追放者の行方
彼女たちが森に追い出されてから
あっという間に時は過ぎていった。
とは言っても、暦を把握することは
早々にやめてしまったので、
あれからどれ程の月日が過ぎたのかは
よく分かっていない。
だが、4人の少女しかいなく、
森にある物以外の物資も『ほとんど』
手に入らない中でありながら、
彼女たちは更なる高みへと達していた。
その『ほとんど』というのが重要で、
このシニーツィン大森林には時々、
人間がやってくることがある。
そしてその彼らをどうするのかと言えば、
無論話し相手でも協力者でもなく、
彼女たちの貴重な『資源』として使うのだ。
「つ、強い…!何なんだよ、お前は……!」
およそ半年ぶりに生きた人間に出会い、
そして一方的にボコボコにしているのは
武術家のマーシャである。
彼女は鍛錬も兼ねて森を歩き回り、
遭遇した魔物や獣と戦っていた。
もはやただの魔物では満足できず、
久しぶりに人間と戦えることに
期待するようになっていたのだが、
武器を持った大人の男が相手であっても、
彼女を満足させるには足りないようだった。
息一つ上がっていないマーシャを睨みながら、
男は地面に膝をついた。
男の服装を見るに帝国の首都の
出身であるようだが、
どうやら帝国の情報統制は
エードスの思惑通りに上手くいっているようで、
マーシャのことは知らないらしい。
彼女たちの存在を抹消して
森に追い出したことを許した覚えはないが、
きちんと統制が取れているなら
今のところは納得しておこう。
「唐突な質問で恐縮なのですが、
貴方のご出身はどちらですか?」
「出身だぁ?なんでそんなこと聞くんだよ。」
「まぁまぁいいじゃないですか。
私は戦う相手方のことを
きちんと知っておきたいのです。」
「…俺は帝国の貴族の産まれだ。
もっとも、博打のイカサマがバレた挙句に
死の森に追放されるようなクズだがな。」
なるほど、それは確かにクズだ。
彼のような人間であれば何をしたところで
良心が痛まないので助かる。
ただ、そんな話を聞かずとも
帝国の人間というだけで
彼女たちは対等な会話をしない。
自分たちをこんな所に追い出した帝国を
彼女たちは誰も許していないのだから。
「教えていただいてありがとうございます。
それでは、さようなら。」
マーシャの手刀が男の腹に刺さる。
おそらくこの速度では、
男はマーシャに攻撃されたことさえ
認識できてはいないだろう。
それだけ速く、確実な一撃だった。
マーシャは男の手足を拘束すると、
彼女たちが住む隠れ家に戻って
ある部屋の中に置いてある
平らに整えられた岩の上に
実験動物のように転がした。
「ふぅ、確保完了ですわ。」
捕えた男の服や体はボロボロで、
ろくな装備品も持っていない。
そんな格好でこの森に来るということは、
どうやら本当に追放されたようだ。
だがそんなことはどうでもいい。
この森に入り込んで
その後どこにも現れないとしたら、
男を追放した者たちは男がこの森で
魔物にでも襲われて死んだと思うだろう。
シニーツィン大森林という場所には
それだけの説得力がある。
だが、ここで彼女たちに捕まったのは
不幸の中の不幸と言えるだろう。
魔物に襲われて死ぬよりも
残虐な未来が待っているのだから。
「マリア、久方ぶりの人間ですわ。
いつも通り好きにしてくださいな。」
場所はシニーツィン大森林のどこか。
…にある彼女たちの隠れ家だ。
長い探索活動の成果として発見した
洞窟を大胆に改造して、
マリアやクレアの実験室などの
住みやすく適した空間を実現させた。
食事を作るのは主にマリアだが、
マーシャが森の中で獣を狩り、
クレアとソマリが野菜を育てている。
洞窟の外に木で囲んだ風呂場もあり、
少し離れたところには
ソマリが魔術の試し打ちをするための
拓けた場所も整っている。
「人間か、これは助かる。」
マリアの実験室に運ばれた男。
彼で一体何をするのかと言えば、
当然医術の実験以外の何でもない。
用意されたたくさんの治療器具と薬。
実験室にはバラバラに刻まれた
動物の体のような物もあり、
異様な空気が漂っている。
普通の神経を持っている人間なら、
全身の毛が逆立つような
嫌悪感を抱くことだろう。
目を覚ました男は、
あまりに現実感のない現実に
頭の整理が追いついていないようだ。
「こ、ここは…?おい…一体何を……!」
「案ずるな。痛むことはない。」
「だから、何をする気だって聞いてんだ!」
「それは聞かぬ方がいい。
仮に教えたところで理解できんだろうしな。
だが安心するといい。
ここでお前の命が消えたとしても、
後に多くの命を救うことになるのだからな。」
この森に人間が来ることは稀だ。
だからこの機会を逃す訳にはいかない。
いくらマリアが天才で
優れた医術を開発しようとも、
実際に人間に試してみないことには
その治療を確立させることはできない。
様々な治療や薬を作り試すために、
健康な人間の体を病気にすることだって
できるようになったのだ。
彼は、それを確かるための実験体。
「それでは私は行きますわ。
良い報告を楽しみにしております。」
「あぁ、任せておけ。」
実験室を後にするマーシャ。
その背中に男の悲鳴が響く。
「や、やめろ───……!」
「お〜、久しぶりに人間の悲鳴聞いたよ。
麻酔するから痛くなんてないはずなのにね。
そうだマーシャ、新しい武器作ったんだけど
試してみてくんない?」
「はい、もちろんですわ。」
これが彼女たちの日常だ。
才能に溢れているだけで
産まれた故郷から存在を抹消され、
魔物が蔓延る森に追い出されてなお、
絶望するどころかその環境に適応して
更に自分たちの才能を伸ばしている。
ただ、この頃にはすでに魔族の軍勢が
人間の生活圏を侵略しようと
行動を開始していた。
ベオムールがその戦火に
巻き込まれることになるのは
もう少し先になることではあるが、
彼女たちの穏やかな日常は
魔族との戦争が始まるまでの間だ。




