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魔法使いと薔薇

 魔法使い様の求婚を断りました。そうしたら球根にされました。……何を言っているのか自分でもわかりません。



 近頃、薔薇の花を毎日一本ずつ買っていかれる男性がいます。それもわざわざリボンまでつけて。毎日同じ時間に来ますし、さらさらのピンクの髪と宝石のように美しい緑色の瞳は目立ちますから、すっかり覚えてしまいました。この人の凄いところはどんなに大雨の日でも欠かさないということです。 「奥様へのプレゼントですか?」と以前何気なく尋ねてみたことがありましたが、「想い人が中々振り向いてくれなくて」と返されました。よほど好きなんでしょうね。


「500ルルになります。ありがとーございます」


 なんとまあ、今日で百日目です。始めのうちは私も純粋に応援していました。でも十日、十五日、二十日……と過ぎる度、もしや相手に迷惑がられているのでは、とかそんな風に思うようになってしまいましたよ。数えた私も私ですが、続けたこの人もこの人です。大変に顔が良い方なので、断る方はそうそういないとは思うんですが。


「今日もありがとう。明日も来ます」


 爽やかな笑みを見せて、彼は店を後にします。というか明日も来ます、って宣言しちゃ駄目だと思うんですけど、いいんですかね。男ならびしっと決めてくださいよ。まあ他人事だからこそ言えるんですけどね。自分の立場だとしたら、毎日毎日毎日薔薇の花をもらうのはちょっとした恐怖かもしれません。店員としては歓迎しますけど。


 そして次の日。その方はやはり訪れました。――――手には薔薇の花束を持って。


「私のものになってください」


 しかも何故か私に差し出してきました。意味が分かりませんでした。本気で。


「あ、告白の練習ですか? それならもっと美人な方にされた方がいいと思いますよ。後薔薇の花束ってもらう方も困ると思うんですよね。って花屋の娘がこんなこと言っちゃだめかもしれませんけど、だってもらったら持って帰らないといけないんですよ。そのままデートでもしようものなら、ずっと持ち歩かなきゃいけないんですよ。注目の的すぎますし邪魔すぎますよ」

「大丈夫だよ。彼女の家にまで届けるから」

「そうですか。親切ですね」


 後になって思えば、親切って切り返しは自分でも意味不明ですね。お客様だからと丁寧な接客を心がけていたんですが、内心は動揺していたのかもしれません。告白されたのが初めてならば、見目麗しい男性とお近づきになるのさえ初めてだったからです。ええ、寂れた人生送ってましたよ。花に囲まれてたらそれでよかったんです。


「本日はお買いお求めにならないんですか?」

「ん、そうだね。別にもう必要ないんだけど……一応もらおうかな」

「かしこまりましたー。えーっと薔薇の花一本で500ルルになりまーす。リボンはサービスでーす」


 これだけ買ってくれましたからね、リボンくらいサービスするのは当然というものです。今日も来るのは分かっていましたし、あらかじめ用意してたんですよね。


「はい」

「ありがとーございまーす。きっかり500ルルお預かりしまーす」


 この人、財布ごと渡してきましたよ。やけに細かな刺繍が入ってる上に宝石も縫いつけられてますけど、財布自体が高そうですねこれ。もちろん中身だけを抜いて返します。しかしこの人、うちの薔薇の花だけを目当てにきたんでしょうか。帰り賃とかなくていいんですかね、とまあいらない心配をしてみます。


「またどうぞー」


 にっこりと笑って営業スマイル。人並みの容姿だと自覚している私ですが、笑顔さえ絶やさなければ良い印象をもってもらえるというものですよ。


「あの?」


 何故かずっと私を見つめてます。帰る気配なんて微塵もありません。そんなに私の笑顔は不自然だったんでしょうか。鏡の前で研究しつくした自信作なんですけど。完成させるまでが大変だったんですよ。親や弟には「化け物がいる……!」とか引かれましたしね。失礼な。昔は無表情だった私は中々笑顔を作れなかったので、よほど引きつっていたらしいです。 ようやく頭が冷えてきましたから、いつもと違う彼に気がつきました。今日は何故か黒いローブを着て黒い帽子を被っています。それに、胸元には魔方陣のペンダントが見えます。……もしやこの人、魔法使い様だったんですか?


 魔法使い様、というのはこの国の国家魔法師の一人です。魔法というのは誰にでも使える力ではなく、血筋などで決まるものでもなく、選ばれた者だけが使える力のことをいいます。そういう方は大抵、国に仕えるようになっています。貴重な力を使わない手はない、というわけですね。ただ強大な力を持つが故に魔法使いや魔女は性格が歪みやすいらしく、人間との馴れ合いを嫌います。なんでも昔事件があったからとかなんとか聞きましたが、一般市民である私にはよく分かりません。私達は彼らによって守られている、それだけが分かればよかったんです。私のようなしがない花屋の娘には縁のない話です。


 そう、縁がない話だと信じていたんです。この時が来るまで。


「私のものになってください、セシリア嬢」


 よく通る声で、はっきりと私の名前を呼ばれました。ん、何で名前知ってるんでしょう。


「すみません、お断りします」


 まあとりあえず断るのが先決ですね。私は結婚する気はありませんし。生涯独身だってかまわないくらいです。自分がやりたい時に好きなことしたいタイプなんですよねえ。誰かに合わせるとか面倒なので無理です。断られるとは思ってなかったのか、魔法使い様はあからさまに肩を落としました。練習とはいえ気の毒な気もしますが、まあ練習だからこそ、と思ってほしいところですね。実際には彼の告白を断れる人なんていないでしょうし。


「どうしても、駄目ですか」

「駄目ですねえ」


 捨てられた子犬のような目をしても無駄です。私は猫派です。あの気まぐれさがたまりません。


「そう……なら、仕方ないよね」


 ええそうです、仕方ないです。なので諦めてください――――そう言うつもりでした。でも、言葉にはなりませんでした。彼の右手が光ったかと思うと、次の瞬間私は意識を失っていたからです。



 で、球根になってました。

 土に植えて、水をあげて、花を咲かせましょう~。ほら、笑顔っ! って、違います。子供の頃よく歌った歌を思い出している場合ではありません。


「ど、どういうことですか!」


 土に植えられているのは私です。植えたのは彼、魔法使い様です。水をくれるのも彼です。しかしこの土、もっとどうにかならないんでしょうか。どうせお金持ってるんでしょうから、最上級の肥料使ってくださいよ。深さだってなってません。え、何がいいのか分からなかったからって? そういう問題ではありません、球根が可哀想です。……って私ですよね。


「ああ、可愛い」


 ようやく出た芽を撫でながら、魔法使い様は恍惚とした表情で褒めます。正直、かなり気持ち悪いです。


「あの魔法使い様、魔法使い様」

「なんだいなんだい、僕のかわいいハニー」

「水の量が多すぎです。肥料も悪いです。後もっと光の当たる場所にしてください。もうちょっと気を遣ってください。このままでは綺麗な花が咲きません」


 球根にされた私は、当然ながら普通には喋れません。でも魔法をかけた魔法使い様には届くんだそうです。これだけはよかったかもしれません。不満とか文句とか伝えられますからね。


「うんうん、ごめんね。あの木が光を遮ってるのかな。今なくてしまうから、ちょっと待ってて」


 いや別に、私を動かしてくれたらそれでいいんですが。魔法使い様は長いロッドをどこかから取り出したかと思うと、木に向かって振りました。するとなんということでしょう、巨大な木が一瞬にしてなくなりました。魔法を目にするのは初めてでしたので、つい目を丸くしてしまいます。目、ないですけど。でも才能の無駄遣いです。魔法使い様って頭がいいイメージだったんですが、実は頭悪いんでしょうか。あ、良かったら花屋の娘を球根にしたりしませんよねー。


「これでいいかな? どう、お日様あたってる?」

「はい。気持ちいいです」


 素直に答えると、魔法使い様は嬉しそうに微笑みました。ここに女性がいたらきゃーっとか黄色い声を上げそうな笑みです。残念ながら、私しかいないわけですけど。

 私が植えられたのは、魔法使い様のお部屋のお庭らしいです。私の家がまるごと入りそうなほど広いです。離宮の一角だそうですよ。スケールが違いすぎます。でも他の花は見当たりません。そういえばこの人、薔薇百本どうしたんでしょうか。


「薔薇はどうしたんでしょう、魔法使い様」


 気になったので、率直に聞いてみました。回りくどいのは好きじゃないんです。


「勿論、枯れないように魔法をかけて飾ってあるよ。だってハニーが触ってたものだからね。あ、君の服だってちゃーんと保存してあるんだよ」

「え、服ごと球根になったんじゃないんですか」

「ううん。服は残されてたよ」


 ということは私、すっぽんぽんだったってことですか。あられもない姿を晒したんですか。年頃の女として、流石にちょっと恥ずかしいです。ああでも今の私は球根なんですから、恥らう必要もないのかもしれません。球根に欲情するような馬鹿はいませんし……って、ここにいました。


「実は僕も服ごと変わるものだと思ってたから、どきどきしちゃったなあ。すごく見たいけど、見ちゃいけない。でも見たい。性欲を覚えたての男の子の気持ちが初めてわかっちゃったよ」


 そういうきわどいコメントはいりませんよ、魔法使い様。つまり見たんですよね、見たんですよね。あーあ、もうお嫁に行けません。


「そもそも魔法使い様はどうして私を知っていたんですか」


 基本的に魔法使い様というのはお城から出てこないものです。でもこの人は、城下町にある花屋に毎日通っていました。きっかけは一体なんだっていうんでしょうか。


「えっとそれはその……」

「なんですか、はっきり言ってください。女々しい」

「一目惚れ、したんだ」


 うわきめぇ。

 あら、つい汚い言葉が。だってこの人、頬を染めて照れたように私から目線を逸らすんですよ。いくら顔立ちが整っているとはいえ、いい年の男(しかもガタイが良い)ですよ。大分遠慮したいです。私の好みは線の細い永遠の美少年です。弟には現実を見ろと散々言われましたが、知ったこっちゃありません。


「君が望むなら、どんな姿にだってなるよ?」


 ……もしかして心も読めるんでしょうか。これからはうかつなことを考えるのはやめましょう。後いくら美少年でも中身がこれでは台無しです。なのでやめてください、絶対にやめてください。


「あの、その姿も魔法かかってたり……はしません、よね」


 実はおっさんだったりとか、脂ぎったデブだったりとか、一日中ピザ食べてたりとか、しませんよね。しませんよね。ね。彼はにっこりと笑って「さあ?」と曖昧にはぐらかしました。なんだかこの質問は二度としない方がいい気がします。彼は美青年だと思い込んでいた方がきっと私のためです。


「一目惚れを否定する気はないですが、それって外見だけですよね。中身も知らないまま、よくここまでの行動が取れますねえ。思い込んだら一直線ってやつですか。どうかと思いますよ」

「だって君が断るから。それに中身も知ってるよ」

「はい?」


 さて、どっちに突っ込むべきなんでしょう。「あ、今の君には突っ込むところないね」なんて返して来ないでください魔法使い様。こいつまじで気持ち悪いな。私が人間の姿のままだったら、間違いなく鳥肌が立っていたことでしょう。惜しいです。


「新しい花を見て目を輝かせる君とか、いかに見栄え良く飾るか悩む君とか、バケツの水を零して自分が滑ってる君とか、鏡の前で笑顔を研究してる君とか、弟にからかわれて怒るけどすぐに許しちゃう君だとか、色々な君を知ってる。その上で君が好きだと思って、告白したんだ。いくら僕でも、大して知りもしない子に求婚したりはしないよ」


 深く考えさえしなければ、熱い台詞かもしれません。私のこと本当に好きになってくれたのね! とか、感動もできたかもしれません。でもこの人、さり気にストーカー発言してますよねこれ。私、店にいる時は弟に怒ったりしませんよ。そもそも弟だってからかったりはしません。それをするのは、家族の団欒の時だけです。魔法使い様は色々な魔法を使いこなす、とは聞いていましたが、そういう魔法も使えるんですね。わーい、才能の無駄遣い。


「まあ一応、納得はしました。でも私が断ったからってどういうことですか」

「他の誰かのものになってしまうなら、僕の手で、って思ったんだ。花の君を好きになる男はいないだろうし、僕がお世話出来るし、ずっと傍にいられるし、一石二鳥……いや三鳥かなって」

「……わあ、オカイドクデスネー」


 もんのすごい棒読みな台詞になってしまいました。だって他に何を言えばいいんですか。僕のものになってくれないなら死んで! とか言われて殺されるよりはまだマシだったのかもしれませんが、だからって何で球根ですか。あ、私が花屋の娘だからですか。


 あーあ、あの時薔薇の花束を受け取って頷いていたなら、こんなことにはならなかったんでしょうか。幸せな家庭を築けたんでしょうか。魔法使い様のためにご飯を作って、掃除をして、そして夜は……うわ、想像したらおぞまかしかったです。というか全く幸せになれそうにもありません。寧ろ現状より酷くなりそうな気もします。めちゃくちゃ束縛されそうですしね。そう考えると、球根のままでもいいのかもしれませんねえ。少なくとも、強姦とかされる恐れはないでしょうし。……ないですよね?


「やだな、人間の時だってしないよ。だってほら、気持ちが通じ合ってないとお互いに気持ちよくなれないでしょ?」


 さいですか。貴方はそろそろ黙った方がいいと思います。これほど外見と中身が一致しない人も珍しい。というかさっきからぼかしませんね。恥じらいはこういうとこに使ってくださいよ。


「魔法使い様」

「うん?」


 人生諦めが肝心、ともいいます。この人は「魔法使い様」なんですから、きっと私がどれほど抵抗したところで無意味でしょうし。でもね、どうしても諦めきれないこともあるんですよ。


「肥料変えてください、早急に。店で使ってたやつの名前教えますから、覚えてください。どうせなら私、立派な花を咲かせたいです」


 球根として、花屋としてのプライドです。あ、でも私自分が何の花なのか知りませんが。


「うん、僕に任せて。花はね、ソフィラの花だよ。好きでしょう?」


 ええ好きです。香りも良いし、白くて小さな見た目が愛らしいですからね。他の花を引き立てるために使われやすい花ですが、逆を言えばこの花がなければまとまらないということです。ところで私、好きな花を教えましたっけ。あ、今更ですよねー。基本情報として知られてますよねー。


「はい好きです。でもだからこそ妥協はしません。貴方はもっと花について勉強してください! いえ私が教えます! いいですか、大体貴方は花というものを分かってません! ものすごく繊細なんですよ、植物にだって心があるんですよ! 機嫌だって毎日違うんです!」

「うんうん。じゃあ毎日しっかり観察したらいいんだね」

「そうです!」


 ……あれでも花って咲いたら後は枯れるだけなんですけど、私も枯れるんですか? 儚い命ですねえ。まあ開放されるならいっか。それまで頑張りましょう。


「綺麗に咲いたら、また最初に戻してあげるからね。ずーっと僕がお世話してあげる。君の命を握るのは僕だなんて……ああ興奮しちゃうよ」


 何か言っている気もしますが、聞こえません。あーお日様の光が気持ちいいです。魔法使い様も球根になったらいいのに。そうしたらきっと、もうちょっとまともになりますよ。ねえ?


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