第8話:出発前夜
現実は小説より奇なり。その根拠を一つ示してみる。突然だが地球の身になり切って欲しい。分かりやすく、地球46億年の歴史を1年に圧縮してみる。1月1日からはじめて、現在を大晦日のラストだとする。すると、人類が誕生したのは大晦日の午後4時半になるらしい。さらに、現在の人間の直接の祖先ホモサピエンスが生まれたのはもう紅白も終わった後の大晦日の11時半過ぎ。これで行けば、人類の歴史は30分も無い。その30分間に如何に人間が目まぐるしく進化し、今の私達が在るのか?地球からすれば、想像しようにも出来ない程に奇妙な現実、ではないか?
その落とし物は鈍く光を放っているあたり、ちょっとした宝石のようだった。
手のひらサイズで触り心地もツルツルしている。
寸分狂い無い正確な星形をしていて、そのど真ん中に小さいサイコロがくっ付いている。
サイコロの部分は透き通った水色。星型の部分は平べったく、出来損ないの流れ星のような、淡い黄色。
変わった形の宝石だった。
ここに放っておく訳にもいかない。
次にクワーゼットに会ったら返してやろう。
そう思って、その宝石をポケットに突っ込んだ後、一息ついた時。
急に目の焦点が合わなくなって、再び意識が閉じていった……
◇ ◇ ◇
「まったく、じいやは。
どうしてこいつをここまでひいきするのやら。
自分のところまで連れ帰るなんて、よっぽどだ。
そもそも、私はこんな奴を待ってこの真っ暗な中でじっとしていた訳ではない。
人間など砂の数ほどいるだろうに。その中にはもうちょっとマシな奴だっているだろう。
私のため、と思ってやってくれてるんだろうけど、それにしても……」
次に目を開けたのは、またしても真っ暗闇の中。
気づけば、聞き覚えのある声が近くで一心不乱に愚痴をこぼしているところだった。
「私にだって選ぶ権利ぐらいだってあるだろう。
そりゃあ、じいやがこれまでに間違ったことなど一度も無かった。
けど、それにしても今回のは唐突すぎる。
もう少し、前触れみたいなのがあってもいいじゃないか。
私が見極めて……」
こちらには気づいているのかいないのか。
ま、シェワードの姿がこの暗闇で見えるはずもなく。
「あの、シェワードさん?」
仕方なく、そっと声をかけてみる。
「……ん、起きたか。
なら早速だが、これからおまえさん、どうするつもりだ?
大方、じいやの所で自己紹介でもされて、私のパートナーになるようにと説教でもされたのだろう?」
いきなりですか。
ま、その方が単刀直入に話が出来て、やりやすいと言えばやりやすいけどね。
クワーゼットをじいや、か。
十分仲が良さそうなんだけどな……
と、そういえば。
「八割方はそんなところです。
ところで、シェワードって人の心が読めたりしますか?」
気になったので、聞いてみた。
「ん、どうしてそんな事を聞く?
……んん、いや、ノーコメント、という事にしておこう」
最後の方、声が少しニヤけていたような。
でも、シェワードには心を読まれているような感じはしない。
もし心が読めるのなら、死んでいるか生きているかであんなに口論しなくても済んだような気がするし。
……確証は持てないけど、まあいっか。
それよりも。僕には言っておくべき事がある。
「……クワーゼットに、パートナーになってくれ、とは言われました。
それで僕、あなたに付いて行きたいと思っています。
でも、それはクワーゼットに言われたからではないですよ? 僕なりの結論です」
シェワードはそれを予想していたかのような、僕にも聞こえるほどのため息をついた。
「まあ、予想通りの話ではあるな。
じいやが一生懸命頼んだんだろう? ならば仕方無い所もあるだろう。
しかしそれの何処が『僕なりの結論』なのだ?」
その声は、どうにも馬鹿にしているような、蔑んでいるようなトーンだったけど。
「だって、僕はあなたのパートナーになるとは言っていませんから。
あなたに付いて行って、この世界をもっと知りたい。まずはそれだけです」
そう素直に答えた後、しばらくはシェワードから何の返事も帰って来なかった。
◇ ◇ ◇
こいつには何か裏がある。
ずっとそう悩んできた自分が馬鹿らしくなるような話だった。
じいやがあれだけ持ち上げて、私がさんざん反対して。それを横でずっと聞いていてそれか。
結局、私とじいやで勝手に悩んでいただけかよ。
『なんでパートナーになるって決めたの? ― 別にパートナーはどうでもいいよ。それよりこの世界の旅先案内してくれない?』
何だよそりゃ。
まあ、あいつには何のパートナーなのかすら教えていなかったし、それはじいやも同じだろう。
仕事上の守秘義務に触る事なのだから、それはやむを得ない事であり、当然な事だ。
という事は。どうやら、あいつはそこまで深い事は考えていないのではないか?
純粋にこの世界について知りたい、と。
それで手頃な方法が、一番手短にいた私に付いて行ってこの世界を知る事。
なるほど。無意識にか意識してかは分からないが、この私を利用してこの世界を知りたい、か。
意識してなら腹黒。無意識ならばある意味故意より更にたちが悪い。
あいつの話し方、その目からして……後者かなって気がするのが余計に疲れる。
「ふふ……そうかそうか、私をこの世界の旅先案内人に使うか。
私も舐められたものだ。
まったく……おまえと話すと、どうにも調子が狂う。そう来たか」
◇ ◇ ◇
シェワードの怒り半分、呆れ半分の声が返ってきたのは、聞こえているのかいないのか、もう一度声をかけてみようかと悩んでいた時。
「ま、私もずっとここにいるのは暇だからな。
おまえの探検に付き合ってやる事にするよ。
私直々にこの世界を案内してやるんだからな。感謝する事だ」
その直後ため息と共に微妙な苦笑いが返ってきて。
呆れられているのか、怒りの沸点を超えてもう怒鳴るのも面倒なのか。
やっつけ感漂う気だるそうな声。でもま、お世話になるのは僕の方だし。
「改めて。宜しくお願いします、シェワード」
声の聞こえた方に笑いかけて、静かに頭を下げた。
※GWなので2話連続投稿、です。
これからも大体1週間に1話ペースをキープしていこうと思います。