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私の願いごと  作者: hidaka
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第6話:先代からの頼み(中)

起こるべくして起こったものなのか、いきなり突発的に起こったものなのかの区別はつかない。それが現実世界。

 起こってしまった事を、時に客観的に見れなくなる。でも、それはそれで良かったりする。

 客観的すぎると、その基準が自分の中で埋もれてしまった時、自分自身で動けなくなるだろうから。

「改めてすまなかった。

 さっきのは、私があの空間を一時的に固めただけだ。

 何もおまえがシェワードに嫌われたり、私がおまえを見限った訳ではない。安心しろ」


 そう謝られて、ようやくあの真っ暗な地獄を思い出そうとしてみる。

 思い出すのも抵抗がある。

 人間、ああいう空間にずっといると、ホントに狂ってしまうだろうな……

 自分が確認できなくて、信じられなくなって、疑心暗鬼になる。

 今、冷静になってはっきりした。やっぱり、僕は彼らに悪い事を何も言っていなかったみたいだ。まあ、ならば何よりだけど。


「では、何故そんな事をしたんです?

 それと、ここは?」


「ここは私の空間じゃよ。あの真っ暗なシェワードの空間とは違う。

 何故、か…… その前に、お主はかなりのお人好し、じゃな。怒っておらんのか?

 まあともかく。確かにこの世界は、おまえさんが先ほど考えていた通り、おまえさんのこれまで生きてきたところとは違った世界じゃ。

 この世界にいる以上、一人だけの真っ暗な空間、ってものを一度は知っておいた方が自分のためじゃろうし」


 ちょっと複雑そうな顔をして答えるクワーゼット。

 怒る、という前に、怒っていいものかどうかも分かっていない僕。

 しかし、どうにも理解できない。

 そもそもにクワーゼットという存在が僕の理解の遥か外側のものだった。


『ここは何処にいるのか? ― 私の空間だ』

 これは、分かったような気になっておく。

『何故そんな事をしたの? ― 一度は知っておいた方が自分のためだから』

 ……こっちは、どう考えてもそれだけだと納得のしようがない。

 

 要は、何一つ僕には納得、というか付いていける部分すらなかった。


「ふむ、まあ仕方のない事。

 おまえさんは、自分がここに来た『きっかけ』すらも知らない様子じゃったしの。

 時々おる。そういう人間も、な。

 でも、そのあたりの事を詳しく説明するのは今の私の役目ではない。

 その辺はシェワードと仲良くやってもらうしかない」


 複雑な顔は崩さず、クワーゼットは続けた。

 彼らに言わせてみれば、僕は死んでいるからここにいる、んだろ?

 って事は、彼の言う『きっかけ』ってのは……僕の死因の事?

 そういえば、さっき聞こうとして曖昧になってはいた。ここではっきりさせておくことがお互いの為では……


「いや、今はそれで良い。お主の考え方なら今のままで、な。

 そんなお主だからこそ私が見込んだ。

 ただ、これだけは言っておく。

『この世界』と、おまえさんのこれまでいた『生前の世界』。この二つは、対極の関係にあるもの。

 そして、それぞれの世界が持つ世界観などはそれこそ正反対に近いじゃろうな。

 お主は、ここに来てからすぐにそれに気づいた。そして、冷静になれた。

 シェワードの、あいつの気持ちを考えられるぐらいに。

 

 この世界に来た時、みんな戸惑うんじゃよ。

 おまえさんの採った考え方は、この世界である意味では一番正しいものかもしれん。

 正解は無い。あとは自分がどう考え、どう行動するか。それが全て、よ。

 時間はたっぷりとある。というか、時間という概念が存在するかどうかもこの世界じゃ怪しい事。

 私やシェワードの事はよく分からないだろうが、ここは一つ、私の願いを聞いて欲しい」


 分かったようで分からない返答だった。

 それに、自分の思っている事、言いたい事をここまで全て読まれてしまうと、逆に自分自身が不思議なモノに思えてくる。

 今、自分は果たして何を信じるべきなのか。

 そもそも、何故彼はそんなに僕を買うのか。

 分からない事だらけで、どこから手をつけていいのかさえ分からない。

 

 さっきから何度も目を開けようと、夢から覚めようと、隙あらば試している。でも、それは一度も成功しない。

 これが噂に聞く、金縛りってやつか。

 それとも、本当にここが死後の世界なのか……

 本当の事を自分で見極め、納得したい。

 それゆえに、この世界の事をもっとよく知ってみたい、と。そうシェワードには言った。

 けれどもそれを裏返せば、自分で見極めがつくまでは、何事にも納得しないという事。

 まず、何故時間はたっぷりとあるって言い切れるんだ? 時間の概念が無いってどういう事なのやら。

 考える事が沢山あって、ありすぎて。そして、それらを考える材料がちゃんとした正しいものなのかも分からなくて。


「途方に暮れるなよ、少年。

 おまえさんは、まずはこの世界の夢であれ何であれ、認めようとしておる。

 それは立派な事。それに、なかなか出来ない事じゃよ。

 納得できない事など、とりあえず分かったようなフリをしておくがよい。

 分かった、と百度繰り返せばもう分かったような気持ちになるわい。試してみるがよい。気付けば何かしら分かっておろうて。

 自分なりの、この世界の全体像を描いてみればよい。これからゆっくりと、な。

 夢は自分からは目覚められないもの。じゃろ?

 その夢が長いか短いか。そんな事は無意味じゃ。夢の長さ、なんて考えるだけ野暮。捉え方によってはほぼ無限大ではないか。

 だったら、折角のこの機会をエンジョイするがよい。何事もポジティブに、な?」

 

「……では一つ。

 どうしてあなたはそこまで僕を買い被るんです?

 僕には特別なものは何もない。なのに、どうしてそんなにも自信を持って僕を後押しするんですか?」


 結局はそこがまず知りたい。

 クワーゼットってよく分からないけど、能力値からしたら絶対に僕みたいな人間とは別次元にいる人間だろう。纏っている口調、雰囲気だけ感じても只者じゃない。

 まず人間なのかどうかも怪しい。夢の中にいきなり登場した全知全能の仙人かもしれない。

 そんな存在が、何故僕をそこまで持ち上げるんだよ。そこが絶対不自然だ。夢だから、そう無責任に言う気になれないのが今の状況。


「私の眼力。その一つ。

 今は詳しくは言えんが、強いて言えば、お主が『いい人間』だと感じたから。それに尽きるわ。

 だが、お主程度の人間にそんな飛び抜けた超人的なものは見出してはおらんよ。安心せい。

 シェワードのパートナーに推すのは、私の眼力。それだけじゃ」


 軽く肩をすくめて、包み込むような雰囲気を感じさせるクワーゼット。

 彼の言葉には重みがあった。

 声が凄んでいた、みたいな、その種の事ではない。

 一つ一つの単語、それを繋げた言葉そのものが、何か形を持っているかのように。

 だけど。僕には納得できない。


「……何故、僕なんですか?

 パートナーって何の事かは分からないけど、大事なものなんでしょう?

 なら、この世界に来て何にも知らない僕に務まるのかな、と自分でも思うんですけど」

 

 分からなかった。

 一旦深呼吸をする。

 どうして、僕が『いい人間』だ、ってあいつには分かるのか。自分の事は自分が一番知っている。その漠然とした『いい』というのは何を指しているのだろう?


 僕はこれまでどんな人間だったんだろう?

 自分の奥へと改めて自問してみる。


 僕の名前は九条涼太。

 あまり目立たない学生生活を地道に積み重ね、今は地元の県立高校の二年生。

 十七年間、自分なりに生きてきたこれまでの様々な出来事が頭の中に浮かび上がっては沈む。それを幾度となく繰り返す。

 目立って陽に当たったこともほとんど無く、そんなに悪い人間ではなかったとも思う。

 言ってしまえば、実に地味な十七年間だった。

 そして、その中をかなり贔屓目に探してみても……

 やっぱり、僕には人に堂々と自慢できるものなんて無かった。


 かなり穏やかな性格、だった。良し悪しはともあれ、ほとんど怒った事が無い。

 たまに、だけど何となく人助けをしてみたりもする。

 ぶっちゃけ、そういう意味では悪い人、というよりもいい人に近かった気がする。

 けれど、そんな事を考えてしまう時点で、僕は所詮偽善者だった。

 優しかったと思うのは、他人を怒らせる勇気が無かったから。

 もっとはっきりさせてしまえば、究極、人に感謝された、好感を持たれたいが為の行いだった。

 天然の偽善者、なんてのは存在しない。天然、って言葉からそもそも偽善は生まれないだろうから。

 けれど、そんな人がもしいたら。その人はどんなに幸せだろうか。

 自分が人に感謝されたくって善行を積んでいる人間だと気付かない人間は、どんなに晴れ晴れとした気分なんだろうか。

 自覚していた。僕が人に優しくするのは、鶴の恩返しのような物を信じてやっているのだと。

 交番にお金を持っていけば交番にいるおまわりさんが誉めてくれる。

 運良く落とし主が現れたら、お返しにきっと何かくれるだろう。

 勿論、これが理由の全てだと言う訳ではない。

 後の残りは、人に嫌われたくなかったんだ。要は、八方美人だった。

 

「僕は、あなたが考えているような人間じゃない。それは自分が一番知っています。だって、僕は……」

 僕は、期待されるような人間ではない、そう言おうとした。


 クワーゼットは、赤子を寝かせる時の母親のような声で、僕の声をそっと遮った。

 彼の上着の裾が、そっと揺れて。


「おまえさんは、おまえ自身。

 それ以外、自分なぞ見つからん。


 何も、特殊能力なんぞを期待しておるわけではない。

 シェワードの傍にいてやって欲しい。ただそれだけの事だ。

 確かに、パートナーはとてつもなく大切な役目。

 だからこそ、シェワードはあの真っ暗な中、ずっと独りで待っていた。

 自分にふさわしい人間が現れるのを、な。

 おまえさん、さっき体験したじゃろう? 真っ暗闇の中、一人じっとしている気持ちは。

 シェワードの場合、不意打ちでは無かった。だがその代わり、気の遠くなるほどの長い時間を独りで過ごしてきた。

 私としては、これ以上シェワードに一人ぼっちでいて欲しくないんじゃよ。

 そう思っていた時に、おまえさんが現れた。だからこそ、私がここまでして頼んでおる」


「でも、それでいいんですか?

 そもそもに、それならば尚更シェワードの判断を大事にしてあげるべきでは?

 それに……気になったんですけど、あなたはシェワードとはどんな関係なんです?」


 話の根は深そうだ。

 そういう事ならば、僕はやっぱりそのパートナーとやらに軽い気持ちでなっちゃ駄目だろうし。


「ふむ、それも一理あるがのぉ……

 でも、シェワードに任せておって今まで全く決まって来なかったのが問題の一つでもあっての。

 あ、言っていなかったか? 私は、シェワードの父親じゃよ?」


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