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私の願いごと  作者: hidaka
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第2話:僕は死んでなんていない!

お互いの意見が食い違う。お互いが自分こそは正しいと思っている。だから、議論はエンドレス。

 その議論において、どちらかの意見が正しい事が『証明』できれば一応は解決するのだろうか?

 しかし世の中、『証明』はそうたやすい事ではない。

 そして、その果てにお互いに分かり合うことも……

 

 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

 そもそもいきなり僕が死んでいる、なんて言うあの意味不明な奴が悪いんだ。

 あんなこと言われて冷静になれるほど僕は老けてないし、悟ってもいないのでね。

 勢い、言い合いになってしまった訳で。

 死んでいる、死んでいないの押し問答をあれから延々と叫び続けていた。


『おまえはどう考えても死んでる! 仕方ないんだよ。

 理由を説明できる方法があったら教えて欲しいのはこっちの方だ。

 いい加減諦めろ!』


 真っ暗な、文字通り一寸先も見えないこの空間でそいつの甲高い声が響く。

 ひたすら僕への説得を試み続けているらしい。


『そんなの信じない。

 どうして僕がある日突然気が付いたら急にあの世に逝っていなければならないんだ。

 冗談じゃないんだよ!

 そんなたちの悪いジョーク、今は変にリアルすぎてウケないんだよ!

 そこまで言うんならはっきりと証明してくれ。僕の目の前で、僕が死んでいるという事を!』


 死んでいるはずが無い。

 やっぱりそんな突拍子の無い事、信じろと言われて信じる方がどうかしてる。


『そんなに簡単に証明できるんなら私だって何の苦労もないんだよ! 

 じゃあ言うが、おまえこそ、今確かに自分は生きていると証明できるのか?』


 どう返せばいいか分からなくなる。

 確かにそうだ…… ずっと感じている、身体からの違和感。

 しかし、ここで弱腰になったら相手の思う壺だ。


『自分が生きているって、今の僕のこの状態が全てだろうに! それ以外に……』


 ひたすらこれの繰り返し。きりがない。


          ◇       ◇       ◇


 しばらく不毛な時間が過ぎた。

 そろそろ終わりにしないか……馬鹿らしい。いい加減、疲れた。

 喉がもうダメだ。自分の声が濁声に変わっていることに気づく。

 とりあえず、冷たい水が欲しい。神経まで染み通るような、冷たいやつが。そんな気分。

 姿の見えない言い合い相手も同じようなものだろうか。

 お互いだんだん静かになってきて、重い空気が流れ始めた。

 何だろう? 僕としても、ここまで叫び尽くした気分になると、動揺が少しは収まってきたようだ。 


「もういいじゃん。疲れたよ……」


 叫んでいても仕方がない。穏やかに話をしたら、少しは何か分かるかもしれない。

 声のトーンをコントロールして。


「あなたの名前は、何て言うんですか?」


 改めて聞き直してみた。仕切り直しした方がいいだろうし。


「……私も大人げなかった。

 だが、おまえが死んでいるというのは真実だし、嘘ではない。そろそろ理解してくれ。

 名前は、教えられない。色々と事情がある」


 結局、そいつは少しの沈黙の後、落ち着いた感じにそう言っただけ。

 叫び合っていた時よりも声は座っていたが、僕は死んでいる、ってのは絶対事項らしい。

 だけど、これじゃ埒があかない。僕としても納得できないし、腹の虫は収まる筈がない。


「なら名前は聞かない。あなた、とだけ呼ぶ。

 じゃあ、あなたはどうしてそこまでして僕を死人にしたい? 殺したいの?

 僕だって、一応生きていたいと思う普通の人間だ。いきなり死んでいる、ってのは理不尽だ。

 理由を教えてくれるだけで良い。どうしてあなたがそう思うのか?」


 抑えたつもりでも、どうにも言い方は悪くなってしまったか。

 自分の口調の中に嫌味が混じっていなかった、と言えば嘘になる。

 でもある程度は仕方がないってものだ。と思っていたところで。

 それを言い切ったかどうか、ぐらいの際どい所で。


「好きで言っている訳じゃないんだよ、この分からず屋が!

 死んでるのを死んでいると伝えてやるのは親切。違うか! 事実だろうが!

 お前が受け入れるかどうか、それが全てだ!

 理由? そんなに私を怒らせたいのか!

 私がそれを説明することができれば、解かることができればどんなにいいか! おまえごときに解かってたまるか!」


 そいつは凄まじかった。さらにヒートアップしていた。

 背中がすっかり冷え切ってしまうほどに、その怒鳴り声は殺気を纏っているかのように鋭く。

 そんな声を発した奴が、真っ暗な中自分のそばにいる。この真っ暗な空間、そのものに恐怖を感じる。

 そう考えれば身体中が竦んでしまいそうになる。

 でも、今の僕は違った。不思議と身体は震えなかった。

 身体に何とも言えない高揚感が募る。窮鼠猫を噛む。無我夢中だった。


「あなたが何様かなんて知ったことか!

 理由も無しにそんなこと言われて、はいはい俺は死んでいるって納得する奴なんていねぇ!

 ぶっちゃけ、こんなの自分から覚められない悪夢じゃないのか? 知ったことか!

 何の理由があるのかと思えば何も無い? それで受け入れるも何もあるわけねえ!

 あなたは神か何かなのか!」


 吐き切った後、一瞬スカッとした。反射で怒鳴り返していた。

 だけどその後、後悔に似たようなものがじわじわと。

 これじゃあ話し合いにならない。それに何より、また怒鳴り声が返ってくるじゃないか……

 次に返ってくる怒声に身構え、これからを考える。

 ……だが。何も返って来ない。当然来る、来たと思っていた第二波が来ない。

 拍子抜けし、首をかしげていると。

 しばらくの沈黙の後、向こうからは泣き出しそうな、それでいて叫びも怒鳴りも入っている弱々しい声が届いた。


「確かにそうかもしれない。おまえから見たら、な。

 だがな。私にもどうにも説明できない。だから困っているんだ……

 私でも、こればっかりはどうにもならないんだ……

 夢、なんて言ったらこの世界は全てそうなってしまうんだよ……」


          ◇       ◇       ◇


 どうしていいのか分からなくなってしまった。

 間違ったことは言っていない、はず。至極当然な事を尋ねて、その答えを求めていただけのはずだ。

 なのに、僕の近くに居るであろうその"存在"は、強い口調ではあるが今にも泣きだしそうだ。

 どうすればいいんだよ、まったく。


 その時だった。


『シェワードよ、おまえもいよいよ"仕事"を始めてもよいのではないか』


 この空間がどれくらい高さがあるのかは分からないし、そもそも天井があるかどうかも分からない。

 強いて言えば天から声がした。


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