市場
街から外れた森の中。
月が明るく空を照らす時間。
人の気配のない岩の陰で
二人の男が言葉を交わしていた。
「見ろ、もうお前の手配書が出回っている。
辺境の地だからと甘く見ていたが、
どうやら余裕ぶっこいている場合じゃないらしい。
万が一にも任務を果たせなかったとあれば
俺もお前も容赦なく殺されるだろうし、
多少強引な手を使ってでもやるしかない。
明日、計画を実行するぞ。」
一人の男の手には今ベオムールを騒がせている
お尋ね者の男の手配書がある。
その手配書をちらちらと煽り、
やがてそれを炎で灰にした。
「あぁ、分かった。」
もう一方の男の頭はボサボサとしていて、
瞳には生気をほとんど感じない。
手配書に描かれている男だ。
男は話が終わると同時に頭に手を伸ばし、
持っていた薬剤を使って髪を綺麗に整える。
髪型をこうして変えるだけで、
人の印象というのは大きく変化するものだ。
同一人物でありながら、
その容姿は全くの別人である。
「この街の宝を奪いに行くぞ。」
――――――――――――――――――――――
朝、メアとノーナ、カルムの3人は
街の中心にある農産物販売所に来ていた。
ここは囲いに覆われた大きな市場になっており、
街の農家が作った野菜の他にも
肉や乳製品などの食料が集められ、
毎日たくさんの人々が買い物に訪れる。
特に決まった名前がある訳ではないが、
街に住む人間はここのことを
サラの市場と呼んでいる。
現在において、この販売所でボスを
やっているのがサラだからである。
ボスは街の人間の投票によって決まり、
その任期は3年で満了なのだが
彼女の手腕と優しさは評判が良く、
ここ十数年はずっとサラが選ばれ続けている。
更には、サラの市場と向かい合うように
建てられた超大型アイテム店である
クレアの店の店主スイナも同じ制度によって
18歳で店主として選ばれており、
有事の際には街の代表の6人として
街会議に参加することになっている。
そして、その二つの大きな店に挟まれているのが、
街の治安を守る武術部隊の本拠地だ。
常に交代で誰かが待機しており、
どんな時にも迅速に行動できるようにしている。
「おぉ、メアちゃんにノーナちゃんじゃないか。
今は色々と大変じゃろうが、よそ者に負けんように
これでも食べて元気出しておくれ。」
「ありがとう。ドルトンさんも無理しないでね。
また腰が痛くなっても、治療所は閉鎖中だから。」
市場を歩けば、こうしてすれ違う人間が
お互いを気遣いながら交流する。
この街の人間同士の繋がりこそ、
外から来た害を打ち払うのに
とても大きな力を発揮する。
ドルトンからじゃがいもをもらい、
他にも鹿の肉やたまねぎ、にんじんなど
エレーナに頼まれた買い物を次々と巡っていく。
「買い物終わり。帰ろ。」
ただ、男手であるカルムの今の役目は
メアとノーナの護衛をすることなので、
剣以外の荷物をほとんど持てない。
多少荒っぽい扱いをしても大丈夫な
干し肉とじゃがいもの袋だけを担いで、
常に周囲へ鋭い視線を光らせている。
街の治安を守るために
穏やかな街の様子を毎日のように
眺めてきたカルムにとっては、
行き交う人々の顔は見慣れている。
そこへ覚えのない顔が混じれば、
直感的に捉えることができる。
それに、手配書に描いてあった顔は
紙に穴ができる程に記憶している。
そうそう見逃すはずがない。
自信をもってそう言える。
……だが結果として、
その努力が仇となってしまう。
「…お嬢ちゃん、また会ったな。」
「───っ!」
まさに一瞬の間の出来事だった。
カルムが持っていた袋を離して
地面に落ちるまでの1秒にも満たない時間。
ノーナの背後に突如として現れた男は、
彼女の喉元に刃物を突きつけて
目の前にいるカルムを睨んでいる。
対するカルムは剣を構え、
その剣先を男へ向けていた。
ずっと気を張っていたカルムの
直感さえ置き去りにする程の身のこなし。
この男、ただ者ではない。
「……えっ?」
「…っ!ノーナ!」
自分の身に何が起こったのか、
当の本人であるノーナも
理解するのに時間を要した。
喉元に当てられた冷たい感覚。
ノーナの動きを封じるように、
男に肩を掴まれている。
そして、ゆっくりと顔を上げて
背後にいる男の顔を見た瞬間、
ノーナの全身は凍りついたように
動かなくなってしまった。
「あ、あなたは……昨日の…。」
手配書に描かれていた男。
ノーナは直接その男の顔を見ているが、
背後にいる男とはまるで別人だ。
綺麗にまとめられた髪に
やる気に満ちたような熱い瞳。
もはや似ても似つかないと言ってもいい。
だが、ノーナにはこの男が
今この街を騒がせている人間だと
判別することができた。
「ほう、俺に見覚えがあるか。
少しは時間を潰せると思ったんだが、
こうも早く第一の関門を突破されるとは。
子どもの記憶力を侮ったか。」
たとえ姿形が変わろうと、
変わらないものがあるのが人間だ。
性格や好みなどの内に秘めたものは、
そう簡単に変えられたりしない。
魔術や医術もその類いだ。
近距離にいる相手の魔力回路に干渉し、
動きを制限することができる魔術。
今ノーナの体が動かないのは、
この男の魔術によるものだ。
昨日ノーナが遭遇した時、
全く同じ魔術をこの男に使われた。
背筋が凍るようなこの感覚が何よりの証拠だ。
「その子を離せ。」
カルムの低い声が響き、
男は不気味に笑って応えた。




