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戦場の逢瀬

作者: 最上 竜馬


 空が燃えていた。

 赤、緋、朱、紅で埋め尽くされていた。

 金切り声を上げる剣。鳴り響く火砲。まばらなフリントロック式の銃声。煌々たる灯りを爆発させる魔法。逃げ惑うしか能のない民衆の悲鳴。

 燃え盛る家々。崩れ落ちた瓦礫が焚き火のように熱を放つ。

 戦争、またの名を地獄。

 戦争とは地獄を顕現させるのに一番手っ取り早い方法だ。

 指揮官が意気揚々と号令を下し、兵士は命に従い祖国の為と戦場を駆け抜ける。

 己が血で盲目になろうとも剣を振り回し、火砲に半身を食い千切られ、銃の一斉掃射を浴びようとも、魔法で全身が焼け爛れようと軍隊は、兵士は、人間は、戦うのである。

 泥と土をかき分け、砂と埃に目を細める。

 未来有望たる若者が戦争に食い潰され、国家は衰退して行く。

 だがしかし、王が、貴族が、宗教家という人種はそれを果たして知っているのだろうか?

 自分たちの為に命を落とした数多の英雄を。

 その中でも、英雄は一人だけ。良い指揮を成したとされる幾百人も殺した者だ。

 たった極々少数の者が胸を勲章で彩らせ、良くやったと褒め称えられる。

 何も、彼らはしていないのに。

 彼らの栄光は、栄華は犠牲の上に成り立っている筈なのに。

 そんなことは見えぬ、聞こえぬ、知らぬ、存ぜぬ。

 ただをこねた糞餓鬼のように口々に言う。

 これは私の武勲だと。

 貴様らなぞ知らんとのたまうのだ。

 若き屍を慈悲深き雨が優しく撫でるが、なんと悲しいことかもう彼は動かない。

 神は死んだか、意地が悪いかのどちらかだ。

 試練を乗り越えろとの仰せだ。

 地獄と化した街の中、火事の煙で煤けたクマのぬいぐるみを引きずった少女がひとり石畳の通りを歩いていた。

 少女自身も灰で汚れた頬をごしごしとこすりただひたすら歩いている。

 幼さを残した顔に、今にも大粒の涙を零しそうな瞳。

 戦争とは、国家が正しさを競い合う事である。

 『正義は勝つ』ではなく、勝利するから正しいのである。

 決してそれを履き違えるべきではない。

 戦争とはこの世で最も恥ずべき罪科である。

 この事実を分かっていようがいまいが、どちらにしろ、戦争は起こる。

 政治理由または食糧危機か誇りの問題もしくは人種差別かいずれにしろ、戦争は起こる。

 一度、死んで行く戦友を(かいな)に抱いてしまえば殺意になり、戦争が起こる。

 少女はどこに行こうとしているのか。

 恐らく本人にもわからないだろう。

 ただ、この道は知っているという理由で歩いているだけだろう。この先もここと一寸違わない地獄だとしても、歩くしかない。

 立ち止まるよりは良いと信じて。

 確かにその通りだ。

 ただ、タイミングが悪かった。

 少女は化け物同士の戦場に入っていた。


 瞬間――光。少女と少女の横にあった建物が消えた。


 少女はこの世を去った。

 これが戦争。

 悲劇しかない。

 しかし――これら(悲劇)を喜劇と喜んでいるバケモノも存在している。

「はははッ、何だあの威力? サイッコウだ、ちくしょう!」

 若い、男が空から降ってきた。

「ふふっ、躱すあなたも最高よ? それじゃ、戦争を、続けましょ?」

 ほぼ消え去った民家の瓦礫を踏み鳴らし、やってきた。

は白い髪に赤い目の少女だった。人形のように整っている。気味が悪いほどに白い肌。死人の肌と何ら変わらない。


「ああ、勿論だ。殺してやる」

「こちらの台詞よ? 死んじゃえ」

 両人、腰に帯剣している――黒い男性はやや湾曲している片刃の黒い剣を、白い少女は真っ直ぐな両刃の剣を、それぞれ神速の勢


いで繰り出した。

 目の前が霞むほどの火花が散り、これ程の勢いでぶつかり合ったために風が発生。

 更にもう一度斬り合う。やや、少女が押され気味。

 ――三合。火花がふたりを赤く照らす。

 ――四合。音を置いていく。

 ――五合。速く/早く/加速する。

 ――六合。変化が起きる。

 都合六合目で少女が男の剣戟により家五件分吹き飛ばされる。

 吹き飛ぶ少女の指から光が出現。指を指揮者が如く動かし鮮烈に光る魔方陣を完成。この間、一秒未満。

 魔方陣から膨大な熱量が発生。

 周囲を燃やす――というより溶かしながら男へと突き進む。

「ひゃ、は!」

 気合いといより奇声じみた笑い声を上げ、そのまま突っ込む(・・・・・・・・)

 肉が焼ける独特の音、臭いが辺りに立ちこめる。だが、その臭いすらも焼き尽くされる。

 音を立てて皮膚が――焼ける焼ける。

 ここで奇妙な事が起こった。

 男の肌が焼けると同時に再生し始めた。

 破壊と再生を繰り返す。ふたつの事象の狭間で駆け抜ける。

 少女は宙を舞い、着地。

「――おいで? 殺してあげるからッ」

 幼き少女とは思えない妖艶で凄惨な笑みを浮かべ――剣を大上段に構える。

 男も不敵に笑い、湾曲した剣――刀を引く。点による突きの構え。

「「・・・・・・・ッ!」」

 銃のような破裂音がふたつ。

 黒い刀は少女の右胸を穿つ。

 白い剣は男の左腕を断ち切る。

 両者、狙いが外れた――というより外された。

 少女は首を狙い、男は心の蔵を。

「あら、外れた」

 心底残念そうに言った。

「俺もだよ」

 男もそれに同意を示す。

「なら――」

 少女が言う。

「――続けようぜ?」

 男が引き継いだ。

 石畳が部分的に吹き飛ぶほどの脚力で後退し再び前の構えに戻る。

 どくどくと腕からは血が流れ出る。じゅくじゅくと胸から血が滲み出る。

 生の証を撒き散らし、再び激戦が始まる。

 轟音。どこかの大砲。

 これを再戦の号砲とし、両者踏み込んで――加速。石の欠片が宙を舞った。

 ふたりの間でのみ時間は減速する。

 段々段々遅くなる。音が遠くなり、相手の顔をはっきりと視認できる。

 そこにあるのは、殺意と――愛情。

 彼と彼女ほど純粋な殺意と愛情を抱いた者は歴史上このふたり以外にいないと断言できる。

 憎悪も何も無く、殺したいし愛してる。

 だから殺させろ。愛してるから殺させて。

 死という避けられない訳の解らないモノに奪われるくらいなら――自分が壊してやる。

 相手を殺そうとすること、それがこのふたりの愛情表現。

 戦場で殺し合う。

 これが彼と彼女の逢瀬。

 互いの攻撃は生命を奪うには少し足りなかった。

 そのまま男は片腕を失った事によるバランスの悪さを利用して、男は沈み込む。

 危険と判断し少女は後退するが、刀がかする。

 かすっただけなのに摩擦による熱が発生。

「ああ、嬉しいっ! 楽しい!!」

 戦い(愛情)に歓喜する。

「貰ったァッ!」

 独楽のように回転し、切り込む。

「まだ、楽しみましょう?」

 刀を受け止め、切り結ぶ。擦れ合う剣は金切り声を通り越し絶叫する。

「―――大火砲ッ!」

 男が満ち足りた声音で叫んだ。

 いつの間に陣を完成させたのか、超至近距離で少女へと本来は対軍隊用の魔法が炸裂する。

「ここで魔法とか空気読んっ・・・・・・でっ!」

 少女も男より倍近い速さで魔方陣を完成させ同等の魔法で相殺する。

 ただ――莫大な威力をもった魔法同士が激突した場合に起こるのはそれに伴う衝撃波。

 ふたりを優に100メートルは吹き飛ばす。

 彼も彼女も偶々無傷に近い家にぶち当たった。

 このふたりは驚くべき事を敢行する。家を足場にして――中心地に、飛ぶ!

「DAAAAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

「YEAHHHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 声ですらないもっとも原始的な叫び声。

 轟音、衝撃、そして血の雨が降る。

 それによりふたりの軌跡がはっきりとわかる。

 白い剣が動いた。

 即座に迎撃行動に移るが――白い剣がうねる(・・・)

「ッ!?」

 攻撃の手数が圧倒的に増した、点で線で面で結ばれる。曲線し歪んで湾曲する剣筋。

 一撃一撃が重い。このままではジリ貧と考える。

 実際剣が曲がることはある。だが、少女の持っている剣はそんな柔ではない。

 つまり、技術的にそう見せているということ。

 逆に言えば見えてしかいない。

 であれば――視覚情報に頼らなければ良い。

 目は瞑らない。その必要はない。

 他の感覚器官に余力を回す。

 耳で風を切る音を。

 舌で戦場の味を。

 鼻で血と彼女の香りを。

 皮膚が刃を撫でる感触を。

 穴を、見つけた。穴――とはいえ、だ。難易度は針の穴に剣を通すモノだ。

 事実上、不可能。

 だがまあ、その程度ならばこの男は可能にする。

 穴を目指して、少しづつ彼女の攻撃をずらす、ほんの少しだけ。

 単位にすれば数ミリ。けれども、それで充分だ。

 切り結ぶ、既に百合は超えている。

 一体何度斬り合ったかはわからないしどうでもいい。今が楽しければどうでも良い。

 逢瀬の時は余計なことを考えないのが礼儀だ。

 穴に触れた。

 そのまま直進させれば戦争(デート)は終わってしまう。

 その事にも一切構わず心臓を――突いた。

「・・・・・・俺の、勝ちか?」

 少女を抱くように深く深く突き刺す。

 彼女は俯いたまま。

「・・・・・・・・・・・・ううん、まだ」

 頭の中に警告音が鳴り響き、彼女の身体から刀を抜き取り一気に後退。

「すっごいな。何で生きてる?」

 純粋な質問を投げかける。

「あなたがしようとしてたことに気付かないわけないでしょ? 反撃する機会窺ってたし、ずらされたのも知ってる」

 流石は超が三つは付く、一流の剣の使い手だと言えるだろう。

「でも、修正は出来ない。だから避けることにしたの」

 彼の刃は彼女の心臓付近を貫いただけだった。

 あと、ほんの少し、横に刃があれば男の勝ちだっただろう。

「・・・・・・クッ、くはっ、あー、お前、いい女過ぎるだろ」

 心底嬉しそうに顔を歪める。

「でしょ? そっちもいい男よ?」

「ありがとう。でもま、そろそろ終わりだ。次で終わらせるよ」

 そう言って、刀を鞘に収めた。

 決して降参の意ではない。

 居合いは最初の一太刀が一番速い。

「そうね。多分、次が最後かな」

 今までの傷を全て回復させながら答える。なんとはなしに次で終わる予感を携えながら。

 例え、戦闘のダメージをほぼ零に出来ようが疲労などは蓄積する。

 男は腕丸ごとないので他の部分はともかく回復は無理。

 あくまで回復であり、なくなった物を生やすことは出来ない。

「・・・・・・腕、取ってきて良い?」

 緊張感を無視しての提案。

「どうぞ?」

 くすくすと鈴が転がるような音で、口に手を当てて上品に笑う。

 ひょこひょこと、バランスがおかしくなったせいで些か滑稽な姿で取りに行く。

 腕をひょいと拾い上げ、無駄に奇麗に斬れた面を腕の部分にくっつけ、接着完了。 

 接合部位があればくっつけることは可能だ。生やすことは無理でも、だ。

「よぅし、準備完了だ。待ってくれてありがとう」

「どういたしまして」

 またも少女は大上段の構え。どうやらこれが彼女の戦闘スタイルのようだ。

 対して男は右足を前に出し、そのまま踏み込める居合いの構えを取る。

 

 これで両者の準備は整った。


 ぴたり、と。

 突然周囲の音が止んだ。

「あ、どうやらどっちか勝ったみたいだな」

 どちらも構えを解く。

「・・・・・・今回()引き分けね。次も殺し合いましょうね?」

「ああ、それじゃあな」

「うん、バイバイ」

 少女はあっさりと背を向け、瓦礫の山を歩く男性に小さく手を振る。

 まるで敵同士ではないかのようだった。

 それもある意味あっている。

 このふたりは傭兵だ。敵国同士に雇われていた。

 だから、戦争が終われば敵ではない。ところが、彼と彼女は好きこのんで敵同士の国につく。

 早い話、男が『赤』という国の傭兵になれば少女は『青』の国の傭兵になる。

 彼らの意思疎通の方法は殺し合い。

 彼女らはふたりで戦うことが大好きだ。愛している。そこらの一兵卒では取るに足らん。全く持って弱すぎる。

 そんなふたりが見つけた最高の相手。

 簡単に壊れないし遊んでも生きている。

 だから彼らは殺し合う。

 明日も明後日も一週間後も半年後も来年も何十年経っても、生きている限り未来永劫戦い続ける。

 じゃれあうように。ふれあうように。あいぶするように。


 彼と彼女は――



 ――戦場で出会い、戦場で殺し愛い、戦場で死を望むだろう。 

 

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