3、魔王一族は、喧嘩がお好き?
…ゴォォォゥゥゥ……
「…ほら、ちゃんとつかまれ。下ろすぞ。」
「は、はぃいっ!」
お城からもう、どれだけはなれたのか…
魔王が茜杜と呼んだ、夕日に照らされ朱色に染まる大森林の真ん中に、竜は下りた…
「きゃぁ!」
「いょっと。」
ばさっばさっ…ずしん!
「……………!」(怖くて声がでない)
「ご苦労さん、ペレット。」
『全く…地上に下りきるまで待てないんですか!どれだけせっかち何ですか、危ないでしょうが、もう!』
「えぇ?!ドラゴンがしゃべった!」
「彼は俺の親友で執事。ペレット・フタレイだ。」
『どうぞよろしくお願いいたします、憂いの姫君。』
「は、はい…ペレットさん…」
「今は変身しているだけだから、屋敷へ戻り次第もとの姿に戻るからよ。あんま怯えんな、こいつ傷つきやすいから。」
『余計なこと、いわないでください!』
「へーへー。」
『もう!』
「……?」
「どうした?」
「魔王様、ですよね?途中でどなたかと入れ代わったりしてませんよね…?」
「は?」
『魔王様、どうやら言葉遣いが違うことに驚いたようですよ。』
「……ああ、そうか。」
「今の俺が、素の俺様だ。幻滅したか? くくっ…」
にやにやと笑う魔王。
「い、いいえ…意外だっただけです…」
「そーかい。 じゃ、これを見ても気絶すんなよ!」
ペレットさんが、一本の大木に噛み付いた。
「!!?」
めきめき… ぼこん!!
ぼふん!
「な、なにごとですかぁ!!?」
折れた樹が煙をまとって消えて、その下に金属で出来た何かが出てきた。
馬…のような何か?
「ペレットは、背中に乗せて長時間飛ぶのにはまだ慣れてないんだ。ここからはこいつで移動する。 …こいつは異世界で『バイク』と呼ばれていた乗り物だ。 なかなか便利だぞ。」
「異世界!?」
前髪をかき上げて、額の魔石を見せながら魔王様は興奮気味に話す。
「おうよ、この魔石を持ってる魔王の一族は皆、どこかしらの異世界へ移動する能力がある。一箇所しかいけねーけど。 …で、一台もらってきたんだ。かっこいいだろ!いっぱい改造したんだ、向こうでは燃料って言うのが必要なんだが、これは魔力で動かせる!」
あっけにとられて固まっている私をよそに…
魔王様は透明なビンのふたを開け、青い液体を振りながら、何か呪文を唱え始めた。
「え、あ、わぁ!?」
先ほどまで着ていたウエディングドレスが、黒地に赤い模様の入った体にぴったりくっつく妙な服装に代わっている。
いつの間に?
魔王様も黒に金色の服装。 一体何事!?
「うっしゃ、ぴったり! はい、これかぶって。ヘルメット!」
「え、え、え?」
「こーやって首のところに…」
「は、はい…」
すっかり準備は整いました。
「あっと…そうだ、まだ自己紹介も終わってねぇや… そなたは、これから『グラス・カースライト』と名乗れ。家名がカースライトだ。ちゃんと覚えてくれよ、俺の妻だからな!」
「は、はい…」
「で、俺は剛魔王。一応魔王なんだが…残念ながら、剛魔は、魔法が使えない。」
「…え?!」
突然のお言葉に目が点になってしまいます。
「使えるやつは1つか2つくらい。たくさん魔法を使えるものは、ほかの魔界から引き抜かれてきた連中だ。ここにいるペレットみたいにな。 俺も、母さんから受け継いだ治癒の魔法と親父からの怪力しか使えない。 まして、怪力のほうは魔法ではなく魔道技術、といって別のものとして分類されている。そしてさらに、そなたや俺が今来ている服は、魔道具による一時的なもの。これは魔法じゃない。魔力を込めた道具だから、魔道具なんだ。」
「え、ええええ!?ま、魔法の使えない、魔族…!!?」
「…正確には、魔法の使えない魔族が集まってできた魔界なんだ。 母さんが魔法を使える種族だったから、俺も魔法が使えるだけ。えらそうなことできないんだよ。 肉体で戦うしかできない、劣等種って思われてるからな…ハハハ…」
さー、話はこのくらいで!
そう言って、すたすたとバイクのセッティングを始めてしまう魔王様…
これ以上は説明したくないと、その大きな背中が語っているようでした…
「しっかりしがみついてろよー!」
「はいいいい!」
…ブロロロロロロロロロロロロロロロロロ…!
「きゃぁああーーーーーー!?」
「いっくぞー!」
『やれやれ… まるで子どもの頃のままだ…』
竜魔執事の魔法で木々を曲げてその反動で飛びだして、いつの間にか…月が光っていた。
空を走る乗り物なんて聞いてない!
山を越えたあたりはチラッと下を見れたけれど…
もう、ほとんど怖くて目をつぶっていました…
着地は意外とゆっくりだったけれど…
そして、
ようやくたどり着いた魔界への入り口。
真っ暗な森の奥に、ランプがポワポワ浮かんでいるのが見える。
あのランプをたどっていくみたい…
それは、いいんですが…
大きなランプが置いてある場所で、魔王様がばいくからおろしてくれた。
『姫様、ご無事ですか?』
「うぷ…」
「わりーわりー!うれしくてついかっ飛ばしちゃった。」
気持ち悪い…
…あれ? ペレットさん、人型になってる。 これまたいつの間に…
木でできたコップを差し出された。
うっすら緑の混じる茶髪で、前髪は長く、片目が隠れそう。
黒と茶の混じる瞳は、常にやさしく細められている。
「お水です、どうぞ。」
「すみません…」
ばいくとへるめっとを岩で出来た駐輪場?という場所に留めに入った魔王様。
留め具にひっかけて鍵をかけてきた魔王様は、んーっと伸びをしている。
ちゃりちゃりと鍵を回す仕草がなんだか格好いい…
「……さぁて、くそ親父の顔を見に行くか… 今日こそ負けねぇぞ、このやろう…!」
「はいはい、手当ては任せてくださいまし。」
「うるせー!」
「…?」
「魔王様は年に一度、大魔王様と喧嘩をなさるのですよ。」
「……ぇぇぇぇええええええ!!!???」
「大魔王様も、毎年楽しみにしていらっしゃいますし、屋敷の者たちも皆、この喧嘩を観戦するのがお好きでして… まぁ、かく言う私もどんな技を繰り出すのか楽しみですが。 これも、魔王様がお出かけになる異世界で行われている、『プロレス』という格闘技を模したものだそうです。」
「か、格闘技…ですか…」
「魔法を一切使わずに、武器と己の肉体のみで戦うのです。プロレスなるものは、肉弾戦のみだそうですが…それでは喧嘩になりませんしつまらないので。」
「い、いやいやいや!?おかしいでしょう!」
「そうですか? 魔界では人気ですよ。」
よっぽどその異世界が気に入っているのね…
なんだか、うらやましい…
ほとんど真っ暗だったはずの森は、魔王様が小さなランプに手をかざすだけで、順繰りに大きく明かりをともしてまた消えていく。
後ろは完全に闇の中。
「さぁ、見えましたよ。魔王様の生家でございます。」
「…わぁ!」
予想外に整った外見のお屋敷。
窓からこぼれる明かりがあたたかい。
これ昼間に見たらきっと、とても綺麗なんでしょう!
「もっと、恐ろしい場所だと思っていました…」
「母さんが暗いところが苦手なんだってよ。それで、親父が地上の出来るだけ近くに魔界の入り口を移動させて、ここに屋敷を建て直したんだ。」
「…女王様がお好きなのですね、大魔王様も魔王様も。」
「そりゃぁな、俺は母さんのこと好きだ。 ま、親父があんだけデレデレしてるの見てりゃガキの頃でもわかるさ。ずっとラブラブだよ。」
「……」
お母様は、お父様のこと、好きだったのかしら…
もし、たくさんつらい思いをして、私やお兄様をお産みになっていたのだとしたら…
「グラス?」
「…私のお母様は…お父様をどう思いながら、暮らしていたのかしら…私たちには笑いかけて下さるばかりで、何も…何も分からないまま… お母様…」
ごしごし。
「?!」
魔王様が…指で乱暴に涙を掬い取った…
「泣かないで。 …どーしていいか、わかんねぇ…」
「…はい…」
「あー、ごほん!」
「「!!」」
「失礼、大魔王様がお待ちですよ。早く参りましょう。」
「お、おう…」
「はいっ」
ステンドクラスのはめ込まれた高い壁。
天井の高い、大広間…
二つ並んだ玉座には、マントの上からでも筋骨隆々大きな身体の大魔王様と思しき中年の男性と、華奢な体つきの優しそうな若い女性が座っている。
大魔王様は、魔王様と同じ黒髪に黒い瞳。紛れもない魔王家の印である額の魔石は、金色。
女王様…大魔王妃様は、あきらかに身長を超える長すぎる青髪がゆったりと編まれていて、青い瞳がきらきらしている。
「よくぞお越しくださった、姫君。ワシが大剛魔王、ダイオード。 隣は妻のハッカだ。」
「お姫様、長旅お疲れ様でした。歓迎いたしますわ。」
「は、はじめまして…グラス・ウールです…」
「まぁ!なんてかわいらしいお名前!それにとても綺麗な声!」
「ふん、大方ドラ息子に無理につれてこられただけだろう。だが、魔族は手に入れたものは手放したりせん。覚悟はいいな、姫君?」
「…はい。」
手放してくださる気配は無い。
背中に回された手は、優しいけれど…なぜか逃げることは出来ない。
と、いうよりも…
逃げ出す気は最初からありません。
「よし。じゃぁやるか。ドラ息子!」
「おう、くそ親父!!」
次話、暴力的なシーンが出てきますが、本人(魔王)たちは親子喧嘩くらいのレベルです。
っていうか、お屋敷の部屋の天井が抜けます。そのくらいの破壊力です。