祭りの日
火を起こし、水を凍らせる魔術。
敵を切り、脅威を絶つ武術。
素材を加工し、物を創る錬金術。
傷を癒し、病気を治す医術。
この世界には様々な力や術があるが、
その全ては決して万能ではない。
天候を操ることなどできなければ
山を真っ二つに切ることもできず、
土を銀に変えることもできなければ
失われた命を復活させることもできない。
それらはあくまでも神の慈悲と
大いなる努力がもたらす小さな奇跡に過ぎず、
流れゆく運命からは決して逃れられない。
だからこの世界の人々は
少しでも多くの奇跡を手に入れるために、
毎日の努力を欠かさない。
「メア。一年に一度の大切なお祭りなんだから、
今日くらいはお勉強しないで
外で遊んできたら?
お小遣いもあげるから、ね?」
『大医術者マリア』
彼女が死んで200年以上が過ぎた今でも、
その名前は世界中の人間の記憶に残っている。
彼女がその生涯で残した様々な
医術の研究はこの世界の人々の
寿命を20年は伸ばしたと言われており、
それまで不治の病とされていた病気を
いくつも治すことに成功した。
現代の医術界の権威たちでさえ
追いつけないと言われるマリアの医術は、
人々の心に安寧をもたらし、
彼女の命日にはその栄光と偉業を称えるために
毎年世界中で盛大な祭りが行われている。
そしてそれは今日であり、
今まさに街はお祭りで盛り上がっていた。
まだ昼間だというのに、
人々は酒を酌み交わしながら
名前も知らない者同士で楽器を奏で、
ルールも何もない動きで
音に乗せて出鱈目なステップを踏む。
焼いたトウモロコシやガラス細工、
魔術用の杖、錬金術の材料などの
様々な屋台が客を呼び集めながら活気づき、
マリアを模した石像が
街のあちらこちらへ巡っている。
「窓開けてるから大丈夫。」
街はこんなにも盛り上がっているというのに、
少女は自分の部屋で机に向かったまま
時折窓の外へ視線をやるだけだ。
少女の同じくらいの年齢の子どもたちが
楽しそうに走り回っているが、
少女は羨むような素振りすら見せない。
「もう…この子ったら……。」
母親はいつも通りの娘にため息を吐くが、
それ以上は何も言わない。
勉学に励むのは素晴らしいことなのだが、
少女くらいの年齢であれば
子どもらしく外で遊び、
顔や服を汚して欲しいものだ。
そんな母親の思いなど知りもせず、
少女はひたすらペンを走らせる。
そしてしばらくすると、
少女は思い出したように本を閉じてペンを置く。
部屋着から外出用の服に着替え、
小さなカバンを肩に下げた。
「先生のところ行ってくる。」
「こんな日にも行くの?」
「こんな日でも行くよ。」
「メアはもう立派なお医者さんね。
それじゃあ気をつけて行ってらっしゃい。
セヴァルさんにもよろしくね。」
「うん。」
台所にいた母親に声をかけてから、
少女は街へ繰り出していく。
それが友達の所へ遊びに行くのであれば
母親も少し喜んでいたのだが、
行く先が行く先なだけに
手放しでは喜べなかった。
「お、メアちゃんじゃないか。
今日もセヴァルさんの所かい?」
お祭り騒ぎの街へ一歩出れば、
酒の匂いがする男から声をかけられる。
人口約16万人のこの街では
全員と顔馴染みになることは難しいが、
少々が街の治療所の人間というのもあって、
それなりに顔が通っている。
「うん。何かあったら来てね。」
「あぁ、メアちゃんは頼もしいね。
うちのバカ息子も少しは
メアちゃんを見習って欲しいよ。」
男に手を振り返し、
少女は目的の場所へと駆けていく。
お祭りの日ということもあって
いつもより人の数が多く、
見慣れない顔もちらついている。
カバンのヒモを堅く握り締めながら、
確かな足取りで急いだ。
「先生。」
街の中心から少し外れた住宅地の端に、
評判のいい治療所がある。
他の住宅より一回りだけ大きな建物は
白色で統一された質素な色合いに
素朴な創りをしている。
その治療所の裏口から入ると、
少女は師匠と呼ぶべき人物を探す。
だが、なにやら治療所内が騒がしい。
お祭りの雰囲気がここにまで
流れ込んでいるようだった。
「あれ、メアちゃん?
今日はエレーナさんと一緒に非番じゃないの?
でも、ちょうどいい時に来てくれた!
今ちょっとだけ手が足りてなくて、
酔い消しの薬作ってくれない?
とりあえず30人分くらい!」
どうやらお祭りの雰囲気にあてられて
飲み過ぎた人間がたくさんいるらしい。
一年に一度の大切な日とは言え、
まだ太陽が元気に輝いている時間から
こんな事態になっていようとは、
全く世話の焼けることである。
「分かった。」
本来の目的とは少し違うが、
少女もこの治療所の一員だ。
患者がいて少女の手が必要だと言うなら、
考える間もなく行動するのみだ。
少女はすぐに二階のロッカー室へ向かうと、
上着を脱いで白衣をまとい、
ロッカーにカバンを押し込んだ。
ドタバタとした騒がしい中に紛れて
急ぎ足で薬の調合室に入り、
必要な材料を棚から取り出す。
乾燥させたサキ貝の殻、
細く削ったのジンキンの根っこ、
香りのいいラバンの葉、
そして水分を多く含んだソソロ豆。
「あれ…ソソロ豆がもうない……。」
棚を引っ張り出してひっくり返しても、
とても30人分には足りそうにない。
この量では出来ても10人分がいいところだ。
いつも材料の残量を確認しているのは
カリッサのはずだが、
そういえばカリッサはここ数日、
実家の家族と共にお祭りの準備で
忙しくしていた気がする。
「どうしよう…。ソソロ豆は新鮮のじゃないと
水分が足りなくて失敗しちゃうし……。」
少女とて一人の医術者であり、
『人間は失敗から学ぶ方がいいだろう』
という師匠の教えから
修行や練習の中で数多の失敗を経験している。
ソソロ豆の予備は残っているが、
酔い消しを作るには少しばかり
新鮮さと水分に欠けている。
このソソロ豆を使ったところで、
ただの不味い液体が完成するだけだ。
しかし、薬作りを任された以上、
どうにかしなくてはならない。
うーんうーんと少女は頭を悩ませる。
……そこへ、彼は不意に現れた。
「代わりにオーシ豆を入れて、
ヒズラシの種と茎を混ぜるといい。」




