第一話:祝言の泥アワビ
なし
村一番の働き者、伝次と、隣村から嫁いだお花の祝言。
名主・徳右衛門の屋敷には、不自然なほど白い布に包まれたお花が鎮座していた。貧農の娘にはあまりに眩しすぎるその白は、名主が「祝儀だ」と称して江戸から仕入れた古着の白装束。それは慈悲ではなく、これから村の男たちの泥手で汚されるために用意された、残酷な「死に装束」としての白であった。
この村を支配するのは、名主の腕足となる「泥の三尊」。
彼らは名主の権威を笠に、村の「生と死」を管理する装置だった。彼らが祝言に現れたのは、年貢を納めきれぬ伝次への「追徴」として、お花の肉体を公衆の面前で暴き、名主と村の男たちの「共有物」へと落としめるためだ。
「さあ、名主様からの下され物だ。皆で『アワビ』を拝もうじゃないか」
名主の声に応じ、三尊が動く。
産婆のお兼が、品定めするように、お花の白い足首を鷲掴みにした。
「いい盛りだ。名主様、今夜のアワビは活きが良いですよ。ほら、指の先まで生を欲しがっている」
しなびた指がお花の足の甲を這い、爪の先を検分するように撫で回す。その生々しい感触に、お花は悲鳴を殺して身をよじった。
山割の権蔵が、どろりと濁った目で笑い、愛用の棍棒をお花の股の間に突き立てた。
「理屈はいらねえ。俺の棍棒でお前を叩き上げれば、極上のアワビの汁が溢れ出すって寸法だ」
帳付の佐兵衛が、冷徹な手つきでお花の襟元に指をかけた。
「お前さんの親父が残した年貢の欠損……この『身』で、一文残らず書き換えさせてもらうよ」
今まさに、祝言という名の蹂躙が始まろうとしたその時。
「……おい。郡奉行の下役人が、わざわざ江戸から『祝言の見聞』に来てやってるんだ。少しは形を整えろよ」
ひび割れた声が響いた。座敷の隅、影に溶け込むように座っていた男が立ち上がる。ボロボロの着物に、死人のような隈。腰には、検地に使う重厚な鉄の定規――「差金」が、刀の代わりに不気味に突き刺さっていた。お目見え以下の末端御家人、久我源三郎である。
「源三郎様、これは村の……」
名主の言葉を、源三郎は鼻で笑い飛ばした。
「黙れ。村のしきたりだか何だか知らねえが、俺の帳面には『清廉なる祝言』と書きたいんだよ。役人の目の前で、こんな生臭いアワビの皮剥きを見せつけられたんじゃ、筆が汚れてかなわねえ」
源三郎は、お花の帯に伸びた佐兵衛の手を、差金の鋭い角で冷たく払いのけた。鉄の乾いた音が座敷に響く。
「この花嫁の検分は、役人である俺が預かる。……文句があるなら江戸の奉行所まで異議を申し立てに来い。もっとも、お前たちのその汚ねえ『理屈』が、お上まで届くとは思えねえがな」
三尊の殺気が膨れ上がる中、源三郎はお花を強引に掴み、泥の跳ねる庭へと引きずり出した。藪の陰、息を殺して震えていた伝次の前に、お花を突き飛ばすようにして投げ出す。
「……ほら、さっさと連れて消えろ。二度と俺の目の前で泣き言を言うな。……次は、俺がこのアワビを食う番だ」
呆然とする二人を背に、源三郎は一人、長屋へと戻る。
夜。源三郎は掠め取ってきた酒を煽り、腰の差金で自分の影をなぞりながら、自嘲気味に呟いた。
「……不味かねえな」
助けたつもりなどない。だが、秩序(理屈)を乱された名主たちが、黙っているはずもなかった。明日には、二人はさらに深い地獄へ引きずり戻されるだろう。源三郎が投げた気まぐれな「情け」が、かえって彼らの逃げ道を塞いでいく。その予感すらも、源三郎には心地よい、戸越の「泥の味」だった。
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