12、魔王の名前
こんにちは、ごきげんよう。
グラス・ウール改めグラス・カースライトです。
剛魔界…「カースライト家」へ連れられてから、はやいもので一ヶ月たちました。
皆さん本当に親切で、毎日穏やかに…
「んだとコラ、ポーラてめぇ!このノロマ!」
「そっちがぁ先にからんできたのに何よう、タスタの馬鹿ぁ!」
まぁ、たまにこういう喧嘩があることも…(泣)
「お二人とも、いったいどうし…」
「姫様ぁ!す、すみませんっ!」
「失礼しましたっ!」
「いえ、私によりもまずお互い謝りましょうよ。」
「「それは嫌です。」」
「はぁ……」
「……何をしている。」
「「!!」」
「あ、魔王様…」
「グラス…何があった?」
………?
何だか…様子がおかしい…?
「あ、あの、えと、ちょっと口論になってただけですよ、ね、お二人とも!」
「は、は、は、はいい!」
「ぐっ、グラス姫様は、仲裁にぃ…」
がし。
「「え?」」
「魔王様……?」
「そうか、そなたは何事もなかったのか、よかった…」
……熱い!
「ま、魔王様!熱が高いですよ?!大丈夫じゃないですよこれ!?」
「んぅ……なんか、頭痛かったけど…熱…?」
「たたた大変!タスタ、早く運びなさいよう!」
「お、おう! 姫様、お説教の最中、すみません!」
「かまいません!はやくはやくっ」
「うぅ……」
「39、2度…喉も赤くなっております、風邪ですね。今日は出来れば休んでくだされ。」
「はい…」
「ありがとうございます、先生。」
「……も、申し訳ない…」
「いえいえ。どうぞお大事に…」
猫魔獣の医者と看護師が退室し、私と魔王様ふたりきりの部屋…
「魔王様…」
濡れタオルを頬にあて、ぬぐう。
ひどい汗……
「すまない、心配かけて…このくらい大丈夫だと油断した……」
「いいの。お気になさらないで…寝付かれるまでここにいますからね。」
「……子供扱いしてないか?」
「いいえー。」
「ちぇ…」
「ふふっ……」
魔王様の脱いだスーツをクローゼットにしまっている時…
ふとネクタイピンが光った…
綺麗な四つ葉型……
葉の一枚だけがアベンチュリンで、残り三枚がルビー。ピン本体は金色。
「たしか、大魔王様もルビーのネクタイピンを使われていましたよね。」
「ん…あぁ、前の持ち主が亡くなったときに、あとの代の魔王子が受け継ぐからな。俺のは、ひい爺さんが使ってたやつだって言ってたな。」
「大魔王様のは丸くて、魔王様のは四つ葉ですね。綺麗…」
「…全部で四つあって……丸、ダイヤ、四つ葉、そして星… 初代から代々受け継がれて来た…今、使われてないのは星だから…ダイヤ型は俺の爺さんだな。 会ったことほとんどないが…」
「何故星は持ち主がいないのですか?」
「…………子供。」
「え?」
「俺達に……子供ができたら、そいつ…が、星のピンを受け取る……ひいひい爺さんのピンだ。」
「……!」
……そ、そっか…
私と魔王様の子供……
ひゃあぁぁ!
なんだかあっつくなってきたぁ!
「……、…」
「え、何ですか…?」
「…すー………」
「…眠たかったのね。ごめんなさい…つい話し込んじゃった……」
お薬が効いて来たみたい、よかった…
クローゼットに今持っていたネクタイをかけて、ピンをつけておく。
ルビー…
不死身を意味するパワーストーン…
奥様は、大魔王様から、たくさんパワーストーンをもらっていた。
うれしそうに瓶の中身を一つずつ説明してくれた…
愛や恋にまつわる石。
意外なことに、大魔王様は石言葉や花言葉などにくわしいみたい。
奥様のためにさりげなく素敵なことをする。
うらやましいのは事実。
正直にいいなぁって思う…
でも、私もほしいって訳では無い…
私が魔王様からいただいたのは、あのお部屋。
とても、うれしい。
魔法を使うことが苦手な剛魔界において、数は少なくても魔法を有する魔王様。
その魔法をつかわず、大工達と一から手作業でお部屋を改装し、必要な物を揃えてくれた。
いくら感謝を述べても足りない。
同時に…
何もお返しが出来ない自分が悲しくなる……
魔王様とは、まだ少しぎくしゃくする…
私の心は、いつになったらとけるのか…
まだ、固まったまま…
どうしても、あの初めての夜以来…
一緒に眠れない。
魔王様も、察してくれて、無理に引き止めようとはせず…
すぐに腰を捕まえる手を離してくれる…
怖い……?
違う、と思う……
怖くないもの。
今もこうしてお側にいたいと思っている。
なら、なぜ……?
わからない、ということ自体が、怖い…
何かが、拒否している…
……廊下にみんな来てるみたい…気配がする……
早く伝えなきゃ…
「魔王様、またすぐもどりますから………、あれ?」
魔王様の首…
こんな、大きなあざなんてあったっけ…?
緩めた首元から胸へかけて、赤いあざがひろがってる……
ぱたん…
「姫様ぁぁ…」
「魔王様は、いかがでした?」
「グラス姫様…」
「大丈夫、お薬が効いて眠っています。ただの風邪だそうです。」
「「ほー………」」
「よかった…」
二方のメイド。
しっかりもののリリナと、のんびり屋なポーラ。
ちょっと横暴で乱暴な、事務方のタスタ。
「ところで、魔王様…首に大きなあざがあるんですが…この間は何もなかったような気がするんですけど…?」
「「……!!」」
「大丈夫です、姫様。魔王様はお具合が悪くなると、よくそうなります。体調不良のサインになりますから、僕は毎朝魔王様の首を確認しております。今日は朝のうちは無かったので、昼辺りから具合が悪くなられたのでしょう。」
「ペレットさん。」
「大丈夫、元気になれば治りますから。」
「はい…」
音もなく現れたペレットさんの発言に、ほー………と、ため息をつくみんなの姿に疑問はあるけど、そうなんだと納得する…
「……少し、お庭を歩いてきます。」
「あ、お供致しますぅ。」
「大丈夫よ、夕方前にはちゃんと戻りますから。」
「でも…」
「大丈夫。」
「…はい……」
秋の始まりをつげる、恋然草が、ふわふわと風に舞う。
んんーっ、きもちいい。
お庭もお屋敷もきらきらしてる。
綺麗な花、樹。
一面の緑にとりどりの花。
庭師達の、真心がいっぱい広がる……
「…失礼、姫様。」
「え?」
白髪の男性。
大魔王様とそう変わらない見た目だけど、魔族は年齢がわからない…
灰色のローブ…
「私、ノローと申します。覚えておられます?」
「ご、ごめんなさい…まだお屋敷の方、皆さん覚えていなくて…」
「仕方ありませんよ。是非おぼえてくださいまし。どうか悲しいお顔をなさらないでください、申し訳ありません…」
「…すみませんでした…」
「さ、そちらにベンチがございます、少しばかりお時間を頂けませんか?お話したいことがございまして…」
「はい…」
どこから出したのか、ささっと大きな布を広げて、ベンチにかける。
「どうぞ。」
「ありがとうございます…」
「さて………実は、魔王様の事でございます…」
「…?」
「姫様…あなた様は、魔王様のお名前をご存知で?」
「え、それは、あれ……?!」
いきなりのこと。
頭の中で、何か、パキン!と音が聞こえた気がする。
「やはり、ご存知なかったのですね。」
「な、なんてこと!私、とんでもないわ!まさか旦那様のお名前を知らないなんて………!」
一ヶ月も!
指摘されなかったら大恥をかくところだったわ…!!!
「ご指定ありがとうございます!ああ、大変申し訳ないことをしていたわ…!ずっと魔王様ってよんでて、何故疑問に思わなかったの…!なんて事!!」
「違いますよ。……そうなるように、仕向けられているのです。」
「……え?」
「確かに有り得ないことでございます、伴侶の名を知らないなんて…しかし、姫様は、ご存知ない。 これは、綿密に整えられた計画の結果の一つでございます。」
「計画…結果…?」
「人間の姫様に、名前を知られてはならない…と。大魔王様からのご命令でございます。 我々は従うしかなかった。」
「なに、それ……」
「屋敷のものもの、皆誰も魔王様の名前を口にしてはならない、とも。 全て計画通り、姫様は、魔王様の御名前を知らずに過ごして来た。 誰も名前を呼ばない異質な環境が、姫様から正常な思考…名前を知らないという事実を、覆い隠してしまったのです。」
「な、なんの、ために…?」
「魔王様は一時の感情で、姫様を連れて来た。しかし、姫様は人間…先にお亡くなりになるのは、申し訳ございませんが姫様です。」
「……はい…」
「悲しまないように、との配慮でございます。姫様が、天国で、魔王様を思い出して悲しまないように……名前さえ知らなければ、すぐに忘れられますでしょう。悲しむ暇も無くなりますでしょう。……姫様は、本当に皆から愛されております。皆、姫様のために口をつぐみました。」
「………っ」
「どうか、誰からも名前を聞き出そうとなさいませぬように…。皆、苦しみます… それを伝えに参りました。」
「……………わか、り、ました……」
涙が止まらない……
私のため?
違う…!
この方の言葉には全て裏が透けて見えた。
人間である私には、魔王の名前を呼ばせてはいけない、と………
「…私は、魔王様の名前を呼んではいけないのですね…人間だから……」
「……その通りでございます。……申し訳ございません、必死に隠してお伝えしたつもりでしたが……」
「……わかりました…何も気がつかなかった事にします…私は、何も聞いていません……」
「…ありがとうございます……では、私はこれにて失礼致し…」
「残念です…ようやく魔王様に歩み寄れると、一瞬思ったのに…」
「え?」
「ずっと、魔王様に距離感を感じていて…名前を知らないせいだったんだと、納得できる答えを得られたのに…近づく方法が無くなってしまいました…残念です…」
「………申し訳ございません…」
「いえ、大切なことをありがとうございました。けれど、今の話は全て聞いていません。そうします。」
「…はい。それでは……さようなら、姫様。」
「さようなら。 ノローさん。」
……………ぺこりと頭を下げて、ノローは帰っていった。
勿論、かつらをとり、黒い髪を振りほどき、口元をにやりとゆがませ牙をむいて笑っている顔を……
胸を押さえてうつむくグラス姫が目にすることは無かった……………
「おかえりなさいませ姫様!」
「ただいまかえりました。」
「お手拭きでございますぅ、どうぞー。」
はきはきしたリリナ。
おっとりしたポーラ。
温かいお出迎え。
だめ……
優しい顔の背後に…
ノロさんの言葉を見てしまう…
忘れなきゃ…
「ありがとう。二人とも。」
手を拭き、アルコール消毒し、お屋敷へ上がる。
足が鉄みたいに重く感じる。
鉛ほどじゃない。
まだ歩けるもの。
はやく、はやく、忘れなきゃ…
「魔王様…」
寝顔に向かって呼んでみる。
汗ばんだ額に光る石。
「ま、おぅ、さまぁ………」
涙が溢れ出す。
まるで、愛してはいけないと言われたような気がした。
いっそ、あの言葉をそのまま受け止められるほど、愚かならよかったのに…
「う、うぅ……」
「グラス…?」
「!魔王様……」
「……どうした、何故泣いている…」
「すみません、えと、その…」
「まさか、俺が死ぬとでも思ったのか?はは、それはないか…」
「……」
「誰かに、なんか言われたか?明らかに、傷つけられたって顔だな…」
「え…」
「悪い、もう少しこっち…きてくれ…」
「あ、はい…」
ぎゅぅ……っ
「………風邪、うつっちまったらごめんな。」
「え?」
「誰か知らんが、そなたにそんな顔させることするような奴、忘れさせてやるよ……」
「…!」
ちゅっ
がたっ ぎし!
「んう……!」
「くくっ、すまんな。実は…そなたが戻ってくる前に一度起きてて…居なくて寂しかったんだ…よって、お仕置きタイムだ。」
「あ、あの…!ひゃうっ………!?」
「このまま、一緒に寝よう。」
「え、え?!」
「はーやーく。」
「はっ、…はい!」
ドスのきいた怖い声…
指示通り添い寝をすると、すごく嬉しそうに頭をなでてくれる。
ドレス、しわになっちゃう…
でも、まぁいいか…
魔王様…見たことないくらい悲しそうなお顔をしていたから…
…
「グラス…愛している。」
「……」
「グラス?……ああ、もう眠ってしまったか、本当に寝付きいいな。…すまない……」
答えられず、体を強張らせていた…
思わず眠ったふりなんてしてしまって…
「ごめん…本当に、愛している。俺にはもっとそなたか必要なのに…許せ……」
きつく抱き寄せられて……
意図が読めない。
多分、うそはついていない…
どうして、謝るの……?
さーて。
ノロー呪大魔王は、どこでからませようか…
こいつが、まーうごかない、使いづらい…
次回は小話です。




