プロローグ
こういう系はあんま書いたことないですが、頑張って書きます!
「おい、ゴミ拾い。そこ、まだ血が残ってるぞ。ちゃんと拭けよ」
ダンジョン第45層。 攻略の最前線であるこの場所で、若き天才探索者・神城が、後ろを歩く俺に向かって吐き捨てた。
「……すみません。すぐに落とします」
俺、佐藤カズヤは、バケツと雑巾を手に、べっとりと岩肌にこびりついた魔獣の体液を拭き取る。 俺のジョブは【清掃員】。 探索者が倒したモンスターの残骸や、放たれた魔法の煤を片付けるのが仕事だ。
現代にダンジョンが出現して10年。 人々はレベルを上げ、華やかなスキルを競い合うようになった。 そんな中、俺のような『非戦闘職』は、ダンジョンの環境を維持するための裏方として、日陰の道を歩まされる。
「ったく、これだから非戦闘職は。お前らみたいな寄生虫がいないとダンジョンが不浄になるなんて、システムも意地が悪いぜ」
神城たちはヘラヘラと笑いながら、ボス部屋へと続く巨大な扉を開けた。 彼は現在、国内ランキング10位。その傲慢さを裏付けるだけの実力はある。 俺は深々と頭を下げ、彼らが通り過ぎるのを待った。
彼らは知らない。 このダンジョンがなぜ、常に「清潔」に保たれているのかを。 魔獣の血には呪いが宿り、放置すれば新たな魔物を生む。それを中和し、完全に消し去るには、ただ拭くだけでは足りない。
(……よし、除染完了)
俺が手にした雑巾——【使い古された雑巾(耐久度:無限)】が、淡く光る。 10年間、毎日10時間、休まずダンジョンを掃除し続けた結果、俺の『掃除スキル』は極限を超えていた。
ピコンッ! 【スキル:汚れ落とし(極)が発動。対象の『因果』を消去しました】
この「汚れ」を消すという行為は、突き詰めれば「対象の存在をこの世界から抹消する」という理に到達する。 だが、俺にとってそれは、あくまで仕事を完璧にこなすための手段に過ぎなかった。
「よし、次はボス部屋の前を……」
その時だった。
「ぎゃあああああああああ!?」
扉の向こうから、先ほど入っていった神城たちの絶叫が響いた。 直後、巨大な扉が内側から吹き飛び、爆風が俺の作業着を揺らす。 中から溢れ出してきたのは、今まで見たこともないような濃厚な黒い霧——。
「助け……誰か……!」
神城が、片腕を失い、無様に地面を這いながら出てきた。 その後ろには、絶望そのもののような漆黒の巨人が、大鎌を振りかざして立っている。 この階層には存在しないはずの変異種、『虚無の王』だ。
「ヒッ、あ、ああ……終わりだ……」
神城の背中に、死の刃が振り下ろされようとした、その時。
「……あの、邪魔なんですけど」
俺は無意識に、神城とボスの間に割り込んでいた。
恐怖? いや、そんなものはない。 俺の頭にあったのは、もっと根源的な「怒り」だった。
「そこ、さっき綺麗に拭いたばっかりなんですよ。そんな禍々しいオーラを撒き散らされたら、また二度手間じゃないですか」
俺は、右手に持っていた『結露取り用ワイパー』を、無造作に横に振った。 ただの清掃用具だ。だが、俺にとっては10万回以上振ってきた、体の一部。
「ちっ、あっち行ってろッ!」
パキィィィィィィンッ!!!
空間そのものを「掃除」するかのような一閃。 世界最強の探索者たちが束になっても傷一つ負わせられなかった『虚無の王』の胴体が、紙屑のように真っ二つに裂けた。
悲鳴すら上げられず、黒い霧の巨人はチリとなって消滅する。 後に残ったのは、静寂と、床に転がる神城だけだった。
「え……? は……?」
神城が呆然と俺を見上げている。 だが、俺の意識は別の場所にあった。
「ふぅ……あ、そういえば」
俺はふと、神城の足元に転がっている「浮遊型ドローン」に気づいた。 彼が自分の活躍を全世界に生配信していたカメラだ。 レンズがボスの黒い返り血で汚れている。
「これ、レンズが汚れてますよ。今、拭いてあげますね」
俺はドローンを拾い上げ、カメラのレンズを雑巾でキュッキュと丁寧に磨き上げた。
その瞬間。 ライブ配信の画面の向こう側で、数千万人の視聴者が目撃していた。 伝説のボスを一撃で粉砕し、穏やかな笑顔で雑巾を絞る、最強の「清掃員」の姿を。
画面には、処理しきれないほどのコメントが滝のように流れ始める。 『え、今何が起きた?』 『今の清掃員、ボスを雑巾で叩かなかったか?』 『待て、あのワイパーの一振り、地形が変わってるぞ……』
そんな騒ぎを知る由もなく、俺は腕時計を見た。
「あ、もう定時だ。……神城さん、あとは警備の人に連絡しとくんで、僕上がりますね。お疲れ様でした」
俺はバケツを抱え、軽やかな足取りで地上への出口へと向かった。 明日は日曜日。洗剤の特売日だから、早起きしなきゃいけないんだ。
これが、後に『世界最速の浄化』と呼ばれる事件の始まりだった。




