うう! あああああああああ!」
そしてようやく、彼女は泣き出す。
「うわああああああああああああああああああ、ああっ! ああああああああああっ……!」
俺はそんな彼女に言う。
「もはやどんな蘇生も不可能だ。……魔法だってね」
雨の音は力を増す。彼女の叫び声が弱くなった。
彼女の泣き声は雨に同化する。
「『CPS』は『ゲート』って言ってたかな……『魔法子』ってものでね、まあ魔法の源みたいなものだけど。そいつは『吸収』をする。いかなる魔法も通じない。いかなる魔法も――『吸収』する」
雨で濡れた前髪をかき上げる。もう、全ては終わっているのだ。
「そこにあった魔法が、一瞬にして無くなってしまう。それを人の死として形容した。そんなシステム。それが、『魔法殺し』」
「『ELSE』……」
彼女は呟く。どうして俺の魔法名を? 記憶を探る。
「……ああ、大文字の方か。でもあいにく俺は違う。小文字の方の『else』だ。……いや、もはやそれでもないのか」
『else』。小文字だって? ……そんなことどうでもいい。
『魔法殺し』は魔法ではない。システムだ。だからこそ、それは魔法使いではない者が使う。『~ではない』。その四文字には、意味がある。
運命的な意味が。
「とにかく、これで俺がやることは終わりだ……じゃあな、『魔法行』」
バッグから銃を取り出し、彼女に銃口を向ける。トリガーに指をかける。
発射台なんか必要ない。この距離で外す銃であるはずがない。
もう、不意を打つ必要もない。
……そういうことだ。
もはや彼女は、泣いていない。涙の跡や、泣き腫らし赤くなった目をしていて、口もだらしなく中途半端に開いている。ただ雨に撃たれるまま撃たれている。
念には念を入れるしかない。
彼女が死ななきゃ、終わらない。
「…………」
「……はぁ、まったく、本当に――ドンマイだな」
俺は言う。
その言葉に、とても深い意味があることを知らずに。
「こんな可愛らしい彼女を持てて、良かったな――『CPS』、いい男だったぜ」
世界は硬直する。
あらゆるものが絶対零度にまで冷え切ったように。
俺はそれに気づかない。
「ふっく、はははははははははははははははははははははははははは!」
叫び声を聞いた。いいや、これは叫びではない。泣き声でもない。
叫びも泣き声も人間の喉から、人間の思いから生まれるものだ。
「くきぎひゃああああああああっはっはっぎあああああああああああああああがががあああああああああああああああああああああああああ!!」
悪魔の鳴き声だ。
そして俺は死んだ。
……もし、俺の意識が死の間際にあったなら。もう一度――ゆみのことを、考えていたかった。もしも天国なんてものがあるとすれば、彼はそう思うだろう。
勘違い。
それがいかに恐ろしいか。
そして人間はその恐怖に対して、先手を打つほかないということ。後手に回っては、対処できないということを思い知った。
もっとも、思い知ったところで――もう彼は、死んでいる。
砂衣誠であり、砂衣真であり、『else』でもあった彼。
魔法使いではなく――魔砲使い。
『魔法殺し』。悪魔の法を殺すのだ。だから――悪魔によって、殺される。
悪魔を殺すことなんて、できやしない。だから、彼は死んだ。
彼は――生きてはいけなかったのだろうか?
可能性はいくつかある。
『A』にへーこらと頭を下げ続ければ、そうでなくとも『魔法行』内部であれば、彼が生きていくことはできただろう。
しかしそれではいけなかった。
理由は明白だろう。
あの時――ゆみに、キスをされたから。
ゆみのために全てを放り出し、『魔法行』から抜け出し、ここまで至った。それは、誠という人物の人生であった。すべては、ゆみを好きになってしまったからこそ、起こってしまった悲劇……。
彼は誰かの行動に翻弄され、自らの目的にも翻弄された。そこには何も彼にひどい要因があったわけではない。にもかかわらず、彼は死んだ。
彼の物語は、ここでおしまいだ。
『CPS』がどのような精神状態で、どのような思考回路で彼を殺したのかは、彼の視点からでは分からない。……いや、より厳密に言うと、『CPS』の視点からでも――無理だろう。平等濾過の視点からなんて、なおさらだ。
虚魔法戦線の主人公は平等轆轤だ。
しかしメインキャラクターはやはり、平等濾過、『CPS』の名を持つ彼女だろう。
主人公は、物語を回す役割を持ち、メインキャラクターは、物語の鍵となる。キーパーソンだ。
彼女を解くことこそ、物語を解くことにつながる。
……しかし、これはハウダニットやフーダニットを当てる話ではない。ミステリーではなく、これはあくまでも、サイエンスフィクション、そしてファンタジー。だからホワイダニット――心情を当てることは、その目的ではない。
SFの楽しみ方は、やはり『次にどのような理論が繰り広げられるか』だろう。心情を推理するのはある意味ナンセンスだ。
……もちろん、推理することはできる。ただしミステリーのように全ての手がかりが提示されているわけではない。あくまでも推測することだけだ。あてずっぽうでしか、推測は出来ないだろう。
彼女の心情を推測することは本来の目的ではない。
……だからこれは、作者からの挑戦状ではないのだ。
まあ、強いて言うとすれば、やはり『次にどんな理論が繰り広げられるか』だ。そこはぜひ考えをめぐらせてほしい。
残り話数は少ない。作者は、それにありったけの理論を詰め込む……。
「すばらしい内容だよ! ゆみくん!」
ある大学の研究所。最新技術がここまでかというほど詰まった施設だ。柄入りの壁と床。そこには空虚さはなく。清潔感にあふれていた。そして何よりも、未来という感じがした。
しかし、これは未来ではない。
「ありがとうございます。教授」
ゆみと呼ばれた彼女は礼をする。白衣姿。髪は後ろでポニーテール。整った顔立ち。少し化粧をしているようだが、それは過剰も不足も無い、完璧な仕上がりだった。
美少女と言えるだろう。
その礼も、同様の価値を下せる。
「この研究があれば、きっと世界が変わる。いや、きっとなんて希望的なものじゃない。絶対だ! 絶対に世界が変わる。確実に。ノーベル賞なんてメじゃないさ」
――かなりのベタ褒めである。普通ただの大学生にこんなことを言う教授はいない。
「……しかし、この研究で……殺人は起こる可能性も、またある」
――とんでもないことを言い出した。
「覚悟の上です。誰かがやらなければならないなら、私がそれを請け負いましょう。教授。心配には及びません」
世界を変えるほどの研究? どんな研究というのか?
どうしてただの研究で――ここまでシリアスになるのか?
「……大丈夫かい? 彼氏君もまだ帰ってきていない。これは悪い想像だが、あんたに圧力をかけるために、彼氏くんをさらった組織があるのかもしれない。これを発表されたら、本当に世界が変わってしまうからね」
「大丈夫ですよ。彼がどうなっていようとも、どうとでもして見せますから」
とんでもない言葉だ。ゆみという少女は、本当にとんでもないことを言う。
「頼もしいが……やはり心配だよ。ううむ……」
腕を組み、険しい表情をする教授。
ゆみは、なんでもないかのように、涼しげな顔をしていた。
テーブルの上には、一つのプリントアウトされた論文が置いてあった。
それにはこう書かれていた。
『 Theory of Everything
平等 弓 』
第4章・終
番外編・完
あとがき
この番外編を書き始めたのは2014年書初めが最初でしたからもう1年以上になるわけですか。でもまあ最初はこのような感じで章をつける予定はありませんでした。それがこうしてある種の話の形になったのは、まあ物語進行上の理由からですね。というのも、本編を最後までプロットしたときに、『魔法殺し』についての説明がほとんど無いな、ということに気づいてしまいまして。それならばこうやって彼にやってもらいましょう、と。まあ言ってしまえばおまけです。番外編ってことですね。
砂衣くんは……第二話の構想の段階としてはかなり始めの頃に作ったキャラクターだったと思います。確か他の創作物と関連付けるためとかそんな感じだったと思います。しかし結局使われることは無く、この作品の中で消化せざるを得なくなりました。もともと『魔法行』のトップ『A』の側近にする設定でした。そこからどうにかできればいいなーと思ってこうなりました。役割的には不憫ですね。そういう役割こそが、エルスと名のつくものの、内容でも触れましたが、使命なのでしょう……。そんな感じで制作秘話でした。秘められてないですね。
さて、そんなわけで番外編『魔砲使いの青年』でした。×の中身は砲でした。でも×にしておいたほうがいいかなと、そのままにしておきます。では、今回はこの辺で、乱文失礼しました。