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私の願いごと  作者: hidaka
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第1話(プロローグ) 終わりは突然

自分の知らない世界、知らない状況、知らない他人に会った時、心にぐらっと動揺を感じる。

それを、戸惑いという。そこから何かしらが生まれる。

 いつからだろう。

 遥か遠いところを、じっと見つめていた。


 どう例えればよいか分からない。

 強いて言えば、自分を乗せた何かが一気に深い谷底の下へ向かって落ちているような感覚。

 足元に漂っているのはえも言えぬ浮遊感。

 冷静になってみると、こんな異常な感覚の中で何でさっきまで呆けていられたんだろう。

 覚えていない。

 気付いてからぞっとする。


 改めて周りを見渡す。

 いつか、どこかで見たことがあったような景色が広がっている。

 確か……この景色は小学校に入学するもっと前、そう、ずっとずっと昔に一回見たような気がする。

 あくまで、そんな気がする、ぐらいなものだけど。


 『この普通ではない状態から何とか抜け出そう』

 頭では考えている。が、それが体の隅々まで命令として行き届いていない。

 身体と心が真っ二つに分かれてしまっているような、変な感覚。

 心は至って穏やかなのに、身体の方は極度の緊張状態。全然思ったように動けない。

 けれど。実際のところ、自分の身体は表から見た限りではいつも通りだ。

 身体と心。おかしくなったのはどっちだろう……?

 いや、心の方だ。心が妙に『落ち着きすぎている』んだ。


 そう意識した途端、胃の奥がだんだん気持ち悪くなってきたような。

 急に居心地が悪くなってきた。

 だからと言って何もやる気が起きないからおかしい。

 逃げようか、ちょっと探検しようか、頭の中では考えているんだ。

 だけど、身体の方が脳の命令を全く受け付けてくれない。結局何もできない。


 そこまで意識が回った時。突然まぶたが重くなってきた。

 こんなところで寝るのは怖い。眠りたくない。

 自分の部屋のベットで、あの柔らかい敷き布団と掛け布団に挟まれている感覚を味わいながら寝たいんだ。


 ……『眠たくなってきた』という気持ちをどれくらい維持していられたのかは分からない。

 意識しないうちに静かなところに自分が引きずり込まれていく。

 身体全体がふわっと浮くような感覚を一瞬感じた。


          ◇       ◇       ◇


 移動した先は、一言で言えば『何も無い空間』を絵に描いたようなところ。

 自分の周りに形が無く、色が無く、奥行きも感じない。この感じ。

 言葉に表しようが無い。

 

 ふと耳を澄ませば、どこかから声が聞こえる気がする。

 ぼーっとしている頭に鞭を打つと、やはり人間の声のようなものが微かに聞こえる。

 そうしているうちに、周りの風景がぐにゃりと歪んで今度は真っ暗になった。

 さっきからの落ち着かない眼前の風景変化に耐えられなくて、胃の奥が思い出したかのように気持ち悪くなってきた。

 そして。今僕がいるところは、白一点も無い、完全なる黒の空間だった。周りが何も見えないほど真っ暗だ。


「おい。そこにいるおまえ」


 フッと自分の近くにいきなり人の気配が現れ、先程から呼びかけている声が急に大きくなった。姿は見えない。


「誰だ!」


 いきなり声をかけられてかなり驚いたが、とりあえず返した。


「私はおまえのいた世界の事なら何だって知っているし、その世界で起こった出来事を変えることだってできる。そんな存在だ」


 言われたその言葉の意味をすぐに飲み込めなかった。


「おまえは今、何かやり遺した事があるのだろう? だから今、私のいるところにおまえはいる」


 その"存在"は、そんな事を突拍子もなく言った。

 視線だけ、まるで僕を品定めでもしているかのような鋭い視線をどこか近くから感じる。

 どうして視線や気配は感じるのに、姿が見えないのか。

 怖くてまともな言葉を一言も返せなくなった。

 とにかく、さっき『世界の事を何でも知っている』と言われた時から、思考回路が停止していた。


 一体何なんだ? 誰だ。


 黙っていては何も進まない。自分の中の『恐怖』にかろうじで打ち勝って。


「あなたは誰だ?」


 もう一度聞き返してみた。しかし、もう相手は一言も言葉を発しようとしなくなった。


          ◇       ◇       ◇

 

 沈黙が続いた。

 この種の沈黙が苦手なので、とにかく何かを言おうとした。

 すると、無意識に一番気になることが真っ先に口から出ていた。


「あなたは本当に私のいる世界を変えることができるのか?」


 この問いにはすぐ返事が返ってきた。


「無論、先ほどの言葉に嘘は無い。しかし条件があるのだ。その条件とは、誰かの為になり、その誰かが望む通りに世界を変えること」


「じゃあ、僕がその誰かになってもいいのか?」


「構わない。というか、むしろおまえが私を必要としていそうだから声をかけてやった。

 それに、もうおまえはもといた世界と違った世界に今はいる。自覚が無いのか?」


 相手の意図が全く分からなかった。


『世界を変えたいか?変えたくないか?』


 と問われれば、大抵の人、100人中90人ぐらいまでは『世界を変えたい』と答えるだろう。

 それは当然のことだ。自分の周りの環境に100%満足している人は、こういうと失礼だが、なかなか特殊な人ではないだろうか?

 だから、『世界を変えられる人』は世の中の大抵の人に必要とされているはずである。

 じゃあ、この存在は、世の中のほとんどの人に、こうやって声をかけているのだろうか?


 それに、僕が今これまで生活していた世界と違う世界にいる、というのはどういう意味なんだ?

 

 素直に疑問点をそっくり送り返す。

 すると、


「全然、今の自分の状況を分かっていない様だな。一言で今のおまえの状況を説明しようとすると、おまえ達の側から見れば、

  『死んでいる』

 としか言いようがない。

 おまえは死んでいるんだよ。


 それに、私はそんなに多くの人に声をかけている訳ではない。

 私が声をかけるのは、生前の『世界』に未練を残して死んだ人間のうちで、私が目をつけた人物だけだ」


 さらっと言われた。僕は死んでいる、と。

 お悔やみの言葉すらも無く。


 ……僕は死んでいるのか? そんな馬鹿な。

 この妙な身体の感覚、今僕がいる変な『世界』は、死後の世界だと言うのか!

 

 何をすればいいのか分からなくなった。

 いや、冷静になることだ。いつものマイペースさが僕の持ち味だ。こんなのにあっという間に呑まれるなんて馬鹿もいいとこだ。

 そう自分に言い聞かせ。


「これは、悪夢だ。眼が覚めれば終わるんだ。

 きっと今頃、僕は布団の中で安らかに寝ているはず、だから……」


 言葉でその先が接げない弱みがあった。

 眼を開けようとしても、夢だと自分に繰り返し呟きながら教え込んでも、びくともこの世界は動かなかった。

 ……いや、それはそういうものなんだ。冷静になりなよ。

 自分自身に落ち着いて語りかけてみる。

 だけど。

 今感じている自分の身体。その周りの空間。

 身体が小刻みに震えているのと、周りの空気が不気味なほどに止まっている感覚。

 これが変にリアルなんだ。

 何というか、これまでに見てきた夢よりも、夢らしからぬほどに自分の周りの空気が正直なんだ。不審感が少なすぎる。

 勿論、それだけで信じようとは思わないが、あまりにも……

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