#30
「…………」
「リゼットちゃん……」
うなだれるリゼットに、ソフィアがそんな声をかける。
リゼットの思惑が、行動が、確定してしまった。それでもなお、やはりソフィアにとってはリゼットは、友達であった。……いや、あって欲しかった人物なのだ。
「リゼットをはじめとする、中枢に入り込んでいた叛乱の芽は摘み取った。思ったよりも多くて、時間がかかったがな」
その言葉はベアトリスに対する報告であり、そして、ルシエラたちに対する宣告でもあった。
これで、詰みだ、と。
そう、諭すかのように。
(……まだよ。まだ、終わってない)
諦めが悪い、と。そう言われてしまいそうなものではあるが。しかし、それで構わない。
醜く抗って、その先に勝ちがあるのならば。
実際、ルシエラたちはほぼ終わったに等しい。ここからどれだけ暴れたところで抵抗虚しく牢屋に入れられてしまうことだろう。
だが、叛乱軍の大部分が今回の作戦に参加している一方で、全部ではない。
そう。全部ではない。一部、別に残している。
有事に備えた、遊撃が。
遊撃隊の存在は、ベアトリスも知らない。作戦に関わらないところだったから、わざわざ伝える理由もないため、伝えていない。
隊の規模は大きくはない。形成が逆転できるほどの状況変化は起こらないだろう。
だが、状況を乱し、ルシエラやリゼットが逃走するだけの時間を稼ぐことはできるだろう。
無論、不本意ではあるが、札がついてしまうために国内での動きは難しくなるだろうが。この際、その差はそれほど大きくはない。
次につながるかどうか、それが、一番大事である。
「……そろそろ、ね」
状況を察した彼らがやってくる頃だろう。と、ルシエラは小さく笑う。
余裕があるならば、そこで勝ち誇っているベアトリスやギルスをついでに殺していきたいものである。やはり、彼らの存在はとてつもなく、厄介である。
次につなげるためにも、消しておくほうが確実だ。
それによって起こるであろう混乱に乗じて、ルシエラたちは逃げ果せればいい。
灯る瞳の炎を絶やさないままに、ルシエラが二人を睨みつけて。
それとほぼ同時。唐突に扉が開かれ、人が入ってくる。
突然の闖入者に驚いている会場。そんな中で、ルシエラはその先頭で指揮を執る人物に、声をかける。
「遅かったじゃない、ルーク」
「まあまあ、これでもできるだけ早く入ってきたんですから。赦してくださいよルシエラ様」
飄々とした様子のルーク。
衛兵などのうち反応の早いものはその得物を構え、闖入者に相対したり、王族や貴族を守るように動いていた。
ただ、今回の一件を仕組み、舞台の主役として部屋の中央に立っていたベアトリスとギルスの周りには、衛兵よりも早く、遊撃隊が取り囲む形になる。
ギルスが少々構えては見せるが。しかし、無手と武器とでは、差が歴然である。
「早く私たちを助けなさい。それから、ベアトリスとそこの宰相を殺すのよ」
全体的な大局では大きく変化はしていないものの、局所的。こと、ベアトリスやルシエラの周りだけでいえば、形成が逆転した、と。
ルシエラは、そう確信して、ルークに命令をする。
「へ? 嫌ですけど」
「……は?」
だがしかし、ルークから返ってきたのは、思いもよらぬ答え。
その言葉に、ルシエラも、ギルスも、大きく驚き。
ただひとり、ベアトリスだけが動じず、平然としていた。
「そういえば、報告してませんでしたね。俺、ベアトリス嬢に付くことにしたので」
まあ、わざわざそんな裏切りの報告、するわけがないけど、なんて。面白がるようにして言うルーク。
「そういえばルシエラ様。なんで、筒抜けだったんだ、とか思ったでしょう? そこで真っ先に疑うべき存在がいたじゃあありませんか、ねえ?」
誰よりも、ベアトリスの近くで。ベアトリスの行動を制限していた――ように見えた人物。
ルークの協力無しに、ベアトリスが自由に行動できたはずがないのだ。
「まあ、実際のところは。俺の協力がなくてもそこのおじょーさんはなんとかした気がするけどね」
「ルーク。あなたの存在のおかげで、順調に進んだというのは間違いありませんよ」
「ありがたい評価として受け取っておくよ」
勝手に話を進めていくベアトリスとルーク。
なんとなく状況は把握できなくはないが。「つまりどういうことだ?」と、ギルスが確認をとる。
「単純な話、叛乱軍も一枚岩ではない、ということです」
国に対する不満、不信から集まった存在。
だが、それぞれ気持ちの大小や方向性の違いがあった。
真っ当な意見として国に不満を抱くものもあれば、ただただ理不尽な怒りを覚えているものもいる。
ルークも、そのひとり。……というか、ルーク自体は、別に国に不満を抱いているわけではない。
「あなた……親に向かって、なんて真似を」
「俺のことを息子だと思ってないくせに、こういうときだけそういう態度するのはやめたほうがいいよ?」
レーヌ伯爵家には、ルークという人物の記録はない。
その上で、ルシエラとルークが言う言葉の意味を考えると……随分と、複雑な事情があるようだ。
「ちなみに、本部の方もそろそろ壊滅してると思うよ? そもそも、叛乱軍も半分くらい、水面下で瓦解してたからね」
ベアトリス嬢が動いてたおかげでね、と。ルークが言う。
……そう。叛乱軍は、一枚岩ではなかった。
それぞれの思惑があり、その中には、叛乱軍の行動に疑問を持つものもいた。
たとえば、ベアトリスの参入に疑問を持つもの。否定的な意見を持つもの。
そういった存在には、ルシエラのようにベアトリスの立場を疑うものもいるが、その一方で、ベアトリスの世情での評価――国を打ち倒そうとしている、という評価について、あまり好ましく思っていないという立場もいる。
ルシエラたち中核が押し進めようとしている革命に対して、その陣頭で旗を持つような存在が入ってくることにより、比較的穏健派である彼らの立場が悪くなるということを懸念してのものだ。
だからこそ、ベアトリスは話した。それぞれと話し、その主張を確認した。
その上で、必要に応じて立場を、目的を明かした。
そうして、ベアトリスは確実に味方を増やしていった。
「今頃本部の方は、ベアトリスについた派閥の人間と。それから彼らが手引した国の人間とで制圧されてる頃だよ」
「――ッ」
ルシエラが、歯を噛む。
自身の望みが断ち切られて。しかし、それでも諦めきれずに、なにかないかと抗おうとしているのである。
だが、無い。自身の手駒が、あらゆる方向から潰されてしまっている。
「どいつも、こいつも。どいつもこいつも!」
まるで子供の癇癪のような様相で、ルシエラはそう叫ぶ。
リゼットは逆用され、ルークは寝返った。
うまく利用していたつもりのベアトリスは、更にその上から利用してきていた。
なにもかも、うまくいかず。相手ばかりが、うまくいく。
それが、なによりも苛立たしい。
せめて、なにか。なにか抗えるようなものが。
稚拙でもいい、なんでもいい。
疑いが晴れるものが。
あるいは、せめて――、
「お待ちください」
ルシエラは、可能な限り冷静な声音で。そう言う。
「本当に、そのベアトリスの言葉を信じてもいいのでしょうか」
もはや、ただの足掻きではある。
なにせ、この論で切り崩せるのはベアトリスのものだけ。
ギルスのものが切り崩せない以上、ルシエラたちの容疑は晴れない。
でも、少しの猶予は、生まれるかもしれない。なにせ、この場の状況を見るに――ギルスはベアトリスと協力している。
なれば、ベアトリスの信用が落ちれば、少しだけ。勝機が生まれるかもしれない。
「そもそも、この場の趣旨である、ベアトリスの殺人容疑について。私から、お話が」
もはや、自身の証言に信用がない、というのは大前提。
だが、この話には。圧倒的な噂話という、世論が背後についている。
ならば、わずかではあるが、可能性はある。
「そこにいるベアトリス・ナミュールは、自身の侍女サラを殺害した人物です。はたして、その発言に信用があるのでしょうか」
これに関しては、ベアトリス自身、否定のしようのない事実である。
さあ、どうする。ベアトリス・ナミュール。




