すれ違い
「ノーナ、ケガはない?」
サラの市場から離れて
治療所へ向かう前に、
メアはノーナへ声をかけた。
あれだけの距離に接近されたのだ。
もしかしたらどこか
傷をつけられているかもしれない。
もしそうだとしたら、
この一連の騒ぎが収まった後で
テルーロの全身を医療刃物で
ズタズタに斬り裂いてやる必要がある。
「うん、大丈夫。
メアのおかげで助かった。ありがとう。」
「良かった。」
どうやらケガはないようだ。
これが幸い中の不幸というやつか。
日々の鬱憤を晴らす機会がなくなった。
「これより、セヴァルさんの治療所へ向かう。」
小隊の編成が決まり、
大まかな方針も固まったようだ。
カルムが先頭で全体を先導し、
メアたち少女が追いつける速さで
セヴァルのいる治療所へ走る。
「二人共すごいですね。
あのレン隊長に褒められてましたし、
即席とはいえ僕たち武術部隊の
中核に入ってしまうなんて。」
先頭で舵を握るのはカルム。
その真後ろにいるメアとノーナを
守るようにひし形の陣形を取り、
街を駆けている途中で
二人に話しかけてきた者がいた。
歳はカルムと同じくらいか、
部隊の中でもかなり若そうだ。
「僕も始終見てましたけど、
男を倒した時、何をしたんですか?
レン隊長には見えてたらしいんですけど、
弱い僕には全く見えなくて。
良かったら後学のために教えて下さいませんか?」
単に向上心が高いのか、
それとも治療所に着くまでの暇つぶしか。
話すとなると少しばかり長くなるような
話題を振ってきた。
別段隠すことでもないのだが、
今はそんなことを語るよりも
優先しなければならないことがある。
だが、ここで何も話さないのは
二人の信用を欠くことに繋がる。
ノーナもメアと同じ結論に至ったようで、
少しだけ考えてから、
短く答えることにした。
「意識を朦朧とさせる麻酔を打っただけです。
一瞬の隙を作るためにレンさんや
カルムさんが協力してくれましたから。」
「へー、麻酔かぁ。
あ、そう言われて思い出しました。
二人共セヴァルさんの治療所で働いてますよね?
酔っ払った先輩を連れて行った時に
見かけたことがあります。」
なんだか、初対面だというのに
随分と距離感の近い男だ。
メアとノーナが部隊に馴染めるようにと
気を遣っているのかもしれないが、
状況が状況なだけに
懐疑的な目を向けざるを得ない。
「総員警戒。間もなく治療所に到着する。」
無駄なことを喋るのは終わりだ。
すでに治療所が視界に入っている。
セヴァルやフィレーテは無事だろうか。
セヴァルならどんな刺客が相手でも
大丈夫だろうという安心と、
そのセヴァルでも手に負えない
刺客なのだろうかという不安が
メアの心を掻き乱している。
メアとノーナはお互いの手を握り、
セヴァルとの再会を祈った。
――――――――――――――――――――――――
時間は少しだけ遡り、
サラの市場にテルーロが
現れたという知らせが治療所に届いた頃。
フィレーテを膝の上に乗せながら
セヴァルは部屋で指の手入れをしていた。
そして治療所に慌ただしい声が響くと、
待機していた武術部隊は
万が一に備えた三人だけを残して
市場の方へと駆け出していった。
「セヴァルさん、安心してください。
侵入者の一人や二人、
我々にかかれば楽勝ですから。」
「あぁ、頼りにしている。」
街にやってきた侵入者は一人。
170を超える武術部隊は
日々の鍛錬を欠かさない手馴ればかりで、
剣や槍などの武器戦闘だけでなく
魔術による遠距離の戦闘も隙がない。
日常的に使える術は少ないが、
その分戦闘に特化している。
ただの流れ者如きが相手なら、
まず遅れを取ることはない。
すでに武術部隊が市場を囲んでいるだろうし、
男が捕まるのも時間の問題だ。
「じきに閉鎖も解除されるだろう。
迅速に患者を入れられるように
用意しておくか。」
フィレーテを抱えながら立ち上がり、
セヴァルは部屋を後にする。
治療所の表の入り口を開けて、
明るい太陽を見上げた。
「う〜…眩しい……。」
眩しさに両手で目を覆うフィレーテ。
お尋ね者が現れたことで
街の空気がヒリついているのを
肌ではない肌で感じて、
セヴァルは遠くの空へ視線を向ける。
「ふむ…。」
……街に異物が入り込んだか。
言葉には出さないが、
セヴァルは感じ取った。
セヴァルが彼女たちの死後から
ずっと守り続けてきたこの街に、
人間ではない存在がやってきている。
だが、移動している気配はない。
なるほど。どうやら誘っているらしい。
この気配を感じ取ることができるのは、
一度でも彼らに会ったことのある
セヴァルだけだと分かっているのだ。
そうなると、治療所が狙いだというのは
ただのブラフだったか。
「フィレーテ、護衛の人間たちと共に
ここで大人しく待っているといい。
私には行かなくてはならない所がある。」
「は〜い。」
フィレーテを降ろし、
残っていた護衛たちに声をかけた。
「片付けなくてはならない用がある。
ここの守りは任せる。」
護衛たちは最初こそ戸惑っていたが、
多くを聞いてくることはなかった。
手配書の男は捕まるだろうし、
セヴァルなら一人であっても
大丈夫だろうと思ったのだ。
治療所に残る武術部隊に見送られながら、
セヴァルはある場所へ向かった。




