糺の森 寛政の土一揆 決戦前夜
蓮田兵衛陣
蜂起より数ヶ月、数は数万に膨れ上がった。
元より死を覚悟した蜂起。
その勢いは凄まじく。
人の波に全てが呑み込まれていく。無敵であった。
腹が満たのは良い事じゃ。
飢えは辛い。
子供が笑って暮らせる世作れるじゃろうか?
蔵を襲うのは辛い。
彼方にも子供は居るのじゃ。
今まで我らから奪って来たのだと納得させた。
自分をじゃ。
旗を作った。
我らの志しを示さねばならん。
徳政の旗とわしが描いた子供が笑っている絵の旗じゃがわしの旗は、様わからんと笑われておった。
ぬかせ我が志しじゃ。
こないだわ東寺をとった。
歴史に書かずにはおけなくなったであろう。
では、糺の森にてこの世に神に問うといたそう。
道賢陣
夢を見ていた。
若者が問うていた。
「道賢殿は骨川と言われて気にはならないのですか?」
「名には意味がないのう。」
「歴史に名前を残したいとも思わん。」
「名がわしを表すのではないわしが示すのじゃ。
天下の足軽大将とでも載るのかのう?
死んだ後の事に興味はないが。」
若者が笑った。
人懐っこい笑みじゃ。
「奇遇ですね。我が一族も名には拘らないのですよ。私の元服の時の名は教景です。
祖父と一緒ですよ。
使い回しも良いところです。」
「教景が6人位居るかな?私もまだまだ変えるでしょうね。」
「ほう、奥州の伊達も政宗を使い回すとは聞くが、そちは7代目であろう。なんとも多い。」
「名に拘る事もありませんよ。」
「武衛殿等武衛と言う権威に頼り過ぎです。」
「権威は実力があってこそのものです。」
「いやあ権威もなかなか使える。足利殿が武家の棟梁と言われる理由が分かるか?」
「道賢殿は歴史にも詳しいと。
是非お教え願いたい。」
「源氏21流で奥州討伐で名を挙げたるは、源の義家。」
「頼朝は孫じゃな。関東に頼朝が来た時、周辺には武田、今川、佐竹、吉良、新田、足利と同格がおった。」「ここからは記録にわしが追加した物じゃ。
まず、義家じゃが関東は藤原と平家の割拠する地であった。」「当然じゃな帝の子が臣下となるのは平家が先で朝廷の財政が逼迫しすぐ臣下にせねばならなくなってからが源氏じゃ。」「関東等平家で溢れておった。」
「この関東で将門の乱が起きる。」「剛勇無双の将門が流れ矢で死ぬとは。いや、流れ矢で死ぬ者は意外と多いな。」
「乱鎮圧後、平家本家は伊勢に蟄居する。」
「これが伊勢平家じゃな。」
「関東は本家不在となった。」
「そこにやって来たのが頼家で奥州討伐の大義の下関東武者と侍従関係を結ぶ。」
「わしが大事と思うのはその後じゃな。」
「奥州征伐後、勝手にやった事と恩賞を出さない朝廷に対して義家は自分の領地を部下に与えた。」
「北条も元寇の後自分の領地を分け与えていれば倒れなかったと思うぞ。」
「あー足利だったな。頼朝が鎌倉に来た時、足利義兼は真っ先に臣下となった。」「他の源氏が敵対し謀殺されたりする中な。」「頼朝は喜び政子の妹時子を与え常に傍に置いた。自分が棟梁なのは足利も認めていると言う証拠じゃな。」
「何がいいたいかと言うと結局北条の一族となり頼朝直系断絶後、幕府内部で源氏の棟梁と認められて来た事が生きたと言う事じゃ。」
「好き嫌いや誇りよりも結局は力を養い権威を纏った者が勝つように世は出来ておる。」
「後は使い時かな?」
若者は暫し考え頷いた。
「やっぱり貴方と話して良かった。」
「学びました。」
破顔。
くしゃくしゃっと笑いおったな。
そうじゃった武衛殿の守護代で甲斐氏織田氏に次ぐ身分となったとか。
長禄合戦か。
学んだ様じゃな。