第二話~そこの拳銃だかを両手に握った無愛想MAXなクソビッチ
そろそろ梅雨明けの時期だろうにいつまでも晴れずで、休日でも出かけるのが億劫だと皆が口を揃えるような日和が続く正午過ぎに、椿邸とはちょっと大袈裟な、しかし安くもないであろう賃貸マンションの仕事用一室の更に一角にある僕専用のアールデコ風なモダン系スペースと表現しておきたいお粗末で涙が出そうなそこで、それまでの椿波雲の観察日記、もとい、波雲氏活躍記録、通称ナグモ・サーガを、安っぽい、明らかに三年以内にクラッシュ確定のビジネス用と謡った中途半端なスペックの売り捨てコンパクトノートパソコンでポチポチと入力していたのだけど、とうとう降り出した雨に続いて空がゴロゴロと響いた直後に、ちょっと洒落にならないくらいの大音量落雷があって、その音と振動に思わず椅子から腰を浮かした僕が特別に怖がりだという話ではなく、まがりなりにもパソコンやらの電子機器、主に金銭的事情から僕とは無縁なハードディスクレコーダーやらブルーレイプレイヤーやら大型ハイビジョンモニターやらのかなり豪華な家電を普段から扱うのだから、サージバスターくらいは用意したほうがいいですよ、と雇用主でもある波雲氏に提案してみたところ、片手に煙草、片手にマグカップでリクライニング目一杯でくつろいでいた波雲氏から、サージバスター? と返されて、何だ、やっぱり女の子は家電や機械なんかに弱いんじゃないか、とクスクスと微笑んだら、いきなりご自慢のシングルアクションアーミーのアーティラリーを二挺とも疾風にクイックドロウされて、今度こそ本気で驚いてアールデコ風簡易に過ぎて自作出来そうな椅子から飛んでしまった僕が実は怖がりなのでは当然なく、SAAアーティラリーに限らずでいきなり拳銃を二挺も向けられた人間のごくごく自然なリアクションはそういう具合であるのが、平和で名高い日本であれアフガンであれパキスタンであれウズベキスタンであれビンチョウタンであれ共通ということで、その見事としかいいようのない華麗なクイックドロウにも遅れて驚くのだが、天使さんから授かったという、実は純銀製の弾丸を込めたロングバレルのリボルバー、コルトのアーティラリーを、見た限り純日本人である波雲氏がどうしてそうも自在に操れるのかは全くもって不明で、ついでにどこから見ても日常の休憩時間な波雲氏がどうして腰に黒いダブルホルスタータイプのガンベルトを装着しているのかも不明だが、そこはまあ彼女なりの奇抜なファッションの類だとスルーするとして、ひょっとするとクイックドロウとかそういう能力も天使さん、天界から光臨した守護天使の使いである使途云々というめんどくさい方から頂いたスキルなのかと思ったらそうではないらしいが、ならば、幼い僕が早撃ちの達人ヴィンことスティーブ・マックイーンの真似をしてクイックドロウ、或いはファストドロウって殆ど同じ意味だけど、それを懸命に練習をしていたのと同じような愛くるしくも多感な時期が、担任教師連中がこぞってそのままロリオタ的誘拐犯にでもなりそうなほど物凄くチャーミングだったであろう幼い波雲氏にもあったのだとすれば、何と波雲氏は僕と同じマックイーンファンだということになるのだが、普段は常にダルそうに煙草、赤マルを咥えてボソボソと喋る波雲氏がどうしてか快活に、それでいてお馴染みの吐き捨てるように、断じて違う、と真っ向から完全否定したその対象は、超高級でカーレース世界の公式時計として有名なスイス老舗腕時計メーカー、タグ・ホイヤーから日本限定生産の記念モデル、カレラ・バハカリフォルニア1000、定価五十万円弱の現在は売り切れで入手困難まで発売される名優マックイーンではなく、だが、マックイーンが映画、栄光のル・マンで着けていたモデル、モナコ・スティーブ・マックイーンは正規販売店だったら一本はあるのでその定価五十万円強という僕には天文学的数値にも思えるそれは永遠の憧れなのだがそれはそれとして、完全否定の対象はどうやらそんなマックイーンではなく、幼く愛くるしかったような覚えは記録たるアルバムには一切ない少年時代の僕らしく、何だかんだで三ヶ月ほどの付き合いなのに、僕の淡い思い出をその人格形成過程ごと根底から全否定しなくてもいいだろうに、と梅雨空さながらに泣けてくるというものだが、稀に、ごくごく時折そういった態度を見せる波雲氏にピッタリと合うサージバスターでも開発すれば、それは波雲氏から棘という棘が一切なくなるという意味であり、そうなればもしかではなく確実に僕の今後の日常は、まずそこいらでは見ないくらいの大袈裟ではなくヨーロピアン風セクシー美人と肩を並べる毎日となり、そこから、読んでるこっちが恥ずかしくなるような女子大生向け純愛小説のようなロイヤルハニー顔負けの甘ったるい展開からのアダルトシチュなんてのも大いに期待できるというものだが、その妖美なマドンナたる波雲氏の腰の両方に、こちらもまず見ないくらい大袈裟な拳銃が常に二つも弾丸込みで並んでいるので、サージバスター的装置で波雲氏の落雷に匹敵する癇癪が納まるものだと安心してハァイ、マイスイートハニーとか口元を緩めてほざいたら、実は既にどこぞでバリバリと落雷しまくった後なのでサージバスターは全く機能してません、なんて致命的状況だったりすると、これはもう全く洒落にならない一方的虐殺とも呼べる銃撃戦手前三秒前なので、人間用、いや、椿波雲専用でもいいからサージバスターかヒューズか避雷針か蚊取り線香かハエ取り粘着テープかチーズを挟んだバネパッチンかそういった類のものを是非ともどこぞの新進気鋭のトイメーカーさん発売して下さいと、未だ晴れない空に向かって祈ったりしつつ、椿波雲観察日記、ナグモ・サーガ、波乱万丈波雲氏の日々、もうどういう名称でもいいや、と若干投げやりなこれをお披露目、の前に念の為に、サージバスターというのは雷なんかの大きな電流をシャットダウンしてパソコンなどにダメージを与えない、コンセントみたいな形をしたヒューズ的回路のことです、と丁寧に解説しておいて、椿波雲観察日記或いはナグモ・サーガ、ナグモ・ザ・グレート、どれでもいいですけどそれのお披露目第二弾となります。
はてさて、洋の東西を問わずで随分と古くから、恐らく旧約聖書とかの時代から、一般に地獄という名称で通っている主に神話や宗教やファンタジーやSF小説で耳にする、三途だ死神だうらめしやとセットな世界を、その筋の方々は冥府と呼んでいるそうなのだが、どの筋かというと天神橋筋や御堂筋ではなく波雲筋だったり天使筋だったりという何とも胡散臭い筋なのだが、冥府であれ地獄であれロクな場所でないことはその字面を見れば明白というもの。
そこに物騒な誰かさんが結構な数、住んでいると聞いても、こちらもロクな連中でないだろうと想像するのは、決して僕が少し前まで、泣きそうになりつつ卒論を仕上げた直後から就職活動を半ば放棄して、ついでにお寒い限りの現実も丸ごと放棄して、最近にしてはなかなかに凝った作りの、ソロプレイでも三百時間は保障なボリュームで正統派トールキン様式ハイファンタジーテイストのオンライン対応シミュレーションRPG、いわゆるMMO・RPG、俗称をネトゲという現実逃避系御用達の中毒依存性の高いアレを昼夜逆転で黙々とやり続けた結果、脳みそ回路のどこだかがことごとくショートしたからではなく、そこの住人、ってネトゲではなく冥府の方の、鉤爪を意味するタロンという、ネーミングも見た目も奇怪な連中を実際に何度か両の目で見ての感想であって、いや全く近頃のVFX技術は大したものだな、なんて寒過ぎて滑ったボケなのかどうかさえ解らないようなリアクションを返す、養成所でデビューを控えて気付けばもう二十年で、バイト先のコンビニでは契約社員待遇の副店長の座に収まっている、唐揚げの揚げ方に関しては世界で通じるプロフェッショナルです、みたいな全く芸能メジャーとは縁のないピン芸人的な中途半端な感想からではない。
ごく当たり前に驚いたりする程度には怖い、出来すぎた特撮用特殊メイクみたいな形相と、ちょっとどころでなく確実に危険であろう鋭利な爪なんかが指から伸びていて、明らかに言語になっていない、波雲氏曰く地獄語という斬新でいて耳障りな奇声を発したりしながら、オリンピックを控えてコンセントレーションを高めている幅跳び代表の期待のアスリートもビックリな跳躍をしたりするものだから、そのタロンという連中の身体能力に感心する前に驚いて逃げ出そうとするのはごくごく自然で、逃げた分だけ追いかけてくるというのも冷静に考えるとごく自然な成り行きなのだが、何だか意味不明に怖い相手が迫ってくる段階で、それがタロンであれコロンであれクモンであれメロンであれ波雲氏であれ、冷静になんてのはどだい無理な状況でもある。
いや、波雲氏が本気で怒って追いかけてくる方が万倍億倍も怖いのだけど。
経験値稼ぎで狩りまくるネトゲの序盤ザコキャラBみたいなチープな奴でも、実際に目の前に現れると全くもって洒落にならないのが厳しくも過酷な現代社会というもので、対するこちらは伝説の勇者でも歴戦のハンターでも魔法剣士でもなく、景品ボールペンと折り畳みケータイとぺなぺななウォレットと匂う靴下以外で武器になりそうなものを持ち歩くなんていう市民権の危うい人でもないので、ただただ狼狽しつつどうにか足を崩さないように出来るだけ遠くに、と息を切らせるぐらいが精一杯で、言うまでもなく僕が格別に臆病だという話ではなく誰だってそうなるだろう。
しかし波雲氏、フルネームを椿波雲という現在の僕の雇い主である、見た目はスレンダーセクシーだが内面はハカイダーサブロー的あれこれな問題を山の如く抱えていながらその自覚がまるで一切微塵もない彼女の場合、冥府だかよりも居心地がいいらしい僕ら人間の世界で意気揚々という具合に地獄語版の鼻歌でも出そうな陽気さで、半ばはしゃぐように襲ってくる、ぎょろ目で牙まであるタロンが鋭利な爪を向けて飛び掛ってきても顔色一つ変えず、ただどうしてだか大きな溜息を一つ吐いてから咥えた煙草をクールに吹き捨てて、腰の両方にある黒いダブルホルスターから、ポルカでも口ずさむように跳ね回るタロンも思わずドビックリな大迫力のロングバレル、長銃身の四十五口径ステンレスリボルバーを二挺も抜いて、躊躇という言葉を世界中あらゆる言語圏の辞書や聖書や壁画から片っ端から消して大満足みたいな調子でトリガーをグイグイと引いて、両方で十二のシリンダーに込めてある純銀製の弾頭を、鼻歌から一転明らかに狼狽している哀れなタロンにありったけぶち込んで木っ端微塵に吹き飛ばすものだから、いちおうこの世ならざる異形の存在らしいタロンへの恐怖だったり興味だったりは同じく綺麗サッパリ消え去って、この女、いった何やらかしてるんだ? と呆けるのが、波雲氏を知らない善良な市民のありがちな反応で、どういう経緯かはまだ詳しく知らないが、波雲氏にしてみればはるばる冥府からやって来たタロンのその苦労もまた、全くもって蚊帳の外のどうでもいい扱いだったりもする。
実は驚いたり呆れたりな素直な反応を示した善良な市民さんはタロンという冥府の住人、解り易く地獄の悪魔でもいいのだが、それに取り憑かれていた被害者で、初対面から三秒から五秒くらい手前までは善良な市民さんにその自覚はなく、最近なんとなく頭痛がしたり咳き込んだり下痢だったり水虫だったり抜け毛だったりで体調が悪いし、気のせいか良くないことが立て続けなんだよね、例えば休日返上出勤とサービス残業の連続でどうにかこうにか仕上げた割と自信のあるプレゼン企画が提出五秒で却下された晩に、合コンで意気投合して三年ほど付き合っていた彼女からCメール二行でお別れを一方的に告げられて着信拒否にされて、鬱憤晴らしにヤケ酒でもと居酒屋に入ったらどうしてか財布とケータイがポケットから消えてて、ついでに翌日のオフィスから自分の机も消えてたよアハハン、なんてことの原因が、実は先ほどまでポルカだったりマイムマイムだったりで元気一杯に飛び跳ねていた、牙と爪を持ったタロンなる存在だとはまず思わないだろう。
初めて見るそんなこんなのタロンが、こちらもお初なタロン顔負けに奇抜な人生観を持つ、見栄えだけは天下一品で中身に至っては世界規模のリコール対象な女性の波雲氏の、これは絶対に間違いなく初めてであろうコルトの古いリボルバー、シングルアクションアーミーのアーティラリー二挺の、銀の銃弾の嵐で吹っ飛んだ挙句に灰のように散った異形のタロンの顛末を見て、さあどれに対して感謝したり驚愕したり唖然としたりするでしょうか、と昼枠の退屈満開テレビクイズ形式で提示してみると、必殺の神業的早押しで、そこの拳銃だかを両手に握った無愛想MAXなクソビッチ、と早口で返されて、一拍置いてピンポンパンポンと正解な効果音が鳴り響くのだろう、って何の話だっけ。
その解答者、ではなく僕が助手となって二人目くらいだったかのタロン被害者は、面影はまだ若いが生意気にも、でもないけどキザっぽいオールバックでなかなかに上等そうな、決して青山ブランドではないシックなシングルスーツ姿の男性なのでまっとうな勤め人なのだろうが、波雲氏の助手としてアルバイト額の報酬でどうにかこうにか生きている陽炎のような僕なので、そういう方々はちょっと羨ましくもある。年齢もそう違わないようだがどうしてか人生というレールは素材どころか規格からそもそも違うらしく、その責任はきっと冥府の住人タロンにあるのだろう、とか責任転嫁してみたりすると決まって、現実逃避のチキン南蛮野郎、と波雲氏にバッサリと切り捨てられるので、そういう珍妙なプレイはしないことにしているのだが、南蛮野郎とは何だか美味しそうでもある。
実はある意味羨ましい、三十秒前までは不幸にもタロンなる迷惑なものに厄介ごとを精気と引き換えにドッサリと渡されていたサラリーマンさんからすれば、ほぼ一瞬、チラリと見えただけの冥府の住人タロンよりも、アナタどこの国家のカリスマ独裁者ですか? と問いたくなるほど無駄に偉そうな仁王立ちで両手にロングバレルリボルバーを握ったまま煙草を咥えて、タロンの残骸か自分の煙か呆けるサラリーマンか僕かどれかが物凄く煙たいといった渋い薄目で、まるで路傍の石ころでも見るような目付きを遠慮の欠片もなく向ける、一見するとミステリアスな美人だが明らかに表情と態度と科白が伴っていない波雲氏、銀色の拳銃を両手のかなり色っぽいロングヘアの女性は、よくよく見れば先ほど少しだけ見えたタロンだかよりよほどタチが悪そうな目付きに見える、とサラリーマンさんにボソリと言われても、現在、波雲氏の助手を務めてどうにか命を繋いでいるあめんぼうのような僕なので、ハイともイイエとも言えなかったりする。
強いて言えるのはアイサー、くらいなもので、雇われの身というのは随分と肩身が狭いのだな、と遅ればせで現実社会の厳しさをひしひしと痛感したりもするが、その痛感の八割くらいは椿波雲というある個人の歪みきった挙句にそういう形であることが逆に自然に見えてしまったみたいな人格が故だともかなり遅れて気付いたりするが、命が惜しいので当然ながら口にはしない。
つまり、そのサラリーマンさんの波雲氏に対する感想に実は僕も半分くらいは賛同しちゃうということだが、そういう素の、本音に近い発言をチラリとでも見せたりすると、ただでさえ悪い波雲氏の機嫌が一瞬で限界に達して爆発し、って波雲氏、どこか具合が悪いんですか? ひょっとして首から上ですか? なんてアメリカンジョークを何となく思い付いたりしたんだけど、こんなものを披露するのは事切れる寸前くらいしかないのでネタ帳の片隅にでも暗号化してメモっておくとして、恐らくガンマン的波雲氏のマックスボルテージの怒りだったり不機嫌だったり癇癪だったり八つ当たりだったりは、リボルバーのトリガープル、引き金をぐいぐいと引くという形で具現化するのだろう、くらいに波雲氏のことを知っているので、会話、対話、談話、挨拶、雑談から自己紹介、世間話からの本題という人が人として生きていくのに絶対に欠かせないコミュニケーションスキルを、どうしてだか一切持ち合わせていない彼女に代わって僕がそのサラリーマンさんに、突然の数分の起承転結をなるべく誤解のないように、しかし後の生活にあまり支障がなく、かつこちらを変な人だと誤解されないよう丁寧に解説する、というのが波雲氏の裏の仕事の現場での僕の、いかにも助手らしい地味な役回りなのである。
その間、波雲氏は時折舌打ちしつつリボルバーをガンスピンさせながら咥えた煙草をぷかぷかと吹かして、いったい何がそんなに気に入らないのか、という苦虫をバケツ一杯に口に放り込んでゴリゴリと噛み潰している、美食の大御所某海原氏も唖然みたいな、折角の清楚な美人が台無しな険しい限りの表情で僕とサラリーマンさんを、お馴染みのコンバットナイフ顔負けの鋭い視線でザクザクと突き刺し、ついでにとっとと説明を終わらせろという某赤い彗星もビックリな指向性プレッシャーもビシバシと放つので、出来る限り手早く、しかし丁寧に、相手が納得するかどうかはともかく、というか納得しろというのがそもそも無茶なのだが、いちおう出来る限りの説明を、助手たる僕がするのだ。
波雲氏の裏のお仕事、本人曰く副業にはどうやら守秘義務があるでもなく極秘任務でもないらしいので、割とあれこれ語って聞かせることが多いのだが、その相手がマトモに聞いているかどうかは波雲氏の助手として現場に同行して三回目以降くらいから、あまり気にしないことにしていた。
納得してくれようがくれまいが僕的には言いつけられた範囲の仕事は完了しているのだし、報酬だってその相手からではないのだから、タロンをきちんと始末してしまえば後はいっそのこと波雲氏よろしく無視して現場に置いてきぼりでも実際のところ弊害はないのだが、僕はそれほどドライでもクールでもホップでもステップでもなく、また波雲氏とは違って初対面で以後関わることがない相手であっても一端の礼節を重んじるくらいの真心は持ち合わせているので、助手的解説の最中にあれこれ表情を変えたりジェスチャーを加えたり、なかなかに芸の細かい真似をしている、何気に多彩な奴なのである。
そんな僕の必死の苦労が大抵の場合、全く報われないその最大の理由は、まず最初にサラリーマンさんなどからタロンを引っ張り出すために、その方に向けて最低一発、例の銀の弾丸を撃ち込まなければならない、という何とも面倒な設定があるからで、しかしそれも問題の張本人たる波雲氏がバイブル片手に改心でもしてくれればどうにかなるのだが、本人にその気配すら微塵もないのだから、つまるところ何が一番悪いのやらサッパリお手上げといった状態だったりもする。
ファンタスティックな裏設定的細かい話は正直どうでもいいのだがそれでも聞いた範囲を説明すると、タロンというのはそもそもは僕ら人間の世界の住人ながら、実は既に死んでいる存在、死体だかミイラだかにとても近い連中なのだとか。なのでタロンが住むという冥府には命、ライフというものがなく、それがない全く意味不明な輩がどうしてか闊歩しているという、何ともお寒い世界らしい。
対する、波雲氏にあれこれと物騒なものをどっさりと渡した、ある意味ややこしい問題の張本人な天使のナントカさんの住む世界、天界というのはこちらも根っこは僕ら人間に近いながら、今度は命だけの世界というイッツ・ア・スモールワールドも顔負けの随分と難しい場所で、こちらには命の受け皿である体や実体がないのだとか。つまり、波雲氏をこんなクールアンドワイルドアンドファンキーアンドクレイジーモンキーに仕上げた確信犯風の天使さんは、限りなく幽霊に近い存在だという意味でもあるが、ここは本人の天使さんに訊いていないのであくまで僕の推測です。
で、冥府と天界の丁度中間にあるのが僕らの世界、人間界で、ここには命と体の両方がある、という仕組みなんだとか。
つまり、日本的宗教観の天国と地獄と現世というあれで、この三つは輪廻転生というこちらは比較的広い文化圏に共通の概念で繋がりつつ命だ魂だ実体だののあれこれが循環していて、それでそれぞれの世界の均衡が保たれているということらしい。いや全くもってオカルトなニュアンスだが、三つの世界とそこの仕様は聞いた限りではまあ破綻もないし、ややシステマティックながらもバランスも取れているし、別段文句もない程度の説得力はあるというもの。
今日日、ここまで良く出来たファンタジックな世界観が殆どないのは日本アニメ・ゲーム業界の怠慢だと僕は断固として抗議したく、萌えだか何だかのキャラ人気だけで当面の日銭を稼ごうなどとキャラソンとフィギュア発売を前提のやっつけの二番煎じばかりを繰り返すという体質は、全国二十万の美少女アニメファン代表として声高々に糾弾して、後のジャパニメーション文化の発展に貢献したいと思わず血圧を高くしちゃったりしつつ、天界という何だか素敵なところにはガチでキューティーな萌えパワー全開のオンザメガネのロリッポップ・ゴスロリメイドさんは当然いるんですよね? とか訊いてみたいというのが僕に限らずのファンの本音の代弁だったりもする。
一部余計なこともありつつ、ここまで書けば後は解るだろうが、冥府のタロン、命を持たない器だけの珍妙な存在が人間界に留まるには、本来持っていない命かそれに代わる何かが必要で、それをサラリーマンさんや以前の僕から獲得することで彼らタロンはこちらに留まれるという話らしく、つまり、ある人間に取り憑くような状態がこちらの世界でのタロンの姿で、実際にはその人と殆ど重なるようになっていてタロンの姿は通常は見えず、しかし心とか魂みたいな部分にちょっかいを出すので、場合によっては体の自由さえ奪われるが、やっぱり重なるようなので姿は見えず、ついでに手出しも出来ないという、なかなかに面倒な相手なのだ。いや全く、良く出来た設定だと感心しちゃいますよ。
ならばどうするかというと、これはあくまで波雲氏の場合だが、気配を感じた、行った、見つけた、抜いた、スバン、ヤー、ズババン、ヒーハー、っていやいやいや、それはあんまりだろうと思わずツッコミを入れてしまうが、波雲氏が両手に握る拳銃は見た目通りの古いリボルバーながらその弾丸、銀で出来たそれには実は殺傷能力はなく、タロンのみをピンポイントで吹っ飛ばすという能力があり、要するに弾丸一発をサラリーマンさんなどに撃ち込んで無理矢理引っぺがす、という何とも強引で救いのないそれが対タロン戦の初手なのだとか。
しかし、殺傷能力がないタロン限定の弾丸とはいえ金属の弾頭には違いなく、実際は結構痛いんです、というのを実は波雲氏は全く知らないのだと気付いたのはごくごく最近で、この辺は天使のナントカさんの説明不足だとも言えるが、そもそも、本物だろうがオモチャだろうが拳銃を向けてトリガーを引いておいて、その相手が吹っ飛んでいて無事だと思い込むほうがよっぽど不思議であって、当然ながらタロン退治を名目で助ける目的の被害者な相手からの第一声は文句、苦情、憤慨、或いは通報、場合によっては反撃となるのもごくごく当たり前なようで、そういう仕組みなのだ、と事前に一言あれば全て丸く収まる簡単な話を、波雲氏はアンチ・コミュニケーション、ワン・フォア・オール・オンリー、ヒューマンアレルギー、アウト・オブ・ルール、ストライクフリーダム、インホスピタブルな、自分以外は全員エキストラ、主役じゃないなら降板する、煙があれば火を点ける、治療するより始末する、といった前向き前のめり前倒しな、ご両親のどちらから受け継いだかサッパリ不明なその生まれ持った悲しくも哀れでいて豪胆かつ無頼で酔狂な性格からややこしくしていると、そういう訳なのだ。
実際のところ、その天使さん経由の使命は、同窓会二次会辺りでちょっと自慢してもいいくらいな、なかなかのものなのに、それを野球一筋四十年熱血親父ライクなちゃぶ台返しよろしく根底から台無しにして、しかしそれすら全く意に介さないという、おじいちゃんの遺産、鉄の城な序盤は飛べない無敵ロボもビックリなアイアンハートの持ち主な波雲氏だからこそ、僕、一時期ネトゲに顎までドップリと浸かって、リアルとヴァーチャルの境界なんて個人の自尊心と価値観で決めればいいのさハハン、ロッケンロールみたいな、人間相手のリアル会話はてんで苦手だがチャットだとベテランの寄席芸人もビックリな饒舌タイピングで、時そばの二十一世紀版アレンジをかます、人権と市民権と選挙権を換金してネトゲのレアアイテムに課金しちゃうようなシュールな過去を持つ、ってさすがにそれは言いすぎでしょう、な僕の出番ということなのである。
いや、断じて僕はそんな駄目人間ではないつもりですから、念の為。説得力がないとか言われても、さすがにここを引くと後がない断崖絶壁なので引きませんというか引けません。
波雲氏の小ぶりでキュートなヒップにくっ付いて歩く、特殊な能力の欠片もない就職浪人から一転フリーターっぽくどうにか社会にいてもいいよと優しく言われてる僕の現場での大事な大事な役割は、冥府だのタロンだのの仕組みだったり波雲氏の役割だったりリボルバーの性能だったりを、タロン被害者にボディランゲージまで添えて説明するというもので、そんなもの俺にだって出来るよ、とか言われそうだけど、これはこれでコツみたいなものがあれこれとあるんですよ。
まずはこちらが変な人だと思われないようにする、これ大事です。
波雲氏みたいなマジンパイルダー的アイアンハートを持たない僕なので、キモいとか真顔で言われたら三ヶ月はヘコんでネトゲの勇者に戻りますから、そうならないような話術、実はネトゲチャット機能の産物なのだけど、それを駆使するというちょっとしたスキルが必要で、後は冥府を筆頭の何だかややこしい設定だったり世界観だったり、強烈なまでに独断専行で唯我独尊天下無双な波雲氏を笑って許せる器量というか寛容というか遠い耳というか、こっちも何だか意味不明なあれこれが必須で、誰でも彼でも出来る芸当でもないんです、と勝手に思い込んでます。
それでまがりなりにも報酬を頂けることに抵抗を感じない、という図太さというか自暴自棄というか厚顔無恥というかギブアップというかサレンダーというか、そういう要素も大切で、なんだったらその行為に対してやりがいなんかを抱くのも、別に法に触れるでもないから僕の自由でしょう、とか開き直ると、まるでどこぞの波雲氏のようなのでそこは素直に譲ります。
チワワが可愛いと思ってもチワワになりたいと思う人がいないのと同じで、波雲氏の場合、ケルベロスとかってペットショップにはまずいないラインナップなのだけれど、それがカッコいいと思ってもまさか自分がなりたいとは絶対に思わないだろうし、天使さんの使いが地獄の番犬三つ首ケルベロスってそれは随分と可笑しな話だが、実際そうなんだから仕方ないです。
それはともかく一見すると物騒な、でも正直なところカッコいいな、と思えるコルトのリボルバーを両手に握るなんて役割もそれはそれで捨てがたいものの、こればっかしは天使さんによる人選なのでどうにもなりません。
いや、ひょっとして履歴書片手に挙手でもすれば僕でもやれるのかな? だったら幼い僕が必死にやっていた早撃ちの達人ヴィンことマックイーンごっこも無駄ではなく、クイックドロウで悪いタロンどもをバンバンヤーとやっつける孤高のヒーローここに参上で、若くして風前の灯なフリーターから一転、世界を悪から守るスーパーヒーロー誕生からの痛快現代版荒野のガンマンの誕生、あ、波雲氏がオヤジにもぶたれたことのないクソガキの終盤ライクの強烈な指向性プレッシャーに匹敵の帰りたい光線をビシバシ放ってるので妄想はこの辺にしときます。納得しているかどうかはともかく、サラリーマンさんへの説明も一通り終わっているので。
この文章、今回はタロン相手のとある現場に車と一緒に持ち込んだノートパソコンで入力してたんですよ。助手で解説役な僕は運転手でもあるので、波雲氏に睨まれたら素直にハンドルを握って安全運転です。
早撃ちヴィン系の素敵な妄想の途中で、哀れなタロンよろしく四十五口径で蜂の巣になるとかは断じて避けたいですから、ええ。
そんなこんなで今回は、波雲氏と僕のお仕事の様子とそれに関連するややこしい設定を、遭遇した事件の一つをお題につらつらと、なるべく詳細に書いてみましたが、言葉の端々に波雲氏への注文だったり文句だったり嫌味だったり棘々だったりに見える単語があるのは気のせいですから匿名通報とかしないで下さいね、絶対に。冗談ではなく命の危険に晒されますから。
それに、なんだかんだ言いつつ僕は波雲氏のことをそれなりに尊敬してますし、即効性の麻酔針かトリクロロメタンでも使えばこの人は間違いなくナイスバディ美人に分類される人なので、ちょっと距離を置いて出来のいいフィギュア風に見ている分にはなかなかに幸せを感じることもあって、唯一残念なのはその整った顔立ちから出る表情と科白が、どうしてか常に険しく厳しく、世の中にあるものがウイルスから漏らさず全て不満だとでも言いたそうでもあって、その鬱憤だかをコルトのリボルバーで晴らしているのではないか、という疑念もちょっぴりありつつ、それを尋ねるなんていうマクガイバー的大冒険はやっぱりしない僕は、決してチキン野郎でも南蛮野郎でもなく、そういう意見は本物の波雲氏と二言くらい交わした後で改めて聞かせてくれ、とちょっと逆ギレしてみたりで、ナグモ・ザ・グレート二度目の報告をしめくくらせて頂きます。
シートベルトOK、ミラーOK、障害物ナシ、問題は助手席で煙草をぱかぱか吹かす蒸気機関車の如き例の人のみで、いざ出発。
……といったナグモ・サーガ第二章だかを僕専用アールデコ的簡素に過ぎるスペースでノートパソコン相手にぽちぽちと入力してみると、天使さんの都合はともかく波雲氏のリボルバーをちょっとだけ拝借するのはどうか、とふと思い付いて、いかにも座り心地の良さそうな、僕のものとは素材からして違うリクライニングシートで、たるいFMをバックに船を漕いでいる波雲氏の腰を見ると、当然のように黒いダブルホルスタータイプのガンベルトと象牙に見えるグリップがあって、この人のファッションセンスは一体どうなってるのかという疑問はともかく、憧れの、念願のヴィン風シングルアクションアーミーの片方に手を伸ばしたらどうなるかな、と思った瞬間、波雲氏の両目が音が出るように開いたので思わず声が出てしまった。
俺の獲物に手を出すな、みたいなガンマン的シックスセンスとでも言うのか、服装に限らずあれこれとずぼらでだらしない人なのに、全くもって隙がない辺りが、きっと天使さんの選抜理由なのかもしれないが、見開いた両目がまだこっちを向いてるのはどうしてだろう?
別に寝首を欠いてまで獲物を奪おうとか思ってないんですけど……って、煙草が切れたからコンビニに行ってこい、とまたもや男前な命令口調でした。
雑用を兼ねる助手として雇われてますからパシリでも何でもやりますけど、お金を投げるのは止めたほうがいいですよ、絶対に。しかもコインを親指で弾くとか、ちょっとカッコ良かったりするから勘違いしそうですが、どこの酒場の賭博テーブルですか、とか思ったり思わなかったり。