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#33

「貴女が叛乱軍に籍を置き、此度の事件を画策し、主導していたのは間違いのない事実である」


「はい」


 覚悟を決めていたことだ。

 だからこそ、この先に続く言葉のいかなるものでも、受け入れるつもりで。ベアトリスは、陛下からの言葉を待った。


「その一方で、貴女が引き起こした本件がアデルバートやマリーのためであり、彼らの前に将来的に現れるであろう障害を取り除くためのものであるということも重々理解している」


 だが、続いたその言葉は。まるでベアトリスの想像とはかけ離れたものであった。

 まるで、ベアトリスの行動についてを評価しようというようなもの。

 いや、まるで、なんてものではない。まさしく、ベアトリスの行動の意図を評価し、勘案しようという。そういう言葉。


 だが、そのことに意味は持たないはず。

 罪の告発のための罪も、同様に罪となるのがこの国の法。の、はずなのに。


「そのことを加味し。ベアトリス。貴女に対する罪は問わないこととする。反論のあるものはいるか?」


 国王のその言葉に、異議を唱えようなんてものはいない。

 誰もが、そのことに納得した様子を見せる。もとよりこの場はベアトリスの噂の如何を確かめるための場であったということもあり、法務卿などもいる中、誰もが言葉をあげない。


 その、事実に。マリーはその表情を明るくして。


「では――」


「お、お待ちください!」


 待ったをかけたのは、ベアトリス。

 あまりの衝撃にやや放心気味ではあったが、なんとか精神を持ち直しつつ、そう、声を出す。


「なにかな、ベアトリス。なにか、沙汰に意見があるのかな? 貴女の働きに対して十分に配慮したとは思っているのだが」


「い、いえ。その、働きに対する配慮、というところに心当たりがないのですが」


 繰り返しにはなるが、罪の告発のための罪もまた、同様に処遇されるというのがこの国の法。ルールである。

 なのに、今のベアトリスには、そのルールの外で罪の如何を決められようとしている。


「つまり、ベアトリス。君は、キチンと法に則った処遇をされるべきである、と。もし、それがどれほどに重たいものであったとしても、かな?」


「はい、そのとおりです」


 ふむ、と。国王はゆっくりとその顎を撫でながらに、ベアトリスを眺める。

 そう。これでいい。

 遺恨は、残すべきではない。ここで、綺麗さっぱり、清算しておくべきである。

 特にベアトリスがその身分を残そうものならば、そこにマリーの関与を疑われかねない。

 これから王妃になろうという存在が、私欲のために法の外での処罰を望んだ、など。事実云々についてはともかくとして、そんな噂が流れてしまいかねない。


 だからこそ、ベアトリスはここで退場するべきで――、


「しかし、これが法に則った沙汰なのだがな」


 どこか、いたずらっぽいような笑みを浮かべながらに。国王はそう言った。

 まるで、アデルバートがその企みをうまく決めたときのような笑み。やはり親子なのだな、と。そう思わさせられる。


 だが、しかし。どういうことなのだろうか。


「俺から説明させてもらおうか」


 困惑しているベアトリスの前に、ギルスがそう言ってくる。


「人も、国も変わっていける。君が言っていたことだな。そして、事実、この国も変わっているのだ。君が俺たちから離れていた、そのしばらくの間にもな」


 そうして、彼は。あっけらかんと、そして、簡単に言い放ってしまう。


「単純な話だよ。法律が、変わった。ただ、それだけの話だ」


 告発者を、同様に罪に問うものから。

 告発者である場合に、その事実を十分に確認した上で、その行いに対して過度でないかなどを罪と功績とを勘案して、その沙汰を決める、というものに。


「本当に、苦労させられたよ。ベアトリス、君の動きが早すぎるからね。いったいどこの世界に、自身に対する誤った噂を流そうというようなことをする人間がいるというんだ」


 小さく肩を竦めながらに言うギルス。

 ベアトリスかサラを殺した、というその噂。無論ルシエラたちから流れたようなものでもないし、外部に漏れるような状況て行われたものでもない。

 噂を流したのは、他の誰でもない、ベアトリス自身である。


「おかげさまで物事が一気に進む都合、こちらの準備を整えるのにひどく手間取ったよ」


「……なるほど、つまりこれは。閣下、あなたの差し金ということですか」


「半分くらいは正解かな。たしかに、一枚噛んでいるが。しかし、それ以上でも以下でもないというのが正確だ」


「…………?」


 ギルスのその微妙な言い回しに、ベアトリスか首を傾げる。


 ギルスの仕業でないとするなるば、思いつきそうなのはフォルテやアデルバートであるが。しかし、その両名ともがベアトリスの視線に対して小さく首を振る。

 両親やサラも、同様で――、


「もうひとり、心当たりがあるだろう? これほどのことに関わることができる立場で、かつ、君のことが大好きで。そして、救われてほしいと願っているであろう、そんな人が。まあ、それを行動に移すことができるほどの勇気を持てたのは、君と別れたあとだがね」


「まさか――」


 ベアトリスの驚きと、ほぼ同時。

 彼女の前へと、ゆっくりとした。しかし、確実な歩みで近づいてくる女性が、ひとり。


「お姉様」


「マリー……」


 涙を浮かべながらに。しかし、ひどく安心したような表情で、マリーがやってくる。


 想定外の人物、であったというのはたしかにそうだが。しかし、彼女であれば動機はもちろん、行動に移すことも可能ではあろう。

 だがしかし、なによりも体裁が悪い。なにせ、ただでさえ子爵家出身の王妃で立場に疑問を覚える人も多いというのに、私的な感情でベアトリスを庇うような法を施行したともなれば――、


「ベアトリスお姉様」


 マリーが、はっきりとした口調で。強い、確かな意志を持って。そう、ベアトリスを呼んだ。


「お姉様も、幸せになって、いいんです。いえ、幸せに、なってください」


「ですが、しかし――」


「ベアトリス。君は十分に頑張った。他者の幸せのために、国の未来のために」


 マリーから向けられたその願いに、はたしてどうしたものかとベアトリスが困っていると。ギルスが間に入って仲立ちをしてくれる。


「そろそろ、君も報われてもいい頃だろう。彼女は、そう思い。そして、自ら動いた。ただ、それだけだ」


「……私は、ずっとベアトリスお姉様に守ってもらってばっかりだった。だけど、それじゃあだめだって、思ったの」


 ベアトリスに頼りきりにでも、マリーは平穏に暮らすことはできただろう。実際、今までのマリーはベアトリスに依存まではいかなくとも頼っていた。


 だが、ベアトリスに頼り続けたその先に、マリーの望む未来があるとは限らない。

 特に、ベアトリスの幸せな姿が、あるとは。


 そう、確信したのは。件の婚約騒動があった後、一度だけベアトリスと会ったとき。

 あのとき、たしかにベアトリスはマリーを守るために動いてくれている理解したと同時。

 ベアトリスが、自身の犠牲と引き換えにその幸せを託してくれようとしているのだと。そう、確信した。


「だから、今度は、私の番。……私が、お姉様を守る」


「ベアトリス。君が思っているよりもずっと、周りは強く、成長しているのだよ」


「……ええ、そのようですね」


 優しさを持ちながら。しかし、確かな強さをも持つようになった、マリー。

 彼女であれば。これから迫りくる困難であろうとも。それこそ、マリーかベアトリスを守るために法を施行したなどと揶揄されようが、それごと跳ね返していけるだろう。


 なれば、彼女からのこの恩を、受け取らないほうが礼儀を失する。

 なにせ、マリーが勝者であり、ベアトリスは敗者なのだ。依然として、変わりなく。


「……ありがとう、マリー」


「こちらこそ、ずっと守ってきてくれて、ありがとうございます。お姉様」

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