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メアの奮闘

「おぉー!メアちゃんじゃないか!

今日もかわええの。いつになったらワシの

孫になってくれるんだぁ?」


「おバカなこと言ってないで、

これ飲んだらさっさと帰って。」


「冷たいのぉー。」


ノーナに薬を届けたメアはその後、

第二ベッド室に運ばれてくる

酔っ払いたちに酔い消しの薬を混ぜた水を

飲ませるという、地獄のような作業に

ライカと共に追われていた。

祭りの日ということもあってか、

やはり飲み過ぎの患者が多い。

そして、酔っ払い患者が他の

患者と比べて厄介なのは、

どうしようもないだる絡みである。

ケガや病気で動けない患者はいいが、

こうした患者は元気を通り越して

あちこち歩き回ったり

余計な仕事を増やしたりするので、

時々メアはバレない程度に

顔を引っぱたいたりしている。


「ライカちゃーん、こっちにもおがわりだぁ。」


「はーい、ただいまー!」


だが、こんな時に活躍してくれるのが

ライカという少女である。

彼女は酔っ払いたちの言葉に

正論を返す訳でもなく、

慣れた接客のように捌いてみせる。


「はいよ!おかわり!」


そう言って患者に差し出したのは

もちろん酒……ではなく薬の入った水だ。

しかも酒飲みがよく使っているグラスで

あたかも本当に酒が入っているかのように

見せかけるという小技まで用いて。

ライカは普段はただのお調子者で

メアは影でバカ呼ばわりしているのだが、

彼女のこういった知恵には

メア自身もたまに助けられている。

あくまでもたまに、であるが。


「それが最後の一杯だから、

飲み終わったら帰ってね!」


「あぁ、わがったよ!」


次々と酔っ払いに薬水を飲ませて、

財布から直接料金をいただく。

この作業を知らない人間が見たら、

怪しい飲み物を飲ませた挙句に

お金を盗んでいる泥棒に見えるだろうが、

これもれっきとした治療行為であり、

そのための料金を受付を通さずに

もらっているだけに過ぎない。

あまりに酔っ払いが多いので、

今日は酔っ払い患者に限りそういった

対処をすることになっているのだ。


「メア、ライカ、交代の時間。」


そうしてしばらく奮闘していると、

ノーナとアンテがやってきた。

そろそろ用意した薬が

なくなる頃合いだったので、

素晴らしいタイミングである。


「やっと休める……。」


「お疲れ。あとは任せて。」


メアとライカに入れ替わるように

ノーナとアンテが白衣をなびかせる。

二人ともライカのような勢いこそないが、

淡々と作業とこなす面については

メアに負けじとも劣らない。

特にアンテはこの治療所で数少ない男性だが、

元々体が弱いこともあって

効率的に仕事をするのがうまい。


「…メア、セヴァルさんが呼んでたよ。

酷だけど休むのはその後にしてね。」


すれ違いざまにアンテが言った。

おおよその覇気というものを

ほとんど感じないので、

彼が寝ているのを目撃した時には

死んでいるのかもしれないと

思わず彼の胸に耳をあてたこともある。

その時の彼の心臓の動きはとても小さく、

彼の命が風前の灯のようにも感じられた。

それでもこうして生きて、

しかもメアたちと同じように

働いている姿を見ると、

命の不思議というものを意識せざるを得ない。


「はーい。」


休む時間もままならず、

メアはセヴァルのところへ行く。

と、メアはその時になって思い出した。

元より今日メアは非番で、

治療所に来たのはセヴァルに用があったからだと。

タイミングが悪かったおかげで薬を作らされ、

しかも慌ただしい仕事を任された。

一言セヴァルに文句を言ってやらなければ、

辻褄が合わないというものだ。


「先生、メアが来ました。」


「入れ。」


ノックもそこそこに扉の向こうに声をかけると、

間を空けずに声が返ってくる。

ガチャリと不作法に扉を開けて、

棚の前で書物を読んでいたセヴァルの

横にスタスタと歩き並ぶ。

書物の表紙を見上げてみると、

どうやらそれは眼球に関する

専門的な知識を記した物のようであった。

セヴァルは書物を閉じ、

机の上に置いてあったもう一冊を手に取ると、

その二冊をメアに差し出した。


「そろそろ来る頃だと思っていた。

メアの知りたいことは

これらの本を読めば分かるはずだ。」


メアは書物を受け取って少しめくる。

もう一冊の書物は人間の神経のことを

細かく記した内容であった。

言葉通り、今日メアがここに来た理由を

セヴァルはすでに知っていたようだ。

そのためにわざわざ書物を用意していたとは、

さすがとしか言い様がない。

しかし、だからと言ってメアの心が

穏やかになることはなかった。


「先生…私、今日は非番でした。」


「助かった。ありがとう。」


「そうじゃなくて。」


「安心しろ。給与はきちんと出す。」


「そうでもなくて。」


「メアが来なかったら、

エレーナを呼んでいたところだ。」


「……先生のバカ。」


やはりセヴァルはロボットだ。

人間の少女の気持ちなんて

分かるはずがないのだ。

メアはただ、教えて欲しかっただけなのに。

家で一人で勉強をするよりも

自分が尊敬しているセヴァルから直接、

彼の言葉で教えを乞いたかった。

治療所の長という立場にいる彼に

そのようなわがままを求めるのは

おこがましいにも程があると、

メアも当然理解している。

それでも、貴重な休みの日に

師匠と呼ぶべきセヴァルから

医術を学びたいと思うのは、

向上心ある弟子として少しくらい

褒めてくれたっていいではないか。

教えを乞うことが許されないのなら、

せめて一言だけでも褒めてくれるのが

『先生』という存在ではないのか。

いくら優秀なロボットと言えど、

やはりセヴァルは人間の心を知らない

単なるロボットに過ぎないのか。


「もう帰っていいでしょ。」


二冊の書物をしっかりと抱えて、

涙ぐむ瞳を見せないように

メアはセヴァルに背を向ける。


「待て。」


しかし、その背中をセヴァルは呼び止める。

メアは足をその場に留めるが、

決して振り向くまいと動かない。

小さな反抗の証だ。

だが、この反抗が却って

セヴァルにとっては好都合だったようだ。

メアの胸に一つの宝石が光る。


「全ての命が運命を果たせるように。」


宝石の名前は翡翠。

透き通るような輝きも光沢もないが、

どこまでも強い意志を持った

濃い緑色をしている。

そして、翡翠には『長寿』や『繁栄』といった

これからの未来に希望を抱かせる石言葉がある。

治療所で働く人間にとって、

これ以上の贈り物があるだろうか。

それに何より、翡翠という宝石は

セヴァルの胸にはめ込まれている物と同じだ。

セヴァルを師として仰ぐメアにとって、

この翡翠には大きな意味がある。


「今日は私の師マリアの命日だ。

命日だというのに祭りとは

いささか矛盾しているように思っていたが、

今を生きる人間たちにとって彼女は

遠い過去の存在でしかない。

だが、こうして彼女を知る私が

お前たちへ彼女の意志を繋ぐことができるのは

祭り故の有意義な時間と言えるだろう。」

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