第一話~早撃ちの達人ヴィンもビックリなクイックドロウ
大学卒業後にアルバイト待遇という社会的最低辺な身分となった、まだ若いと自負する僕に人並み以上の鬼才文才でもあれば、椿波雲の微笑ましい生態、じゃなかった、スタイリッシュでファンタジックでコケティッシュでアンニュイな日々を躍動感溢れる単語羅列でお披露目して、芥川か直木か鈴木か山田かの文学賞なんかにノミネートしちゃったりして一躍時の人となって半月で忘れられるなんて痛快に過ぎる体験も出来そうだが、大学の卒論で臓腑の底から悲鳴を挙げる体たらくな、いちおう理系、実際は文系じゃない程度の僕なので、やっぱり出てくる文章もそんなものなんです、とあえて最初に断っておくのは、決して山ほどの苦情を回避しようとかアンハッピーエンドへのフラグ潰しだったり、予防線をびっしりと張っておこうという打算からではないこともないが、才能なんてものはないからこそ憧れるものであって、そこに真の価値があるのだ、とかどこぞの偉人の言葉にも聞こえそうな適当なことを言ってみたりしてお茶を濁そうと考えるのがそもそも浅はかなんだろうけど、波雲氏のそれらはやはり才能、生まれながらに持つ天賦の才というアレで、オマケに才色兼備でもあるものだから、学生時代に何人かの友達から、何の取り得もないところが僕らしくていいよね、なんて褒められているのかけなされているのか微妙な言葉にうんうんと笑顔で頷いていた過去は過去として茶菓子箱に仕舞って、丁寧に梱包した上で分厚い鉄板で包んでアーク溶接して、更にコンクリートでがっちがちに固めて小笠原諸島辺りの海溝にポイと沈めておくとして、あれこれ兼ね備えつつも明らかに人としてあれこれ足りない波雲氏はそれでも、僕なんかより数倍は人生を謳歌しているんだろうな、とちょっとジェラシーを感じることは実際は殆どなく、後述しているが、何だか色々と大変な奇天烈設定を押し付けられたらしい彼女はしかし、それさえも大いに楽しんでいる節がある何ともタフネスな人で、そこはさすがにもう一種の才能だと素直に認めて出来るなら僕も実践しようかとも思うが、そこも才能なのでそれがない僕に真似できる筈もなく、とか何とかのグダグダな文章を冒頭に置いてみて、要するに文才がないんですよと薄情、って変換違うよ、白状しているようなまま半ば勢いに任せて、良かったら波雲氏の大活躍、椿波雲冒険譚、ナグモ・ザ・グレートの第一弾を読み進めてみて下さい、と強引に繋いでみたりします。
さて、と居住まいを正し、僕ら人間が住む世界、以外に天使や悪魔が住む世界があり、その連中が人間の世界に時々やって来ている、なんて話をマトモに聞いてくれるイマジネーション豊かな人は今時に限らず少ないもので、だったら吸血鬼や狼男やビックフットやUMAもどこかでひっそりと暮らしてるんだろうと皮肉たっぷりに返されることもあって、ついでに宇宙人と未来人と超能力者と落ち武者が、サイボーグとエイリアンとクリーチャーとシャーマン共々ファミレスのドリンクバー片手に談笑していたよ、なんてメン・イン・ブラックテイストな嫌味半分のオチまでご丁寧に付けられると、正直、きちんと説明する気も失せるというものだ。
だいたい、名刺に書けない肩書きなんてものは限りなく胡散臭いもので、名乗ったところで無視されるか笑われるか呆れらるか、はたまた通報されるか、或いは近所の精神内科に連行されるかだろうからそんな真似はせず、ただ黙々とお仕事をこなすだけで、この点はごく普通の社会人もしくはアルバイトなどと大差ないし、給料だって似たようなものだから、別段やる気を出す必要もない、らしい。
らしい、そう、つまりこれは僕の話ではなく、三ヶ月ほど前に出会った彼女の話なのだ。
椿波雲。
恐らく本名であろうが少々変わった響きの、一見すると僕と同世代くらいに見える彼女は、悪魔を退治するという、訊いた瞬間に身も心もドン引きしそうな、まことに風変わりなことを生業としているという。
正確には悪魔ではなく、冥府、といういかがわしいネーミングの世界の住人で、波雲氏は彼だか彼女だかをタロンと呼んでいたが、タロンと言ってもアメリカ・ノースロップ社開発の双発ジェット練習機T38ではなく、猛鳥の鉤爪、総じてハゲタカなどを意味するタロンのことで、その連中が僕の住む世界、地上界とか人間界とでも言うのかに出入りしているという話は、当然ながらありきたりなファンタジーゲームの設定か陳腐なSF小説のプロットか出来損ないのB級映画の書きかけ脚本だかに聞こえるので、波雲氏には申し訳ないが、当初、僕はごくごく普通にそれを笑い飛ばして無視していた。
これが普通の、大人のリアクションだろう。
波雲氏がもう少し真面目にお仕事をしていればきっとその説明にも力が入って、僕もまた違った反応だったのだろうが、いかんせん波雲氏には、やる気というか誠実さというか、そういった類のものがごっそりと欠落しており、かつ、社交性や対話や人付き合いといったコミュニケーションの類に全く関心がないようで、最初はロクな説明すらなかったのだから、信じるかどうか以前の問題だろう。
なので、出会って挨拶も自己紹介もなしでいきなりモデルガンを向けられてもどこまでがジョークなのか解らず、まさかその手にあるのが限りなく本物に近いものだとは僕以外でも思うはずもなく、出会って三秒かそこらでそれを向けられて、派手な音と共に弾丸が飛び出れば、これはもう、助けてお巡りさん、と通報する以外にないというのも、決して僕に限ったことでもないだろう。
僕はゲームや映画やアニメの影響で拳銃のことには少し詳しいので、波雲氏が持っていたものが古いリボルバー、コルト社の傑作拳銃、シングルアクションアーミーだとは解ったが、これはアメリカ西部開拓時代に活躍していた四十五口径六連発の拳銃なので、現代日本でそれを出されて本物だと思う人は、ガンマニアにもまずいないだろう。
ちなみにシングルアクションというのは引き金を引く前にハンマーを起こさないと撃てない構造の拳銃で、アーミーは軍用を意味して、シングルアクションアーミーの頭文字からSAAと略されることもあり、別名をピースメーカーというタイプが最も普及していて有名で、他にSAAのナントカと色々な種類があり、波雲氏が握っていたのは有名なピースメーカーではなくSAAのアーティラリーというタイプで、西部劇に登場しているものより銃身が少し長いタイプだけど、要するに実物は人も殺せるまごうことなき拳銃です。
ピースメーカーだろうがアーティラリーだろうが何だろうが、当然それが火を噴いてもそういうモデルガンだと信じるだろうし、万が一にも弾丸が出ても、サバイバルゲームで活躍しているバイオBB弾か、発火カートを装填したモデルガンか、新発売予定の出来のいいプラスチックか、撮影用発火タイプのステージガンか何かだと思うのがごく自然で、それが波雲氏曰く、タロンに効果的な純銀製の弾頭だと説明されても、銀球鉄砲という実は未だに販売されている、古くからの子供のオモチャを連想するのが普通だと思う。それで吹っ飛ばされなければ。
何がおかしいかと言うと、冥府だかの住人であるタロンとかいう連中に向けるべきその拳銃を、二丁目の住人である僕に向けるのがおかしい訳で、顔色も変えず眉も動かさず、咥え煙草で説明もナシでいきなり発砲してくる波雲氏こそが最もおかしいと思うのだが、その銀だか鉛だかの銃弾で吹っ飛ばされた僕は、明らかに意図的であろう言葉数の極端に少ない波雲氏の、こちらも明らかに足りないカタコトの説明を訊いた直後、それを受け入れて半分は信じることになった。
それはそうだろう。
アクション映画さながらに撃たれて吹き飛んで、僕が立っていた位置に波雲氏が言うタロンなる何かが実際にいたのだから、そう見えたのだから、これはもう信じる以外にない。見えないものは信じないが見えるものは信じるという、どこにでもいる平均的日本人男子な僕はこう見えても理系で、しかし世界の神秘やこの世の不可思議を全否定するほど頑なな学者予備軍でもなく、要するに大学時代の単位と同じで中途半端なのだろう、っていや、それはまた別の話というか、出来れば語りたくない黒歴史なので忘れて下さい。
ともかく、リボルバーで撃たれてかなり派手に吹っ飛んだ僕からの抗議を待たずに、奇声を発するタロンと黒いロングヘアをなびかせる波雲氏が目の前で派手な喧嘩、いや、格闘を始めれば、そのリアリティ豊かな殺陣と響く発砲音は、血迷ってカンヌを目指している熱意だけの映研自主映画のアクションパートの撮影です、ではとても済まない迫力で、波雲氏の解説、冥府やタロンがどうこうをやはり半分くらいは信じてしまうが、残り半分で疑問視するのは僕が理系の片隅ながら至極まともな一般人で常識もそれなりに持ち合わせた、若くして少々退屈な奴だと残念ながら自覚している凡人だからだが、リボルバーを握る波雲氏に至っては僕のありがちな価値観やこれまでのささやかな生活、ありきたりな人生観や自慢するほどでもない趣味嗜好、その他モロモロは全くもってどうでもいいらしく、仮にも人を射撃しておいてまともな説明すらないとなると、納得半分だろうがあれこれ聞くのもやはり当然だろう。
絶対にわざとであろう口数の少ない波雲氏から、冥府という世界と、そこから来る連中、タロンという名称を訊き出して、しかしそれ以上の説明がないのはどうにもユーザーライクではなく、たらい回しが常套で全く役に立たないパソコンのサポートセンターか、訊いてもいない旨くも不味くもないレシピを自慢する個人経営ラーメン店の頑固親父の如くだが、ここで冒頭に戻り、説明したところで聞く耳を持たない話というのもある、ということを波雲氏が一番理解しているからだと遅ればせで気付いたのだ。
いや、あくまで想像だけどね。
つまり、未来人とUMAの談笑、ではなく、僕がこれまで暮らしていた世界は人間が住む世界で、それ以外に天使やら悪魔やらが住む世界があり云々、という話の方だが、百歩譲ってそういう場所があっても僕個人は全く困らないし、そこの連中がこちらにやって来ることもまあ鎖国してるでもないからパスポートとビザでもあるのならいいが、僕の世界、僕だけじゃあないけれど、こちらでなにやら悪さをしているとなると、話半分で聞くにしても、ならどうする? と問うのは、話の真偽はともかく、いきなりSAAのアーティラリーなんてマニアックな拳銃で胸元を撃たれたからで、要するに悪魔でも吸血鬼でも宇宙人でも狼男でも変なオジサンでも首なしライダーでもいいが、まずはそのシングルアクションアーミーに見える拳銃を僕に向けて、なかなかに痛い弾丸を撃ち込んだ理由くらいは訊かせてくれ、というまっとうな抗議からの質問なのだが、どこの国だろうがいきなり拳銃を撃ってくる奴らにまともな理由なんてないのが相場というものでもある。
すぐさま通報して、後で警察から説明してもらうかマスコミ発表を待つのが普通だろうが、コルトの古い拳銃を握り、不機嫌というお題の彫刻展覧会の目玉展示品のような、とても友好的とは思えない波雲氏はしかし、若くしてネット毒に染まった人生停電中の可哀想な電波系未成年犯罪者予備軍にも、掲げた理想をどこぞの戦場で綺麗に忘れて錯乱した挙句に仲間に見捨てられて孤立無援のクレイジーなゲリラ崩れにも見えず、やたらと鋭い、カッターナイフの如き尖った目で僕をめっためたに刻むように睨みつけて、煙草を咥えて物凄く面倒そうに、吐き捨てるように、冥府からのタロンを退治した、みたいなことを言って拳銃をクルクルと回して、どうしてか溜息までオマケしてくれたので、いちおう通報は止めてみたのだ。
そんなに嫌ならやらなければいいのにと思うのが自然だろうが、やはり不機嫌そうに、渋々という態度で、それが仕事だからだと言われると、こちらからそれ以上の言葉はない。お仕事ご苦労様です、くらいなものだろう。
実際のところ、いきなりコルト社の渋い拳銃で撃たれて、どうしてか怪我はないもののジョン・ウー監督のワイヤーアクションみたいに派手に吹っ飛んでおいてご苦労様も何もないが、タロン、見た目はそこらにいる青年のようで、しかしちらりと見えた形相は確かに冥府だか地獄だかという形容がぴったりな、合法と謡っている実はどうなのか不明な薬がガン決まりしているような、年中からのアホな上司のヒスにいい加減嫌気が差して完全犯罪計画中の係長みたいな、ちょっと洒落にならないそれに向けてリボルバーをバンバン撃ちまくって、係長、じゃない、タロンがそれをジャンプして避けたりするものだから、どうにかこうにかタロンを仕留めて咥え煙草を継ぎ足す波雲氏にはやはり、お疲れ様です、というのが適切だろう。
まだ真冬の曇り空な平日の夕方、繁華街の少し外れにある静かな路地でリアルな、というか波雲氏曰く本物の拳銃を撃ちまくって、その発砲音だけで見物人が集まってきそうな状況だったが、そこはさすがお仕事。飛び回りつつ波雲氏に殴りかかるタロンを、そう、反撃してきてたのだが、その相手を一分かそこらで見事仕留めた直後、すっ転んだ僕の襟首を掴んで場所を変える辺りは手馴れているな、というのが素直な感想だった。
銀らしき銃弾を受けたタロンがもがき苦しんだ挙句にアスファルトに染み込むように消えたので、通報されたところで、仮に波雲氏が警察に遭遇したところで証拠はなく、危ないモデルガンを所持してることを注意される程度だろうし、まさか制服警官もそれが本物と同じ性能を持つ、正真正銘のリボルバーだとは思わないだろう。
しかも両手に二挺なら、これはもう、荒野をパッパカと走って盗賊カルベラ一味からメキシコの農民を救うガンマンの七人のうち、早撃ちの達人ヴィンことスティーブ・マックイーンの熱狂的ファンによる渋いコスプレか何かだと思うのが自然で、いや、ヴィンは二挺拳銃じゃなくって予備の拳銃を装備した二挺持ちで普段は一挺なんだけど、それはともかく、西部劇時代なら二挺拳銃や二挺持ちは特殊でもないなんていうのはガンマニアの知識だからどうでもいいとして、一見すると可憐で艶美な、実力派地方劇団から次期クールのヒロインとしてテレビドラマ枠に大抜擢された演技派若手女優辺りにでも見えそうな、黒いロングヘアでスレンダーな美人女性に警察官が遭遇したとして、シングルアクションアーミーのアーティラリーを、シビリアンでもキャバルリーでもシェリフズでもイコライザーでもいいんだけど、それを両手に持っていたところで、それこそ目指せヴェネティアなオジサン集団による空回りの趣味全開自主映画の決めパートか、明らかに半年で廃刊するであろう新刊マンガ雑誌の巻頭グラビアの撮影だとでも思うのが自然で、警察だったとしても、そういう場合は許可を取って下さいね、で綺麗に片付くだろう。
改正銃刀法がどうこうでモデルガンやガスガンを厳しく取り締まる風潮といってもそれはトイガンショップに対してで、実際のところ個人が罰せられることはあまりないし、その相手が無愛想ながらに、おっとっと、と二度見しちゃうくらいのグラビア的悶絶美人なら、官憲の犬と影で呼ばれる警察官もやっぱり人の子なのでニタニタしつつ見逃して、実は書類に起こすのが面倒だった、なんてことは日本警察の怠慢ではなく、それも含めてごく自然というものだし。
そこで美人たる波雲氏から某ハンバーガーショップ風0円ついでに感情もゼロの営業スマイルの一つ二つでも差し出せば、これはもう穏便で済む笑い話だが、どうしてだか波雲氏にはコミュニケーションという概念がスッパリと綺麗に欠落しており、僕の時は幸いにも通報されなかったものの、その僕に対して経緯に至る説明の前に聞こえるように舌打ちなんかしちゃう人なので、これで色っぽい美人じゃなければ殴られても文句は言えないところだが、波雲氏の場合、殴りかかるとまたご自慢のリボルバーでバカスカ撃たれそうなオーラを纏っているものだから結局文句は言えず、そのお仕事とやらに対してご苦労様です、と感謝なんだかをしてしまうくらいしかリアクションは出ない。
それは僕が女性に極めて弱いだの格別に甘いだのではなく、人を寄せ付けない、いや、人を人として見ていない風な波雲氏の無機物的態度と反社会的口調からで、それこそ美人でヨーロピアングラマーでミステリアスでなければ、その白い頬を顎ごとそぎ落とす勢いで必殺のコークスクリューパンチを思いっきり叩き込むところだが、僕は美人は殴らない、と誓った覚えはないがコークスクリューパンチなんて身に付けていないし、美人はともかく明らかに危ないものを二つも握った相手を挑発するような真似はしないほうがいい、くらいの良識や冷静さは持ち合わせているので、そういうことは思っても実際にやることはない。
つまるところ、冥府から人間界にやって来る下級の悪魔、天使の対極にあってハゲタカの爪の異名を持つ通称タロンという突飛な話よりも、銀の弾丸を込めたSAAアーティラリーを両手に握り、煙草を咥えて夕日をバックに両手の拳銃をくるくると回転させつつ黄昏ているロングヘアの女性、波雲氏、フルネームを椿波雲という陰のある彼女の、深夜アニメや新作OVAにありがちなヒロインタイプとはかけ離れたキャラクターのほうがよほどインパクトがあった、というのが第二の印象で、正直、しっとりとした黒いロングヘアにスレンダーなボディですらりとした美脚が魅惑な冷たい印象の、両手にロングバレルの古いステンレスリボルバーを握ったミステリアスな美女というのは、ハリウッドSF的ボディラインバッチシのピチピピチタイツのクールビューティーヒロインよりも、少々どころでないほどに浮世離れして、執事たちの待つお屋敷から抜け出して大冒険を始めようと、意気揚々にどこから出たのか不明な喋るマジカルステッキなんかを握って、出会う相手全員に間違った丁寧語をやたらと使いまくる、笑顔とえくぼがチャーミングなインナーフリルスカートのふわふわ系お嬢様だったり、生まれたてから人生全部が漏れなくボケ倒しでお父さんお母さんすいません、みたいな毎日が快晴の元気一杯常に駆け足、実は中国古武術秘伝奥義の唯一の継承者な生粋の武闘派で普段からストリートファイトに興じる、京都弁訛りが素敵な天然破天荒ミニスカ巨乳娘やねんとか、北欧辺りから趣味的観光目的でジャポンの古都辺りに来日したのに、その外見から魔女の娘の生き残りだとか勝手に設定された挙句に明らかに違法な物凄い太刀を一振り渡されて、ならばとどうしてか同調しちゃってそれをえいやあと振り回して、自分で刻んだ悪役相手に涙一つこぼしてみせる華奢で薄幸で悲壮な、そもそも何者なんですかみたいな謎の金髪ツインテール貧血気味美少女辺りが今時の定番なのだが、波雲氏に至っては見栄えはともかく、僕をモノでも見るように、実験用モルモットを見下す新薬開発スタッフその一みたいな視線でこちらをザクザクと突き刺しておいて、煙草の合間に両手にある銀色のリボルバーをキリキリと器用に回転させ、これ、ヴィンもやってたガンスピンと呼ぶんだけどそれはまあいいとして、ガンスピンしつつ煙草を咥えて伏し目がちに舌打ちして、溜息と一緒にダルいだ面倒だと愚痴をこぼした挙句に、ロクな説明もないまま立ち去ろうとするという、新人脚本家が既存マーケットにないニュージャンル開拓をと意気込んで渾身で作りこんだ、斬新を越えちゃった完全イレギュラーワイルドピッチなヒロイン設定がケレン味たっぷりで奇抜に過ぎて、第一話オープニング直後三十秒以降、ユーザーが全くもって付いて来れませんみたいな、まことに奇想天外な人なので、冥府だタロンだ早撃ちのヴィンだ、よりもよっぽど珍しい、まず現代社会にはいない、いたら困るタイプなのだ。
仮にも人を撃っておいてそれはあんまりだろうが、それがタロンだかの異形の退治でお仕事だとして、あまり乗り気でないにしても一言あってもいいだろう、と思わず声をかけて、冥府だタロンだ銀の弾丸だ何だという話をどうにかこうにか訊き出した、という次第なのであった。
でなければこの人は間違いなく、いきなりリボルバーをバンバン撃ちまくっておいて無言で立ち去っていただろうし、波雲氏がそれまでそういうやり方でお仕事だかをこなしてきたというのは想像に容易く、いったいどれだけの人が呆然としたのだろうと思うと何だか胸が痛くなる、ってそこはリボルバーで撃たれたところだったのだけど、説明はまあないにしても挨拶くらいはしたほうがいいとは波雲氏に対してでなく、これまでの被害者、始末されたタロンではなく恐らく僕のようにいきなりリボルバーで撃たれた方々への思いやりである。
いや、波雲氏がタロンなる奇怪な存在を二挺のリボルバーで始末した段階で、波雲氏的には最大限の思いやりというか役割というかを披露した結果なんだろうけど、出会って三秒で早撃ちの達人ヴィンもビックリなクイックドロウで、って、ヴィンしつこいですか? マックイーンファンなんです、ごめんなさいね、で、挨拶よりも先に弾丸を見舞われれば、怪我があったかなかったかは無関係でやはり説明は欲しいだろう。
そこで、タロンに取り憑かれていた相手から感謝より先にお礼の類ではなく、怒り心頭の文句が矢の如く出るなんてことを延々と繰り返し経験したので、波雲氏はこういう痛々しくも悲しく哀れなようで、実際は戦国武将の風林火山の旗もビックリな無駄に図太く付和雷同は全員切捨て御免みたいな、宇宙の中心は自分です的ザ・ワンな性格になってしまったのかもしれない、なんて想像もするが、恐らくこの人はそもそも、生まれながらにこういう人なのだろうと思うほうが合理的で、椿夫妻、面識はないが波雲氏のご両親にはまことに申し訳なくも、いったいどんな子供時代だったのかと想像すると怖いので想像しないことにしている。
子供は元気で多少やんちゃだったりおてんばなくらいがいい、なんて言った挙句に、それまで慎重丁寧に積み重ねた人生をノリの一言で全否定されて首でもくくろうか、とか思いつめる教師がダースでいても全く不思議でもない波雲氏の幼少時代に、その手に拳銃がなかったのは唯一の幸運だった、なんて関係者がモザイクとボイスチェンジャーで語る様子なんて、ご両親でなくともやっぱり見たくはないですから。
無口だったり愛想が足りない女性というのはまあ実際にいるが、面倒だから口を開きたくなくて、愛想なんてものは食べたこともない、なんて女性は少なくとも僕は初めてだし、映画やアニメやゲームでもこういったタイプはまず目にしない、何とも珍しい限りなのである。
ちなみに波雲氏と初めて出会った時の、つまりタロンに憑かれていたらしい僕は大学卒業直前の前途多難確定お先真っ暗な二十歳の頃で、波雲氏も同じくらいに見えるが女性で美人なので年齢は聞いておらず、それは彼女が怖いからでは決してなく、見栄えはともかく女性に歳を聞くのは相当に親しくなるまではNGだ、くらいの交友経験は僕にだってあり、学生時代にキャンパスのヒロイン候補だと影で呼ばれていた方とちょっと親しくしていた時期もあったり、って僕の話はどうでもいいですか、はい、黙ります。
目を合わせなければ妖しい雰囲気が大人にも子供にも見える不思議な人なので、実は十二歳ですテヘ、と言われてもまあ納得するだろうけど僕がロリコンだとかそういう話ではなくロリコン気味だという程度で、何てこともどうでも良く、いちおうは市街地である路地で、果てしなくリアルな、実際リアルらしいが、シングルアクションアーミー二挺を器用にクルクルと回しつつ、ダルそうに煙草、赤マルを吹かしてる時点で強烈に怪しい危険人物だし、溜息と舌打ちの後に冥府だタロンだ銀の弾丸だと毒に近い電波なことを言われれば、ついさっきまでそのタロンだかトロンだかプリンだかメロンだがを確かに見たという事実を押し退けて、この人、大丈夫か? なんてちらりと思ったりもするが、美人は得だ、というのが実社会での通例だとも思い知るように納得しちゃうのも、恐らく僕に限った話でもないと思いたい。
ハンサムは実際はそれほど得でもないのだな、と無事に就職を果たした友人を見て知るのだけど、それはまあどうでもいいか。
ざっくりとだが、まだ寒いバレンタインデーの前日だったかの、僕と椿波雲の出会いはこういった経緯だが、無愛想、と大きくオデコに書かれて、ついでに胸元に火気厳禁、背中に天地無用、両腕に混ぜるな危険、両の太股に追突注意と注意書きがあるような彼女と僕が今、ほどほどに親しくしているのは、僕が特別に二枚目だったりインテリだったり金持ちだったりではなく、いや教養やお金は殆どないですが見栄えはそこそこなつもりですけど、波雲氏の説明、ファンタジーだかオカルトだかホラーだがSFだか冗談だか嫌がらせだかを比較的すんなりと受け入れたことを気に入られたから、らしい。
別に訊き入れたつもりもないのだが、聞いた話と見た光景に違和感がなく、ノースロップ社のジェット機ではない方のタロンという単語は耳に始めてでも天使や悪魔というのは神話や宗教、果ては映画やゲームなんかでもお馴染みなので特別に珍しいということもないので、なるほど、と頷いた、ただそれだけなのだが、最近はそういう素直なリアクションを返してくれる人は少ないとこぼしてもいたので、何かしら波雲氏の興味を惹く要素が、平凡だと自覚して人生を浪費しつつ先行きに目を閉じていた僕にもあったのかもしれない。
まあ何であれ、綺麗な女性に気に入られることに文句を言う男性はいないだろう。
これで波雲氏にアニメヒロイン的愛嬌やしとやかさ、或いは、恋愛アドベンチャーゲーム風の大人っぽい色気や小悪魔的悪戯心が加われば人生まんざらでもない薔薇色なのだが、そういった旨い話は全くもって存在しないというのが実体験、リアルでシリアスでシニカルでサバイバルな現実というもので、気が付けば僕は、波雲氏の助手のようなことをやらされていた。
ミステリ小説の名探偵にへばりついて語り部をしつつ、的外れな推理を展開して読者のミスリードを誘って探偵を引き立てる、いてもいなくてもいいような代えの効く演出の小道具みたいなもので、主な役割は自動車の運転手だったりコーヒーや煙草の買出しだったり宅配便の受け取りだったり、って単なるパシリだって今、気付いた。
しかし、いちおうアルバイト相場に近い給料は出るし、大学卒業と同時に流行最前線の就職難民からのエヌ・イー・イー・ティーにでもなってしまいそうなタイミングだったので、それはそれで有り難くもあるし感謝もしているが、実際は全く金額に見合わないほど危険な目に晒されることもザラにある毎日を、スリリングで充実した生活だ、なんて思えるほどのタフガイで売っている実力派アクション俳優の新作PRインタビューのような器量は僕には当然なく、後に待ち受けているであろう本格的な就職活動に冥府だタロンだ銀の弾丸だ何だは当然ながら微塵も役に立たない訳で、そんな企業がどこぞにあるなら是非とも紹介してもらいたいと心底思うが、椿波雲というガンマンなんだかエクソシストなんだかヒットマンなんだかアウトローなんだかサッパリ意味不明な彼女と一緒に、冥府からやって来て人間に悪さをするタロンを、銀の弾丸を込めたシングルアクションアーミーのアーティラリーで送り返すという、履歴書には絶対に書けない、書いたが最後、面接相手が企業人事からカウンセラーにチェンジするであろうお仕事の手伝いを、もう三ヶ月もやっている僕だった。
波雲氏の持つ銀色の拳銃、コルトのシングルアクション二挺と銀の弾丸、タロンと人間を見分けるという摩訶不思議な能力は、何と天使さんから頂いた代物なんだとか。正確には天界から光臨した守護天使の使途の一人のナントカさんだが、冥府の次に天界なんてもう驚かないし、その辺りの経緯の詳細はまだ聞いてないが、聞いたところでどうなるでもなく、正直、そういう話はもうお腹一杯です。アカデミー特撮部門狙いのSFアクション映画一本分くらいのネタはもう揃ってますから。
そしてこれは自称だが、波雲氏は普段は別のお仕事をしている人で、リボルバーを握るのはあくまで副業だと言っていたが、あれこれ授けた天使のナントカさんが聞いたらビックリしそうなその軽く適当なスタンスはしかし、いかにも波雲氏らしい、なんて納得するくらいに彼女のことを知ったつもりでもあるが、正直なところ、この人が何を考えているのかなんてサッパリ解らない。
多分、波雲氏に危ないものをたんまりと渡した天使のナントカさんも、あったことのない椿ご両親も、いるのかどうか知らないお友達も、迷惑をこうむっているであろう仕事仲間も、銀の弾丸で吹っ飛ばされるタロンたちも、全く解ってないんじゃないだろうか。初対面で挨拶より先に舌打ちしつつクイックドロウでリボルバーを向けるような人が何を考えているかなんて、きっとセラピストにもネゴシエイターにもプロファイラーにもエスパーにも解らないだろう。無駄に度胸が据わっているので適役のようでもあるし、危ない人に危ないものを渡すのはダメだろうとも思うが、文句を言いつつ、不機嫌そうな顔をしつつ煙草を咥えてきっちりお仕事をこなしてる辺り、ちょっと可愛いかも、なんて思うこともあるが、間違っても口にはしない。
僕はまだ若いのだ。波雲氏なりの照れ隠しでコルトの古いリボルバー、それもマニアックなアーティラリーで頭を吹っ飛ばされる、なんてのはゴメンなので、この人の笑顔を見たいとは微塵も思わない。これはきっと天使さんも一緒だろうし、もしかするとご健在かどうかの椿夫妻も同じかもしれない。
口を開かなければなかなかどころではない美人だし、それ以上を求めてゴツい拳銃を向けられるなんて素っ頓狂な冒険はしないに越したことはなく、ここは荒野の農村ではないし収穫期に飢えた盗賊が攻めて来るでもない、一見すると平和でありきたりな街なのだから、明らかに危ない人リストに入っている波雲氏を刺激するような真似は、それこそタロンとかいう連中に任せておけばいいのだ。
そして、これも本人にはまだ言っていないのだが、彼女はああ見えて体を張っていて、強力な武器を持ちつつ場合によっては命の危険にも稀に直面しながら、文句を言いつつもタロンだかから見知らぬ人を守っているのは事実で、ここを報酬以上に評価してあげてもいいのでは、そう思ったからこそ、いつの間にやらで助手役を勤める僕は波雲氏の活躍、というのかお仕事を記録しておこうと筆を取ったのだ。
椿波雲。冥府の住人タロンと二挺のリボルバーで戦う彼女は、そういえば僕は彼女のことを殆ど知らないし、正確な肩書きもまだ訊いていない。もう三ヶ月ほどの付き合いだが、身の上話や本音に近い部分は微塵も把握していないので、ここらもそのうち訊き出して差し障りのない範囲で紹介していこう。つまり実際のところは、タロンに対する天使さんの使い、ではなく、椿波雲という個人に対して僕の興味は向いていると、そういう次第だ。とりあえず美人だが、愛想や礼節やそれに近い要素は全くない。きっとお母様のお腹の中に、人として大事な何かをごっそりと落としてきたのだろう。ある意味不憫だが、どうしてか社会適合できているらしく、また、愚痴をこぼしつつもそれなりに毎日を楽しんでいる風でもあって、そこはやはり、美人は得だ、ということなのだろう。
銀色のリボルバーを二挺も振り回しつつ冥府だかのタロンと戦うのだから、口や態度はともかく悪い人ではないのだが、ならば良い人かと聞かれるとどうしてか即答も出来ない。肩書きは、ガンマン? エクソシスト? 賞金稼ぎやハンターとも違うが、天使さんからといって使命天命というのもまた違う。見た限り波雲氏はノンポリで旧約新約聖書やお祈りとは無縁だし、限りなくノリに近くでリボルバーのトリガーを引きまくっているそれが使命なら、世界中の教会は過激派のアジトだろうし、伝道師と神父と尼さんは全員、ハリネズミの如く武装しているだろうから。
全く、ナチュラルボーンでややこしい人だが、じっと観察していると面白い部分もあるし、女性らしい面もある、なんてことも当然ながら本人には言えず、つまりこの記録は波雲氏には内緒にしつつ、皆さんに彼女の人となりとその活躍を紹介しようという趣旨のもので、波雲氏に見付かったが最後、記録を抹消されたついでに僕もノリだか勢いだかでデリートされる可能性もある、とても危険なものなのだ。無論、僕にとってはという話だが。
僕には波雲氏のほうがよっぽど奇抜なのだが、タロンや天使さん、冥府や天界というファンタジックな話に興味のある方もいるだろうから、その辺は追々記していこう。
ひとまず、咥え煙草でコルトのシングルアクションアーミーを両手でクルクルとガンスピンさせている無愛想な美人、椿波雲という女性が、冥府の住人であるタロン相手に人知れず体を張ってます、という具合で、最初の報告を締めくくらせて頂きます。
ちなみに僕は全く活躍しませんし、そういうノーブルな能力の欠片も当然なく、出来ればそういった場面には遭遇したくないと心の底から思っていますので、あしからず。
……この記録文章は波雲氏の住まいであるなかなかに豪華な自宅マンションに併設された、表のほうの、内容は詳しく知らないお仕事用の部屋の一角にある僕にあてがわれたシックなアールデコ風の、つまり簡素で粗末な、ホームセンターに並ぶような安くてガクガクなテーブルに置いた一世代前の売り切りコンパクトノートパソコンで入力しているのだけど、波雲氏ときたら足音もなく背後に寄って来て、咥え煙草で画面を覗き込もうとする、まことに心臓に悪い人なのだ。アングラサイトから拾ってきたきわどいエロ画像だったりお気に入りアニメヒロインの同人的あられもない姿のカラーイラストでも表示されていたら、四十五口径で蜂の巣になった射殺死体が出来上がるではないか。
気が付けばなかなかに長い文章になっているこれをちらりと見たかもしれない波雲氏だが、実は読んでいないのか、どうやら今のところ興味対象ではないらしく、当面の命の危険は回避されたようである。
当然この文章ファイルは圧縮した上でパスワードロックをかけてハードディスクの片隅に保存するのだが、それへのショートカットキーがデスクトップ画面にあってファイル名がそのままパスワードなので、実際のところ圧縮だのロックだのは全く意味がなく、理系だと繰り返し書いたが僕はパソコンにそれほど詳しくないのだ、なんて全く自慢にもならないから悲しくなる。
仕事の表裏両方がない今みたいな時間の波雲氏は、僕の座るものより六倍はゴージャスな肘掛付きのリクライニングシートに腰掛けて、煙草片手にマグカップを握りつつ、ぼんやりと中空を長めていることが多い。BGM風にFMラジオを流してはいるがそれを聴いている風でもなく、事務テーブル、こちらも僕のものとは全く価格帯の違うそれに肘を付いて黒髪を垂らしつつ黄昏るその様は、知らず見入ってしまうチャームにも似た不思議な魔力を感じさせ、椿波雲という彼女の口調や表情や態度からは想像出来ない女性的魅力というのは、最大限を越えるとそうやって周囲に溢れだすのだろうか、なんて思ったりもする。
……とは訂正。腹が減ったのでコンビニに行ってこい、と随分と男前な命令が下った。
安いながら雇われの身なので早速身支度をするが、要するに僕の今の仕事とは何なのかは、こちらも追々紹介しようと思うが、さっさと行けとあの突き刺す視線で睨まれているので駆け足です。