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人質

市場は大きな喧騒に包まれ、

人々は買い物どころではなくなった。

だが、それは決して逃げ惑い、

混乱に陥ることではない。

周囲にいた人間の中で、

足や声に自信のある者は駆け出して

市場以外の場所へ男の出現を拡散する。

カルムのような武術部隊に属する人間以外にも、

フライパンなどの調理器具や

余っていた動物の骨を手に男の周囲を囲んだ。

男も女も関係なく、今立ち向かえる人間は

全て自分の力を武器に戦う。

それがこの街の人間だ。

辺境の街。廃れた街。見離された街。

そんなものは外から見た

ただのイメージに過ぎない。

少女であるメアもすぐにカルムの後ろに回り込み、

じっと男の出方を見る。


「……まさかここまで順応とは。

話に聞く限り、あくびが出るような

楽な仕事を想像していたんだがな。」


誰も指示なんてしていない。

それぞれが自分で判断して、

自分にできることをやっている。

これがどれほどすごいことなのか、

おそらく街の人間は分かっていない。


「もう一度言う。その子を離せ。」


「これが俺の仕事だからな。

そう簡単に従うことはできん。」


男とカルムの睨み合いが続く。

その間にメアは頭を働かせて

男の目的を推測する。

すでに男の手配書が街の至る所に

これでもかと貼り付けてあり、

街の人間が男の存在を警戒していることは

目に見えて分かることだ。

それなのにこんな朝の時間に

しかも堂々と現れるなんて、

何かの意図があるに違いない。

果たしてそれが何なのか。

そういえば、男は自分の顔を

手配書とは違うものに変えている。

そこにヒントがあるのか。

いや、おそらく顔を変えた理由は単純だ。

街の至る所に貼られた手配書。

その顔と別人のようになることで、

こんな所まで入り込むことができたのだろう。

顔を変えたのは潜入のため。

ならば、なぜこの時間にこの場所なのか。

人の多い時間帯に、

食料品しか置いていない市場。

近くにはアイテム店と武術部隊の本拠地。


「武術部隊の本拠地……?」


そうだ。ここのすぐ近くに

街の治安と平和を守る武術部隊の本拠地がある。

こんな場所で騒ぎを起こしたなら、

ものの数分で囲まれるのは当然だ。


「武術部隊以外の人間は下がっていろ。」


「おお!レン隊長!」


騒ぎを聞きつけた武術部隊が到着して、

男の周囲を隙のないように囲む。

その先頭に立ったのは、

武術部隊隊長であり街の代表の内の一人だ。

名前をレン・リューカ。

22歳という若さでリューカ家の当主となり、

父親から受け継いだ武術と

冷静さを失わない心を持っている。

若いというのに誰より勇敢で、

街の人間からの信頼も厚い。


「お前が隊長か?随分と若いな。」


「若いからと油断しないことだ。

俺はこの街の誰よりも強い。」


「お前のような奴を何と言うか知っているか?

井の中の小さな蛙だ。」


ノーナが人質に取られているため

すぐに捕えることはできそうにないが、

集まった武術部隊の人間は30を越えている。

決して逃がしはしないと、

固い決意の下で団結している。

もう少し時間が経てば、

街全体に散らばっている武術部隊も

ここへ集まってくるだろう。

そうなればもう袋のねずみだ。

男が逃げ延びることはない。

だが、囲まれているというのに

男は涼しげな表情を浮かべたままだ。

まるで、武術部隊に囲まれることが

男にとって好都合であるかのように。

その思考に至った瞬間、

メアの脳裏にある仮説が立つ。


「まさか、共犯がいるの…?」


人が集まる時間の市場。

そこで騒ぎを起こし、武術部隊に

自分のことを囲ませる。

もし、男に共犯となる者がいて、

その人間が本来の目的を果たそうと

暗躍しているとしたら。

確証なんてものはない。

ただの推測で、あるかもしれない可能性の話だ。

しかし、ここで男と対峙する中で

少しでも情報を引き出すことができたら、

推測は確信に変わるだろう。


「…どうした、メア。」


メアはこっそりとカルムの服を引っ張り、

男には聞こえないような小さな声で

メアが考えていることを伝えた。


「なるほど。この男は囮か。」


もし、この男の目的が陽動にあるのなら、

武術部隊がここで足止めされる訳にはいかない。

少数だけでもここから離脱して、

治療所に向かうべきだ。

だが、その前にやることがある。


「おい、お前の名前はなんだ。」


一歩だけ前へ出て、

カルムは剣を構えながら言った。

何を勝手に、と言いたげなレンが

カルムの方へ視線をやるが、

後ろから覗いていたメアと目が合って

その必要性を感じ取った。


「俺の名か?名はテルーロだ。

お前らの描いた下手くそな手配書に

書き足しておくといい。

この世界で最も優雅な男だとな。」


「安心しろ。お前の手配書は今日限りで

ただの似顔絵になるからな。」


バチバチと火花が散っているように

鋭い視線を交わす二人。

少しでもテルーロの気に障れば

ノーナの命が危ないという状況でありながら、

カルムは強気な態度を崩さない。

それもそのはずである。

今この状況において、

テルーロはノーナを殺せないのだから。

テルーロの目的が武術部隊の足止めにあり、

そのためにノーナを人質にしている間、

足止めの切り札としてノーナを

手元に置いておく必要がある。

だから、少し強気な態度をとっても

問題になることはない。

ただ一つこの作戦に穴があるとすれば、

それはそもそもテルーロの目的が

足止めではない場合だ。

足止めでなければ、人質を残す必要もない。

つまり、今カルムが強気な態度をしているのは、

テルーロがノーナを殺す気があるかどうかを

見極めるための演技に過ぎない。

もし、カルムが何を言ったところで

テルーロがノーナを殺さなければ、

メアはここから離れる。

おそらく治療所に向かっているであろう

テルーロの共犯者を見つけるために。

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