咲良の事2
旦那様が何か考えてらっしゃる。
「どうか致しましたか?」
「おう、咲良かいつも苦労をかける。」
「何をおっしゃいます。」
「足りぬ処はございませんか?」
「いや、充分じゃ。家の中は躓かず動ける様になった。何時も片付け済まない。」
「何をおっしゃいます。」
「名前も頂きありがとうございます。もう、私はおい!でもなんでもありません。」
「ただ、何故すぐ散る花の名前なのかとは思いましたが。良く見れば美しい花でございますね。」
「うむ、散る事を美しく感じるは佐々木道誉殿等のバサラに始まる事故まだ浅い。
自分のとこより枝振りが良いと他の木を切る等童のようじゃが。」
「ホホ。大きい大人でございますね。隣国の京極様のご先祖とか?」
「五カ国の太守であられ政所を7回も務めておられる。戦うにはやっかいな。」
「戦うのでございますか?京極様と?」
「いや、可能性じゃ。」
「此度、堀江景用の名を賜わった。」
「勝つ、算段はせねばならぬ。」
「旦那様、旦那様は敵を見つける事さえ叶わぬ身ですよ。いつぞや言っていたではありませんか。刀を取り落としたら死んでしまうと。」
景用
「何?雷神立花道雪の例もある。常在戦場。かの御仁は雷に打たれ下半身が麻痺しておっても御輿で戦った。わしは自分の可能性を信じる。」
「で、咲良。耳を貸せ。」
「はい」
「これから我らが挑むは尋常のものではない。準備が必要じゃ。」
中国にて4百万対8千の戦いであったと言う昆陽の戦い。応仁記曰く朝倉の勢数百であったと。
果たして可能か?
曰く何故ただの武家屋敷が東軍の攻撃に全く落ちぬ。
曰く、そこに朝倉孝景が居るからとしか説明がつかず。




