残党因子
セヴァルが魔族と相対するのは
あの戦争以来なので、実に300年ぶりだ。
ロボットであるセヴァルの寿命が
長いのは半当然のことであるが、
魔族の寿命も中々のものだ。
彼女たちの判断は正しかった。
あの時魔王と和平を結んでいなかったら、
今頃人間の土地は魔族によって
侵略されていただろう。
「魔王の命令でないなら、
なぜこんなにも回りくどい方法で
この街にやってきた。目的は何だ。」
戦争が終わってからも
彼女たちがこの世を去ってからも、
魔族側からの手紙やメッセージが
セヴァルの所へ届いたことはない。
つまり、少なくとも現在まで
魔王は何の不満も抱いていないはずだ。
理性ある魔王のことだ。
何が問題が起こったなら、
彼女たちの生死を問わず
何らかの連絡をしてくるだろう。
しかも、人間に化けることができるなら
いきなり街で騒ぎを起こさせて
その隙に使者を送り込むなんて
面倒な真似をしなくともいい。
魔王からの命令でもなく、
こんなにも回りくどいやり方で
彼がやってきたのはなぜなのか。
「仲間に騒ぎを起こさせた理由は単純だ。
俺とお前の時間を邪魔されたくなかった。
他の誰にもな。俺たちがこの街に来た理由が、
お前にあるのだから。」
言葉を言い終わると同時に、
彼は鋭い爪をセヴァルへ向けた。
それを間一髪の所で避けるセヴァルだが、
白衣の一部が切られてしまった。
白衣や包帯の手入れをするのは
ライカの役目であるが、
彼女の余計な仕事を増やしてしまった。
「俺がまだガキだった頃、
俺の家族は飢えで苦しんでいた。
魔石は尽き、本来の力を発揮できない中で
どうにかして生き延びようと、
俺はただの石をかじっていた。
だが、ある日その生活は終わった。
人間の女だ。4人の人間の女。
あいつらが置いていった物のおかげで、
俺たちは飢餓から逃れることができた。
ガキだった俺からしてみれば、
あいつらは神のように思えた。
人間に感謝しながら生きようと思った。」
そこまで語ると、彼は懐から箱を取り出した。
その箱を開けて中の物を出すと、
それは笛のような形していた。
「これが何か分かるか?」
「分からん。」
「…クズが。」
魔族特有の何かだろうか。
少なくとも、セヴァルは人間界で
あのような物を見た覚えはない。
悪態をつかれたところで、
まだ自分には伸び代があるのだなと
解釈する他にない。
「これは親父の形見だ。
俺のように角がある魔族は
死体から角を切り出して
こうして親族が持っておくんだ。」
「そうか。それがどうした。」
「…いちいち気に入らん奴だ。
お前、なぜ俺の親父が死んだのか分かるか?」
「分からん。」
「クズが。」
そんなことを言われても、
魔族でもなければ人間でもないセヴァルに
聞いても仕方のないことではないのか。
大医術者であるマリアに医術を
教わっていたとは言え、
魔族の死因など想像もできない。
それに、彼とセヴァルは今日この日に
初めて顔を合わせたばかりで、
彼の父親に至っては見たこともないのだ。
だが、そんなセヴァルに聞くことに
大きな意味があるということを
彼は言いたかったのである。
「お前に殺されたんだよ。」
先程とはまるで違う、
確かな殺意が籠った一撃が
セヴァルの体を貫かんと迫る。
避けるのは不可能。
セヴァルは腕を交差させて
正面からその攻撃を受けた。
あまりの衝撃にその部分の白衣は弾け飛び、
蒼銀の腕が露わになってしまった。
「さすがに頑丈だな。
親父が殺されちまうわけだ。」
致命傷にはならないが、
腕は治療をする上で重要なパーツだ。
これ以上彼の攻撃を受け続けていれば、
医術者を名乗れなくなってしまうだろう。
「魔王様が世界の魔石を求めて
人族の地に侵略を仕掛けた時、
お前のようなロボットが
多くの同胞の命を奪った。
俺の親父もそのうちの一人だ。」
当時はまだ子どもだったとは言え、
魔族の方から戦争を仕掛けたという
歴史は知っているようだ。
そしてその末にどうなったのかも、
痛みと共に知っているという訳か。
「親父はお前に殺された。
生物ではないお前には分からないだろうが、
自分の親の死体ってのは
相当に気味の悪い物なんだ。」
戦争がいかに残酷なものであるか、
それは経験した者はもちろんだが、
後の時代を生きる人間も
理解して然るべきだ。
戦争によって家族が死んだ者なら尚更。
そして、その家族の仇が目の前にいれば、
拳の一つや二つを握るのも無理はない。
だがしかし、それは逆恨みというものだ。
痛みを負っているのは片方だけではない。
「目的を聞いたな。答えてやろう。
俺は親父を殺したお前を殺すために来た。
そしてそのついでに、
魔力を生み出せるというお前の体を
故郷への手土産にしてやるんだ!」
確かに、セヴァルは多くの魔族を葬った。
戦争の最前線に立ち、戦った。
だが、それは人間を守るためであった。
もしセヴァルや彼女たちが
何もせずに傍観していたなら、
人間は魔族に滅ぼされていた。
いくら魔大陸の魔石が尽きたからといっても、
先に攻撃を仕掛けてきたのは魔族だ。
セヴァルはそれに抗ったに過ぎず、
しかもそれは彼女たちの指示であった。
責める相手としてはお門違いもいい所、
彼は過去から何も学んでいない。
「確かに私は多くの魔族を葬ったが、
それは私の正義に従った結果だ。
殺した魔族の中に君の父親がいたところで、
魔族である君に責められる筋合いはない。
だが、あの戦争のように
君が爪を向けるというのなら、
それを叩き潰さなくてはならない。
私はまだ消える訳にはいかないのだから。」
セヴァルはボロボロになった白衣を脱ぎ捨てる。
医術者として治療所で働くようになってから、
体の手入れ以外に脱ぐことがなかった白衣。
こうして全身を晒すのは、
本当に久しぶりのことである。
「かかってこい。蛮勇の魔族。」
「バラバラにしてやる!」
二つの拳が勢いよく衝突した。




