#7
「本来ならばこちらから出向こうかと思ったんだが。少々都合がつかなくてな。来てもらって感謝する」
「……まあ、こちとら一端の貴族家の息子。宰相から呼び出されたともあれば、来ますよ」
ややこちらを値踏みするような様子を見せながら青年はギルスの対面に座る。少々露骨な態度ではあるが、こちらも彼のことを確かめようとしながらに呼び出した側面があるので、お互い様ではあるだろう。
王都の一角にあるギルスの別邸、その応接間にて。ギルスは、ナミュール家の嫡男であるフォルテと対面していた。
曲がりなりにもナミュール家は侯爵家なので一端の、ではないだろうが。まあ、素直に応じてくれたところに関しては手間が減るので純粋にありがたい。
「それで、今回フォルテに来てもらった理由だが――」
「姉さんのことですよね?」
「あ、ああ。そうだが」
フォルテのその発言に少し驚きつつ。しかし、納得はする。
世間の話題の中心である、ベアトリス。そんな存在の弟であるフォルテがこのタイミングで宰相であるギルスから呼び出されたともあれば、そのことについて疑ること自体は自然なことではあるだろう。
だが、それについてを把握していながらに素直に応じてくれたことについては、少し意外ではあった。
「まあ、そうなんだろうなってことは俺でも理解はしていましたし。それになにより、姉さんから言われてましたから」
「ベアトリスから?」
「はい。そのうちギルス様が私のことで訪ねて来ると思うから、って。まあ、実際には呼び出されたわけですけど」
そう語るフォルテ。そこまで聞いて、ギルスはほんの少しだけ身構える。
ベアトリスの先読みについては、まさしくピタリと当てられていた。もちろん、この言葉がフォルテの狂言である可能性もあるけれども、それをする利点がフォルテには少ない。
しかし、ベアトリスが予め言っていたにせよ、フォルテが芝居を打っただけにせよ。ひとつ、確実なことがあるとするならば。
目の前のフォルテが、こちらのことを警戒している可能性が高い、ということではあった。
事前にこちらがフォルテを始めとするナミュール家の面々に会いに来るという予測がされていたとするならば、それについての対策を講じられていたとしても不思議ではない。
対策が立てられているのならば、一筋縄ではいかないだろう。
とはいえ、ギルスにとっては。もちろん、今回のベアトリスの行動のその理由や目的などを知ることができればそれに越したことは無い一方で。そもそも、それが今回フォルテから聞けるとも、そこまで考えてはいなかった。
ベアトリスがナミュール家の人間であるということを加味して考えるならば、彼女を庇うように動いていく可能性も十二分に考えられる。
むしろ。呼び出しに素直に応じてくれた際には「もしかしたらこちらに協力をしてくれるかもしれない」と考えていたその甘い考えが結局間違っていて、最初の状態に戻っただけ、とも。そう考えることもできるだろう。
「それじゃあ、少しフォルテに聞きたいことがあるんだが」
「姉さんのことでしょ? いいですよ。俺にわかる範囲であれば答えますよ」
「ああ、無理に聞き出すつもりは……待て。今なんと言った?」
一瞬、自分の耳を疑った。続いて、思考を。そして、状況を疑った。
「別にそんな無理やり聞き出さなくても話しますよ。もちろん、俺のわかる範囲にはなりますが」
そう、平然と語るフォルテの様子に、ギルスは一層警戒を強める。
ひとまず、ギルスの聞き間違いではなかった。フォルテは招集に対して素直に応じただけでなく、こちらの要請に対する回答についても協力的である、とそう主張している。
「……先程、ベアトリスが俺の訪問についてを事前に推測した上で、フォルテ、君に伝えていたと言っていたな?」
「ええ。俺もまさか宰相閣下ともあろう方が直々に動くとは思ってませんでしたけど。話が飛んできたときはマジかって思いましたよ」
「それで。……ベアトリス本人から、情報を開示しないように言われたりしなったのか?」
「言われませんでしたね。俺の思うようにすればいい、と。協力したいと思うのならば協力すればいいし、協力したくないのならば、黙秘すればいい、って」
思わず、目を見開く。
フォルテが敵なのか味方なのか、あるいは中立なのか。そのどれなのかの判断がついていない現状では、あまり同様をしているなどの状態把握ができる様相を見せるつもりはなかったのだけれども。
しかしながら、意識外のその言葉に、ポーカーフェイスを貫くことができなかった。
「いや、待ってほしい。ベアトリスが仮にそう言っていたとして。君はどうして、素直に話してくれようとしているんだ?」
好きにするように言われたから、好きにしている。というようにも取ることができるその発言ではあるが。しかし、多少の違和感を孕んでいる。
ベアトリスの立場が不都合なことになってしまえば、彼女が名を連ねているナミュールにも少なからず波及が行く。
その影響は間違いなく、彼女の弟であり、時期当主となることがほぼ確実であろうフォルテにも降りかかることであり。
そういう意味では、明確にベアトリスの敵であるということが確実なギルスに対して協力的な素振りを見せる理由にはならない。
特に、それが。フォルテ自身が考えて、好きに判断していい状況だとするのならば。
「どうして協力的か、ですか。……まあ、なんというか、なんとなく、ですね。なんとなく、そっちの方がいいような気がしたっていうか。こう、俺は姉さんみたいに優秀じゃないから、うまく言葉にはできないんですけど」
「フォルテ。君は、姉のことが嫌いなのか?」
一瞬、そんな可能性が頭をよぎった。自身にも不都合が起こる可能性を加味しつつも、ベアトリスのことを倒したいから、と。そんな可能性。
姉弟の仲については特段悪いというような話を聞いたことはないが。しかし、フォルテのその応答の端にベアトリスの姿が見えた。
ベアトリスは優秀な人物である。それは、間違いがない。家族にとっては誇らしいことであるとともに。しかしながらは、場合によっては重荷になってしまう。
優秀な姉と常に比べ続けられる弟、となると。そこにコンプレックスなどが生まれるのではないだろうか、と。
そんな邪推をしていたギルスのことを見て、フォルテが小さく笑う。
「俺が姉さんのことを嫌ってるか、ですか。愚問ですね。そんなわけ、ないでしょう」
「それならば、なぜ俺に協力をするような真似を――」
「さっきも言ったじゃないですか。そのほうが、いいと。そう思ったからですよ。……まあ、強いて言うならば、姉さんがあなたのことを信頼している素振りを見せていたから、協力してみようかな、と。そう思ったって感じですかね」
フォルテはそう言うと、ああ、そうだ。と、ひとつ付け加えるようにしながらに、言う。
「ちゃんと宣言しておかないと、ではありますね。俺は、姉さんのことが好きですよ。大好きです。もちろん、家族としてですが。そして、その上で姉さんには幸せになってほしいと思っているし、そうあってほしいと思って動いてる」
ジッ、と。フォルテはギルスの目を見つめながらに。それを一切そらさずに、言う。
「俺は、姉さんの味方です。そして、姉さんの敵であるギルス様に対して、協力する意志があります」
「……まるで矛盾しかない発言に思えるが」
「俺もそう思うんですが。でも、今回このふたつは同時に成立すると思うんです」
ギルスは宰相という立場もあって、様々な人間と取引を行ってきていた。だから、それなりに相手の意図を読むことには長けている、と自負していた。
そして、その自分自身の判断としては。フォルテの言葉から、嘘のたぐいは感ぜられなかった。間違いなく、本音から言っているであろうと、そう判断できた。
「……疑って悪かった」
「まあ、自分の発言としてそう思われても仕方なかったってのはわかってますから」
無論、まだ完全に警戒を解いていい、とは思っていない。矛盾が多すぎるし、現状のギルスの判断できる範囲としては道理が通っていない。
けれど、彼の言葉から裏が感じられなかった。だから、その点に対する信頼は置いていい、と。そうも判断できた。
「それじゃあ、いくつか聞かせてもらいたいことがあるんだが」
「ええ。ただ、最初に言ったように俺のわからない範囲については答えられないので」
「それで十分だ」




