魔王
「…すまぬが、我にも分からぬ。
今を生きている同胞の中で
あの戦争を知る者は5万を越えるのだ。
衰えた我ではどうすることもできぬ。
だが、魔族の誇りに懸けて、
いや、我の魔王としての最後の役目に懸けて、
全ての闇を暴いてみせると誓おう。」
魔王の瞳には光が見えた。
さすが、彼女たちが認めた魔王だ。
この土地にいる誰よりも
自分が魔族であることを誇りに思っている。
本当ならすぐにでも裏にいる人物を炙り出して
とっちめてやりたいところだが、
魔王の生き様に免じて見逃してやろう。
「彼は置いていく。
拷問でも何でもするがいい。」
人間側にはテルーロがいるので、
アブルを手元に置いておく必要はない。
魔王が真相に辿り着くための情報源として、
彼は置いていく方がいいだろう。
それに、魔族は魔大陸で暮らすべきだ。
そのために和平を結んだのだから。
「恩に着る。」
「礼など言うな。早く魔族を手放さないと
私の弟子たちがうるさいのだ。」
「お主も苦労しているのだな。」
アブルを預けたセヴァルは踵を返して
魔王のいる城を後にすると、
ちょうど採掘されたばかりの
鉱石が詰まっている一番大きな袋を一つ担いで
さっさと魔大陸を去っていった。
セヴァルが魔大陸に滞在したのは
たったの一時間にも満たない。
そして、そのほとんどが移動であった。
だがこれで、魔族と人間との
水面下の争いは静かにその幕を下ろした。
まだテルーロやアブルの背後で
手を引いていた者のことは
明らかになっていないが、
それでも解決を見たと言っていいだろう。
かつて4人の天才たちが
和平を結んだ時と同じように、
今度はたった一人で魔大陸へと出向いて
セヴァルは人間たちを守ったのだ。
「さて、帰るか。」
ベオムールへ帰ったら、
また弟子たちに色々と
教えてやらなければならない。
特にメアは他の人間より向上心がある分、
十分に満足するまで教えを乞うだろう。
彼女の好奇心にも困ったものだが、
それもまた人間という生き物の
どうしようもない運命というやつだ。
弟子たちの笑顔を思い出しながら、
セヴァルはお土産を担いで
故郷の街に帰るのであった。
第一章『彼女たちが守った街』
~完~
――――――――――――――――――――――
───セヴァルの後ろ姿を見送りながら、
魔王は大きなため息を吐く。
「ドーギの息子…アブルよ。
なぜ人族の街へ行った。
人族の地へ行ってはならぬという掟を
変えた覚えはないのだが。」
魔大陸へ来てからと言うもの、
いやセヴァルに捕まってから今の今まで、
アブルは一言も喋っていなかった。
まるで、呪いでもかけられているかのように。
そのアブルに声をかける魔王だが、
アブルが何かを答える様子はない。
「答えよアブル。なぜ人族の地に───」
魔王の言葉はそこで途切れた。
体を何かに貫かれたような感触が
魔王の声を奪ったのだ。
そして、遅れてやってきた痛みで気づく。
魔王の胸から一本の腕が生えていた。
真っ赤な血に染まった腕だ。
しかし、普通の腕に比べて短く見える。
なぜ腕は血で染まっているのか、
なぜ半分程の長さしかないのか。
その答えは痛みと共に知ることになる。
その腕は、魔王から新しく生えた訳でも
一風変わった装飾でもない。
背後にいる別人の腕だからだ。
「このような形で魔王の座を奪うつもりは
なかったんですけど、
まぁ、別にいいでしょう。」
魔王の背後に現れた別の魔族。
彼は魔王の体を貫いた自身の腕を引くと、
まだ自分が置かれている状況を
理解しきれていない魔王の両腕を
強引に引きちぎった。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
両腕を失い、胸を貫かれた魔王は
悲鳴をあげながらも振り向いた。
魔王という地位に立つ魔族は
この程度で死んだりはしない。
腕をもがれようと、胸を貫かれようと、
噛み付く牙と角がある限り
敗北というものを決して受け入れない。
だがその瞬間、魔王の喉に彼の手が刺さる。
魔王の視界が少しずつ血の赤に侵食される。
もはや声を出すことは叶わない。
「さすが魔王様、タフでいらっしゃる。
伊達に過去最強の魔王と言われていませんね。
しかし、その名声も今日で終わりです。
長い間お疲れ様でした。」
再び彼が魔王の体から手を引くと、
魔王は僅かに残っている命で
彼の顔を睨みつけた。
狡猾で薄汚れたような顔だ。
誇りなんて物はとっくの昔に捨て、
自分の野望のためだけに生きようと
全てを諦めたような顔。
だが、彼の顔には見覚えがある。
彼はあの戦争で勇ましく戦い、
その結果として愛する人を失っていた。
「……っ…。」
そして、彼の名前を言うこともできないまま
魔王は力尽きてしまった。
いくら魔王という偉大な存在でも、
随分と老いてしまっている上に
不意打ちを急所に喰らっては
まともに立ち上がることもできなかった。
おびただしい量の血が広がって、
床に敷かれた絨毯が変色していく。
「いくら最強と謳われても、
老いてしまえばただの老木。
僕の敵ではありません。」
魔王を殺した彼は、
現場に残っているアブルに近寄る。
アブルは目の前で起こった光景に
ただ恐怖することしかできず、
しかも拘束された体では
まともに動くこともできない。
「君には期待していたんですが、
まさか捕まってしまうなんてね。
顔も素性もバレた君に、
もう使い道はありません。
もちろん、あの人族の男もね。」
「────っ!」
これから起きることを想像して
抵抗のようなものを見せたアブルだが、
彼の首が飛んだのは
ホンの一瞬のことであった。
たった数秒もしない間に、
二つの魔族の死体ができあがった。
そして同時刻、ベオムールで武術部隊の
尋問を受けていたテルーロは、
どんな尋問にも屈することなく
無言を貫き通した果てに、
気がついた時には座ったまま死んでいたという。
「今日から、僕が魔王だ!」
今日ここに、新たな魔王が誕生した。




