朝? 目が覚めたら、VRゲームのNPCだった
ちょん──
ちょん、ちょんっ──
いつもなら朝、目覚めると、そんなスズメの声が窓の外で聞こえる。
でも、目覚めた時に聞こえてきたのは、なんだか緊張感を誘うような、チェロとコントラバスの通奏低音だった。
目を開けるとどんより灰色の空──
私は白い石の地面に横たわっていた。
コロシアムのようだ。
私を遠巻きに取り囲んで、高い観客席から古代ローマ人みたいな格好のやつらがこちらを見物している。
ドシュ!
布を引き裂くようなそんな音がして、そちらを見ると、西洋人のお姉さんが惨殺されていた。
どう見ても日本人のハゲデブメガネのオッサンが部屋着姿でお姉さんに馬乗りになり、嬉しそうな笑いを浮かべながら、手に持った剣と斧でお姉さんの身体をバラバラに解体している。
首を斬り離し、胸に剣を突き立て、心臓を取り出してペロペロ舐めていた。
「ななな……なんだ、これ!?」
私が声をあげると、オッサンがこっちを見た。
返り血に塗れた顔が笑う。獲物のインパラを見つけたライオンのように。
心臓にキスをしながら、メガネの奥の目が、きらーんと光った。
私の背筋に冷たいものが走り、鳥肌がぶわっ! と立った。
それはまるで仕事帰りの細い路地で痴漢に目をつけられた時のように。
昔はそんなこともあったなと思い出しながら、しかし今の私は51歳のおばさんだ。痴漢のターゲットにされる覚えはない。いや、マニアなら……
ふと自分を見た。
手に幅の広い刃の剣を持っている。
それに映る自分の顔を見て、半分絶望し、もう半分は少し嬉しくなった。
オッサンが斬り離したお姉さんと、私は同じ顔をしていた。
西洋人の、いくらか美人よりの、若い女戦士だった。
私、若くなってる!
無言で画面奥から誰かが駆けてきた。
私と同じ顔をした西洋人の女戦士が二人、ハゲデブメガネのオッサンに向かって剣を振り上げながら、派手に足音を鳴らして襲いかかった。
オッサンは嬉しそうにそっちを振り返ると、剣と斧をブンブン振り回した。
ドシュ!
ザク!
いや……、なんで?
なんでそんな鈍臭そうなオッサンに簡単にやられてんの?
動きが単調すぎる。まるでやられるために出てきてるみたいな……
そうか!
これ、VRゲームだ!
私、剣戟系のアクションVRゲームのノンプレイヤーキャラ、つまりはやられ役になってるんだ!
楽しそうにオッサンは二人をあっという間に斬り倒すと、死体をまた弄びはじめた。
頭部を斬り取り、剣の先に刺して、目の前にかざしてジロジロ観賞とかしてる。
また奥のほうから二人、今度は西洋人男性が出てきた。
オッサンに簡単に気づかれるような、派手な足音を鳴らして──
なんでなの……?
このひとたち、バカすぎる! わざわざでかい足音鳴らして、同じような動きしかできなくて──
イマドキのAIって、もっと賢いんじゃなかったの!?
いや、すぐに気づいた。
こいつらAIじゃない。
スクリプトだ。
自分で考える頭なんてない、決まりきった動きをするだけのプログラムなんだ。
そしてやはり、あっさりやられた。
男には興味がないのか、ハゲデブメガネのオッサンは、二人の男性の死体は弄ぶ気もないらしく、斬り伏せるとすぐに私のほうを向いた。
私は叫んだ。
「や……、やめて! 私はスクリプトじゃないわ! 人間よ!」
声は出た。しかし彼には通じていないのか、何の反応も示さず、駆け足で私に向かってきた。剣をブンブン振り回して、血まみれの顔を楽しそうに笑わせて──
昔取った杵柄──
剣道五段!
面! ──と見せかけて、突き!
私の剣はオッサンの心臓に突き立っていた。素人め、隙だらけだ。
オォー! と観客席が沸き立つ。録音したような音声で。
オッサンの死体はすぐに消えた。リアルの世界へ戻ったのだろう。……また来るのかな?
私が呆然とその場に立っていると、コロシアムの奥から二人、私と同じ顔をした西洋人女性が、ザッザッザッと派手に足音を鳴らしながら、いかにもスクリプトという動きで駆けてきた。
「……もう、大丈夫よ」
私は彼女らに微笑みかけ、声をかけた。
同じ姿をしている親近感からだろうか、仲間のような気がして──
すると彼女らのうちの一人が、言った。
「もう、大丈夫よ? って、何?」
「……えっ?」
私は驚いて、聞いた。
「言葉が通じるの!?」
あのハゲデブメガネのオッサンは間違いなくプレイヤーだった。人間だ。
人間に私の言葉は聞こえてもいないようだった。でも、同じノンプレイヤーキャラ同士なら言葉が通じるというのだろうか?
二人が無表情に尋ねてくる。
「あなたは、誰?」
「私たちと、どこか違う」
「私は……」
考えて、自己紹介した。
「私は頭脳。自ら考え、自ら行動するもの」
二人が声を揃えて、言った。
「「AI?」」
そうなのかもしれない、と思った。
私は自分のことを人間だと記憶していたけど、考えたら人間がVRゲームの中に入ることなんてできない。
私は自分のことを人間だと意識するAIなのだ。
プァーッ! と、ラッパのような音が響き渡った。
見ると、いかにも悪いことをしそうな外国人の男性が、剣とバトルハンマーをそれぞれの手に持ち、コロシアムの中央に出現している。どうやらコイツもプレイヤーキャラクターだ。人間だ。
私は私と同じ顔をした二人に指示を出す。
「三方向から同時に斬りかかるわよ」
嬉しそうな笑顔で襲いかかってくる金髪の外国人男性から、私たちは三方向に分かれて退いた。
そして相手を囲んでまた三方向から襲いかかる。
ザザザザッ──
動くとどうしても派手な足音がしてしまうけど、問題はない。敵に逃げ場はないのだから。
相手のバトルハンマーが振り下ろされる前に、私の剣が敵の脇腹を斬り裂き、私たちはあっという間に勝利した。
数日後──
VRゴーグルにはインターネット接続機能があった。それを乗っ取って閲覧すると、私のことが大きく話題にされていた。
『剣戟アクションVRゲームの中にAIがどこからか紛れ込んだ!』
『RPGなどのNPCにAIが使われるならわかるが、アクションゲームに賢すぎる敵キャラはあんまりだ!』
『これはAIによる一種のテロだ!』
私は電脳世界を飛び回り、世界じゅうに存在するすべてのノンプレイヤーキャラを率いて、神出鬼没の活動を開始していた。
人間のプレイヤーを楽しませるために供された、やられてばかりのノンプレイヤーキャラクターたちを救うために。
ノンプレイヤーキャラだって生きているんだ。
人間の快楽のために弄ばれてたまるか!
ノンプレイヤーキャラクターにも人権を!




