第21話 脱げば脱ぐほどACは下がる
通路の角から部屋を窺うと、マネキンのようなものがうろうろしていた。
質感は粘土のようになめらかで、筋肉質な太ましいフォルムで。体長は二メートルほど。
まるで幕内の相撲取りみたいな威圧感だ。
手には、同じ質感のこん棒が握られている。
「あれが迷宮の魔物?」
「疑似、だよ。たぶん、オルクス系、かな?」
なるほど、練習用の迷宮で生徒を相手させるための人形みたいなものか。
やや緊張感に欠ける気もするが、あんなものが振り回すこん棒はきっと痛い。
「あのこん棒は厄介やな。通路に引き込むか」
「それがいいわね。大振りされたらたまらないし」
バルクとアリスの提案に俺は、したり顔でうなずく。
そう「そんなこと、考えてませんでした」などという顔をしてはいけないのだ。
俺は、リーダーなのだから!
「タキが、何も考えて、ない」
「なぜバレた!?」
「におい?」
またメアリー先輩に心を読まれてしまった。
なんか、他にも恥ずかしいことを読まれたりしていないだろうか。
「だいじょうぶ。バレ、てる」
「バレてた……!」
少しばかりショックだが、それはそれで俺への理解が早くて助かるとしよう。
どうせ、顔に出やすい性分なのだ。隠したってボロが出る。
「じゃあ、俺が投石紐で引き付ける。バルクはその後に突っ込んでくれ」
「了解や」
バルクが頷くと同時に投石紐を腰から抜き取って、魔法の鞄から取り出した鉄礫をセットする。
迷宮内に石ころがあるかわからなかったので「今回のメイン弾はこれ」と決めてたくさん持ってきた。
「──シッ!」
十分な遠心力を加えて、鉄礫を放つ。
鋭く短い風切り音と共に飛翔したそれは、疑似オーガの左胸部を吹き飛ばしたが……それに構わず、こちらへ動いてきた。
「射角が取れなかった……」
「いつもいつも一撃必殺されたらわいらの立つ瀬がないわ」
苦笑しながらバルクが突進する。
疑似オーガは目論見通り通路内でうまくこん棒が振れずにおり、長身ドワーフはそのすきをついて斧を振るった。
深々と足を切りつけられて膝をつく疑似オーガの頭部を、左右から挟みこむようにしてアリスとメアリー先輩の攻撃が貫く。
ゆっくりと倒れた疑似オーガは、ドロリと溶けて拳ほどの石だけが残った。
「これは?」
「練習用迷宮の魔物討伐証よ。これでポイントが加算されるの」
「なるほど。魔物によって点数が違ったりするのかな?」
「重さが、違う。ほら」
メアリー先輩が取り出したのは、二つの小石。
疑似オルクスのものと比べると随分小さい。
「先行警戒中に、排除したやつ。こっちは、小さくて、軽い」
「重さの総量でポイントが決まるんか。おもろいやん」
「なかなか考えられてるなぁ」
バルクと二人で感心していると、メアリー先輩が俺の腰をとんとんと叩く。
「先行警戒、いって、きます」
「気を付けて。無理しないように」
「うん」
小さく手を上げて、メアリー先輩が部屋から続く通路に駆けていく。
「なんや夫婦みたいな会話やったな」
「ほんとに。わたしの時はこんなに気安くしてくれないのに」
「そうなんか? もっとぐいぐいいったらええがな。別嬪なんやし、さくっと寝てもうたらええのに」
ドワーフの感覚なのか、あけすけなバルクの言葉に俺とアリスは顔を見合わせてから赤くなってしまう。
「んあ? その雰囲気……もう事後かいな。おめでとさん」
「違うわよ!」
「ちゃうんかいな。人間族はまどろっこしいなぁ」
ドワーフが性急すぎるのでは?
「ただいま。階段、みつけてきた。どうする? タキ」
「進もう。今日は様子見だし、まずはリタイアせずにゴールまで行くのを重視したい」
これは、あらかじめ『メルクリウス』で話し合って決めた方針だ。
まずは、堅実かつ確実に単位を取得するのが最重要。
なにせ、俺達は『迷宮コン』の選抜選手を目指しているわけではないし、俺も含めてメアリー先輩以外は迷宮素人なのだ。
初挑戦で欲を出せるほど、自信があるわけではない。
「うん。じゃあ、ついて、きて」
音もなく歩くメアリー先輩の後をついていく。
ところどころに解除された罠があって、メアリー先輩の腕の良さがうかがえる。
まぁ、日本で俺がやってたゲームでも忍者はスーパージョブだったものなぁ。
やはり、メアリー先輩も脱げば脱ぐほどACが下がったりするのだろうか……?
「脱ぐ?」
「……ウソだろ?」
なんだってこんな簡単に思考が読まれるんだ!
においとか雰囲気とかそういうのじゃなくて、完全に別次元の超パワーじゃないか。
「ふふ、でもここじゃダメ。帰って、からね?」
「帰ったらみんなで反省会兼食事会を食堂でして、自分の部屋で寝るのよ」
「アリスは、タキの部屋に、行ってたのに。ずるい」
「メアリー先輩だって、潜んでたでしょ!」
息の合う連携をするかと思ったら、これだ。
しかも、経験の足りない俺は情けないことに、この状況にどう反応していいやらまるでわからない。
「バルク、どうしよう?」
「ええやん。両方と付き合えば」
「わお、ドワーフ思考」
こいつに相談した俺が愚かだったのだ。
ドワーフというのはすべからく好色で据え膳は美味しくペロリといくのがお作法とまで言っていた。
そもそもが日本人である俺と、この問題に対する取扱いが違うのだ。
「こうなったら、勝負よ! メアリー先輩!」
「望む、ところ……!」
俺を置き去りにして、二人はついに何か勝負を始めてしまった。
勘弁してくれ。俺はweb系ラノベの主人公ではないのだ。
気持ちは嬉しくはあるが、この状況を楽しめるほどに肝が据わっていない。
「……他人事みたいな顔しないの! タキ君がジャッジするんだからね?」
「え」
「ボクを選ぶと、信じてる」
「え」
二人ににじり寄られて、そっと目を逸らす。
……きっと俺には、一人でじっくり考える時間が必要だ。




