表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

#8

「……どう、判断したものかな」


 ギルスは自室にて、少しの間思考を逡巡させていた。

 その内容は無論、現在の悩みの種であるベアトリスのことであり。

 併せて、今回ギルスが接触を行ったフォルテのことであった。


「あの後、いくつかのベアトリスについての話を質問したが。……私の知っている彼女と相違のある情報は出てこなかった」


 少なくともあの場に於いてのフォルテは嘘をついていなかった、と。フォルテの回答や応対、そしてギルスのこれまでの経験からくる直感はそう判断していた。

 たとえ、彼の発言に矛盾があるように見えたとしても。


 だが、理性的な判断は、そこの矛盾を酷く指摘する。


「ベアトリスの味方だと公言しているのに、その敵である俺に協力するメリットがどこにあるのか」


 一瞬、スパイの類かとも考えた。というか、ベアトリスの弟であるフォルテが意欲的にギルスに協力してくるとしたら、その可能性が高いとも考えてはいた。

 だが、その可能性については既に棄却できるくらいには消え失せてしまった。

 仮にベアトリスのスパイとしてギルスに協力するのであれば、ベアトリスの味方であると公言するのは悪手だろう。


「ベアトリスの味方でありながら、俺にも味方する、と。……フォルテの行動はそう見えた」


 もし仮に、フォルテがベアトリスの行動の意図をある程度正確に把握しているとすると。この行動にもしっかりと理由があるはず。

 そして、そこになベアトリスの行動の目的も潜在的に介在していると、そう考えることができるだろう。


「……ひとつの可能性としては、両者にともに協力しながら、必要に応じて身を振るという蝙蝠だろうか」


 この可能性は、一応はあり得る。

 特に、ナミュール家の世評としては、ベアトリスの一件があったこともあってかなり大きく揺れ動いている。

 時期当主として地盤を固めなければいけないフォルテとしては、この騒動に対して「勝馬に乗る」という対処法を取ろうとしている、とも考えられなくはない。


 だが、そうだとすると。フォルテの発言と少し噛み合わないところが出てくる。


「姉さん――ベアトリスには幸せになってほしい、と。フォルテはそう言っていた」


 ある意味では両者にいい面を向けながらに都合がいい方に乗る、という先の可能性については。返して言えば都合が悪くなった方は裏切る、ということでもあり。

 もしもギルスの側、アデルバートとマリーの立場のほうが優勢になったときにはフォルテがベアトリスのことを裏切る、ということになる。

 だがしかし。それは、先の発言とは矛盾する感情であろう。


 なんならむしろ。実際に動いているのは宰相であるギルスであるはいえ、対峙しているアデルバートとマリーは王太子とその婚約者であり。事実上侯爵家から離れている状態のベアトリスと比べてしまえば立場の差は歴然。

 それなのにあくまでベアトリスの味方でもある、と。その立場を持ちながらにこちらに近づいてきた、とするのならば。

 それほどまでにベアトリスが勝つという確証をフォルテが持っているか。……実際、中々に姉のことを信頼しているという評自体はあったらしいが。


 あるいは、他の可能性として於いておくならば。


「俺とベアトリスの立場が全く違えているように見えて。実際には同じ目的のために動いている、という可能性か」


 自分でも言っていてなにを馬鹿なことを、と。そう考えなくもなかったが。しかし、アデルバートがギルスのことをベアトリスに選ばれたとそう語っていた。

 その言葉の真意をギルスは把握していないが。だが、あまりにも馬鹿らしいその可能性を前提として置くと、どうにも辻褄が合う。


 ベアトリスとギルスが、どちらもアデルバートとマリーの味方であり。

 ベアトリスの用意した舞台に、あくまでただの敵役として。ギルスが上げられた、と。


「……いや、まさかな」


 そんな、都合のいいような話。ただの、ギルスの妄想であろう、と。


 そう、自己を納得させようとはしてみるものの。

 一度浮かんだその可能性は。どうにも、自分では否定しにくくて。

 かき消したつもりでも、スッと心理の裡に入り込んでいた。






     * * *






「……思っていたよりも、ですね」


 ナミュール家から離れてしばらく。ベアトリスはいくつかの下準備をするために、あちこちに出向いたりしていたのだが。

 その過程で、いくつもの手合がベアトリスに対して接触を図ってきていた。


 やはりというべくか。王太子であるアデルバートのその婚約発表という場に於いて、元婚約者……厳密には婚約はしていないのだけれども。近しい立場であるベアトリスが大立ち回りをして宣戦布告をした、ともなれば、やはり効果的ではあるようだった。

 ただ、その想定がベアトリスの思っていた規模よりも、少し多い。


「もう少し警戒してゆっくりと接触してくるかとは思っていたのですが。……それとも、想像以上にこちらの派閥が多かったか」


 対立するふたつの可能性。前者ならばかなり都合はいいが、後者ならばなかなかに厄介ではある。

 ベアトリスが纏め上げているのは国の反乱者となり得る側の人間。アデルバートやマリーの道を荒らそうとする無法者ども。

 ただし、ベアトリスの目的は彼らの進む道を均すこと。

 国に対する反乱の意思が多い、というのは。純粋にベアトリスの目的としては不都合ではある。


「……まあ、仮に前者であったとしても。警戒度の高い、本当に国を崩そうと画策している手合についてはまだ接触してきていないでしょうね」


 そういう手合は、とにかく警戒度が高い。

 というか、そもそも慎重でない派閥は、わざわざこうしてベアトリスが大立ち回りなどをしなくてもその行動の端々からボロが出て勝手に見つかっていたりする。

 なので、本当に国をどうこうしようと考えている者たちであればあるほどに、その警戒度は高くなるものだし、それにつれて表には出てこなくなるものではある。


 こうしてすぐさまベアトリスに接触してきているのは、それこそ、どちらかというと国に対しての不満があるから、それに対しての怒りの代理をベアトリスがしてくれるのだろうというそんな感情からあまり考えることなくに近づいてきた、という手合が多く含まれているだろう。


 実際、ベアトリスの元にリークという形で接触してきているような者たちはそういう手合がほとんどではあった。


「……まあ、怨みの形は様々なようですが」


 それこそ、ただの私怨だろうと思えてしまうものから。たしかに、これについては国側に対して是正が必要な要項であろうと、少々同情を思わなくもない事柄も。……無論、仮にそうであったとしても、反乱に与するのではなく、正当に陳情を上げるのが真っ当な手段ではあるのだが。しかし、それもそう簡単な話ではないのだろう、とは。ベアトリス自身認識はしている。


「ある意味では、それらを知ることができた、というのは。思わぬ副産物ではありますかね」


 普段声を上げるのが苦手な層からの本音の汲み上げができた、と。そう考えることはできる。

 無論、それらのリーク情報などが正当な情報であるかどうか、は。きちんと精査しなければいけないが。


 だが、それらについてはベアトリスではなく――、


「お嬢様、失礼します」


 ノックをしてから、ガチャリとドアを開いてひとりの侍女が入ってくる。

 唯一、ベアトリスがナミュール家から連れてきていた、側付きのサラであった。


「こちら、調査の報告書になります」


「ええ、ありがとう。それから、仕事が終わってすぐで悪いのだけれども」


 ベアトリスがサラから報告書を受け取りながらに入れ替わりで書類を彼女に渡す。

 サラはそれをうやうやしく受け取ると、そのままに部屋から退室をしていった。


 彼女から受け取った報告書に目を通す。ベアトリスの知りたいことがキチンと記されている、よくできた報告書だ。

 リーク情報の精査などについては、彼女に頼んでいる。無論、他の調べてほしいことについてもいくつか頼んでいるが。しかし、流石と言うべくか。頼んでいたことを全て、キチンと調べ上げてくれている。


 忠義に篤い、仕事と信頼のできる侍女である。


「さて。彼女にばかり任せているわけにはいけませんし。私は、私のやるべきことをしなければ、ですね」


 ベアトリスは改めて気を引き締めながら、ここからの動向についてを考える。


 ひとまずは、味方――もとい敵の洗い出し。

 特に、未だにこちらに対して警戒をしているような手合を探すことだ。

 彼ら彼女らが、最も厄介であり、そして、国としても危険な存在である。

 必ず、見つけ出しておかないといけない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ