#32
「私たちがやってきたことは、無駄だった、ということね……」
噛み潰すような口調で、ルシエラがそう吐き捨てる。
その様相には、周りの叛乱軍の面々だけでなく、裏切ったはずのルークまでもが同情の視線を向ける。
たしかに、やり方が違っていたかもしれない。思考が過激すぎたということには間違いはない。
けれども、この国をなんとかしたい、守りたい、という。その感情だけは、たしかな事実であったからだ。
「……安心してください、ルシエラ夫人。あなたの意思は、たしかに形を成していますから」
「ふん。裏切ったあなたに言われたところで、なんの説得力も無いわよ」
フン、と鼻を鳴らすルシエラに。しかし、それでもイザベラは言葉を続ける。
「ルシエラ夫人が叛乱を思い立った要員は、他国への先制での牽制のため。……その、更に根底にあるのは、余裕のなくなった国による特攻を危惧したもの、でしたね」
「なっ――」
なぜ知っている、という表情をルシエラが浮かべる。
それは、ルシエラたち叛乱軍の中枢の人物たちの目的であり。そして、ベアトリスには話していなかったこと。
ベアトリスが構成員たちに話しかけて、その翻意の要因を聞いて回っているということは聞いていた。だからこそ、ルシエラは彼女に伝えることはなかったのだが。
「身近に、なぜか知っている人がいましたので」
「……ルーク、あなたね」
ジロリ、と。ルシエラがルークをにらみつける。
当の本人はというとそんなことに一切気にするような素振りは見せず、飄々とした様子でルシエラの言葉をかわしていた。
そもそも、ベアトリスがこうして国に対する翻意を演技していたのは、大きく分けてふたつの目的があった。
ひとつは、現在執り行われているように、叛乱軍の一挙捕縛を成し遂げるということ。
そしてもうひとつは、国に対する陳情を、可能な限り、かき集めてくること。
もちろん、その中には一方的な不平不満や、個人的な感情の強い願望などもありはした。だが、その一方で正当に受け取られるべき意見もたしかに存在していた。
「あなたの語る未来も、あながちありえない可能性ではありません」
そして、少なくともベアトリスには。ルシエラたちのその主張が、独善的なものではない、と。そう、感じた。
「……そうでしょう」
「ですが。だからといって暴力に訴えかけるのであれば、相手と大差ありません」
ベアトリスの言葉に、ルシエラが押し黙る。
納得したのか。あるいは、自覚があったか。
「しかし、言葉として国がそれを受け取ったとしても、あなたはそれだけでは納得できないでしょう」
それを、過去、取り合われることがなかったからこそ、ルシエラたちが蜂起するという選択肢を取ったように。
「だからこそ、形にすることが。あなた方への最大限の経緯である、と。私はそう認識しています」
そう言いながら、ベアトリスは視線をギルスへと遣る。
彼は小さくため息をつきながらに「本当に君は、人使いが荒い」と、そう言う。
「ルシエラ夫人。あなたたちの陳情は、ベアトリスを通じてたしかに受け取っていた」
そもそも作戦などの情報も筒抜けになっていたのだ。主には、ルークとサラの協力のおかげで。
で、あるならば。ギルスたちがルシエラたちの目的について知ることもまた、同様であった。
「これまでの体制上、あなたたちの声が十分に受け取ることができなかった、というのは事実だろう。それについては、心から謝罪する」
「……口では、なんとでも言えるわ」
「ああ、そうだろう。だからこそ、ベアトリスの言っているように、形で応えることにした」
彼はそう言いながら、懐から一枚の書状を取り出す。
「他国に対する技術供与、及び技術協力を行うことに決定した。それも、我が国だけではなく、他の国も同様だ」
「……は?」
「君たちの鳴らしていた継承は、他の国についても同じ管、ということだ」
無論、とはいえこれだけでは技術的に優位な側が一方的に損をするだけ。
来るかどうかもわからない未来がさらなる損を生み出すとはいっても、そのために今の身銭を切れというのは難しい話である。
「だからこそ、技術に対する有価としてのやり取り。これを、各国として成立させた」
「――ッ! そんなことが、できれば。たしかに、成立するかもしれないけれど」
だが、口で言うには易くとも、その実現は果てしなく困難である。
そもそも技術に対してどのように価値決めをするのか。それが適正であるという保証はどこにあるのか。
そもそも、それに各国が応じる必要性も、必ずしもないわけで――、
「随分と、骨が折れる作業だったよ。若輩の身で各国の狸共の首を縦に振らせるのはね。……まあ、他の誰でもない元婚約者からの頼みだからね。僕としても応えないわけにはいかないだろう?」
そうあっさりと言ってしまうのは、アデルバート。
国内でも、国外でも。とんでもない過程がその途中にはあっただろうに。しかし、それがまるで、やるべき当然のことであろうかのように。
「人も、国も。変わっていけるものです。それが、節目ともあれば、なおのこと」
ベアトリスは、そう言う。
かつて、マリーとの思いを添い遂げるために、行動に移してみせた、アデルバートを思い起こしながら。
そして、次期国王として。国内外への重大な交渉を、しっかりとやってみせたアデルバートを前にしながら。
「ルシエラ夫人。これでもまだ、あなた方の想いは無駄であったと、そう思いますか?」
「……本当に、最初から最後まで。あなたの手の平の上で踊らされていたのね」
どこか憑き物が取れたような。すっきりとした声音でルシエラはそう言う。
「いいわ、ベアトリス。あなたほどの人が仕組んだこの未来。地下の奥底から、しっかりと見上げさせてもらうわね」
そう言ってみせるルシエラは、疲れこそたしかに見えるものの。しかし、これまでに見た彼女の表情の中では、もっとも美しいように思えた。
「それでは。ベアトリス・ナミュール。そなたの沙汰を言い渡す」
ルシエラたち叛乱軍が衛兵たちによって連行されてた後。ベアトリスの罪が陛下より言い渡される番となった
連行の途中、ルークなどはベアトリスに向けて「あ、ベアトリスがこっちに来なくても、俺たちは別に恨まないから気にしないでね」なんて。そんなことを言っていたりして。
とはいえ、ルークの気持ちもありがたくはあるが。そういうわけにはいかない。
元より、この国には罪の検挙のために犯す罪であったとしても、罪として処罰をくだすという裁定になっている。
そもそもこれを罪としなかったとしても、サラに対して傷害をしたのは紛れもない事実でもある。
ことベアトリスについては、功績の分で多少の相殺はできるかもしれないが。精々ナミュールの家名に泥を塗らず、ベアトリス単独の罪とするくらいが限界であろう。
もちろん、そうなることを最初から計算に入れて、ベアトリスは動いていた。
だからこそ、後悔はない。
(そもそも、マリーとアデルバート殿下の婚約に。私という存在が表に残るのはあまり望ましい話ではないでしょうしね)
形だけとはいえ、いつまでも元婚約者だった人間が表舞台に居続けようものならば、ベアトリスはもちろん、なによりもマリーが謂れをかけられ続けることになる。
敗北令嬢らしく。早々にその場を譲り渡し、退場をするべきだったのだろうが。
随分と、この場に長居したものである。
不安そうな表情をするマリー。今にも飛び出してきそうにしているフォルテ。
その一方で、落ち着いた様子で場を見据えているギルスやアデルバート。
本当に、様々な人に恵まれたものである。
……後悔はない。が、少し、寂しくはある。
「ベアトリス」
「……はい」
陛下の言葉に、ベアトリスは顔を上げた。




