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魔法使いと幼女

 魔法使い様の求婚を断ったら球根にされました。魔法使い、ってのは頭がぶっとんでるんでしょうかね。


 球根にされて、かいがいしく世話をされて、花を咲かせて、枯れる前にまた最初に戻されて。そんなことを三度ほど繰り返した頃、事件は起こりました。凄まじい爆発音がしたかと思うと、眩いまでの光に包まれたんです。後になって、魔法が失敗した反動だと知りました。でも所詮は球根でしかない私にはいまいち理解できず、ああここで死ぬのだと思いました。死ぬ間際になると走馬灯のように今までの出来事が流れる、と耳にしたことはありましが、あれって本当なんですね。家族と過ごした日々がばばっと頭の中で流れていきましたよ。最後に出てきたのが魔法使い様だった時は、大変に不愉快でしたが。


「ハニーっ!!」


 激しく焦っているような魔法使い様の声も、どこか遠くで聞こえます。もっと生きたかったなあ、とか。家族にもう一度会いたかったなあ、とか。色々考えたのは自分は死んだと思ったからです。それなのに売り物にされているのは、どういうことでしょう。


「あれ……」


 花屋で売りに出された次の日、誰かが私の前で足を止めました。なんとなく気になったので、一生懸命上を見上げる……必要はほとんどありませんでした。十歳ほどの小さな女の子だったからです。しかも可愛いです。ふっわふわの黒髪を青いリボンでポニーテール。零れ落ちそうな赤い瞳はまるで大輪の薔薇のよう。と考えて、薔薇百本差し出してきた魔法使い様が脳裏に浮かんだので慌てて振り払いました。


「ううん……?」


 女の子はなにやら難しそうな顔で呟いたかと思うと、箱から私を取り出します。自分の顔に近付けて観察しているようです。そんなに見つめられたら私照れちゃいますよ。目線が近くなったのでより分かりますが、やはり美少女です。睫ばっしばしです。お肌も白いです。頬の赤みがまたなんとも。近頃むさい男ばかりを見ていましたから、尚更癒されますね。


「あ、あの、この子いくらですか?」


 あら、どうやら買ってくれるようです。私ってついてますね。仕立ての良い服から見るに、いいところのお嬢さんぽいですし。


「十個組で950ルル、一個なら100ルルだよ」


 まあ相場ってところでしょう。ソフィラの花は広く普及していますから、さほど高くないんです。十個買えば一個辺りの値段が安くなるってのがにくいですねえ。私なら間違いなく十個買ってます。そして値切ってます。


「え、えっと、一つでいいのです」

「じゃあ100ルルね。でもお嬢ちゃんかわいいから90ルルにまけちゃおう!」


 やっすいですねー。何がって、私の値段が。球根としては相場でも、私は元人間です。本来、人間に値をつけるなんてあってはいけないことです。まあ人買いとかいるんですけどね。物騒です。たった90ルルで売られていく私……図太いのを自覚してはいますが、流石にちょっと泣きそうです。目、ないですけど。


「あ、ありがとです」


 紙袋に入れられてしまったので、天井と女の子の顔くらいしか見えません。ふと気になったんですけど、この子もしかしてすごい人見知りなんでしょうか。さっきからずっとどもってますし、表情には不安がいっぱいって感じです。今にも涙が溢れそうです。勇気を出して買ってくれたのかと思うと嬉しいですね。って、いきなり走り出さないでください。


「セオっ!」


 女の子は顔を輝かせて誰かの名前を呼びます。うーん、かわいい。気分が悪くなったのも許しましょう。


「お師匠さま、一体何を手になさっているんですか?」


 どうやらお相手は男性のようです。耳に馴染む、とても良い声です。でもやや不機嫌そうです。あれ、原因私ですか?


「あのね、お花屋さんで売られてたのです。気になったから買ってきたのですけど、これ何の魔法でしょう」

「嫌な魔力を感じますし持って帰りたくはないんですが……家で調べてみましょうか」

「うんっ」


 ん、私に魔法がかかっているのに気付いてたみたいですね。男性の方も納得しているみたいです。嫌な魔力とか言われてますし。まあそりゃ良くはないでしょうね。この人達、何者なんでしょうか。ついてたー! とか喜んだ私は浅はかすぎましたか。あーあ、ちゃんと育ててくれる人だといいなあ。


 ◇◇◇


 良い土の香りがします。色んな花の香りもします。はて、と見渡すと、どこかの庭のようでした。私を球根にした魔法使い様の庭は殺風景でしたが、それとは比較にもなりません。数多くの花は見栄え良く植えられ、毎日ちゃんと手入れされてるんでしょうね、いきいきしてます。理想のお庭という感じです。専属の庭師さんでもいるんでしょうか。いい腕してますよ。


「ううん……変化の魔法です? でもどうして球根に」

「かけたのは恐らく国家魔法師でしょうから、深く考えない方がいいと思いますよ」

「そ、そういうものです? セオ、解けますか?」

「やってみます」


 男性は私に手を伸ばしてきます。が、あまりの衝撃に私はまた意識を失いそうになりました。なんですか、この生き物。さらさらの白銀の髪は、長いのに枝毛とは無縁そうです。青い瞳はサファイアのようです。高い鼻も形の良い唇も、これ以上ない最適な位置に配置されています。魔法使い様も美形だとは思っていましたが、この人と並べるのは気の毒なほどです。この世界の美の全てを詰め込んだといっても過言ではないでしょう。綺麗すぎて人間味が薄いくらいですよ。精巧な人形と言われた方がしっくりきます。二十歳ほどに見えますが、昔はさぞ美少年だったでしょうね。見てみたかったです。


「これは……」


 男性は眉間に皺を寄せたかと思うと、私から手を離しました。あれ、この人黒いローブ着てますね。魔法使い様と同じです。胸元には魔方陣のペンダントも……ってもしやこの人も国家魔法師ですか。顔良くて魔法も使えるんですか。


「どうしたのです?」


 よく見れば、女の子も白いローブを着ています。胸元にはこちらも魔方陣のペンダント。国家魔法師って大陸中から集めてもさほど数いないそうですが、遭遇率高すぎですね。


「よほど解かれたくないんでしょうね。術に干渉しようとすると反撃がくるように組まれています」

「ええっ」


 女の子が驚いた風に声を上げました。私に声が出せたなら、一緒に驚きたかったです。いつか誰かが解いてくれないでしょうか、と夢見ていましたが、叶わぬ夢だったらしいです。……まあそうですよね、あの魔法使い様ならそのくらいしますよねー。わあい才能の無駄遣い。


「魔力の痕跡がありますから、術者を探し出す方が早いでしょうね。とはいえ、そこまでする理由もないとは思いますが。大方、その辺の動物でしょう」


 いえ、人間です。しがない花屋の娘です。というか貴方、明らかにめんどくさがってますよね。話終わらせようとしてますよね。


「で、でももし人間だったらどうするのです。可哀想ですっ」


 あ、女の子の方はまともでした。興味本位で私を買ったわけじゃなかったんですね。そういえば「この子」って言ってましたもんねえ。


「分かりました、お師匠さま。少し探ってみますね」


 男性は女の子をお師匠さま、と呼びます。師弟なんでしょうか。こんなに可愛らしい女の子の方が強かったりするんですかねえ。もしくは姿を偽ってるだけで、実は女の子の方が年上だとか。うーん、魔法って奥が深いです。


 どうでもいいですけど、熱いです。水ください、水。後眩しいです。そんなことを考えてたら、いつの間にか光は止み、熱さからも開放されました。


「距離がありすぎて正確な位置を特定するのは困難ですね。セレディナの国家魔法師ではないようです」

「遠いと他の魔力と混じっちゃったりして探しにくいですもんね……。国が違うなら行方不明者リストで身元を捜すのもできないですし……」


 なんだか絶望的な状況みたいです。というか国違ったんですか。見たことない景色だなあとは思いましたけど。セレディナ国といえば、国家魔法師の数が最も多いとされる国ですね。ん、赤い瞳の少女に白銀の髪の青年……?


「ま、待っててくださいね。時間はかかるかもですけど、必ずなんとかしますからっ」


 どうやら私が人間だと仮定して話しかけているようです。めちゃくちゃ良い子です。これで動物だったら申し訳ないところですね。いえ、人間ですけど。


 とりあえず球根なんだから植えた方がいいだろうと、私はまた植えられました。土は良いしお日様の光は当たるし水の量だって調整されてるし温度だって気を遣われてるし快適です。植物の世話をするのは主に男性の方みたいですが、随分とまめな人なんでしょう。魔法使い様がいかにずさんだったのか思い知らされますね。ただ一つ不満点を挙げるとするなら、何の熱もない、ってことでしょうか。動作は丁寧です。手を抜いたりもしません。でもどこか淡々としてるんです。事務的と言ってもいいかもしれません。なんというか、つまらないです。面白味に欠けます。


「今日も美味しいです、お師匠さま」

「よかったっ」


 私のことが気になるんでしょう、二人は外で食事を取ったりティータイムを楽しんだりしています。で分かったのは、彼が愛情を注ぐのは彼女だけだということ。あまーい視線は見てるだけで胸焼けしそうです。でも女の子の方は親愛だと取っているみたいですね。鈍い、鈍すぎです。魔法使い様も大概でしたが、恐らく彼の愛もとてつもなく重いです。そして気持ち悪いです。頭の中ではピーとかピーとかピーとか妄想しているに違いありません。あんなに可愛いようじょ……いえ女の子を穢すなんて許されるものではないです。ロリコンは滅びてしまえ。


「貴方、人間ですよね」


 ええそうですが、なにか? と言えれば楽なんですけどねー。言えたら苦労しませんよ、ちくしょうめ。


「やっぱりですか。それと口が悪いですよ」


 ほっといてください。私、いつの間に眠ってしまっていたんでしょう。周囲はもう真っ暗です。


「貴方にかかってる術、解けない事はないんですけどね。ただお師匠さまを危険に晒すわけにはいきませんし、絡まった魔法を紐解くのは非常に手間がかかって面倒なので我慢してください」


 彼の言う我慢って、つまり諦めろって意味ですよね。解けるなら解いてくださいよ。家に帰れるなら、私だって帰りたいんです。元々人攫いにあったようなものですし。


「解いたところで、再度かけられるだけだと思いますよ。それもより強固に」


 うわ、想像できるのが恐ろしいです。死ぬまで逃がさないって感じですからね。他の男にものにならないように、って球根にする辺り頭も執着心もおかしいです。魔法使い様の思考を理解できるこの人もおかしいんでしょうけど。


「今すぐ貴方を捨てたって、私は一向に構わないんですよ」


 この人の場合、本気でやりそうですね。ってあれ、ひょっとしてもしかしなくても会話通じてたりします? よね?


「今更ですね」


 早く言ってくださいよ。言葉は発せてませんから、心を読んでるんでしょうか。そういうことが可能なのなら最初からしてください。意地の悪い人ですねえ。


「興味がありませんので」


 あ、ですよねー。女の子が心配するからそれに付き合ってるだけっぽいです。


「当たり前でしょう」


 ほんの一瞬の迷いも見せず、即答でした。見事です。決して褒められた言動ではないですけど、感動さえ覚えてしまいましたよ。この人の世界は女の子を中心に回っているんですね。……じゃあ魔法使い様は? 私を中心に回っているんでしょうか。


「でしょうね」


 彼が言うということは、間違いないんでしょう。なんだかんだで魔法使い様とはそれなりに長い時間を過ごしてますし、情だって移ってますからうれし……いわけがありません。愛が極端すぎます。一生かかったところであの人と同じ気持ちを抱く日はこないでしょう。


「その魔法使いは、まだまともな方ですよ。酷いのは相手の意志を確認したりしませんし、会話も通じません。勝手に転がってる石くらいにしか思ってないですから」


 あれでましなんですか。あれで。どれだけ他がひどいんですか。国家魔法師は性格が捻じ曲がった連中だとは聞きましたけど、想像を遥かに超えています。じゃあ女の子だけが例外なんですね。


「お師匠さまは他の方が……いえ、何でもありません」


 他の方が、なんでしょう。私には魔法なんてものは使えませんから、続く言葉は分かりません。どうして彼が悲しそうな顔をしたのかも分かりません。この微妙な空気、どうしましょう。


「あ、セオやっぱりここにいたっ」


 場違いとも言える愛らしい声が、静かな庭に響きます。彼は彼女を見ると、それはもうとろけるような笑みを見せました。うわきめぇ。なんて思ったりしませんよ。ええちょっとしか思ったりしませんよ。なんだか訳ありみたいですからね。


「また薄着で……お風邪を引かれますよ」

「だーいじょうぶです。わたし何十年も風邪引いてないです!」


 彼女は誇らしげに語ります。ってやっぱり、外見年齢と実年齢は違うんですね。


 彼は自分が着ていたローブを彼女に着せます。セオが冷えちゃいますよ! なんて気遣う彼女は本当に良い子ですね。二人の間に流れる空気はとても穏やかで幸せそうで、羨ましくもなりますよ。私も素敵な恋をしてみたかったです。魔法使い様がいる限り、望めないでしょうけど。そういえばあの人、今頃どうしてるんですかねー。干からびてたらいいのになー。


「っ!?」


 息を呑んだのは、誰だったんでしょう。いつか見た光に包まれたかと思うと、すぐに視界が暗くなりました。でもその前に、にこりと笑う男性を見た気がします。彼の仕業らしいです。え、何で。


「貴方が彼を気遣ったら帰れるように魔法をかけてあったんですよ」


 頭の中で、彼の声が響きます。解くのは手間がかかるけど、帰すのは簡単とかですかね。いい性格してんな。



「ああ、僕のかわいかわいいハニー。どこも怪我してない? 痛いところない? 君に会えない日々は時間が止まったようだったよ」


 で結局、私はまた戻ってきてしまいました。魔法使い様は相変わらずです。そうそう変わりはしないでしょうが。


「君がセレディナに飛ばされたのは分かったんだけど、あそこには緋色の魔女がいるからね。下手に手を出すわけにはいかないし、どうしようかと思ってたんだよ」


 緋色の魔女――確か、セレディナの英雄です。優れた攻撃魔法の使い手で、彼女がひとたびロッドを振れば国一つ焼いてしまうとか。彼女の傍には弟子である守護の魔法使いがくっついていて、常に国を守っているのだといいます。そこまで考えて、何故か私を保護してくれた二人を思い出しました。魔女が緋色と呼ばれるようになったのは、炎魔法の鮮烈さと赤い瞳が理由だと聞きます。あの女の子も、真っ赤な瞳でした。あれ、もしや……? いえでも、攻撃魔法を使いそうな雰囲気には到底思えません。魔法を使う時だけ性格が変わるとかではない限り。


「もうぜーったい君のこと離さないからね。愛してるよ、ハニー」


 ま、気にしないでおきましょう。そもそも本当にあの二人がそうなのかも分かりませんし。しかし魔法使い様、手熱いですね。火傷しそうです。ずーっと私を見つめてきますけど、私の何がいいんでしょうねえ。


 って頬擦りしないでください、口づけはもっとダメです。照れてるハニーも可愛いって? 人の話を聞け。



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