ロボットと少女
メアが顔を上げると、
そこに一体のロボットがいた。
治療所という場所にとっては
あまりに異質な存在であるロボットが。
蒼銀の全身に目しかない顔、
二本の腕にはそれぞれ六本の指、
人間の成人男性より一回り大きな背丈、
そして真っ白な白衣と胸に光る緑の宝石。
背格好だけ見れば威圧感があるが、
見た目程の圧迫感は感じない。
人間とはかけ離れた存在でありながら、
もう何年もずっと人間と過ごしてきたような
親しみやすさすら滲んでいる。
「ソソロ豆を使うより効果は落ちるが、
何もないよりはいい。」
彼…と呼んでいいのかどうか、
そもそもロボットに性別という概念が
あるのかどうかすら誰も知らないが、
彼のことを街の人間はセヴァルと呼んでいる。
彼こそこの治療所の長であり、
大医術者マリアが残した全ての医術の結晶だ。
「おはようございます、先生。」
「おはよう、メア。来てくれて助かった。
もう少し来るのが遅ければ、
エレーナ宛てに伝書鶴を出すところだった。」
セヴァルは棚から先程の材料を下ろしながら
メアに挨拶を返す。
ロボット故に笑っているのか
真顔なのか見当もつかないが、
どうやらいいタイミングで
来てくれたメアに感謝しているらしい。
熊のような大きな手で
メアの頭を優しく撫でてくれた。
「メア、酔い消しの薬50人分だ。
できたらノーナへ渡してくれ。」
「はい、分かりました。」
30人分から50人分に増えるとは、
思っていた以上に患者が多いようだ。
わざわざセヴァルがここへ足を運んだのは
メアが薬作りを頼まれたことを
さっきの人間から聞いたからだろうか。
何にしても、材料があるのなら
難しいことは何もない。
酔い消しの薬は薬学の中でも
初心者向けの簡単な部類に入る。
「それから、いい加減私のことを
先生と呼ぶのはやめるんだ。
その名は私が背負うには大きすぎる。」
去り際にそんなことを言って、
セヴァルは部屋から出ていく。
だが、その最後の言葉には
メアは返事をしなかった。
街のほとんどの人間が彼のことを
名前で呼んでいる中で、
メアだけは彼のことを先生と呼ぶ。
『先生』という呼称は
学園の教師や作家、芸術家、政治家など
様々な意味を含むものであるが、
メアが彼に対して使う『先生』は
他ならぬ『医術者』という意味しかない。
人々のケガや病気を癒し、
安寧をもたらす立場にある存在には
相応しい呼び名のはずだが、
セヴァルは頑なにそれを受け入れようとしない。
「先生のいけず。」
セヴァルがいなくなった部屋で
彼の悪口を叩きながらも、
メアは言われた通りに薬を作る。
全ての材料を薬鉢に放り込んだら
すり潰すように混ぜ合わせ、
材料の原形を破壊する。
オーシ豆から出た水分で
全体に粘り気が出てきたら、
適度に水を加えながら更にかき混ぜる。
これで準備は完了だ。
そして、出来上がったただの黄土色の混合液を
薬として完成させるには、
薬学の知識と相応の術が必要になる。
「…調合開始。」
鉢の上に両手をかざして、
手のひらから魔力を放出する。
メアの手から流れる水色の魔力が
薬鉢の中へ染み渡っていき、
だんだんとその色を変える。
濁った黄土色の液体が
透き通った緑色へ変わるまで、
そう長い時間は必要なかった。
「うん、上出来。」
底まで透けた液体を軽く混ぜてみるが、
きちんと均一に完成している。
これを下手な人や初心者がやると、
材料と魔力が綺麗に反応せずに
底の方まで薬にならないのだ。
一人分の薬を作るには
そう大した練習は必要ないが、
20人分を超えると途端に
その難易度は跳ね上がる。
メアは薬作りに関しては
先天性の才能があったので
そう苦労することはなかったが、
素人がここまで上達するには
最低でも一年はかかると言われている。
薬作りが簡単な部類だといっても、
努力なしには決して習得できない。
「さて、ノーナを探さないと。」
出来上がった薬を丁寧に一つずつ
専用の入れ物に移して箱に詰めると、
メアはノーナを探すために部屋を出た。
ノーナは主に薬を注射したり
患者の容態を確認するのが役目なので、
患者がたくさん集まる場所、
つまりはベッド部屋が並んでいる
第一治療室か第二治療室の近くにいるだろう。
南北に長い長方形のこの治療所の構造は
入口から入った正面に受付、
その左に第一治療室とベッド部屋、
右の通路の奥に第二治療室とベッド部屋があり、
こちら側は主に軽いケガや病気など
時間的に余裕がある人の治療や入院ができる。
受付と第二治療室への通路を通り過ぎると
第三、第四の治療室とベッド部屋があり、
ここには重症患者や急患が運ばれる。
とは言ってもそちらはほとんど
セヴァルが管理しているので、
大人以外のメアたちのようなひよっこたちは
治療の助手として呼ばれない限り、
もっぱら第一と第二付近で働いている。
「ライカ、ノーナどこにいるか分かる?」
二階から降りてくると、
ちょうど一人の女の子と遭遇した。
洗いたての包帯を運んでいるようだが、
いくらかカゴからはみ出ているせいで
患者に巻くべき包帯で
床を掃除してしまっている。
「あれー?メアちゃんじゃん!
いつの間に来てたの?
っていうか、その重そうな荷物なにー?」
メアの方が先に質問したのだが、
全く関係のない質問が飛んできてしまった。
基本的にはこの治療所で働く者と
友好的にしているメアではあるが、
このどこか話の通じないライカには
苦手意識を抱いている。
おそらく、ライカの方はメアのことを
別段苦手とも思っていないだろうが。
「酔い消しの薬、先生に頼まれたの。
完成したらノーナに渡して欲しいって。」
「そーなんだー。」
「だから、ノーナがどこにいるか知らない?」
「ノーナ?うーん、どっかで会ったような…。」
もしここに手頃な鈍器があったなら、
きっとメアはそれを手にして
ライカの頭に振り下ろしていただろう。
治療する立場であるが故に
当然そんなことはしないのだが、
つい衝動に駆られてしまいそうな程、
メアはライカのことを好きではない。
それでもなんとか抑えているのは、
メアの理性が大人びている証拠でもある。
「あ!そーいえば!」
「ノーナがいる所、思い出した?」
「私、まだお昼ご飯食べてない!」
「……。」
やっと思い出したのかと
一瞬でも期待したメアが愚かだった。
ライカはお腹の音をぐぅと鳴らすと、
山盛りの包帯を抱えたまま
すごい早さでどこかへと走り去っていった。
その背中を睨みつけてため息を吐き、
メアは薬の入った箱を持ち直す。
「メア、薬はできた?」
そして、ちょうどそこへ別の少女が現れた。
メアは彼女の姿を見た瞬間、心から安堵する。
「ど、どうしたの?薬作るの大変だった?
50人分なんてメアなら朝飯前でしょ?」
妙な表情を浮かべているメアを
ノーナは心配そうな顔で覗き込み、
発熱の有無を確認するように
メアの額に手のひらをあてる。
しかし、メアは別に体調が悪い訳ではない。
強いて言うのであれば、
少しばかり精神が疲弊しているだけだ。
「ノーナ…仕事をする時は
ちゃんとご飯を食べた方がいい。
朝でも昼でも夜でも……。」
ノーナに何を言ったところで
メアの疲れがどうかなる訳ではないが、
それでも言わずにいられなかった。
「え、なに?どういうこと…?」
戸惑うノーナに薬の箱を押し付けて、
メアはふらふらとその場を去った。




