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焔に溶けた双子

作者: 月白 深夜

この童話は残酷な描写を含みます。苦手な方は避けてください。

 それは昔々のお話。


 小さな国の、小さな村に、一組の双子が住んでいました。

 明るく快活な姉と、穏やかで賢い弟は、性格こそ真逆でしたが、とても仲の良い双子でした。双子は優しい両親と四人、貧しいながらも笑いの絶えない暮らしを送っていました。

 


 そんなある日。双子の向かいの家に住むお婆さんが、突然倒れたという知らせが家族のもとに届きました。双子の家族は皆たいへん心配しました。そのお婆さんは、双子に会うといつも口元にしわを寄せて微笑み、そっと小さなお菓子を手渡してくれる、優しい人だったのです。

 双子の姉は、お婆さんを看病しにいきたいと言って、向かいの家に出かけていきました。弟も追いかけようとしましたが、前の日に外で遊んで風邪をひいていたので、お婆さんに移したたらかえって大変だと言って、お母さんに止められてしまいました。弟はじりじりしながら、咳を堪えて家で待っているしかありませんでした。

 やがて姉は、疲れた顔で家に帰ってきました。お婆さんの様子はどうかと、両親と弟が口々に尋ねると、姉はため息を吐いて答えました。


「氷で冷やしているんだけど、熱がどうしても下がらなくて…。風邪の薬も他の薬草も効かないの。ずっと水がほしい、ほしいってうわ言ばかり言ってるわ」


 弟と両親は、驚いて顔を見合わせました。この村は貧しかったけれど、裏手の山には薬草がいろいろあって、大抵の病気はそれで大事無く治せていたのです。

 しばらく低い声でお母さんと話した後、お父さんは二人に厳しい声で言いました。


「お婆さんが罹ったのは、新しい病気かもしれない。移るかもしれないから、もうしばらく向かいの家に行ってはいけないよ」


 姉は言い返そうとしましたが、弟がそれを止めました。お父さんは二人のことを思って言ってくれているのだと、わかっていたからです。双子はとても心配していましたが、じっと家で待っているしかできることはありませんでした。

 


 それからまもなくして、村の他の人が倒れたという知らせを、伝達役の村人が伝えに来ました。今度は壮年の男の人です。

 姉が伝達役に尋ねました。


「その人はどんな様子なんですか?」


 村人は緊張した顔で答えました。


「水が欲しいと言い続けています。原因はまだわかりません。皆さんも気を付けてください」


 姉は弟の顔を見ました。弟はやはり伝染病だったのだろうか、と姉に囁きました。姉は怖い顔をして、滅多なことを言うものではない、と答えました。そう言う姉の手が震えているのを見て、弟は口を噤み、姉の横にそっと寄り添いました。



 しかしそうではないと願いたいという双子の気持ちをよそに、村では堰を切ったように人々が次々と倒れていきました。症状は皆同じです。水が欲しい、水が欲しいと訴えて、苦しげに死んでゆくのです。

 そしてとうとう、双子の両親も病気に罹ってしまいました。最初にお父さんが、そして次にそれを看病していたお母さんが。双子は必死に村中を駆け回り、栄養のある食べ物と水を掻き集めました。どこもかしこも売る人がいなくなり、ただ空っぽの台を広げたままになっている店ばかりです。もう移るかもしれない、と家の中に引きこもっているどころではありませんでした。



 人々が一人、また一人と死んでゆく中、村には国からお触れが出されました。弟は看病の合間を縫って、村人が群がっている掲示板の前に潜り込みました。

 そこにはこうありました。


「この度、国中で発生した病は、非常に厄介な伝染病であることがわかった。ついては、感染者は速やかに仮設の小屋に隔離し、その遺体は跡形もなく燃やすこと。感染者が身に着けていた物も、例外は一つも認められない。なお、この病は大人だけが罹るものと考えられるが、子供は病を運ぶ媒体となる可能性が高いので、無闇な外出は控えること」


 読み終わったちょうどその瞬間、背後でがしゃんっ、と皿を割ったような音が響き、弟は振り返りました。そこには真っ青な顔をした双子の姉が、手に持っていた水差しを取り落とした格好で、固まって立っていました。


「私のせいなの…?私が考えなしにお婆さんの家なんか行ったから、お父さんとお母さんは病気になったの?」


 弟は姉に駆け寄って、その震える手を取りました。


「違うよ…姉さんのせいなんかじゃない。今はそれより、早く父さんたちのところへ水を持って行ってあげなくちゃ」


 弟は懸命にそう話しかけ、姉の手にそっと地面に落ちていた水差しを押し付けました。


「ほら、もう一回汲みに行こう?」


 姉は小さく頷きました。


「うん…」



 こうして双子の両親は、揃って村の外れに建てられた粗末な小屋に移されました。双子は両親に会うため、毎日足繁く小屋に通いました。

 両親は双子のことももう誰だかわからない様子で、ただ、


「水…水をくれ…水が欲しい…」


 と喘ぐばかりです。双子は悲しみに打ちひしがれながらも、懸命に看病を続けました。しかし、もともと少なかった食料は、働く者が倒れてしまったためあっという間に底をつき、水さえもろくに手に入らない状況で、双子の両親も日に日に弱っていきました。



 あるとき双子の姉が、両親のもとに水を運ぼうとしていると、隔離小屋の中から喉の渇きでしわがれた声が上がりました。


「おい、その水をよこせ」


 姉は身を硬くしました。それは姉が両親の苦痛を和らげたい一心で、必死に探してきた水でした。

 声の主である老人は、姉が動かないのを見てちっと舌打ちし、罵りの声を上げ始めました。


「おい、よこせと言っているのが聞こえんのか。お前には血も涙もないのか。そこの両親だってお前のせいで病に罹ったというじゃないか。なんて親不孝な娘だ」


 大声を聞いて小屋の中がざわつき出し、両親の側にいた弟は、姉が声もなく立ち尽くしているのを見つけ、慌ててその前に庇うように立ちはだかりました。姉はもう青を超えて、蒼白な顔でぶるぶると震えていました。


「父さんたちが病気になったのは姉さんのせいじゃない。それにこれは父さんと母さんの分だ。あなたのものじゃない」


 低く抑えた声でそう言い放ち、返事も聞かぬまま、弟は姉の腕を引っ張って小屋の外に連れ出しました。


「あんなの気にしなくていいんだよ、姉さん。皆病気で気が立っているだけなんだ」


 弟が小さな声で優しく言うと、姉はぎこちない笑みを頬に浮かべて笑いました。


「うん…ありがとう。大丈夫」



 その夜、二人の両親は子供に見守られながら、ひっそりと息を引き取りました。

 弟は両親の乾いた手を握りしめ、声を殺してむせび泣きました。姉は、涙も流せずに、ただ小屋の入り口に呆然と立ち尽くしていました。


 二人きりで両親の遺体を小屋から運び出し、お触れに従ってそれを燃やした後、双子は自分たちの家に戻りました。

 家に入るとき、古びた木製のドアの前で、弟は一言も喋ろうとしない姉を気遣い、そっと呼びかけました。


「…姉さん?」


 しかし、姉は弟の声に反応しませんでした。それどころか、聞こえた素振りすら見せません。弟は心配になってもう一度繰り返しました。


「姉さ―–」


「私のせい」


 けれど、本当に聞こえていないかのように、姉は一言ぽつりと呟きました。よく聞き取れなかった弟は、思わず姉に聞き返しました。


「え?」


 しかし、姉は答えず、そのまま静まり返った家の中に入って行ってしまいました。



 その日から、姉は一言も話さなくなりました。

 弟はそんな姉に、毎日必死に話しかけました。


「姉さんのせいじゃないよ。お願いだから何か言ってくれ」


 しかし姉が答えることはなく、その瞳はただ虚ろに空を彷徨っているだけなのでした。

 話しかけても効果がないことに気付かされた弟は、姉を町に連れ出すようになりました。屋台の上に並ぶ綺麗な首飾り、時々やってくる曲芸者、野原の花に至るまで、姉の心をそそりそうなもの全てを姉に見せようとしたのです。

 けれど何もやっても、姉の痩せた顔に以前のような明るい笑みが浮かぶことはありません。町に行くために身を粉にして働いていた弟も、だんだんやつれていきました。

 


 ある日、弟はまた姉を町に連れて行きました。市場に並ぶ色とりどりの果物の前を歩きながら、弟は姉に言いました。


「姉さん、ほら見て。村にはこんなに綺麗な食べ物はないよね」


 しかし姉はぼんやりと視線を向けただけで、やはり何も言うことはありませんでした。

 弟は落胆しながら賑やかな市場を通り抜けました。今日はもう、他に見せるものはありません。

 そのまま村に帰ろうとしたとき、町の真ん中の広場の人だかりが、弟の目に飛び込んできました。何だろう、弟は不思議に思いました。今日はサーカスも何もなかったはずです。

 弟は気になって、姉に少し待っていてほしいと告げ、人混みの中を進んでいきました。そして一番前に出たとき、彼はその場に凍りつきました。

 人混みの中で、誰かが彼の腕を小突いて言いました。


「おい坊主、邪魔だ。見えねえじゃねえか」


 けれど弟は動くことができませんでした。そこで今まさに行われようとしていたのは、公開処刑でした。

 弟ははっと我に返り、身を翻しました。そのまま広場の外へ取って返そうとします。これを姉に見せてはいけない。弟は思いました。

 しかし人混みの外へ駆け出そうとしたとき、弟は誰かにぶつかってよろめきました。弟は再び走り出そうとしながら、ぶつかった相手に謝りました。


「あ、すいませ…」


 弟はそこで言葉を呑みこみました。彼の目の前に立っていたのは、広場の外で待っているはずの姉でした。

 弟は慌てて姉の腕を掴み、言いました。


「だめだよ、姉さん。ここはだめだ。ねえほら、帰…」


 ちょうどその時、弟の背後、広場の中央の方からざわめきが伝わってきました。罪人が処刑場に引き出されたのです。

 弟は姉を引っ張って外に出ようとしましたが、もう周りには人がぎっしりと詰めかけていて、二人が通れる隙間はありませんでした。

 仕方なく、弟は姉に処刑の様子が見えないように自分が広場の中央側に立ちました。そうすると、嫌でも処刑場が目に入ります。硬い地面の上にぼろ布一枚の姿で跪く罪人は、既に町中を引きずり回されたのでしょう。痩せ細った身体には、無数の傷が刻まれていました。

 横から死刑執行人が現れ、罪人の腕を掴んで乱暴に立たせました。そのままよろめく男を中央の鉄柱の前に引っ立てて行きます。

 執行人が罪人の頭を台の上に固定すると、人垣から歓声が上がりました。弟は広場に響く残酷な声を嫌悪しながら、それでも罪人から目を離すことができませんでした。鈍く光る鉄の刃がゆっくりと男の無防備な首に吸い込まれていくのを、弟は声もなくじっと見つめていました。

 鉄と鉄がぶつかる籠ったような音とともに、あっけないほど簡単に男の首が転げ落ちました。弟は自分が処刑に見入っていたことに気づき、目を背けました。そして後ろを振り返ったとき、弟は信じられないものを目にし、呆然としました。

 目の前に立った双子の姉が、彼に向かって微かに微笑んでいました。



 それから弟は、姉を連れていろんな町に出かけるようになりました。死刑を見るためです。多くの人にとって、公開処刑は退屈な日々の貴重な娯楽でした。そのため毎日変わる処刑場の場所をその日の執行人に尋ね、弟は姉とともに、憑りつかれたように遠い町まで足を伸ばしました。

 そして、相変わらず姉はそのときだけささやかな微笑みを浮かべました。弟にはその理由はわからなかったけれど、姉が昔のように笑ってくれさえすれば、彼にとっては十分なのでした。

 


 しかしそのうち、姉の笑顔はどんどん小さくなっていきました。弟は焦りました。折角昔のような顔を見られるようになったのに、何がいけないのでしょう。必死にその訳を考えた弟は、より残酷な殺し方をする町を選んで見に行くようになりました。

 すると、姉は再び笑うようになりました。弟は安堵しました。そして更に苦痛を伴う処刑法を採用している町を回りました。縄で罪人の首をくくり、息絶えるまで木に吊るしておく町。冷たい沼に罪人を放り込んで、その喉に泥が詰まっていくのを眺める町。

 けれど弟はそのうち、再び不安になりました。また姉が笑わなくなったらどうすればいいのでしょう。今まで以上に残酷な処刑など、もう何処にもありません。そうなってしまったら、また一から姉の心を動かすものを探さなければいけません。

 そうして考え込んでいるうちに、弟の頭にふとある考えが浮かびました。今までにない、最高の死。姉の心を永遠に繋ぎ止める方法です。

 弟は一人で微笑みました。これでもう、何の不安も覚えることはありません。


 

 弟は油と石を持って、姉を村の裏山に連れて行きました。やがて一番上にたどり着くと、弟は言いました。


「見ててね、姉さん。これで父さんたちが死んだのにまだ呑気に生きてる奴らをまとめて消せる。姉さんのことを罵ったあいつも。僕が殺すんだ!」


 そう叫んで、弟は手に持っていた油を全身にかぶり、火打石を鳴らしました。小さな火花が飛び、瞬く間に弟の身体を赤い炎が包みました。


「ほら姉さん、笑ってよ」


 弟は炎に焼かれながら、笑い声を上げました。狂ったような笑いが、山に響き渡りました。弟の身体を覆っていた炎は、山にはびこる乾いた草に飛び移り、どんどん山が焼けていきます。そのまま炎はもの凄い勢いで麓にある双子の村に迫っていきました。山の上に昇る黒い煙に気付いた村人の声が、山の下で騒ぎ始めましたが、弟の耳にはまったく入りませんでした。


「今までで一番綺麗でしょう、姉さん?そのうちもっともっと広がって、村も全部赤くなるよ」


 弟は煙で掠れた声で姉に呼びかけました。すると、その声を聞いて、姉はにっこり弟に笑いかけました。今までで一番綺麗な笑顔でした。

 姉は焦げた草の上を歩き、炎の中を弟に近づいていきました。そして、火の玉と化した弟の前に立ち止まり、その爛れた頬に手を当てて、こう囁きました。


「…笑ってる」


 その優しい声を聞いて、弟は突然理解しました。最初に町で処刑を見たとき、姉が久しぶりに笑ったとき、彼女の前には自分が立っていて、姉には処刑は見えないはずだったこと。なのに彼女がその直後、弟に向かって微笑んだこと。それは当然でした。姉は処刑を見て笑ったのではなく、弟の長く見なかった笑顔を見て笑ったのでした。

 弟は初めて気付きました。最初も、その後もずっと、姉は処刑を見て笑う弟を見て微笑んでいたのです。優しい両親が死んだのに、姉の笑顔を奪ったのに、この世界で生きて笑っている人がいることを憎み続けた弟は、その生が苦痛とともに奪われるのを見て、両親が死んでから初めて笑ったのでした。そこにあったのが残酷な喜びでも、姉はただ弟が笑っていることが嬉しかったのです。両親の死で心が壊れてしまったのは自分もだったのだ、と弟は悟りました。

 弟はいつのまにか自分を抱きしめていた姉の腕を見下ろして言いました。


「だめだよ、姉さん。姉さんは生きて…」


 弟は、既に自由の利かない腕で、姉の身体を押しやりました。しかし、姉は弟から離れようとしませんでした。自分を見上げる姉の顔に優しい、昔見慣れていた微笑みを見て、弟の頬に一筋の涙が流れました。


「ごめん。ごめんね、姉さん。これからはもうずっと一緒だよ…」



 

 そして、燃え盛る山の中、双子の姿は、赤く揺らめく焔に溶けてゆきました。

初の小説(というか童話)投稿です。


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[一言] 質問です。 ・ラストをイメージして書き始めましたか?。 唐突ですみません。 私が、その場で創作してしまうクセがあるもので・・・。 うーーん・・。 また、質問です。 双子の姉弟に歳の差を感…
[一言] 悲しいお話ですね(ノ_<) 姉の笑顔を見るために、処刑場を見るなんて……。 でも……弟は、姉のためにやっていたんですもんね。 いいお話でした(*^^*)
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