わがままばかりはダメですよ!
わたしの意味不明な行動と言動に、ジルさんとアークさんは固まっていた。
だよねー、と笑ってごまかしたものの痛い子を見るような目を向けられてどう誤魔化すかを再度考えることにした。すると、
「まあ、大賢者アルカナ様の孫なら色々なことを知っていても不思議ではないか。」
と、ジルさんが小声で呟く。
「アルカナ様⁈」と驚くアークさん。
言われてみれば、と今の世界での自分の立場を思い出した。それでも、前世?の記憶が蘇ったためか頭の中の整理がつかない。
「あのー、ちょっと睡眠不足のせいで頭の中が、夢の中とごちゃごちゃになっているみたいです。早退させていただいていいですか?」
小さく手を上げて言うと、ジルさんが憐れんだような?優しい声で
「そうだな、まだ子どものお前を無理に働かせすぎたかもしれない。今日は、とりあえずコイツの命を救ったということで、家に帰って休め。」
と言ってくれた。
この世界は、前世でいうところの、おそらくファンタジー世界だ、と思う。冒険者、魔術師、回復魔法と、前世の小説やアニメで大活躍していた世界だ。
この国の名は「アストレイ王国」。そして、わたしが住む王都はリゼルという。アストレイ王国の初代国王の名前だと聞いたことがある。
自分が借りている部屋までの道すがら、わたしは頭の中で前世と今世の記憶の整理をする。
今のわたしに親はいない。服飾工房を経営していた両親は、わたしが5歳の時、放火に遭って亡くなった。もちろん家も失い、1人になったわたしを引き取ってくれたのは、北東の辺境に住む母の祖父母だった。
その祖父が賢者アルカナと言った。誰もが認める大賢者で、名誉伯、つまり伯爵位をもっている。
2人の家は辺境ながら、たくさんの弟子が住む、なかなかのお屋敷だった。祖母は優しく、弟子たちも優しく、大事に大事に育てられた。同世代の子どもがいなかったので、わたしは、祖父の持つ溢れかえるような大図書館の本と、大人に囲まれ、ハッキリ言って、世間知らずのコミュ障な子どもに育った。そんなわたしを見て、祖父はある時ハッとしたように言った。
祖父はかつて母を同じように育てた結果、学院で知り合った父と恋に落ち、そのまま結婚。服飾工房の経営者夫人となってから、かなり苦労した。放火も、コミュ障な母とイザコザを起こした労働者の、行き違いによる逆恨みが原因だったらしい。
「セリナ、学院に入る15歳までの間、外の世界を見てきなさい。」
祖父はそう言うと、部屋を借りるだけの金貨と数枚の服だけで、わたしを屋敷から放り出した。それが2年前のこと。ん?ということは今のわたしは14歳の子どもということだ。前世なら中学生。労基法違反だ。
と言いたいところだが、この世界では、ほとんどの子どもは10歳前から働いている。12歳で仕事をするなら普通のことだ。
学院というのは、お貴族様やお金持ち、優秀な能力を持つ子が15歳から通うところ。所謂大学のような場所になる。祖父のもとで、12歳までに知識だけは大人並みに身につけていたわたしは、学院に入るだけの能力はすでに持っていた。コミュニケーション能力以外は。そこで、祖父はわたしに早くも独り立ちさせることにした。
それがジルさんのギルドだった。ジルさんのギルドは王都でもイチニを争う大手ギルドだったので、確かにこの2年の間で、コミュニケーション能力はいっきに上がった。メデタシメデタシ、ということだ。
部屋に着いたので、着替えてベットに横になり、前世のことを再度思い出す。
アラフォー教師だった頼子だけど、大学卒業後にメーカーに就職。そこで出会った男性と結婚した。しばらは共働きだったが、子どもができたことと、夫が海外転勤になったことで、仕事を辞めて一緒に現地に住み始めた。さほど危険ではない国だったのに、車の事故に巻き込まれ、夫とお腹の赤ちゃんが亡くなってしまった。
ひとりぼっちになった頼子は、大学の恩師の勧めで、高校の教員になった。考えてみると、頼子は亡き家族のもとに行きたかったのかもしれない。年老いた両親は妹家族が、きっと面倒を見てくれるだろう。
翌朝目が覚めると、やはりこの世界にいた。
(やっぱり転生したってことなのかなー。)
それでも、前世の記憶が蘇ったのは何か意味があるのかもと考える。頭を切り替えて、今の受付嬢生活を頑張ることにした。
「おはようございます。」
ギルドまでの通勤路には、早くから営業しているパン店「コナンパイ」がある。食欲と時間がある時は、必ず立ち寄り、おススメパンとサラダ、スープで朝食をとる。
途中、服飾工房で働く友人のシリカがやってきた。
シリカはわたしの実家だった服飾工房で働いていた裁縫職人マリーさんの娘で、わたしが火事で全てを失うまでは、時々遊ぶこともあった。
その後、王都で生活するようになり久しぶりに会ったものの、初めはまともに話すことさえできなかった。
今は大切な友人だ。
シリカはいつも、コナンパイで、お昼用のお弁当を買う。
「あれ?セリナおはよう。最近見なかったね。ずっと忙しかったの?」
「おはようシリカ。新しい大型迷宮が見つかって、昨日の朝までずーっと徹夜続き。」
シリカの挨拶に簡単に答える。
こんな会話は日常茶飯事なので、シリカもまたか、と言った反応をする。シリカも、忙しい時は同じようなことがあるので、お互い様だ。
未成年者に徹夜なんて、やっぱりダメだろう。
食べ終わったわたしが、会計の終わったシリカと店を出ようとした時、店内に轟くような、子どもの泣き声が響いた。
「やあだー!今日はチョコパンって約束〜!」
「チョコパンがまだないんだから、我慢しなさい。今朝はチキンサンドにしましょう。」
母親らしき人が子どもを宥めている。
「ごめんねー、坊や。今朝はまだチョコパンが焼けてないんだよ。」
コナンパイのおかみさんも、困り顔で謝っている。
「やだーやだーやだー!」
シリカが店の扉を閉めた後も、子どもの泣き喚く声は通りまで聞こえていた。
わたしも甘やかされて育ったが、前世のわたしは、そうやって育てられた子の行末を知っている。
子どもは見たところでは7、8歳くらいだった。坊やという歳ではないだろう。
平民の子なら、この世界ではあと数年で働くことになる。前世の子よりも、早く大人にならなければいけない。
わがままで我慢ができない子どものほとんどは、職場から追い出されたり、先輩から殴られたり、悪い仲間に引き摺り込まれていく。
そうでなくとも、10歳くらいまでの子は社会的生活習慣や社会性、ルールや対人関係をしっかりつける大切な時期だ。
(だからわたしも同世代コミュ障になったんだけどね。)
そんなことを考えながら、1日のギルド業務がすぎていく。ジルさんも、他の先輩たちも、昨日のことは賢者の孫だから知っていた、と納得したようだ。
その日の帰り道。
「キリル、キリルどこ?」
今朝コナンパイにいた母親が、とおりを走り回りながら叫ぶ姿が目に入った。
夕方の通勤時間、王都の下町の通りは、多くの人で賑わう。通行人の中には、母親を邪魔に思い、舌打ちしながら通り過ぎて行く人や、ぶつかって歩く人もいる。
行き交う人は皆迷惑そうな顔をしている。
声をかけるか、無視するかと考えながらも通り過ぎて路地に入った時、建物外の階段に座って俯く、子どもの姿が目に入った。
アー、これはおせっかいしろってことかなー。などと考えながらら、わたしはぞの子どもの隣に腰掛けた。
「きみ、キリルくん?」
声をかけると、その子はビクッとして頭を持ち上げた。そのまま立ち上がると逃げようとする腕を掴む。
「ちょっとー何逃げようとしてるのかなー。」
キリルはチラッとこちらを見たが、すぐにプイっと顔を背けた。母親の声はここまで聞こえているから、わたしがなぜ声をかけたのか、察しはついているのだろう。
「別に取って食ったりしないから、お話しようよ。」
なんか前世を思い出す切り替えしになってきた。
「話なんて、おばさんには関係ない。」
おばさん‥どうして世界が違っても生意気なガキというのは、同じ切り替えしをするのだろう。」
「なんで隠れてるの?こんなところで座っててもすぐに見つかるよ。」
「魚。」
「?」
「今日の夕飯、魚だから帰んない!」
はい?ガキかお前はー?あ、ガキだった。
「魚、嫌いなの?」
とりあえず聞いてみた。
「今日、西の炭鉱から父ちゃん帰って来るから、魚だって。」
「へえー。いいなー。家族で夕飯食べるんだー。」
「普段はオレと母ちゃんだけだから、好きなもんばっかなのに。」
今朝のやり取りを思い出し、かなり母親は甘やかしているなと思った。
「でも、今日はお父さんが帰って来るから、お父さんの好きな魚にしたってことかな?」
キリルは小さくうなずく。
「久しぶりなんだから、お父さんの好きなものでいいじゃない。お父さん嫌いなの?」
と聞くと、しばらく考えて首を横に振った。いや、今の反応はなんだろ。お父さんは、もしかしてDVなのかな?それとも二次反抗期かな?
「おれ、冒険者になりたいんだ。」
突然キリルが話始めた。
「でも、父ちゃんは9歳になったら一緒に炭鉱で働けって。」
9歳で炭鉱で働くなんて、この世界は本当に子どもに容赦ないな。
「冒険者になりたいんだ?どうして?」
と聞くと、
「だってカッコいいじゃん。炭鉱夫なんてかっこわりー。」
子どもらしいなー。と思いつつも、現実が見えてないところが少しだけ可愛いな、と思ってしまう。
「冒険者だってカッコいいだけじゃないよ。命がけだし、仲間同士の喧嘩とかも多いし。鍛錬とか勉強もしなくちゃならないし。我慢することだって結構あるよ。」
「なんでそんなこと知ってんだよ!女のくせに!」
「女の冒険者もたくさんいるよ。それにわたしは中心街のギルドで働いているから。」
わたしがギルド職員と知ると、少しだけキリルの態度が変わった。本当に冒険者に興味があるらしい。
わたしがとつとつと、冒険者の色々な話をすると、少しだけキリルの態度が変わって行く。
「それに、駆け出しのうちは周りの先輩たちにも、ちゃんと礼儀正しくしないと、嫌われちゃうし、命だって守ってもらえないかもしれない。わがままばかりじゃダメなのが、この世界だよ。」
そこまで話して、本当になりたいなら、家族をちゃんと説得することと、好き嫌いなく食べることが大切ということを話した。
キリルくんと話をして3日が過ぎた。
今日は冒険者資格試験の受付日。来週は今年の冒険者試験がある。試験に臨めるのは12歳以上で、筆記、面接、実技の3種に合格した者だけが、晴れて冒険者登録ができる。
多くの受験生は、10歳くらいから色々な冒険者の弟子として学んでから、臨んでくる。冒険者は命がけだ。仲間との連携や、迷宮や魔物の知識などがなければ、自分はもちろん、仲間の命すら奪いかねない。
たがら、この世界では無闇に冒険者資格を出すことなく、しっかりとした選抜試験を行っている。
いっけん、脳筋のように見える彼らも、その試験に勝ち抜いたものばかり。さらにランクもあるので、なかなかに厳しい世界だ。
今日はその試験の受付日とあり、ただでさえ忙しい受付が、いつにもまして大忙しだった。
わたしは受験生の受付ではなく、通常の依頼業務を担当している。次々と依頼用紙を持ってくる人に応対していると、見慣れた親子が目の前に立った。そう、キリルくん親子だ。今日は大人の男性もいる。父親だろうか。
「あの、セリナさんでしょうか?」
その男性が声をかけてきた。炭鉱夫らしくガッチリした身体は、冒険者と遜色ない。
「先日は息子がお世話になりました。実は息子のことで相談がありまして。」
その様子を見ていたジルさんが、以前案内された部屋で話をするようにと、うながしてくれる。ジルさんは大変気遣いもできるギルド長だ。
階段を上がりながら、ジルさんがそういえばと、無関係な話しを始めた。
「昨日の夜、魔導師のライラが、お袋さんの目が良くなったと、セリナにお礼を言いにきたぞ。」
「良かったです。ベリーで改善が見られたということは、まだ初期の夜盲症だったと思います。できれば卵やお肉を食べてもらったほうが、ビタミンA不足には効果があるのですが、とりあえずは続けてもらいたいですね。」
と、わたしは返事を返した。
聞き慣れない言葉が出てきても、ジルさんは少し慣れたのかスルーしているが、後ろにいるキリルくんの両親は訝しげな顔をしている。
部屋を開けて3人を案内すると、わたしの隣になぜかジルさんも腰を下ろした。
「すみません。お忙しいところを。ギルドというのはいつも、こんなにお忙しいのでしょうか。それに、子どもも大勢。」
母親が先に小さな声で話し始めた。
「そうですね。とくに今日は来週行われる冒険者資格試験の受付日なので、余計に子ども連れの方が多くいらっしゃってます。」
わたしがそう答えると、
「息子さんが冒険者になりたいという件でご相談でしょうか?」
とジルさんが、言葉を続けた。
「見たところ、まだお小さいようですが?」
ジルさんにそう言われ、ちょっとふくれたキリルが
「キリル。もう8歳だ!」
と、元気よく答える。
そう、まだ8歳。冒険者試験まで4年。弟子になるにもまだ早い。
時折男の子を連れた親で、息子を冒険者にするにはどうしたらいいか、とか、冒険者にさせたくないので説得してほしいと言ったことで、相談に来ることがあるようだ。
「それ以前に、冒険者の試験があることを初めて知りました。」
父親が小さく驚きの声を上げた。
「ほとんどの人はそうだと思います。しかし、冒険者は大変危険な仕事です。誰でもなれるわけではありません。」
わたしが言うと、母親はキリルからわたしが言った話しを聞いていたのか、小さくうなづいた。
「わかってる!だから、今日はお姉さんにお願いにきたんだ。」
お願い?何を?弟子の伝なんてないよ?
と思ったわたしの心を読んだのか、
「おれ、10歳になったら冒険者の弟子になりたい。そのかわり、9歳になったら、父ちゃんの炭鉱手伝って体力つける。まだ2年あるけど家でも頑張って体力つける!」
と、キリルくんが答えた。なるほど、子どもなりにちゃんと考えたらしい。父親は、少し苦い顔をしているが、炭鉱を手伝うと言うところは喜んでいるらしい。ジルさんも、なるほどと言った顔に変わった。
「確かに炭鉱での仕事を一年続けられるようなら、冒険者も体力的には可能になるかもしれんな。」
そう体力的には。それでも父親は、不満と不安の両方が入り混じったような顔で、
「本当に、可能でしょうか。」
「8歳でそこまで考えているなら、偉いと思いますよ。ちゃんと、冒険者は体力が大切とわかってるようだし。」
父親の疑問にジルさんが、そう答える。もっとも手放しでというより苦笑気味に、と言ったところだ。
「でも、筆記試験もあるんですよ。字の読み書きは得意ですか?」
とわたしが口を挟むと、一瞬シンとなった。ジルさん、ギルドマスターなのだから、忘れないで欲しい。ただの脳筋では冒険者になれないんだよ。
「試験は難しいのでしょうか?」
意外なことに、質問してきたのは母親だ。
「簡単ではありませんが、10歳から弟子入りすると、先輩冒険者や元冒険者の師匠が、筆記試験に必要なことや、実技もちゃんと教えてくれます。」
ジルさんが答えた。ジルさんの父親もその一人だ。
「じゃあ、10歳まで頑張る!炭鉱の仕事も、母ちゃんの手伝いも頑張って、体力つける!だから弟子入りしたい!」
だから、体力だけじゃダメなんだってば!




