#35
貴族や有力商人をはじめとする、大量の叛乱勢力の捕縛。
当然ではあるものの、その報せは国中を驚かせた。
そして、ベアトリスの行っていたことも。同様に広まることとなる。
良くも悪くも、ではあるが。
ベアトリスの立ち回りの都合、叛乱軍との関わりを隠すことは不要な噂を誘導しかねないということもあり、彼女が行ったことについては、その行動の意図も含めて、大部分が開示された。
真実のとおりに開示されなかったのは、婚姻周りの話だけ。
ベアトリスとアデルバートの婚約が内々で進んでいた、というような話はキッパリと否定されることとなり、ベアトリスがマリーに婚約者の座を譲った、というような話も否定された。まあ、前者はともかくとして、後者についてはあながち間違いではないのだが。
そういった都合もあり、ベアトリスは瞬く間に時の人となり、彼女の噂で世間はもちきりとなっていた。
もちろん、アデルバートにまつわる色恋の話も広く展開されていたが。それ以上に主立って話されていたのは、やはり叛乱軍の話と、そしてそれに対するベアトリスの沙汰についてであった。
ある人は、ベアトリスの行動を評価した。あまりにも大きな働きであった、勇気ある行動であったと。
ある人は、ベアトリスの行動を批判した。成功したという結論からの結果論として語るからよく見えるだけで、失敗したときの被害はそれ以上であったと。
ある人は、ベアトリスの行動を疑った。本当にそんな覚悟の必要なことを行ったのか、と。
そして。ベアトリスの沙汰に、疑問を抱いた人間も、少なくはなかった。
本当は純粋に叛乱軍の話一員であったところを、マリーのわがままによって処遇を歪められたのではないか、と。
案の定ではあったが、ベアトリスの懸念していたことは起こってしまっていた。
けれど、それに対して不安を覚えることもまた、なかった。
マリーは、強くなった。
彼女自身も、そして、彼女が広げた、人脈も。
その程度の噂で、立場が揺らぐことなどないほどに。
そうした噂も、思っていた以上に長引きこそしたものの。そのうちに、ゆっくりと引いていった。
長引いた理由であり。しかしながら、ベアトリスへの疑念が突沸しなかった大きな要因は、やはりギルスとの婚約騒動があったからだろう。
これ自体が突然に湧いて出たものであり、強い話題であった。
だからこそ、多くの人に話されて、長く維持されてしまった一方で。ギルスの意図したとおりに、その他の噂に対する回答になったほか、人々の噂がこちらにも分散されたことで全ての噂が大きくなりすぎることはなかった。
そうして噂が引いた頃合いに、アデルバートとマリーの結婚式が大体的に行われて。それと合わせる形でベアトリスとギルスの結婚式も執り行われた。
ウェディングドレスに身を纏ったマリーが、同じく純白に身を包んでいたベアトリスに抱きつきながらに感慨深い言葉を出していたのは記憶に新しい。
周りの人も止めようとはしていたものの、アデルバートが「今日くらいはいいじゃないか」と、そう言っていた。
ちなみに、フォルテは最後の最後までギルスに対して「俺は認めませんからね!」と言っていた。
慕ってくれるのは嬉しい話ではあるのだが、随分と執着しすぎではないだろうかと思わなくもなかった。
フォルテだって、いつかは伴侶を取ることになるだろうに。
「……まあ、フォルテくんがお姉様のことが大好きなのは相変わらずですけど、ギルス閣下に噛み付いてるのは、それだけってわけじゃないとは思うんですけどね」
と、いうのはマリーの談であった。そういえば、ベアトリスとギルスの婚約騒動のときにも、マリーも微妙な反応を見せていた。
ちなみにそのことについてをマリーに尋ねてみたところ、
「うーん、なんだかんだでお姉様がちゃんと幸せそうだから、私はこのままでもいいかな、とは。……まあ、フォルテくんの気持ちもわからないではないんですけどね」
と、そう言っていた。
「ベアトリス、こっちを頼む」
「既に用意があります」
「ああ、助かる」
執務室にて、ギルスとベアトリスが淡々と仕事をこなしていた。
近くではソフィアがなにをするべきかとアワアワとしていた。それを見たベアトリスが仕事を振ると、彼女は好い返事をしながらに振られた仕事を抱えていった。
「彼女、なかなか見込みはありますね」
「まあ、抜けているところも多いがな」
ベアトリスの評価にギルスが苦笑いで答える。
「だが、間違いなく素質がある。家格がない、というところが難しいところではあるが」
「それこそ、アデルバート殿下とマリーがなんとかしてくれるでしょう」
件の事件の解決策として打った対外的な情報共有施策。あれ自体が実際に実を結び、アデルバートは着実に自身の地位を確立していっていた。
そんな中で彼が今目指しているのは、より柔軟な人材の登用である。
特に、叛乱軍の手勢の中には下の意見が上まで届かない、ということを問題視する声もあった。
それに対するアデルバートの回答として、より様々な視点を取り入れ、かつ、広い範囲から優秀な人材を登用するということを通そうとしている。
その一環で、であれば。たしかに可能性はあるかもしれないだろう。
「でしたら、より本腰を入れて指導していきましょうか」
「……ほどほどにしてやってくれ。やる気はあるが、空回りする性格だからな」
パタパタとした足取りで駆けていくソフィアの背中を眺めながらに、ベアトリスとギルスはそんな会話を交わしていた。
そんなソフィアはというと、なぜだかはわからないけどとてつもなく嫌な予感がしたとかしなかったとか。
「ああ、そういえば。アデルバート殿下といえばこの間、コンコンと説教をされてしまってな」
「ほう、ギルス様ともあろう方が。珍しいですね」
嫌味などではなく、純粋な感情として。
「ああ、別になにか粗相をしでかしたとかそういうわけではなく。単純に私生活の話でな」
「それなら、私もこの間マリーから呆れられましたね」
「……なるほど、どうにも、未だにアデルバート殿下やマリー嬢……いや、マリー王太妃に、随分と心配をかけてしまっているよつだな。更にいうと、フォルテにもだろうが」
唐突に湧いて出てきたフォルテの名前にベアトリスが首を傾げる。
「ああ、その、なんだ。改めて言葉にするというのはなんともやりにくいところがあるが」
「はい、なんでしょう」
「……好きだ、ベアトリス」
しばらく、思考が止まる。
……そういえば、たしかに。必要にされることはあったが、こうして感情をそのまま言葉として伝えられはしていなかった。
もちろん、必要にされるだけでも十分に満たされはしていた、つもりではあったのだが。しかし、こうして伝えられると。
なるほど。フォルテが。そしてマリーやアデルバートがずっと気にしていたことは、このことだったのだろう。
「こちらこそ、お慕いしております。ギルス様」
互いの顔を見合わせながらに、柔らかに笑みを交わす。
たったそれだけのことではあるが。心地の良い感情が湧き上がってくる。
これが、幸せということなのだろう。
「ギルス閣下、ベアトリスさん! さっきの仕事で聞きたいことが! ……って」
勢いよくベアトリスたちのもとに飛び込んできたソフィアが、ふたりの間の空気を感じ取って、直感的に自覚する。
たぶん、やらかした、と。
「あの、ええっと。お邪魔しました……?」
「……なるほど、そそっかしさ、というのはこういう事故を引き起こすのですね」
「これはレアケースだと思うがな」
笑顔なはずなのにどこか威圧感を覚えさせるベアトリスの表情に、ギルスが苦笑いをする。
どうやら、互いに思いを伝え合うというのも悪いことではないのだろうが。
ベアトリスとギルスにとっては、それよりも互いを必要とし合うほうが、性に合っている、ということなのだろう。
フォルテからは文句が飛んできそうなものではあるが。それが、ベアトリスとギルスにとっての、幸せという形でもあるだろう。
「頼りにしているぞ、ベアトリス」
「こちらこそ、頼りにしています。ギルス様」
やはり、こちらのほうが。
ベアトリスとしてはやりやすい、なんて。そんなことを思いながら。
とある国の、とある時代。周辺国との平和を築き上げた、優しい国王と王妃がいたという。
そして、その二人の背後には、とてつもなく優秀で。むしろ働きすぎなくらいの、宰相夫婦がいたとか、いなかったとか。
けれど、その実。
そこにいたのは、勝者の花道をただ整えようと。
敗者としての役割を、全うしようとした。
敗北令嬢としての矜持と想い。そして、そうあらんとする立ち居振る舞いが、あっただけなのかもしれない。
これにて本作は完結となります。
期間にして半年と少し。全35話。長い間、お付き合いいただきありがとうございました。
評価ポイントやブックマーク。TwitterなどでTLやDMを通じていただいた感想はもちろん、PVなどの反応さえも、執筆を続ける活力となり。あまりにも知見外のジャンルで書けるのか不安だった本作もついに完結させることができました。
これは間違いなく読者の皆様がいて、はじめて成し得たことだと、そう思っています。
最大級の感謝を、面白い作品を作り上げることで表現できていたら幸いです。
改めまして、ここまでお付き合いいただいて、本当にありがとうございました!
また、どこかでお会いできましたら、そのときもどうかよろしくお願いします。




