第4話:鏡の中の『死後の世界』
裏とは、表の反対の事である。
ひねくれて考えると、素直ではない事である。
コインを投げると必ず表か裏しか出ない。真ん中はない。
裏とは、みんなマイナスに捉えがちだ。
しかし、ふと立ち止まって考えてみると、案外裏の方が正直なのかもしれないと思ったりもする。
なぜならば、裏の反対は表しかないから。
そんな、詭弁。
「な……」
私は面喰らった。
何故今の流れからそういうことになったんだ?
あいつは、自分が死んでいるってのを断固としてさっきまでは納得していなかった。
なのに、手のひらを返したようにいきなりこの世界の事を教えて欲しいなどという。
なんだかんだで納得したのか? いや、そんなにあっさり納得できるんなら、口論にはならなかったはずだ。
何か私の裏でも掻こうとしているのか。
どうにも気持ち悪い。
何を企んでいるのか。全く読めない。
人間は、必ず何かを企んでいるんだ。経験でそれは知っている。
これまでにも稀に同じような事はあった。
むしろ、私はそれを待っている。人間がここに来るのを。その為にここにずっといる。
ほとんどは、いきなりここにやってきて、
『ここは何処、あなたは誰?』
みたいな事をほざく。
私は適当に自分の名前をはぐらかして、私が何度もじいやに教えられてきた、決まり文句を吐く。
そこまでは、ポカンとして聞いているんだ。
だがここに居るという事が、あいつらに言わせると、死んでいるという状態なんだよ、と丁寧に説明してやると、決まって怒り出す。
何故そんな事が分かるかって? この世界は、奴らの言葉でいえば、『死後の世界』だからだ。だが、私にも分かるのはそこまで。
私にだって分からない。何故、この世界が『死後の世界』なのか。
私だってずっと知りたいと思っているさ。この世界が、何なのか。
彼らは彼らなりに大変なのかもしれない。でも、私には事実を伝えることしかできない。
何故? と聞かれたら困る。知らないんだもの。
そのくせ私が、生きてるって証明できるの? と問うと、私を根本から納得させる答えなんて返ってきたためしがない。
そうして、気づけば大抵の人間は私の前からいなくなっている。その人間達がその後どうなったのかは知らない。
そのこと自体は、言ってしまえばどうでもいい。
でも、その後じいやが複雑そうな声で、まるで私を労うかのように話しかけてくるのがどこか複雑だった。
「何故、この世界の事が知りたい?」
無意識に声が出ていた。少し好奇心が疼いた。
変わった事を聞く人間がいたものだ。それを知ってどうなる。
どうせ、奴らの中では、この世界は『死後の世界』なんだろう? なら、『生前の世界』に帰る方法とかを聞くのだろうか?
久しぶりだ。そんな事を聞いてきた奴も、これまでに何人かはいたっけな。
「さっきまであんな言い合いしちゃったのは悪いかなと思ってる。
けど、僕が死んでいる、ってのは認めない。
だけど、あなたからしても、僕が死んでいない、ってのが認められないんでしょ?
あなたからしたら、僕は死んでいて当然。僕からしたら、自分は生きていて当然。
そして、どっちも確たる証拠が無い。
だったら、僕があなたの居るこの世界について良く知って、そのうえで自分で結論を出す。
それを考えるだけの時間があったなら、自分で納得して死んでいるのか、生きているのかを見定めたいんだ。
いいかな?」
本当は何が目的だ?
聞き終わって思ったのはまずそこだった。なんと言っても唐突だった。
けど、確かに筋は通っている気がする。これまでの多くの人間とは違い、一応この世界の在り方も認める、と。その、私の姿すら見えない、自分の足元もおぼつかない状態で?
悪い気分はしなかった。
純粋に、ただ真っ直ぐにそういう意味なのか。
いや、判断を下すのは早計だろう。
でも、そちらがそういう態度で接してくれるのなら……
「……私が悪かったところもあった。
確かに、どこかで私が悪いところがあったのかもしれないってのは認める。
私はシェワード。そういう名前。大事な人に付けてもらった名前。
自分が死んでいないと思うんだったら、自分の中では、少なくともそれが正しい事。それじゃ、私といくらドンパチやっても切りがない。
だから、一旦それは置いておこう。
……これでいいか?」
少しは前向きに接してみるのもありかな。そんな気分になった。
自分は死んでいるかもしれないし、死んでいないかもしれない。
真っ暗な中で、その結論で満足できる人間。
本当に久しぶりだ。こんな風変わりな奴に会うのは。
◇ ◇ ◇
言い終わって、不安だった。
相手に自分の言いたい事がきちんと伝わるかどうか。
だけど、その心配は必要なかったようだ。
自分の意見だけでなく、"存在"シェワードは、僕の側の意見も一応は『僕の中で正しい』ということを認めてくれた。
これまでの言い合いに比べれば、たった数回のやり取り。ただそれで十分だった。
時間がどれだけあるのか。自分で言っておきながら分からないけど、頑張れるだけ頑張ってみよう。
自分で見極めた結果ならば、自分が死んでいたとしても本望。そう言い切るのにはまだ抵抗があるけれど。
気持ち、"存在"が穏やかになった気がした。
「僕の名前は九条。九条涼太。
これからよろしくお願いします、シェワード」
ホッと一息。良かった良かった、と心を撫でおろしながら軽く挨拶をすると。
「おい、私の名前を軽々しく呼ぶな。
それと、私はおまえを認めた訳ではないからな。
それ以前に、おまえがパートナーだったら、私は仕事なぞしないからな!」
……まあ、パートナーとか仕事とかには、シェワードもあんまり突っこんで欲しくないみたいだし、深入りはしないにしても。
シェワードって案外子供っぽいのかな? と。
でも、声からすると十七の僕よりは年上だし。あ、それだと僕の話し方とかはよく考えたらまずかったかな。
そんな、軽い気持ちで割とどうでもいい事を考えていると。
「そうかそうか。何とかなりそうではないか、シェワード。
ならば私の方で、は只今を以って『臨実試験』を始めるもの、として受け取っておくからの」
天からの声が、更にさらっと意味不明な事を言った。
だが、その声は威厳に満ちた厳しい声ではなく。どこか優しげな笑いを含んだ、軽やかな声だった。
「え、あれ!? そんな、私はまだ認めていない、と言ったじゃないですか。
そもそも、あれには私のパートナーは務まらないと思いますよ?
誰にもこなせるってもんじゃないでしょうし……それに、もっと適任が」
慌ててシェワードが返す。
「ふむ、ならばシェワードよ、誰か他に、適任だと思う人間を知っておるか?」
「……いや、それはこれから出てくるかもしれない、という事で一つ」
「要は、今はあれ以上の適任が見当たらない、ということじゃな?
ならば良いではないか。
何も、『臨実試験』を受けた時点でパートナーだと決める、という訳でも無かろう?
ただ強いて言えば、"パートナー見習い"という扱いにはなるであろうが」
……話に全く付いていけない。
ところで、何について、誰のパートナーなのか? それが一番の問題だ。
特別な技術の要る高度な仕事を手伝うパートナー、という事ならばシェワードの言う通り、僕では正直厳しいと思うんだけど。
それに、シェワードもあそこまで嫌がっている事だし。
「まあ、その辺は……」
適当に間に入っていこうとした。
しかし。途中から突然、自分の声が出なくなった。