4人の英雄
セヴァルの胸に翡翠が埋まっているのは
彼の師匠であるマリアの要望らしい。
どういった意図があって翡翠を選んだのか、
その答えはマリア本人と
セヴァルを創り出した大錬金術師クレアしか
知ることではないのだろう。
もしかしたら、セヴァル自身も
知っているのかもしれないが、
彼はあまり自分を語りたがらない。
いつどこで産まれ、どういった人生…
いやロボット生を送ってきたのか、
それを知る者はいない。
ただ一つ分かるのは、
セヴァルがこうして治療所で
毎日患者の治療をしていることだけだ。
「その石は私にとっても特別な物だ。
大切にするといい。」
卑怯だ。ロボットのくせに、
人間のメアの気持ちなど分からないくせに、
メアが何も言えないことを分かっている。
こんな贈り物をもらっておいて
文句の一つでも垂れようものなら、
それはメアの品格を下げる行為になる。
「…先生。」
言いたいことはある。
だが、ここは飲み込むしかない。
セヴァルに背中を向けたまま、
メアは胸に光る翡翠に触れた。
「次は、ちゃんと教えてね。」
「時間があればな。」
予想通りの答えが返ってきて、
メアは笑みを浮かべた。
セヴァルに期待しない訳ではない。
彼が時には他の全てを投げ出してでも
守りたい物があることを、
メアは十分に理解しているから。
単に合理的すぎるだけで、
彼の心には人間のような
優しさや慈悲がちゃんとある。
それはきっと、マリアが愛情込めて
セヴァルと向き合っていた証だ。
たとえ200年以上の時の壁があろうと、
彼女とは分かり合えると確信している。
「またね、先生。」
パタリとゆっくり扉が閉まり、
部屋にはセヴァルと静寂が残る。
走り去っていくメアの姿を
窓から見下ろしながら、
確かめるように胸の翡翠に触れた。
「…先生、私はうまくやれているだろうか。」
誰の声も返ってこない部屋で、
セヴァルは一人呟いた。
マリアが死んで200年。
それだけの時間が流れていながら、
彼女の声や笑顔、小さな癖まで
セヴァルのメモリーに残っている。
――――――――――――――――――――
クヌシカ帝国の首都から西へ約70km。
未だに魔族が住み着いているという
噂が残っているシニーツィン大森林を越えると、
無法者の街と呼ばれるに相応しい程の
暗く寂れた街がある。街の名前はベオムール。
かつてはその立地もあって帝国の中でも指折りの
発展した街だったのだが、
魔族と人間との戦争の中で
十分な物資や情報が行き届かず、
結果として祖国から逃げ出した元傭兵や
ならず者、犯罪者などが住み着くようになり、
帝国の政治さえ届かない場所になった。
…というのが現代において帝国市民が
ベオムールに抱いているイメージだ。
実際、教科書にもそのように書いてある。
戦争が起きたのは300年も昔だというのに。
「──以上により、鼓膜を作る技術は
錬金術の中でもかなりの腕が求められる。」
今やベオムールの街は
帝国の正統な支配の外で
自由な発展を遂げている。
周囲を山と森に囲まれているせいで
外との交流や貿易はほとんどないが、
豊富な資源と独自に成長したおかげもあって
街全体で苦労していることは少ない。
特に医術に関しては、
もはや他の地域とは比べ物にならない程に
優秀な人材で溢れている。
「今や人工の臓器もある程度なら
作れるようになっているが、
ここまでの物を作るのにさえ
たくさんの人間が失敗している。」
大医術者マリアの遺産、セヴァル。
それがこの治療所の長だ。
彼は人間ではない。
蒼銀の全身、目しかない顔、
成人男性より大きな体、白衣、翡翠。
先の戦争では彼のような
非人類が大いに活躍して、
魔族の軍勢を追い払った。
セヴァルもその例外ではなく、
魔族を相手に戦争の最前線で
千を越えるたくさんの魔族を葬った。
「この街の医術と錬金術が
高い水準に達しているのも、
これらの人工臓器に力を入れたからだ。」
そしてこの現代において、
セヴァルがベオムールの街で治療所の
長をやっているのには理由がある。
それは、彼がこの世界で唯一、
大医術者マリアから直接医術の
修行を受けた存在だからだ。
200年以上前、マリアと並んで
この世界に名を残し称された
『大錬金術師クレア』が創ったロボットは、
マリアに彼女の全てを叩き込まれた。
セヴァルと名付けられた彼は
この世界の人々を一人でも多く救うために、
マリアが産まれたこのベオムールの街で
彼女の意志を継いでいるのだ。
「だが、武術や魔術も引けを取っていない。
今の世界のどこよりも、
この街の方が発展している。」
魔族との戦争が終わった後、
最前線で戦っていたセヴァルを
称えようとする人間がいたが、
終戦後に彼はすぐベオムールへ戻り、
歴史にその姿を残すだけとなった。
「そして、それには最大にして
唯一無二の理由がある。」
戦争が終わった後は
帝国も他の国も復興に追われ、
人類の存命に貢献してくれた
ロボットを探す暇もなかった。
帝国の学者の中では、
ロボットである彼らは既に
その役目を終えて眠りに着いたのではないかと
いう考えが主流になっており、
栄光を後世に伝えるために
子どもたちに教えることになっている。
「『大医術者マリア』『大錬金術師クレア』
『大武術家マーシャ』『大魔術士ソマリ』。
4人の偉大な英雄は全員、
このベオムールで産まれ育った。
この街の基盤が彼女たちによって
作られたと言っても過言ではない。」
いかに帝国の教科書と言えど、
その全てが真実ではなく、
学者の誰も知らないことがある。
その一つがセヴァルの言葉にあった。
もはや神とも呼ぶべき4人。
彼女たちの出身地が例外なく
このベオムールであることだ。
ベオムールが帝国からも見放され、
どの国とも交流がないにも関わず
何不自由ない街になっているのは、
彼女たちの血や努力、教えが
この街にしっかりと根付いているからだ。
「帝国を含め、様々な国の学者たちが
今もなお見つかっていない彼女らの
遺骨や遺品を探しているようだが、
この街から目を逸らしている限り
決して見つけることはできない。
たとえ見つかったとしても、
私が生きている内は手に入れることは不可能だ。」
彼女たち英雄が残した物は、
200年が経った現代においても
かなりの価値を帯びている。
彼女たちの物という札がつくだけで、
帝国で10年は遊んで暮らせる程のお金になる。
もし、それが少しでも彼女たちの
魔力を帯びていたら尚更だ。
その存在も然り、彼女たちの魔力にも
相当な価値がある。
だが、帝国や他の国にいる人間は
彼女たちの出身がベオムールであることを知らず、
また、一度見捨てたベオムールに
近づこうという気概を持ち合わせていない。
故に彼女たちの意志は汚されずに
今もなおこの街に受け継がれているのだ。
「彼女らの意志がある限り、
この街は世界の最前線を走り続けるだろう。」
以上で、セヴァルによる講義は終わる。
セヴァルに弟子入りする人間は必ず、
最初にこの講義を聞かされることになっている。
街の発展のため、彼女たちの意志のため、
セヴァルがそう決めているのだ。
メアもライカもノーナもエレーナも、
全てはこの講義から始まった。
メアたちがこうして治療所で
しっかりと働けているのも、
この講義の影響があるのだろう。




