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暴言、罵倒が出ます。注意です。
口喧嘩って仕掛けた方が大体負けません?
長くなりました。
遭遇とはいつも突然だ。
一度いつもの場所に戻るため自習室のある中二階を目指しはじめる一行。二階へ登る階段の前を通りすぎようとした時、前方から対処に困る存在が近づいて来ていることに気づいた。噂をすれば、と言うところか。むこうもタイミング悪く気づいたのか、少し笑いながら女子生徒が二人寄ってきて片方が口を開く。
「あれぇ?あんたたちなに溜まってんのぉ?」
踵を履き潰した上靴をペタペタ鳴らしながら見下したように言う。
彼女たちはいつもどこかしらで派閥を作って争ったり、1人標的を決めて痛めつけることを習慣としている。クウトが標的になったのは二年生になってすぐだった。
甘い臭いがする。香水だ。華美な化粧。ファッションの域を出た着崩し方をした制服。率直な感想としてはラフレシアだと思った。
臭いに顔をしかめる5人を気にした様子もなくズカズカ歩いてくる。
「こんな隅に溜まるとかホコリかっての。」
「言えてる~!いっつもおんなじメンツでさぁ。他にともだちいないの?」
不快だ。周りにいた他の利用者がそそくさとはけていく。巻き込まれたくないのだろう。しばらくすると視界に入る場所にはだれもいなくなった。騒ぎ声が遠い。
「(あんまり構いたくないんだけどなぁ…。)」
打開策が思い浮かばずカズヒサは悩んだ。だが口火を切ったのは彼女たちだった。
「あんたたちあぶれ者の集まりだもんね。ほんとのともだちなんていないよねぇ!」
ギラギラした目。焚き付けるような台詞。何よりこんな薄っぺらい奴等に知ったようなことを言われたのが我慢ならなかった。
「お前らみたいな上っ面だけの関係の奴等に言われたくねぇよ。」
「ニー、落ち着いて。」
ハジメを静かにアキラが制すがその顔は険しい。冷静で居ようとするが彼も理不尽を無視出来るほど大人ではない。カズヒサもどうしたものかと眉間に指をあて考えている。
以前、クウトに対するいわれの無い罵倒の理由をたずねたことがあった。返っていたのは、『なんとなく、ムカつくから。』だった。意味なんてなかった。今まで彼女たちが放った言葉も、クウトがたえてきた時間も、今自分たちが対峙していることも。
3人は言いたい事はあるがどう言うべきかわからない。自分たちは口喧嘩にはむかない。下手に言い返しても状況が悪くなるため発言出来ない。
そんな3人の服の裾をハルとカナがちょいちょいと引く。変われと言うことだろう。嫌悪感が滲んだ目で相手を見据えている。何をするのかと思ったら2人は呆れたようにその場から歩き去ろうとする。
「悪いけど、あんたたちなんかに構ってる暇ないんだよね。」
「みんな、行こう?こんな馬鹿な子たち、相手にしてるだけ無駄だよ。私達まで馬鹿になっちゃう。」
わざとらしく、はっきりと、相手に届くように声を発する。
相手は2人の態度が気に食わなかったのだろう。
「ちょっと、あんたたち!!」
呼び止めてしまった。さっきまでの余裕はどこに行ったのか。目をつり上げてにらんでいた。
「「(かかった…。)」」
ハルとカナはお互いに目配せをした。
口喧嘩では冷静さを欠いた時点で負けたようなものだ。そして、相手を簡単に逆上させるために2人は一度上がった相手のテンションを、切り捨てることで強制的に落とした。
いたずらっ子は構うと調子に乗るのだ。確実にプライドを傷つけておくため、一度無視をきめこむ。
「待ちなさいよ!!」
「何?」
二度目の呼び掛けに迷惑そうに応答する。
「人のことバカバカ言って、何様のつもりよ!!」
「あぁ、言葉はわかるんだね。私達動物とは話せないから。ね、ハル。」
平然と相手の神経を逆なでしていく。
「誰が動物だってのよ!」
「まつげが鬱陶しい位あるからラクダかなんかかと思って。あっ、ラクダに失礼だったね。」
こんなのと一緒にされたくないよね。と、ハルが鼻で笑う。
「化粧も解んないなんて女としてどうなの?そんなんだから地味でダサいんじゃない?」
「えっ、それ普通の化粧なの?特殊メイクじゃなくて?」
「もしかして、それで自分可愛いとか思っての?無いわぁww」
作業するように淡々と相手を追い詰めていく。そんな2人を見ていた男子3人はというと、
「「「(女子怖ぇ!!)」」」
さっきまで自分たちとふざけあっていた存在が今、目の前で己の語彙力を駆使して相手を全力で罵倒しているのだ。恐ろしくもなる。
「女子ってみんなこういうの強いのかな?」
カズヒサがつぶやく。
「いや、あの2人は性能が違う。」
ハジメが呆れ気味にぼやく。
ハルは舞台に立つ手前、ある程度の間はつなげるほどの即興力を持っている。本質を見ない者に虚勢を張るなど朝飯前だ。カナは普段は鳴りを潜めているが、彼女の本領は無言の重圧。例えるなら遅効性の毒だ。彼女の攻撃は不思議と後から苦しくなる。
相手の言葉を茶化し、いなし、煽るハル。確実に切り捨てに行くカナ。
「まあ、相手が悪いよ。」
2人を見ながらアキラが言う。
すでにどちらが悪いのかわからない。関わらなければ良かったのに、と止める気が毛頭ないあたり自分たちも随分女々しいなと苦笑する。
「~~!!喧嘩売ってんの!?」
言うことがなくなったのか中身のない言葉がとぶ。
「売られた喧嘩をお返ししてるだけですよ。」
茶化すような敬語でハルが言う。相手のボキャブラリーが尽きはじめていると推測しこの無意味な会話をどう締めるか思案する。
とどめを刺してしまってもいいが、生殺しのまま放置しても構わないかもしれない。これをきっかけに相手方で内乱でも起きないかなぁと物騒なことをカナが考えていた時だった。
「あれ?みんな、どうしたの?」
一階と二階をつなぐ階段の上から険悪な雰囲気に似合わない、子供じみた声が降ってきた。ハッとして全員が見上げる。立っていたのは当事者であるクウトだった。なぜか沢山の本を平積みして持っているいるため、本の後ろから覗く形になっている。
「…クゥちゃん。なんで、こっちに?」
中二階には二階から行けたはずだ。わざわざ一階を通る必要はないのに。さっきまでの威圧感が嘘のような緊張した声でカナが問う。
「ん?あぁ、それがさ~。あっちの階段の前、ガラ悪そうなのいっぱいいたから通りづらくて。」
参っちゃうよねぇとヘラヘラ笑いながら説明する彼女にはおそらく階段の壁と本で女子生徒たちがみえていない。
狭く急な階段を本を落とさずにリズミカルに下りてくる。階段の真ん中まで下りもう一段、と重心を傾けた。
「…クゥちゃんだぁ。」
ねっとりと毒気を帯びた声。しまったと思ったらすでに相手は標的をシフトしていた。
「えっ。」
緊張感なんてまるでなかった足音が一瞬止まる。
バランスの悪すぎる手元と足場。傾きかけた重心。たった一瞬の硬直。宙に投げ出されるには十分だった。
「危ない!!」
叫んだのは誰だったか。クウトはとっさに誰もいない方(彼女が見る限り)へ持っている本を投げ上げた。原色に近い配色の本が宙を舞う。
本の落ちる音と共に誰かの叫び声が聞こえ衝撃に備えるが、実際には階段の真ん前にいたカズヒサに受け止められる形になった。
「おっと…。大丈夫?クゥちゃん。」
「僕は大丈夫だよ。クルは?」
「平気、クゥちゃん軽いから。」
「そっか。ありがとね。」
雰囲気の一変したゆるい会話にハルが混ざる。
「あんなにいっぱい持ってくるからだよ~。」
「あはは…。ごめんね。速く戻らなきゃって思って。」
「大丈夫!?怪我ない?」
慌てながらカナが聞く。
「うん!クルのおかげで僕は大丈夫だよ。」
「今度からはもっと考えて行動しなよ?今回はクルがいたからよかったけど…。愛千さんも女の子なんだから傷でもついたらどうするの?大体君は――。」
「うん。アッキー、説教は勘弁して?」
クウトが苦笑いで拒否する。
アキラは世話焼きで、仲間が何かしでかす度に説教をする。その度に相手と衝突するため喧嘩別れや悪目立ちが多かった。今は少し落ち着いてきたが今回のクウトの行動は目に余ったのだろう。眉間にしわを寄せている。
「いや!言わせてもらう!君はもう少し―――。」
「オカンが説教してる所悪いんだか、本のこと忘れてないか?」
説教が長くなると察し、ハジメが割って入る。
「そういえば、本は…。」
クウトが手元にあった本を投げたことを思いだし、全員が本を投げた方角に向き直る。サァーッと血の気が引く。さっきの叫び声はこれか、と目の前の惨状を理解した。
宙を舞った奇抜な配色の本は、勢いのまま女子生徒に襲いかかっていた。逃れようと思えば逃れられたのだろう。しかし、踵を履き潰していた彼女たちは動きが鈍く逃げ遅れた。結果、2人はとっさに掴んだ数十冊の本と一緒に床に転がっていた。
「ヤバくね?」
この状況が誰かの目に入れば確実にこちらが悪く見える。人がはけているのが幸いだが、誰か来るのも時間の問題だ。そそくさと投げた本だけ探し出し立ち去ろうとする。
「みんな、こっちだ。」
カズヒサが音量を抑えて言う。
「あ、あの2人、大丈夫かな?」
「あん位でどうにかなる様な奴等じゃねぇよ。」
オロオロしているクウトの腕を引きながら、ハジメが答える。
安否確認はしていないが5人が女子生徒たちに贈る言葉は一つだった。
「「「「「(ざまぁみろww)」」」」」
お読み頂きありがとうございます。
クウトを最初に考えたため、一番楽です。
話が偏ります。
身長のお話。
カズヒサ:175cm位
ハル :170cm位
クウト :163~165cm位
アキラ :160cm位
カナ&ハジメ:157cm位
ちょっと大きいかな?