服毒して生き残った王太子妃が妃選考会で生き残ったわけ【連作短編⑥】
短編ですので、前作を読んでいなくてもお楽しみいただけます。
「服毒して生き残ったら王太子妃になれるって本当ですか?」の別話です。
「行って参りまーす!!」
十歳になったばかりのアラマンダ=ヘルムントは、このシーダム王国の一番東に位置するヘルムント辺境伯のだ一人娘だ。
ヘルムント辺境伯領は軍事的に重要な地域となっていて、東側に山脈があって険しい山道もあるが隣国へと続く道も整備されているので、隣国から侵略してこようと仕掛けられやすい、トラブルの多い領地である。
アラマンダの父は、東側の国との国境沿いでしばしば起こる小競り合いで家を留守にすることも多く、
「自分の身は自分で守れるようになりなさい」
と、アラマンダにありとあらゆる知識をつけようとしていた。
もちろん、アラマンダも男性と同じ教養を身に着けるのは苦ではなく、むしろ自分には必要なことだと思っていたので、五歳を過ぎたころから父が家にいる時は馬術、剣術を直接指導してもらうようになっていた。
十歳になったアラマンダの休日の過ごし方は決まっていて、馬術訓練を兼ねて一人で領地内にあるルーベ湖に乗りこなせるようになった愛馬で行って、読書をしてから帰ってくるというのが習慣になっている。
■■■
そんないつもの休日。
アラマンダは一人で馬に跨り、革のカバンに飲み物と本を携えて、大好きなルーベ湖に向かう。
どの季節も素敵だけれど、アラマンダは春先の草花が芽吹いてくる時期のルーベ湖の景色がとりわけ気に入っている。
「あ~。今日も風が気持ちいいわね~」
強すぎない風がアラマンダの頬にかかっている髪をサラサラと撫でつけて流れていく。
予定通り湖に到着したアラマンダは愛馬から降りると、いつものように湖畔にある手作りの長椅子に腰を降ろして、しばし読書にふけることにした。
アラマンダが早速腰かけたこの木製の長椅子は、先日、アラマンダの十歳の誕生日に湖畔でくつろげるようにと父親からお祝いとして贈ってもらったものだった。
(うふふふ。この森林の香りも好きだけれど、お父様が自ら削って作って下さったこの木の香りも大好きだわ~。あ~癒される~)
アラマンダは読みかけの本を膝の上に置き、侍女に持たされた水筒から果実水を口に含んで、喉を潤した。
「あら? めずらしいわね」
アラマンダは湖畔でルーベ湖を眺めながら、一人で佇んでいるを青年を見つける。
この湖は人気があまりなく、見かけるとしても商団の荷馬車が山脈を越える前に立ち寄って休憩しているところばかりで、観光にくる人は滅多に見かけなかった。
ドクンッ
胸がなぜか大きく跳ねて、それと同時にひどい頭痛を感じアラマンダは、胸と額を押さえて呼吸を整える。
(な、何? 何かの発作?!)
「はぁはぁはぁ」
突如、見たこともない記憶が頭の中に流れ始めて座っているのにも関わらず、手足がガクガク震え出して椅子からずり落ちそうになる。
(どうしたのかしら。身体が…………この記憶は…………)
!!!!!
アラマンダは膨大に流れ込む記憶を取り戻し、自分の前世を思い出す。
「はぁはぁはぁはぁ」
アラマンダは、自分の前世の名前を思い出す。
(森野 かおり 34歳。片田舎の小さい家具工房のショールームで栗やヒノキで作られたテーブルや、椅子の販売をしていたはず……そうだ。工房の蔵の中にあった古い本を読んでいたんだったわ)
アラマンダは、ズキズキと痛む頭を右手で押さえたまま、流れ込んできた記憶の整理をする。
(森野 かおりは独身だったけれど、それなりに楽しい人生を歩んでいた。成人後に亡くなるには早すぎるけれど両親は他界してしまったから、自分のことだけを考えて生きていたはずなんだけれど……)
アラマンダは、十歳のアラマンダとしての記憶を森野 かおりとしての記憶が混ざり合い、混乱している。
でも、森野 かおりとして最期に何をしていたかという記憶は鮮明に思い出すことができる。
(そうだわ。仕事の休憩時間に蔵で見つけた古本があるよって職場の方が声をかけてくれたのよね。それを手にとって読んでいたはずよ。森野 かおりとして最後に読んでいたのは……えっと……『孤高の王』というフィクションだったはず。その本の内容は孤高の王が伴侶を得る事もなく、王国と民のために尽くして病で倒れて……その時に私は「彼が王として一人でいる道よりも少しでも手伝って、幸せにしてあげたいわ」なんて呟いたのよね。そして、いつの間にか森野 かおりとは別の世界に来て……アラマンダとして生きてきたんだわ)
でも、何かがひっかかる。なぜ、急に前世を思い出したのか。きっかけがあったはずだ。
そして、アラマンダはもう一つ重要なことを思い出す。
(ここは、読んでいた本「孤高の王」の中の世界だわ!! 私、前世で読んでいた古本の中に……入り込んでしまったの?!)
アラマンダは、「孤高の王」の挿絵で、一人の青年が湖畔にポツンと立っていたページがあったことと、今、目の前の風景が重なっていることに気が付いた。
「え! じゃあ、あの青年が孤高の王? 名前は……ルートロック・シーダム。そうシーダム王国の王太子殿下だわ!!」
間違いない。読んでいた時に出てきたモノクロの挿絵だけれど、その構図と全く一緒だ。
(……でも、彼は王太子なのよね……なぜ、こんな辺境伯領にいるんだっけ……)
アラマンダは、森野 かおりの時に読んだ本の内容を思い出そうとするけれど、思い出せない。本も最後まで読まずに、ルートロック王太子殿下が国王になって、その後、病で伏せている部分までしかわからない。その後、彼は死んでしまったのだろうか。
(私自身、森野 かおりの生涯がどうなったのかわからないわ)
この本の世界が無事にお話として終われば、元の世界に戻れるのかもしれない。でも、ひょっとしたら、本を読んだまま急死してもう肉体は無いのかもしれない。
「よし。今は、森野 かおりの人生を考えても無駄よね。この十年はアラマンダとして生きてきたのだから、今はこのアラマンダの生を生き抜くことに集中しましょう」
ルートロック王太子殿下を目にしたことで、記憶が流れ込んできたのだから「ルートロック」という存在が、この世界で生きるための記憶を呼び起こすトリガーの役割を果たしたのだろうとアラマンダは考えた。
「ひょっとして、私がルートロック王太子殿下を幸せにしたいと望んだからこの世界に来たということはないかしら? だとするならば、私のやるべきことは一つ。ルートロック王太子殿下をお支えして幸せにすることだけだわ!!」
アラマンダは、自分のやるべき道が見えてきて、目の前の世界が明るく広がっていくのを感じた。
記憶の流入が落ち着いて、混乱していた頭が整理されていくと頭痛も薄れてきているのがわかる。
(私は、ルートロック王太子殿下に会う為に、この世界に来たに違いない)
「じゃあ、今、やるべきことは……ひとまず、青年の彼に会って話してをみることからよね!」
そう思ったアラマンダは、ゆっくりと湖面を見つめ続けているルートロック王太子殿下に近づいていった。
よくよく周りを見渡すと、離れた場所に護衛の方も控えているのが確認できる。
今は、ルートロック王太子殿下に一人の時間が必要だと思って、護衛の人たちは少し離れた場所にいるのだろう。
アラマンダは、幸いにも今は十歳の子供なのでそんなに警戒されることもなく、普通に通りすがる子供を装って声をかけてみることにした。
ルートロック王太子殿下の服装は商人の子供のように、仕立てはいいけれど王族とは一見してわからない服装をしている。
(お忍びでこの地にやってきているのね。であれば、私から声をかけても失礼には当たらないはずだわ)
王族としての訪問なら、アラマンダの身分からは決してルートロック王太子殿下に話しかけることはできないけれど、今のお忍び状態ならアラマンダから声をかけても問題ないはずだと結論づける。
「こんにちは。今日は風がとても心地よい日ですわね」
アラマンダの近づいてくる足音に気が付いていたようで、ルートロック王太子殿下は小さな声で「そうだね」と答える。
(とても、覇気のない声だわ。何か用事があって、この地にいらしたのだったかしら……本の記載内容は思い出せないわねぇ)
アラマンダは、記憶をさぐってみるけれど、彼がこのヘルムント辺境伯領を訪ねている理由がどうしても思い出せない。
(まぁ、いいわ。子供らしく遊べば気分も晴れるかもしれないわ)
そう思ったアラマンダは、地面に落ちていた平べったい石を見つけて、湖面に向かってそれを投げる。
いつも石で水切り遊びをしているので、最近は五回ほど湖面をはねさせてからポチャンと湖底に落ちるようなレベルまで上達してきた。
もう一度、石を湖面に向かって投げる。
今度は三回跳ねた後、ポチャンと水の中に沈んでいってしまった。
「あら、失敗だわ」
そういうと、次の投げる為の手ごろな大きさの石はないかと地面に視線を持っていく。
「ねぇ、この石はどう?」
どうやら、ルートロック王太子殿下も水切りに挑戦するのか手の平に一つ石を持っていた。
「これは、ダメよ。丸すぎるわ。もっとこう……平らな石じゃないと水切りできないのよ」
「わかった」
ルートロック王太子殿下が別の石を手に取った。
「あぁ、その石ならいい感じね。跳ねやすいと思うわ」
そう言うと、ルートロック王太子殿下は無言でその石を湖面に投げる。
ポッチャン
「あら、残念。もっと横から滑り込ませるようにして投げたらいいですよ」
そんなやり取りを繰り返しているうちにルートロック王太子殿下も石で水切りが二回ほどできるようになった。
■■■
「もうすぐ帰らないといけない時間なんだ」
「そうなのね」
ルートロック王太子殿下が自分で会話を切り上げて、帰るように護衛の方もまだ離れた場所から見守ってくれている。
「……最近、母上が亡くなったんだ。それで……この地にきたら何か情報が手に入って、薬が作れたのかなぁと思って来てみたんだ」
「そうなのですね……」
身長は成長期なのか伸びて青年のようなのに、顔つきはまだ少年のように見えるルートロック王太子殿下は母親を思い出しているようだった。
アラマンダは、本の中で
『ルートロック王太子殿下は母を亡くして、心を慰めるために少し王都を離れた』
としか書いていなかったと思い出す。
(本に詳細は書かれていなかったけれど、亡くなったお母様を偲びながらこの地にやってきていたのね……)
アラマンダは、ルートロック王太子殿下にうまく声をかけることができない。
名前もお互い聞いていないし、本来ならば今目の前にいるこの青年が王太子殿下とは普通気が付かないはずだからだ。
(ここは……ずっとお互い名前を明かさずにいた方が良さそうね。私がこの世界に来たのがルートロック王太子殿下の為ならば、これから縁は続いていくはずだもの……)
アラマンダはそう結論づけて、ルートロック王太子殿下とは名を明かすことなく別れることにした。
「また、機会がございましたらお会いしましょうね」
「そうだね。今日は……石の投げ方を教えてくれてどうもありがとう。今度やる時は、負けないように練習しておくから」
「楽しみにしておりますわ」
その約束は果たされなかったけれども、アラマンダはルートロック王太子殿下にまた会う日の為に、その日から毒についての書物を漁ることにした。
(今日、出会ったルートロック王太子殿下は何もおっしゃっていなかったけれども、王妃陛下は先日、毒を盛られて崩御されたと耳にしたわ。確か、隣国から持ち込まれた未知の毒で解毒薬がなかったから、倒れてからも苦しんで亡くなったようだと……お父様はおっしゃっていたわね)
今日、ルートロック王太子殿下がこのヘルムント辺境伯領にいたのは、病で亡くなった母親の治療薬を探しにきたわけではない。
ルートロック王太子殿下は、母親を苦しめた毒の成分を特定して、その毒に対抗する解毒薬を作って、今後も同じ毒で失ってしまう命がないようにしたいと思ったから、この地に足を運んだに違いない。
(ということは、東の国から持ち込まれた毒ということまでは特定できているのね……)
ルートロック王太子殿下の心に少しでも寄り添うことができるように、アラマンダも多少は毒に慣れる訓練を行ってきていたけれど、より一層「毒」について調べることにした。
できればアラマンダ自身でも解毒薬が調合できるくらいにはなってから、ルートロック王太子殿下にもう一度会いたいと心に誓い、ヘルムント辺境伯領でできるだけの知識を学んで行くことにした。
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あれから六年。
アラマンダは十六歳になっていた。ルートロック王太子殿下は二十三歳になって賢王になるだろうと離れた領地まで名声が聞こえてきていた。
アラマンダはその後、ルートロック王太子殿下の話や成し遂げた施策を耳にすることはあっても、十歳の時以降、直接会話をする機会はなかった。
この六年で、ルートロック王太子殿下の手助けを影ながらできたとするならば、王妃陛下を苦しめ、死に至らしめた毒の解毒薬を、ヘルムント辺境伯領で開発し成功することができたということだろうか。
もちろん、解毒薬に関する内容を論文にまとめて国王へ奏上したのはアラマンダだった。
アラマンダはルートロック王太子殿下の気持ちが少しでも軽くなるように、少しでも心穏やかに過ごせてもらえるように影ながら研究を続けて結果を残していた。
「あれからルートロック王太子殿下にお会いしていないし、私が幸せにすると決めたのだからやはり王太子妃候補に名前が載らないことには始まらないわよね」
(森野 かおりとしての前世でも、学生時代には恋人はいたけれど結婚するまでには至らなかった。
そんな私でも、王太子妃候補に選んでもらうにはどうしたらいいかしら)
アラマンダは幸い、ルートロック王太子殿下に決まった婚約者がいないことに心から安堵していた。
(せっかくルートロック王太子殿下の存在がトリガーとなって、この世界に来たのだから、自分の役目を果たしたい。そう思っていたのに、まだルートロック王太子殿下との接点は六年前の湖畔で遊んだことくらいしかないのよね……)
ルートロック王太子殿下との接点がないまま、月日が流れてしまっていることに頭を悩ませていたアラマンダに朗報が訪れた。
「アラマンダ! ルートロック王太子殿下が妃選びの選考会を催すそうだぞ!!」
現ヘルムント辺境伯当主のアラマンダの父親が慌ててアラマンダの私室に王家の紋章入りの手紙を手にして、やってくる。
「それは、本当ですか? 是非、その選考会に行きたいですわ!」
父親もアラマンダがずっと「ルートロック王太子殿下をお支えしたい」という言葉を、十歳の頃から聞いていたのでアラマンダの想いは知っていた。
「ただ日程なんだが……恐らく手紙が届くのが遅かったようで、選考会は十二日後なんだ。どうしたい?アラマンダ」
いつでも娘の意見を出来るだけ尊重したい父親の気持ちが言葉の端々に出ている。
馬車で三週間かかる道のりを単騎で駆けて行くのかと遠回しに確認しているのだ。
「もちろん、参りますわ! この機会を逃したくはございません。明朝、一人で馬で出立すれば間に合いますわ!」
「そう言うと思って、馬を乗り換えられるように十箇所の休憩場所で、乗り換える馬を用意しておくように指示はすでに出してある。よし、では選考会に必要な荷造りをするぞ!」
息のあった親子は次々荷物をまとめて、明朝の出発に備えて準備を始めた。
ドレスも手持ちの物で、自分で脱ぎ着ができ、髪型もまとめる時間はないだろうから軽くまとめられるだけにする。
■■■
翌日。
アラマンダはルートロック王太子殿下がいる王宮に向けて出立した。
馬車を使わず、馬を乗り換えて睡眠時間を削って向かったのにも関わらず、到着したのは選考会が始まる直前だった。
王太子妃選びに王国中の爵位を持つ令嬢が38名集まっていた。
なぜなら、ルートロック王太子殿下が男爵や子爵の爵位の家格の釣り合いが取れないと令嬢を含めて妃選びをするから集まるようにと招待状を送ったからだ。
広間に集められた令嬢たちに、ルートロック王太子殿下が妃の条件として提案したのは、
「服毒をして生き残った者が妃になる」という前代未聞の内容だった。
その言葉を聞いた時、アラマンダは今までの努力の成果を試す場が与えられたのだと喜んだ。
(毒に慣らした身体で毒の知識を、ルートロック王太子殿下に見て判断してもらえるなんて最高だわ!)
これまでの自分の調べたことが実践できると、ルートロック王太子殿下の提案に、アラマンダは心の中で狂喜乱舞した。
だからこそ、ルートロック王太子殿下からアラマンダを選び取ってもらえるように選考会で彼の心を試すことができたのだ。
(私の知っている毒が用意されていて良かったわ。私の知らない毒の入った盃が五つ用意されていたら、残念ながらこの選考会を辞退しないといけないと思っていたけれど……杞憂だったようね)
アラマンダは、ルートロック王太子殿下に通された部屋に置いてあったのが自分の知っている毒ばかりで安心して、服毒して、なおかつルートロック王太子殿下に解毒できる別の毒を持たせることで中和することができるのだと、この六年の成果を見てもらうことができた。
(まさか、中和させるための毒を……キスしながら口移しでいただけるとは……思ってもいなかったけれど!!)
アラマンダは「服毒して生き残ったら王太子妃になれる」という選考会で無事、ルートロック王太子殿下の横に並びたつことを許された。
(私がこの世界にいるのはルートロック王太子殿下を幸せにするため。だから彼に私を選び取ってもらうのが一番近くで彼を支えて幸せにするために必要な手順なの)
アラマンダは自分の言葉通り、有言実行してルートロック王太子殿下の隣に並び立つ人生を歩み始めたばかり。
アラマンダとルートロック王太子殿下が二人で織りなす活躍はまだ始まったばかりだ。
読んで下さりありがとうございます。
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服毒した時の選考会のお話は【連作短編①】でお楽しみいただけます。