#9
「……さて、今日もやっていきましょうか」
執務室にて、ベアトリスは自身の持っている資料に視線を落としながらにそうつぶやいた。
資料の内容は、主にはベアトリスに対して接触してきた貴族や商人たちの主張する主義であるとか陳述、なぜ国を倒すべきかと考えているかのその理由。
また、彼ら彼女らの素性や普段の動向などを、サラに調べてきてもらったもの。
そういった、ベアトリスが纏め上げる予定である人間たちについての情報に目を通し。そして、分類をしていく。
正当な事由をもとに、反乱に参加したいという意思を持っている者たち。私的な自由ではあるものの、その主義を主張するために接触してきた者たち。
そして。その動向に、統制が取れたものたち。
やや、曖昧な判断基準ではある。なにせ、露骨にそういった要件が見えるわけではない。
だがしかし、ベアトリス自身の経験則に基づく勘。そして、サラが調べてきてくれた素行などの共通点などを見るに、関連性があるかもしれない、と。そう推測ができる手合がいくつか存在している。
「おそらくは、彼ら彼女らの背後に。まだ接触してきていない首魁がいるのでしょうね」
あくまで勘以上の域に行くことはなく、ベアトリスの予想の範疇は越えない、というのが大前提なので、信頼性という意味ではあまり強くはないのだけれども。しかし、分類してみた限りではそういった手合で接触してきている人たちは、ほとんどが貴族ではあるもののそこまで身分の高くない者たちや商人ではあるものの、そこまで大きな商家ではないもの。
いわば、いざとなったらしっぽ切りが成立するような者たち。
おそらくは、こちらの出方や動向についてを伺うために接触してきているのだろう。ベアトリスも、同じくそうしているように。
「彼ら彼女らの大元を探して。そして、こちらから介入していく、というのがひとまずの目標ではありますね」
こうして纏めた資料たちについてをサラに渡して、そしてサラにもっと詳しい情報を集めてきてもらう。
並行して、ベアトリス自身の立場を明確にしつつ、表舞台での行動を見せていく。
大まかには、このふたつのアプローチで、少しずつ近づいていく。
「地道、ではありますが。しかし、これが確実ではあるでしょうね」
そのためにも、ベアトリスも自身の仕事をしっかりとこなしていかなければならない。
「しかし、なかなかに骨が折れる作業ではありますね」
少々感じてきた疲れに、小さくため息を付きながらそう言う。
ちらりと、時計に視線をやると、作業を始めてからなかなかに時間が経過していることがわかる。
都合、ベアトリスがナミュール家から連れてきた従者はサラを含めて数名ほど。
作戦の都合、本当に信用が於ける人物しか連れてくることができなかったからだ。無論、それ以外にも、あまりナミュール家からたくさんの人員を連れていくわけにはいかなかった、という事情もあるが。
それゆえに、全体的に人手が不足している、という側面はある。
まあ、仮に手伝える人がいたとしても、作業内容的な都合で別の人が肩代わりできるようなものではないので、大きくはベアトリスの仕事量が減るわけではないのだけれども。
そんなことを考えながらに作業を進めていると、コンコンコン、と。扉をノックする音がする。続けて、サラの声が聞こえる。
彼女が来る予定だった時刻には少し早い気もするが、ひとまずベアトリスが入室を許可すると、サラが入ってくる。
「失礼します、お嬢様」
「すみません、サラ。資料の方についてはまだもう少し待ってもらわないと――」
「いえ、今来たのはそのことではなく」
てっきり、サラのところに来たのはそのためであろうと思っていたために少し驚く。……まあ、たしかにそれならばサラが時間よりも早くやってきたことには納得ができるが。
「それで、どうかしたのですか?」
「それが、ですね。ええっと……」
珍しくどう答えるべきかと迷っている様子のサラは、少しの間考えてから、口を開く。
「お嬢様に、来客です。……その、想定外の」
「基本的には通していい、と。言っていたと思いますが。一体誰ですか?」
特にこちらに接触してこようとする存在――反乱を目論む存在とは関わりを持つようにしていきたいため、余程忙しいなどの状況でなければアポイントメントがなくとも大丈夫だ、と。そう伝えていたのだけれども。
しかしながら、その名前を聞いて。ベアトリスはたしかに、彼女が迷っていた理由を理解する。
「……マリー・ベルティエ様です」
* * *
「……本当に知ってらっしゃった」
マリーは、驚きつつも。しかし、少しずつではあるものの進むことができている、という現状に小さく拳を握りしめた。
マリーが手に入れた情報は、ベアトリスが現在どこにいるのか、ということ。
アデルバートに聞いてみたところ、彼自身は知らないけれど、ギルスなら知っているんじゃないかな? と、そう言われて。そうしてギルスに聞きに行ってみたところ、本当に知っていた。
まあ、ギルス自身も。曰く、別の人から教えてもらった、との話ではあるが。
「お姉様と。ちゃんと会って、話さないと」
ベアトリスの、その目的。やろうとしていること。
そして、本当にマリー自身のことを恨んでいないのか、ということなど。
あの夜会以降、マリーは未だベアトリスとは話せていない。話をしに行こうとはしたものの、夜会があったその日の晩には既に別のところに移ってしまった、という話を聞いたからだった。
マリー自身、あのときのことはかなりのショックだった。それゆえに、そのことについてをアデルバートに相談しに行った。
そして、そのときに気付かされた。
マリー自身の知るベアトリスが、どのような人物であるか、を。
ベアトリスと会って話したい、と。そう言ったとき。
周囲の人物。マリーの家族や友人たちには、かなり止められた。従者たちにもかなり心配されている。
だけれども、行かなければならない。行って、キチンと話をしなけれならない。確かめなかればならない。
たしかに、あの夜会でのことを考えると、マリーが行くのは危険かもしれない。
ギルスにも、ベアトリスの居場所を聞いたときには随分と驚かれたし。かなり教えるのを渋られた。
とはいえ、それも仕方のないことではあるだろう。判断としては、異常なことを言っているのはマリーの方なのである。
ただ、必要なことだ、と。強く切望し続けた結果。最終的にはギルスが根負けして教えてくれた。
「……でも、ひとりで。そして約束なしに、となると。やっぱり少し不安ではありますね」
元々はちゃんと先に手紙を送ってから、了解を得た上でちゃんと予定を取ってから行くつもりだった。
けれど、アデルバートに「それだと来るな、としか帰ってこないよ」と、言われて。そして彼曰く。
「ベアトリスの元に行くなら、ひとりで。周囲にはバレないように行くべきだ」
と、そう言われた。その代わりに、移動手段についてはアデルバートが用意してくれる、とのことではあった。このことについてもギルスはかなりの渋面を浮かべいたが、アデルバートが大丈夫、と。彼を説得していた。
そして、アデルバートに用意してもらった馬車でギルスに教えてもらった場所へと到着する。
その邸宅の前で、ゆっくりと呼吸を取る。
そして、そこの玄関をノックしてみると、出てきたのは知った顔。
ベアトリスの従者、サラであった。
彼女はマリーがいたことに驚きつつも、周囲を確認する素振りを見せていた。
おそらくベアトリスの立場もあり、他に人がいないか、ということを気にしているのだろう。
「私ひとりと、それから馬車の馭者がひとりいますが、彼には出てこないように頼んでいます」
そう、前置いて。
「ベアトリスお姉様と、お話をさせて貰えませんか」
マリーは、ここに来た目的を、ハッキリと伝えた。




