5話
「……きゅぴぃ!」
カズヤのアパートの玄関で、昨日「洗浄」したはずの元魔神が、嬉しそうに跳ねていた。
かつて第62層を支配していた禍々しさは微塵もない。
今の姿は、中身が透き通った高級なゼリーのようで、頭にはなぜかカズヤが昨日被せた「三角巾」がちょこんと乗っている。
「佐藤先輩、これ……本当にどうするんですか?」
朝からカズヤの自宅を訪ねていたリンが、引き気味にその物体を指差した。
リンは今日、カズヤを護衛(という名の監視)するために迎えに来たのだが、最強の聖騎士が警戒して剣を握る横で、元魔神はカズヤの足元をモップのように滑って床を磨いている。
「どうするって言われてもなぁ。家までついてきちゃったし、玄関のたたきをピカピカにしてくれたから、追い出すのも悪い気がして」
「きゅぴっ!」
元魔神——通称『プル次郎(カズヤ命名)』は、得意げに体を震わせた。
カズヤの「除菌ブラッシング」によって悪の属性を完全に洗い流された彼は、今や「掃除こそが至高の快感」という特殊な性癖……もとい、習性に目覚めてしまったらしい。
「でも先輩、これ昨日までは国家規模の災害だったんですよ!? ギルドにバレたら没収か殺処分、最悪の場合は先輩が『魔神を私物化した』として指名手配されます!」
「えっ、それは困るな。ゴミの分別とかうるさくなりそうだし……」
カズヤが悩んでいると、アパートの廊下から騒がしい足音が聞こえてきた。
「いたぞ! ここか! 動画に映っていた『お掃除ニキ』の潜伏先は!」
ドアを乱暴に開けて入ってきたのは、スーツ姿の男たちと、数人の報道カメラマンだ。
カズヤが魔神を「洗った」動画が瞬く間に拡散され、ついにマスコミが彼の自宅を突き止めたのである。
「佐藤カズヤさんですね! あなたが魔神を無力化した手法について、世界中の研究機関が——って、なんだこのスライムは!?」
カメラがプル次郎を捉える。
リンが「まずい!」と叫ぼうとした瞬間、プル次郎が動いた。
「きゅぴぴぃっ!」
プル次郎は、土足で部屋に上がり込んできた男たちの靴に激怒した。
彼は高速で男たちの足元を駆け抜けると、その驚異的な吸着力で、革靴に付着した泥、ホコリ、さらには男たちの加齢臭までもを瞬時に吸い取った。
「な、なんだ!? 靴が……新品みたいに輝いている……!」
「それどころか、体が軽い……。長年の肩こりが消えたぞ!?」
プル次郎の能力は「不純物の完全吸収」。
魔神としての力を、カズヤによって「クリーニング機能」へ強制変換された結果、彼は歩く空気清浄機兼マッサージ機と化していたのだ。
「あ、こらプル次郎。お客さんに勝手にサービスしちゃダメだろ」
カズヤが叱ると、プル次郎はシュンとしてカズヤの肩に飛び乗った。
その光景がリアルタイムでネットに配信される。
『お掃除ニキ、魔神をペットにしてて草』 『あのスライム、うちの会社にも来てほしい。デスク周りが汚いんだ』 『聖騎士リンちゃんが、すっかりお掃除の弟子になってる件について』
もはや隠し通すのは不可能だった。
カズヤの「掃除」は、ダンジョン攻略という枠を超え、世界中の不潔を滅ぼす「一大コンテンツ」へと昇華してしまったのだ。
「……はぁ。もういいわ。私も腹を括るわよ」
リンは額を押さえてため息をついた。
「先輩。こうなったらギルド公認の『特殊清掃ユニット』として登録しましょう。私が協会に圧力をかけて、プル次郎を『清掃用魔道具』として認めさせます。その代わり——」
リンは、カズヤの持っているバケツを奪い取った。
「私にも、その『魔神を黙らせるブラッシング』を教えてください。私、もっと綺麗になりたい……じゃなくて、強くなりたいんです!」
こうして、一人の超然とした清掃員と、苦労性の聖騎士、そして元魔神のスライムという、前代未聞のパーティー(?)が結成された。
だが、彼らはまだ知らない。
カズヤの「除菌」によって浄化された魔神の噂を聞きつけ、地獄の底から「自分も洗ってほしい」と願う、汚れきった大魔王たちが列をなし始めていることを——。




