6、本音
「どうした、何故泣く!?」
何が起きたのかわからない。
男に触れさせたことも無い、清らかな女性。
そのことを喜んだだけなのに…
グラスはカップを落とし、そのまま泣き出した…
「顔をあげてくれ、なにか悪いことを言ったか?お、俺は…その、人間のことはあまり知らないんだ、言ってはまずいことがあったのか?と、とにかく泣かないで…!」
「………ま、おう、様…」
「グラス…?」
「…魔王様は、人間を殺すことに…なんの抵抗も無いのですね………」
「………?!」
うかつだった。
俺は、なんてことを……!
……『どうやって殺したものか、悩んで』……
すっ…
しゅる、ふぁさ…する…
「グラス?!」
俺に背を向けたまま、まとめ髪をほどき、バスローブを解く…
赤い髪が、ロウソクに照らされてゆれる。
「……どうぞ、魔王様の御子をなすなり喰らうなり、お使いください……」
「な……!何を言ってる!俺はそんなつもりじゃ…っ」
「私は、『道具』ですから…」
……!
目が、光を通していない…
俺を見ない…
「……わかった。」
バスローブを着せて、手を引いて、グラスのために用意した部屋へ連れていく。
乱暴にベットに押し込んで、タオルケットをかぶせた。
「……?」
「寝ろ、何もしない。……明日、兄の元へ帰す。全て、無かったことにする。」
がちゃ… ばたん!
………ちっ…
いつもの黒マントと黒い服…。
今の気分だと、まるで喪服だぜ…
「…………えっく…ひっく…」
何故泣く…
何もしないと言ったのに。
…コン、コン…
「はい?……魔王様?!もう日付も変わろうという時間にいらっしゃるとは、おだやかでありませんね……」
「すまない、ペレット………駄目だった…」
「…そうですか……仕方ありませんね、どうぞ入ってください。マントをお預かりします。すぐに紅茶を用意いたします。」
「…あぁ…」
寝るつもりだったのだろう、だぼだぼの服を着ていた。
だが、上からジャケットを羽織るだけで、仕事モードのペレットになる。
………さっきまでのことを一通り話した…
「成る程、よーーーくわかりました。 本当に大馬鹿ですね。」
「うぐ……」
「どうせ、ちゃんと謝ってすらいないのでしょう。」
はぁ、と頭を押さえるペレット。
全く持ってその通りだ…
結局、謝って無い。
「あ、謝るったって、どうしろと…」
「知りませんよそんなの。」
うわ、ひでぇ…
「何に対して謝るのか、わかってますか?」
「………安易に『殺す』って単語を言った。…謝らなかった。…… 人間を妻に迎える覚悟が足りなかった。」
「…わかってるじゃないですか。さくっと謝ってらしてください。 …もしそれでも駄目だったら、その時は空き部屋を用意しておきますので、そちらへ。」
「それだけで、いいのか…?」
「むしろ謝罪以外を用意したら、逆に不信感に変わりますよ。機嫌をとろうとする行為に見えるでしょうね。」
「……わかった…」
「ご武運を…」
俺に対して、年下の癖に説教出来るのは、ペレットだけだ。
それが、今はすごくありがたい……
「…ありがとう、ごめんな、こんな時間に…」
「はぁぁ。ちゃんと謝れるじゃないですか、そんな感じで素直に、ですよ。」
「…うん……いってくる!」
がちゃっ! ばたばた…たたたたた…
「…僕も、そろそろ動かないと…誰かに説教出来る立場なんかじゃないよな…」
そっとドアを開ける。
横のグラスの部屋からぽそぽそと話し声がする…
「姫様、そんなに泣かれては目が腫れてしまいます。冷たいタオルです、まず冷やしましょう…」
「ご、ごめんなさい、リリナさん…こんな、真夜中に…ごめんなさい……」
「悪いのは魔王様ですわ。落ち着かれましたか?」
「(こくん…)」
「魔王様は確かに『殺す』や『死ね』を気軽に使ってしまわれます…姫様にはそれがお辛かったのですね…」
「…うん……」
「魔王様は、とにかく言葉遣いが悪すぎますからね。やはり、改めていただかなくては…」
「リリナさん…」
「はい?」
「私、どうしたらいいの…」
「…えっ?」
「自分から心を閉じようとした癖に、魔王様を忘れるなんてやっぱり出来なくて…喧嘩の最中はあんなに恐ろしかったのに、いつの間にか…温かくて…お側に居たいと思った…」
「姫様…」
「でも、分かってなかったわ…魔王様は、魔族の王で、人間とは明らかに違うのに…わかり合えると錯覚して…甘い幻想だわ…覚悟が全然足りなかった…でも……でも、魔王様に捨てられるのはもっと嫌なの…!」
「姫さ…」
がちゃっ ばたん!
「!?」
「ま、魔王様! ノックもしないで女性の部屋に入らないでくださいませ!」
青い髪。
メイドのリリナ。
グラス専属に任命してある女魔の独りだ。もう独りはポーラという女魔をつける予定だった。
「……どいてくれ、グラスと話がしたい…」
「なりません!二方きりにしては姫様が怯えてしまいます!」
どうしても、うつむいてしまう。
顔をあげられない…
「わかった、そこにいていいから… グラス、ごめん、逃げちまって…」
「…魔王様……」
リリナが横に離れる。
俺を睨んでいるのは変わらずだが…
胃が痛い。
けど、謝らなければ…
「ごめん…俺にはそなたが必要なんだ… 魔族にとって結婚式は、妻が子を宿したときに執り行う形式儀式…人間界での順序は知らなくて…ペレットから聞いて来た、とんでもない誤解をして、すまなかった…」
「……」
「…すぐに謝れなくてごめん…ひどいこと言って悪かった…許してくれ…」
声が震える。
グラスが立ち上がった気配がする。
っばちん!
「姫様!!」
「!?」
思いっきり左頬をひっぱたかれた。
「………が……」
「グラス…?」
「ま、魔王ともあろうお方が!そんな簡単に頭を下げないでください!!」
「「は!?」」
ぐいっ
「謝るなら、ちゃんと私の目を見て! まだわからないなら、もう一回叩きます!」
「ぐら、す…?」
「目を見もしないで、頭を下げるだけで、そんなの、魔王らしからぬ事でしょう!ちゃんと謝って!!」
俺の顔を挟むグラスの両手が、かすかに震えている…
「ごめんなさい…」
なでなで。
「…うん。 こっちこそ、叩いてごめんなさい。」
小さく頭を下げて、また真っ直ぐ俺を見上げる。
「…このくらい、何もない。それより、そなたの手のほうが…」
「あー……ええ、実はちょっと痛くて…あはは…」
頑丈な俺を叩いたんだから、顔とはいえグラスのほうがダメージを受けたはずだ…
グラスの頬は、涙の塩気で荒れている…
目も少し腫れている…
ずっと泣いていたのか…
「姫様、私はこれで失礼致します…」
「ありがとう、リリナさん…!ごめんなさい…」
「魔王様、二度と姫様を泣かせることは、ありませんように!」
「……気をつける。すまなかった…」
「失礼致します。」
ぱたん…
「…グラス……」
「はい…」
「触れても、いいか…?」
「……抱きしめて、いただけませんか。触れるだけは嫌です。」
「…………」
背中に腕をまわす…
すっかり冷えてしまったグラスの体。
二度目は無い…
次は、もう許されない。
必死に言葉を選ぶ。
「グラス…俺の子供を…俺達の子供を産んでくれないか? そなたで無ければ嫌だ…!」
「…!」
「今日出会ったばかりで、と思うかもしれない…でも、俺は、五年前からそなたを想っていた…」
「…えっ?!」
「あの、ウール城の裏庭…母親の眠る墓の前で泣いているそなたを見かけるたびに、申し訳ないとは思ったが、好きになっていた。」
「………み、見られていたのですか……」
「そなたがいなくなった後に、墓を覗かせてもらった…ずいぶん若くして亡くなられたな、かわいそうに…そのくらいのつもりだった。 でも、声がかけられずにいて、いつのまにか五年もたっていてな…まして、そなたが結婚すると知って、本気で焦った。もう、見ているだけじゃ無理だったから…」
「魔王様……っ」
抱きしめる腕に、自然と力がはいる。
「長生きしてくれ、グラス。子供は…二方はほしいな。…けど、何度でもそなたを愛したい。」
「…あ、あの…」
頬を真っ赤にして、俺の胸に抱かれている姿がもう、愛しい。
「…………そなたが欲しい。」
「……ぁ、あの…」
「わ……わたくしでよければ…あの…お願いします……」
「愛したい。よろしいか?」
「…はい。」
…意外と疲れた…いっぺんに投稿……
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それでは、甘い夜の後の、どきまぎなお二方を見に行ってくださいませ。