誓い、金と銀の指輪に込めて
朝の陽が、緩やかに学院の宿舎の窓から差し込んでいた。カーテン越しの光は、まるで春の精霊が揺れるように柔らかく、静かな風と共に室内へと注ぎ込んでいる。
ベッドの上で仰向けになったまま、ユーリ・フォン・コーリングは、ぼんやりと天井を見つめていた。夢の続きのように心に残っている、昨日の出来事を繰り返し思い返している。
——創造の加護で編み出した、二つの指輪。
それを、リディアとアリアの薬指に贈ったこと。
無垢な笑顔と驚き、そして、微かな涙と照れた仕草。
その一瞬一瞬が、まるで宝石のように彼の記憶に刻み込まれていた。
「……あれって、やっぱり渡してよかったんだよな……」
自問するような声が、誰もいない部屋に微かに漏れた。知らなかったとはいえ、指輪を薬指に贈る意味。それが“プロポーズ”と同義だというこの国の文化——今となっては否応なく、それを知ってしまった。
(でも……後悔はしてない。たとえ形式がどうであれ、俺の“想い”は本物だったんだから)
その時——コン、コン、とドアを叩く控えめな音が響いた。続いて、柔らかく扉が開き、金色の髪が差し込む朝日に煌めいた。
「ユーリ。起きてる? 今日は出かけないの?」
顔を覗かせたのは、リディア・アーデルレインだった。制服ではなく、ややカジュアルな薄桃色のワンピースを身にまとっている。金糸のような髪は丁寧に編み込まれ、横顔の線がどこか少女らしく、どこか大人びて見えた。
「ん、ああ。起きてたけど……ちょっと考え事してた」
「……昨日のこと、でしょ?」
リディアはそっと部屋に入ると、迷いなくユーリの隣に腰を下ろす。何気なく組んだ脚の動きにさえ、妙な緊張感が宿っていた。
「ねえ、ユーリ。昨日も言ったけど……あれ、どういう意味か分かってるわよね?」
「え? あれって?」
リディアは一瞬ためらうように瞳を伏せ、それからふっと小さく息を吐いた。そして、おもむろに左手を掲げる。その薬指には、昨日贈られた金の指輪が、柔らかく光を返していた。
「……指輪よ。あんな形の、しかも薬指に贈るものは、この国じゃ普通“結婚の申し込み”なの。……あんた、ほんとに知らなかったの?」
「……マジで、知らなかった」
ユーリは頭を抱え、苦笑した。だが、それでも胸の奥には、不思議な温かさが広がっている。自分が知らずに踏み込んだこの想いの領域を、後悔ではなく——受け入れたい、守りたいという衝動が支えていた。
そんな彼の迷いに応えるように、もう一つの小さな足音が廊下に響き、扉の隙間から銀の光が差し込んだ。
「おはよう、兄様」
控えめに姿を見せたのはアリア・グランシュタイン。夜の名残が髪にわずかに残っており、それを小さな白帽子で整えようとしていた。今日の服装は、淡いクリーム色のワンピースに、薄青のカーディガン。手には花模様のハンカチが握られていた。
「おはよう、アリア。昨日、疲れたりしてないか?」
「ううん。とっても……幸せな一日だったよ」
微笑んだアリアの目元が、わずかに潤んで見えたのは、光のせいだろうか。リディアが小さく咳払いをする。
「ねえ、アリア。ユーリにそうやって甘えるの、ちょっと早すぎない?」
「えっ……だ、だって、兄様……昨日、指輪を……」
その言葉に、再び室内の空気がわずかに引き締まった。リディアもアリアも、ゆっくりと視線をユーリに向ける。
「ユーリ。はっきり言うわ。私たち——あなたに、“選ばれた”って思ってる」
「……わ、私も……。あの指輪、すごく大事にしてるし、兄様からもらったものなら……私、なんでも受け止めたいの」
アリアの言葉は、柔らかく、しかし明確だった。
「えっと……この国では、そういうの、自由なんだよな? 貴族でも、重婚っていうか……一人に縛られず、想いで結ばれることもあるって——」
「そうよ。選んだ数だけ、選ばれた数だけ、想いは形になるの」
リディアが目を伏せ、ほんの一瞬、微笑んだ。
「でも、それには“責任”が伴うのよ、ユーリ」
「責任……」
「そう。私たちを、ずっと大切にするっていう、覚悟のことよ」
彼女の瞳は真剣だった。アリアも、そっとユーリの手を取るようにして微笑む。
「兄様なら……きっと、守ってくれるって思ってる」
静かな沈黙が流れた。春の陽射しが窓から差し込み、三人の姿を柔らかく照らす。
ユーリは、小さく息を吐いた。そして、二人の肩に、それぞれそっと手を添える。
「ありがとう。……俺、まだ知らないことばかりだけど、それでも、二人と一緒にいたい。これからもずっと。誰にも奪わせたりしない。絶対に、守ってみせる」
その一言が、空気を変えた。リディアはわずかに唇を震わせ、アリアは小さく、でも確かな喜びの笑みを浮かべた。
——それは、言葉に頼らなくても、想いが伝わる瞬間だった。
まるで、三人の心が、ひとつの輪で繋がれたように。
けれど、その温かな誓いを、遠くから見下ろす視線があった。
夕暮れの帳が落ちる頃——学院の外れ、小高い丘の上に、黒衣の影が静かに佇んでいた。
その手には、古びた地図。そして、不気味に輝く紅い魔石。
魔石に映るのは、金髪と銀髪、そして黒髪の少年。
「……見つけたあれがターゲットか。次は、女たちを……」
空が、静かに色を変える。
愛と誓いの裏で、破滅の前兆が静かに牙を剥き始めていた——。




