7話
プライベートジェットが無事、ピラミッドに隣接する特設飛行場に着陸した。
カズヤたちがタラップを降りると、そこにはエジプトの『ファラオ・ギルド』の最高幹部たちが、目を白黒させながら出迎えていた。
「ハタキ……伝説のハタキはどこですか?」
カズヤの第一声に、ギルドマスターの老練な探索者、アブドゥルは困惑した。
彼らは空の砂嵐を一瞬で消し去った「神の奇跡」の術者に、まずは感謝と敬意を表そうとしていたのだ。
「サトウ様、まずはこのピラミッドを救ってくださったことに、心より感謝を……」
「いいから、ハタキをください。あと、中のカビと埃が酷そうなので、先に掃除道具の確認をさせてください」
カズヤは既に、ダンジョン入口を凝視していた。
彼の目には、何千年もの間蓄積された「魔力的な汚れ」が、はっきりと見えているのだ。
結局、ハタキはピラミッド最深部に安置されているとのことなので、カズヤたちはすぐに内部へ向かうことになった。
案内役として、ファラオ・ギルドのエリート探索者たちが同行する。
彼らは皆、カズヤを懐疑的な目で見ている。
「ピラミッド内部は、高精度のトラップと、古代の呪いが充満しています。我々が前に立って先行します」
屈強な戦士たちが、慎重に一歩を踏み出した。
ここはダンジョン第80層。通常の探索者なら、入場するだけで精神を汚染されるほどの呪いの空間だ。
「おい、そこの清掃員。下手に触るなよ? 呪いで即死するぞ」
「はいはい、わかってますよ。……あ、でも」
カズヤは、壁に埋め込まれた巨大な石板に触れた。
それは、侵入者を跡形もなく消し去る『断罪の呪詛』が刻まれたトラップだ。
同行していたエリートたちが絶叫する。
「やめろ! それは触れるな——!」
ピコンッ! 【スキル:汚れ落とし(極)が発動。対象の『呪いの水垢』を消去しました】
呪いの石板は、カズヤが軽く指で擦っただけで、魔法陣が刻まれた部分がツルツルに輝き始めた。
そして、これまでダンジョン全体を覆っていた陰鬱な呪いの瘴気が、一瞬にして晴れ渡ったのだ。
「……え?」
エリートたちは呆然と立ち尽くす。
彼らが数日がかりで迂回していた「即死トラップ」を、カズヤは「水垢」として処理したのだ。
「いやぁ、水垢って頑固ですからね。早めに除去しないと、どんどんこびりついて取れなくなっちゃうんです」
カズヤは持参したミニチュアサイズのヘラで、壁の隙間にこびりついた汚れを掻き出している。
その横で、リンが深々とため息をついた。
「佐藤先輩、その反応……もう慣れましたけど、初めて見る人には心臓に悪いですよ」
「きゅぴぃ!」
プル次郎も、壁から排出された微細な「呪いのカス」を吸い込んで、満足げに鳴いている。
一行はピラミッドの奥へと進む。
次々に現れるのは、侵入者を石に変える『メドゥーサの彫像』、足元から現れる『流砂の罠』、そして大量の毒蛇が襲い来る『蛇の通路』。
「ここの石像、目が曇ってますね。曇り止めスプレーはどこだっけ……?」
カズヤが目を拭うと、メドゥーサの彫像はただの飾り物になった。
「流砂の床、排水溝が詰まってるのかな? 僕が直します!」
カズヤが流砂に特製洗剤を振りかけると、地面はあっという間に固まり、歩きやすい通路へと変わった。
「うわっ、蛇が多いな……。駆除剤は持ってきたけど、これ以上汚したくないから……」
カズヤが懐から取り出したのは、一本の笛。
笛を吹くと、彼の周囲に漂っていた「臭気」が完全に除去され、その清浄さに耐えられなくなった毒蛇たちが、一斉に逃げ出していった。
ファラオ・ギルドのエリートたちは、もはや何も言えなかった。
彼らが命懸けで攻略してきたダンジョンのギミックが、一人の清掃員によって「日常のトラブル」として処理されていく。
それは、あまりに残酷で、同時にあまりに爽快な光景だった。
「……ここが、最深部」
辿り着いたのは、黄金に輝く広大な空間だった。
中央には巨大な石棺が安置され、その上には、数千年の時を超えて輝きを放つ、美しい『伝説のハタキ』が置かれている。
そして、そのハタキを守るように、黄金の鎧を身につけた巨大なミイラ戦士が立っていた。
「愚かなる侵入者よ。我が主の安寧を乱すというのならば、この『黄金の番人』が貴様らを塵と化そう!」
ミイラ戦士が剣を構えた瞬間、背後から無数の小型ミイラ兵が姿を現す。
リンが臨戦態勢に入ろうとした、その時。
「ハタキだ! 早くハタキを!」
カズヤの目に映るのは、伝説の番人ではなく、何千年もの砂埃を吸い込んだ『伝説のハタキ』だけだった。
彼は迷うことなく、ミイラ戦士目掛けて一直線に走り出した。




